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おまけ:夏休み
夏休み-4
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夏祭り当日。
夕暮れの中、俺と凪は浴衣姿で町を歩く。電車の中も、町を歩く人たちも、浴衣を着ている人が多かった。
正直に言うと、ワクワクしていたのは家を出る前までだった。
夏休みの間、快適な室内でばかり過ごしていた俺には暑さの耐性が全くなかった。それに、人ごみによるストレスで心が死にそうだ。
すでにもう帰りたい。
俺とは反対に、凪は平気な顔でこのクソ暑い町を歩いている。人ごみに入ってもいたって平気そうだ。
電車はもちろん満員だ。車内にみちみちに押し込まれた俺は、死人のような顔をしていた。狭い。暑い。臭い。
知らない人と体が密着する。おっさんの汗や女の人の化粧が俺の肌や服に移る。やだ、キモい。もう無理。
「理玖」
電車が駅で停車した。人が入れ替わるタイミングで、凪が俺の手を引く。
そして車内の隅の壁際を陣取り、俺に譲った。
「ここだとちょっとマシ?」
「うん……ありがと……」
凪は俺を守るように、向かい合って立っていた。壁に手をついて、おっさんらに押されても背中で押し返し、俺のために快適なスペースを保ってくれている。
「んぉっ……」
凪が小さく呻いた。次の駅で大勢の乗客が乗り込んで来たようだ。はじめは必死に背中で押し返していたが、さすがに負けて肘を曲げた。
「ごめん、理玖……。狭いけど平気?」
「うん……」
鼻がくっつきそうなほど、俺と凪の顔が近い。
こんなに近いのに、電車の中じゃキスもできない。
やっぱり早く、帰りたい。
電車に揺られること小一時間、それと徒歩で約十五分。
やっと夏祭りがおこなわれる河川敷に到着した。
「人多すぎ……」
と、思わず口に出してしまった。
屋台と屋台の間には、着飾った人間がぎゅうぎゅう詰めになっている。俺と凪もその列に加わったが、蟻の歩幅よりも狭くしか歩けない。屋台にも行列ができており、焼きトウモロコシを買うだけでもかなり待つハメになった。
蒸し暑い夜に知らない人間と密着して、ちまちま歩いて、そこまで美味くもないメシのために行列を並ばなければいけないなんて。
「思ってたのと違う」
焼きトウモロコシをかじりながら、俺がムスッとそんなことを呟いた。
それに対して、凪は苦笑いを浮かべている。
「実は、祭りってこんなもん」
こんなもんの何が楽しいんだ、と言いかけたが、さすがにやめた。
焼きトウモロコシを食べ終わる。ベトベトになった手を持て余していると、その手を凪に握られた。
「な、凪。人いる」
「誰も、俺たちのことなんて見てないよ」
「俺の手、ベトベトだし」
「それもまた一興」
俺の手を引き、ちょっと先を歩く凪。
凪はぼんやりと前を向いたまま口を開く。
「俺、去年もこの祭り来たんだよね」
「彼女と?」
「うん」
「へー」
なんで気分最悪のときに元カノの思い出話を聞かされなきゃいけないんだ。
「そのときもこうしてさ、人ごみの中を二人で歩いてた。俺は人が多くてうんざりしてたんだけど、元カノは目をキラキラさせて祭りを楽しんでた」
「……」
「こうして歩いてるときに、元カノに手を握られたんだ。そのときの俺、理玖と全く同じこと言ったよ」
凪が俺のほうを向いて目じりを下げる。
「あのときは正直、全然楽しくなかった。でも、今はすげー楽しいんだ、俺」
俺は頬を膨らませ、キッと凪を睨みつけた。
「一年前のお前と俺はちげえから! 俺だってお前のこと好きだから!」
「分かってるよ。嫌味を言いたかったわけじゃないよ。ただ、一年越しに元カノの気持ちが分かったってだけ」
「お、俺だって、お前と一緒じゃなきゃここまで来てねえから!!」
「分かってるって」
「俺だって、浴衣姿のお前と手つないで歩けて嬉しいんだからな!!」
