エンジェルワーカー~あの世で始めた天使の仕事~

ラジカルちあき

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第一章.死後の世界へ

§2.故郷は駆け足に4

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 老爺の守るゲートを越えると視界に広がるのは一面の海――などという太一の期待も虚しく、依然として殺風景なトンネルが続く。

「なぁなぁ、なんかサービスエリアとか無いの? これだけ長いトンネルだし、出口付近に海ほたる的なのがあってもいいよね?」

 一向に変化の見られない風景に若干の苛立ちを覚える太一は、この退屈に終止符を打つ術を見つけるべく真由美に声を掛ける。言葉の節々から海への期待が見え隠れしているのは、太一という男が近付く浄土に阿呆な期待を持っているからだろうか。
 そんな残念な同乗人に表情を歪めながらも、真由美は正面を見たまま返答する。

「うーん、トンネルを抜けても首都高に直通してますんで、ご期待には添えられないかと……」
「なんだよぉー。つれねぇなぁちきしょー」

 ルームミラーに映る口を尖らせた太一の姿に、真由美は思わず苦笑してしまう。
 とはいえ、真由美としてもこの長いトンネルにはうんざりしていた。現場によって浄土へ出入りするJCTは異なるものの、どこも一貫して同程度のトンネルが続く。つまりは、どこを通ってもこの決して短くない退屈な筒の中を越えて行かねばならないのだ。
 関係者以外の通行が無い道なので合流地点まで渋滞の心配はない。だが、やはり風景に変化がないというのは気が滅入る。正直、太一のいう通りサービスエリアの一つでもあればと新人ながら真由美も感じていた。

「ま、まぁ、一般人は立ち入りしない特道ですし、サービスエリアの需要もないですよ」

 太一を嗜める振りをして、自分自身の甘えを振り払う真由美。これが仕事である以上は楽を覚えてはならない。新人である真由美は、改めてストイックに仕事に励もうと密かに誓うのであった。
 彼女の内なる誓いもつゆ知らず、サービスエリア大好き男の太一にとっては、需要のないという言葉にショックを隠しきれなかった。
 免許を持っていない太一にとってすれば、高速道路=楽しいレジャーへ出かける、と結びつき、無意識に胸が高鳴ってしまう。そして、太一にとって旅行の醍醐味とは目的地で過ごすことよりも、道中を如何にして楽しむか、それに尽きる。生前、父と車で出かけた時には『この先SA三キロ』という標識を見る度に「父ちゃん、おしっこ!!」といって途中下車したものだ。

「はぁー、サービスエリアのいつ行っても浮かれてるあの感じ……仕事には不要ってことかよ」
「あ、あはは……そ、そうですね」

 愛想笑い丸出しの真由美に、無駄に空気の読める太一はこの話題も潮時だと悟る。サービスエリアへの情熱が伝わらなかったのは残念でならないが――
 ともあれ、いつまでも自分の趣味を押し付けがましく語るほど太一も野暮ではない。可愛い妹に兄の情熱を分かってもらうのは次の機会にするとして、今は話題の転換が先決だろう。
 太一は昂った心に折り合いをつけ、真由美の言葉にあった、気になる単語を拾う。

「そういえばさ、特道とかいってたけど、やっぱこのトンネルって普通の道路とは全くの別物なの?」
「え? あぁ、そうですよ。正式名称『浄本特別直通自動車道』。さっきもいった通り、本土に関わる仕事をしている人しか通れない道で、一般的な道路とは別物です」

 突然の話題転換に驚きつつも、真由美は特道についての説明を始める。
 幸いにも、新人の真由美にとって特道については記憶に新しい。先日まで行われていた先輩誘導員との現場同行の際に習ったばかりだ。

「基本的に特道は首都高速の直下に敷かれた道路です。なので今、私達の真上には、えーと……首都高速五号線……だったかな? が通ってるはずです」
「お、おう……なんか曖昧だな」

 自信満々に語り出した割に、どこか釈然としない真由美の説明。彼女らしいといえばそうなのだが、浄土を全く知らない太一にとっては頼りない以外のなんでもない。
 しかし、それでも真由美は説明を続ける。

「えっと、このまま真っ直ぐ行くと、確か……あぁー、ご、ごめんなさい。ちょっと名前忘れちゃったんですけど、なんとかJCTにぶつかって、そこから首都高速と合流して、ちゅ、ちゅーおーかんじょーせん? を走ります!」

 問題だらけの説明を終えて、なぜかやりきった顔をしている真由美。ミラー越しにその満足気な表情を見ると、謎に微笑ましい気持ちになってしまうのは太一が彼女に抱く保護欲が故だろうか。
 このまま可愛らしい癒しに浸っていたい気持ちもあるが、太一は意を決して補足を決意する。甘やかすだけが教育ではない。

