忘八侍そばかす半兵衛

北部九州在住

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延宝五年 秋  仙台高尾に妖刀村正 後編

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 当たり前の話だが、吉原の外で仕掛けをしたのならば当然江戸の法によって処罰される。
 いくら公儀の仕掛け人とはいえ露見したら助けてくれる訳もなく、むしろ口封じのために殺されるという事が想像できない半兵衛ではない。
 だからこそ、露見せずに仕掛けるという事が求められ、下準備に時間がかかる。
 火縄銃で撃つからには基本待つ必要があり、それは探られれば死ぬという事を意味していた。

「で、隠れるのに空の墓かよ……」

 吉原の寺の中で半兵衛と弥九郎が仕掛けである桶を眺める。
 死人を埋めるための桶で、半兵衛が死人用の空の桶を叩くと、蓬莱弥九郎がその桶の蓋に空気取りの穴が空いているのを確認する。

「文句を言うな。
 撃った後、調べが終わったら掘り返してやるから。
 握り飯と水筒、あとは酒も要るかい?」

「あいにく、酔って撃てるほど腕に自信はなくてな。
 で、頼んだ事はわかったか?」

「ああ。
 石川新右衛門。
 上野国安中藩堀田備中守様食客となっているが、前は柳生飛騨守宗冬様の直弟子の一人で、館林宰相綱吉様剣術指南御付の一人だったらしい」

 館林宰相松平綱吉。
 今、巷で囁かれている次期将軍最有力候補の一人であり、大老酒井忠清と若年寄堀田正俊の争いは彼を五代将軍にするかしないかの争いであると言ってもいい。
 松平綱吉と堀田正俊を繋ぐ側近の一人と見ていいだろう。

「そいつは相手にしなくていいんだろう?」

「今回の仕掛けではな。
 誰かが分かった。
 仙台藩の隠密。黒脛巾組だ」

 仙台藩藩祖伊達政宗が戦国の世に組織した隠密組織。
 伊達家が戦国の世から徳川の世にかけて生き残れた理由の一つに彼らの活躍があった。
 仙台藩の藩政の混乱も彼らが有効に働けばきっと違ったものになったのだろう。

「撃つ相手がわかったのはいいが、柳生の剣豪に伊達の忍者か。
 俺を便利な駒として使うのは構わんが、返り討ちに合う可能性は考えているんだろうな?」

 半兵衛のぼやきに弥九郎は白々しく肩をすくめた。

「なんのために空の桶を埋めると思っていやがる。
 しくじったら、そのまま卒塔婆にお前の名前を書いてやるさ」



 そんなやり取りから数日経った。
 偽の墓の中は空で、噂が流れるまでは墓参りと称して西方寺の周囲を確認してゆく。
 仕掛け時はきっちりと弥九郎の方で調整するとの事で、その前日あたりから墓の中生活となる訳だ。
 適当な墓に手を合わせた半兵衛はいかにもな墓を視界に入れ続ける。
 仙台高尾。
 墓の下には村正が埋められている以外は何もないが、誰が供えたか線香が煙を立てていた。

「誰だか知らんけど、あんたも大変だねぇ……」

 そう言って手を合わせる半兵衛であったが、この墓に高尾太夫はおらず由井正雪の愛刀『村正』がいわれなき理由で埋められているのみ。
 その無情さに半兵衛はただ無為に祈るだけであった。
 その夜。
 明日は墓の中と思っていた半兵衛が吉原の寺のお堂で寝ていたら、襖が乱暴に開け放たれ、息を切らした弥九郎が血相を変えて飛び込んできた。
 その時点でこの仕掛が破綻した事を半兵衛は察した。

「畜生!あの柳生侍やりやがった!
 寺社奉行を動かして、墓そのものを移すつもりだ!!
 あの村正を掘り返してきてくれ!!」

 吉原から一人半兵衛が駆ける。
 獲物の種子島は持っていないし、このような時にご禁制の種子島なんて持っていて見つかったらかえってまずい。
 西方寺に着くと、既に始まっていた。
 寺の境内に一人の死体。
 奥の墓場にて剣戟の音と火花が見える。
 墓石の影から飛び出した黒装束が二の太刀を繰り出すも、新右衛門は躱しざまに喉元へ鋭く一閃。
 返す刀で背後の敵の脇を断ち、闇夜に飛沫が石に散る。
 血煙が混じる中、彼の足元にはすでに三つの影が動かぬ骸と化していた。
 半兵衛は持っていた笛を吹く。
 その笛は岡っ引の笛と同じであり、御用提灯を持つ連中が飛んでくるのは江戸の街の人間ならば誰でも知っている。
 さしあたって、吉原の岡っ引として半兵衛は振る舞い、吉原から御用提灯が出る事でこの事件をもみ消すというのが半兵衛と弥九郎の帳尻合わせであった。
 そこから先の管轄やら口裏合わせは、下馬将軍の名を出せばどうにでもなるという算段である。