「分かってるから、理玖ちょっと声でかい」
凪に窘められてやっと、俺は前後左右の人たちにちらちら見られていることに気付いた。
俺は口を噤み、顔を真っ赤にした。そんな俺を見て、凪がクスクス笑っている。
「花火までたっぷり時間あるし、理玖が夏祭りでしたかったこと全部しようよ。楽しくてもつまらなくても、思い出にはなるからさ」
「……うん」
凪は嫌味じゃないって言ったけど、俺にとっては嫌味にしか聞こえなかった。
祭りを楽しめないことは相手のことが好きじゃない証拠だと言われた気分になって、ちょっと腹が立った。それと同時に、だったら絶対に楽しんでやるって気持ちになった。
だから、それからの俺は、どうにか祭りを楽しんでやろうと躍起になった。
子どもばかりの中で、凪と二人で金魚すくいをした。不器用な俺はすぐに金魚をすくうやつが破れてしまうのに、器用な凪はぽいぽいと金魚を捕まえる。
悔しくて、こいつに負けたくなくて、俺は何度も挑戦した。凪が呆れて「そろそろ行こ……?」と言うくらい、何度もだ。
ちょっとずつコツがつかめてきたので、再び凪に勝負を持ちかけた。凪は困ったように笑い、勝負を受ける。
結果は、俺の勝ちだった。
「よっしゃぁぁ! 見たか凪!! 俺の勝ちだ!!」
大喜びする俺を、凪は嬉しそうに見つめていた。
金魚すくいのあとは、射的をした。これもまた凪の圧勝だ。それから金魚すくいと同じように、俺の練習が始まる。慣れてきたら凪に勝負を持ちかけて、勝つまで勝負を続けた。
その他にも、くじを引いたり(クソみたいな荷物が増えた)、かたぬきをしたり(これはいくら練習しても上手くできなかった)、わたあめを食べたり(口のまわりがべちょべちょになった)、りんごあめを食べたり(美味かったけどでかくて全部食べられなかったから、残りを凪に食べてもらった)、やきそばを食べたり(こぼして浴衣が汚れた)……と、いつの間にか俺は祭りを誰よりも満喫していた。
「理玖、そろそろ花火の時間」
満喫しすぎてドロドロのベタベタになっている俺を、凪は人ごみから離れた神社に連れて行った。
夕暮れの中、俺と凪は浴衣姿で町を歩く。電車の中も、町を歩く人たちも、浴衣を着ている人が多かった。
正直に言うと、ワクワクしていたのは家を出る前までだった。
夏休みの間、快適な室内でばかり過ごしていた俺には暑さの耐性が全くなかった。それに、人ごみによるストレスで心が死にそうだ。
すでにもう帰りたい。
俺とは反対に、凪は平気な顔でこのクソ暑い町を歩いている。人ごみに入ってもいたって平気そうだ。
電車はもちろん満員だ。車内にみちみちに押し込まれた俺は、死人のような顔をしていた。狭い。暑い。臭い。
知らない人と体が密着する。おっさんの汗や女の人の化粧が俺の肌や服に移る。やだ、キモい。もう無理。
「理玖」
電車が駅で停車した。人が入れ替わるタイミングで、凪が俺の手を引く。
そして車内の隅の壁際を陣取り、俺に譲った。
「ここだとちょっとマシ?」
「うん……ありがと……」
凪は俺を守るように、向かい合って立っていた。壁に手をついて、おっさんらに押されても背中で押し返し、俺のために快適なスペースを保ってくれている。
「んぉっ……」
凪が小さく呻いた。次の駅で大勢の乗客が乗り込んで来たようだ。はじめは必死に背中で押し返していたが、さすがに負けて肘を曲げた。
「ごめん、理玖……。狭いけど平気?」
「うん……」
鼻がくっつきそうなほど、俺と凪の顔が近い。
こんなに近いのに、電車の中じゃキスもできない。
やっぱり早く、帰りたい。
電車に揺られること小一時間、それと徒歩で約十五分。
やっと夏祭りがおこなわれる河川敷に到着した。
「人多すぎ……」
と、思わず口に出してしまった。
屋台と屋台の間には、着飾った人間がぎゅうぎゅう詰めになっている。俺と凪もその列に加わったが、蟻の歩幅よりも狭くしか歩けない。屋台にも行列ができており、焼きトウモロコシを買うだけでもかなり待つハメになった。