「……何だ。お主岡っ引だったのか?」

 笛が鳴ると遠くから同じ笛が鳴る。
 そうやって御用提灯が集まるので、剣戟はいつのまにかおさまり、残るは死体と侍が一人。
 半兵衛の目の前に居るこの侍こそ、下馬将軍酒井忠清の名前を恐れない石川新右衛門である。
 酒井忠清の政敵堀田正俊の家臣で、松平綱吉とも繋がりがある彼がこの手仕舞いに乗るかどうかで今後の動きが変わってくると言っても良かった。

「今はそういう事にしてくだせぇ。
 派手にやりましたな。お武家様」

 黒装束み見なくてもわかる。既に事切れていた。
 複数の忍者に襲われていたはずなのに、石川新右衛門は返り血を浴びているが傷らしい傷は見当たらない。

「大した事ではない。
 剣も仕掛けも同じでな。
 まずは、相手を崩す所から攻めるものよ。こういう風にな」

 石川新右衛門は血まみれの刀を深く地面に刺す。
 そこは、本来ならば半兵衛が埋まっている場所。
 その刀がすべてを見通していたかのようで半兵衛は動けない。
 この返り血まみれの侍が最初会った時のような穏やかな笑みを浮かべていた。

「仙台家中が酒井と堀田どちらにつこうか割れているのは構わぬ。
 だが、家臣が家臣の分を弁えず、己が利の為に勝手に動くは主君を軽んじる行為。
 館林宰相様はそんな事を一番お嫌いになされる」

 石川新右衛門の物言いにやっと半兵衛は絵図面が見えてきた。
 仙台藩における酒井派と堀田派の争いはつまる所重臣間の争いであり、主君そっちのけだったという事だ。
 それを穏便に片付けようと酒井も堀田も仙台藩重臣と繋がる事にかまけた事で、知った松平綱吉が激怒。仕掛けそのものを潰しにかかったと言うわけだ。
 寺社奉行は幕府内でも地位が高い役職で、酒井や堀田の二者以外から圧力をかけられるとしたらこの松平綱吉ぐらいしか残らない。
 これは、松平綱吉が伊達家中よろしく酒井や堀田の傀儡にはならないという強烈な意思表示であった。
 同時に、堀田正俊と松平綱吉との間にも齟齬がある事を露呈していたのだが、石川新右衛門はまるで気にする事なく刀を引き抜いて鞘に収めた。 

「誰に仕えているか知らぬが、館林様の意図は伝えてくれ。
 それはそれとして、礼は言おう」

 倒れた三人の切り口は寸分の狂いもなく、それが剣の腕を見せつけている。
 淡々と、まるで掃除でも終えたかのように言い残して石川新右衛門は背を向け、これ以上殺す気はないとばかりに石川新右衛門は立ち去ろうとする。
 助けた恩なのだろう。声には温かみすらあった。

「あと、次は笛でなく種子島を持ってきてくれ。
 某の鼻に届く火薬の匂い、さぞ優れた手の者と見えたのでな」



 結局、高尾太夫の墓はそのまま残された。
 西方寺の死体の件は、江戸を荒らす盗賊として処理されその首が晒される事になった。
 仙台藩はこの一件の後も何事もないように振る舞い、酒井も堀田も半兵衛の耳に届くような動きは聞こえてこなかった。
 ただ、高尾太夫の墓が吉原近くにできた事で、遊女たちの墓参りが流行りつつあった。
 吉原きっての遊女にあやかりたいという願いは吉原遊廓の楼主も無下にできず、事が幕閣の暗闘だけに公儀からの禁令も出せないという奇跡が、籠の鳥である吉原から少しだけだが外に出る事を黙認するという前例となって、高尾参りが実現したのである。

「なんまんだぶまんなんだぶ……」

 誰もいない高尾太夫の墓に冬花が手を合わせる。
 付き添いとしてついてきた半兵衛の腰には柄にもない刀が一振り。
 この墓の下に埋められていたはずの『村正』である。
 用がなくなったこの妖刀はそのまま半兵衛の元に残されたが、彼とてそれを使う気はさらさらなかった。

「さて、お参りも済んだし、少し寄り道でもしましょうか?」
「本音はそっちだろうに……」

 冬花が半兵衛の腕に手を絡めて笑う。
 墓参りは吉原の大門が開くまでに戻ればいい事もあって、遊女たちが息抜きとばかりに溢れ、そんな彼女たち向けの店もできつつあったのだ。
 冬花の嬉しそうな顔を見ていると、遠くに居た着流し侍が半兵衛を見て笑う。
 そのまま去った着流し侍こと石川新右衛門に腕に力が入ったのを察した冬花が尋ねた。

「どうしたの?」
「……なんでもないさ。
 秋の風が少し冷えてきたと思っただけだ」
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