蒸し暑い夜に知らない人間と密着して、ちまちま歩いて、そこまで美味くもないメシのために行列を並ばなければいけないなんて。
「思ってたのと違う」
焼きトウモロコシをかじりながら、俺がムスッとそんなことを呟いた。
それに対して、凪は苦笑いを浮かべている。
「実は、祭りってこんなもん」
こんなもんの何が楽しいんだ、と言いかけたが、さすがにやめた。
焼きトウモロコシを食べ終わる。ベトベトになった手を持て余していると、その手を凪に握られた。
「な、凪。人いる」
「誰も、俺たちのことなんて見てないよ」
「俺の手、ベトベトだし」
「それもまた一興」
俺の手を引き、ちょっと先を歩く凪。
凪はぼんやりと前を向いたまま口を開く。
「俺、去年もこの祭り来たんだよね」
「彼女と?」
「うん」
「へー」
なんで気分最悪のときに元カノの思い出話を聞かされなきゃいけないんだ。
「そのときもこうしてさ、人ごみの中を二人で歩いてた。俺は人が多くてうんざりしてたんだけど、元カノは目をキラキラさせて祭りを楽しんでた」
「……」
「こうして歩いてるときに、元カノに手を握られたんだ。そのときの俺、理玖と全く同じこと言ったよ」
凪が俺のほうを向いて目じりを下げる。
「あのときは正直、全然楽しくなかった。でも、今はすげー楽しいんだ、俺」
俺は頬を膨らませ、キッと凪を睨みつけた。
「一年前のお前と俺はちげえから! 俺だってお前のこと好きだから!」
「分かってるよ。嫌味を言いたかったわけじゃないよ。ただ、一年越しに元カノの気持ちが分かったってだけ」
「お、俺だって、お前と一緒じゃなきゃここまで来てねえから!!」
「分かってるって」
「俺だって、浴衣姿のお前と手つないで歩けて嬉しいんだからな!!」
「分かってるから、理玖ちょっと声でかい」
凪に窘められてやっと、俺は前後左右の人たちにちらちら見られていることに気付いた。
俺は口を噤み、顔を真っ赤にした。そんな俺を見て、凪がクスクス笑っている。
「花火までたっぷり時間あるし、理玖が夏祭りでしたかったこと全部しようよ。楽しくてもつまらなくても、思い出にはなるからさ」
「……うん」
凪は嫌味じゃないって言ったけど、俺にとっては嫌味にしか聞こえなかった。
祭りを楽しめないことは相手のことが好きじゃない証拠だと言われた気分になって、ちょっと腹が立った。それと同時に、だったら絶対に楽しんでやるって気持ちになった。
だから、それからの俺は、どうにか祭りを楽しんでやろうと躍起になった。
子どもばかりの中で、凪と二人で金魚すくいをした。不器用な俺はすぐに金魚をすくうやつが破れてしまうのに、器用な凪はぽいぽいと金魚を捕まえる。
悔しくて、こいつに負けたくなくて、俺は何度も挑戦した。凪が呆れて「そろそろ行こ……?」と言うくらい、何度もだ。
ちょっとずつコツがつかめてきたので、再び凪に勝負を持ちかけた。凪は困ったように笑い、勝負を受ける。
結果は、俺の勝ちだった。
「よっしゃぁぁ! 見たか凪!! 俺の勝ちだ!!」
大喜びする俺を、凪は嬉しそうに見つめていた。
金魚すくいのあとは、射的をした。これもまた凪の圧勝だ。それから金魚すくいと同じように、俺の練習が始まる。慣れてきたら凪に勝負を持ちかけて、勝つまで勝負を続けた。
その他にも、くじを引いたり(クソみたいな荷物が増えた)、かたぬきをしたり(これはいくら練習しても上手くできなかった)、わたあめを食べたり(口のまわりがべちょべちょになった)、りんごあめを食べたり(美味かったけどでかくて全部食べられなかったから、残りを凪に食べてもらった)、やきそばを食べたり(こぼして浴衣が汚れた)……と、いつの間にか俺は祭りを誰よりも満喫していた。
「理玖、そろそろ花火の時間」
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