「熊野町JCTの中央環状線ね。『浄土JCT』が美女木JCT付近だったから、このトンネルが都心に向かってんなら、五号線で間違いないと思うよ。あくまでも本土と一緒なら」
「へ?」

 最初、太一がなにをいっているか分からなかった真由美だが、聞き覚えのある単語が並び、やがてその顔は朱色に染まっていく。真由美の反応に罪悪感を感じないといえば嘘になるが、太一としてもいったことが的外れではなかったようでホッとする。
 父親が四十歳の節目と題した自分へのご褒美でアウディを購入した際、散々ドライブに付き合わされた経験が役に立った。いずれ自分が免許を取ったら、あの車を奪い取ってやるという密かな野望は果たせなかったが残念ではあるが。
 ともあれ、ホッとするのも束の間、このまま放置していてはまた暴走され兼ねない。

「ま、まぁ、首都高はJCTいっぱいあっから分かりにくいよな。俺も偶然、そう、たまたま偶然にもその辺に詳しかっただけだからさ! ほら、俺って道とか好きだし」
「そ、そうですよね!」

 苦しい言い訳だが、なんとか危機を脱することは出来たようだ。知識をひけらかすのはいいが、アフターケアをしっかりすることが太一にとっての今後の目標だろう。
 と、そんなやり取りをしていると――

「あ?」

 視界に広がる朧げな光。半円形に象られたそれは、ヘッドライトに照らされ近付くにつれ緩やかな解放感を演出する。

「あちらが出口になります。いよいよ浄土の街並みですよ」

 真由美の説明を受け、車はトンネルよりも一段階暗い外の闇へと突入する。
 浄土へ入る入る詐欺を繰り返された太一だが、ついに、今度こそ、本当に浄土へと到着するのだった。

♦︎♦︎♦︎

「おぉー! いけぶくーろ! しぶーや! 都会じゃーん!!」

 長く続いたトンネルから出て、解放感からかテンションだだ上がりの太一はいの一番に声を上げた。
 目の前には熊野町JCTと印字された標識が吊るされている。その風景は本土の物となんの遜色もない。
 ただ一点違うとすれば――

「なるほどなるほどぉー。こっから合流するわけね!」

 本線の左手にある側道、これこそが死者を浄土へと誘う道。それつまり特道だ。
 車体は合流前の小さなバーの前で一時停止。窓を開けて真由美は、右手にある小さな機械へと老爺の所で見せたカードをかざす。すると電子音と共に正面のバーが上がり、車体は走行を再開する。
 なるほど、これが特道と一般道の境界線なのだろう。少し考えてみれば当然のことで、このゲートが無ければ簡単に脱走者が出てしまう。

「そう考えると監禁を強いられてるみたいで、なんか嫌だな……」

 到着早々で浄土の闇のようなものを感じる太一を他所に、運転席からは規則正しいウィンカーの音が鳴り響く。ほぼ同タイミングで、一瞬だけ後方からの鋭い光が路面を照らす。おそらくは、本線を走る後続車が道を譲ってくれる合図にパッシングをしたのだろう。
 本土を走っている間、誰にも認識されず、後ろからぐいぐいすり抜けられていた太一にとっては、感じた闇をすぐさま忘れて、そんな些細なことに感動を覚えてしまう。また、車線変更をした後に真由美がお礼の意味でハザードを出したことに太一は更に感動する。

「うぉぉ、これが浄土か! 俺、生きてるよ! 真由美ちゃん意思の疎通してるよ! 人間は支え合って生きてるんだよぉぉぉ!!」
「あはは、そうですよ。浄土も本土もなんら変わりないんですから」

 真由美の優しい返答に、太一は胸の奥に熱いものを感じる。
 太一はこれからこの世界で生きるのだ。ここに来るまでは不安しかなかったが、こうして実物を見ると不安を打ち消し、明日への期待が太一の心を満たしていくのだった。
 色々と悪態をついたりしたが、来て良かった。まだ暮らしてすらいないし、今後どうなるかも分からないが、少なくとも今この瞬間だけは浄土に心踊る太一の姿がそこにはあった。

「そういやぁ、真由美ちゃんの家ってどこなの?」
「ゔっ」

 太一からの唐突な問いに、真由美は今の状態を思い出す。
 支援センターは営業終了、局長からの助けは断り、自分は今スカートを履いていない。これだけでも絶望的だったはずなのに、太一を自宅へ連れて行かないといけないのだ。

 ――家バレ。

 真由美の脳裏を鋭く過る言葉。
 別に太一のことを嫌っているわけではないし、むしろ今も胸はチクチクと痛む。
 が、真由美とて年頃の娘だ。出会ったばかりの異性に家を教えるのは少し不安に感じてしまう。
 恋愛経験皆無の真由美が自身のバイブルとしている少女漫画の主人公も『男は狼』と書いてあった。いくら自分の気持ちに気付いたからといっても、相手は葬儀場でキスを迫ってくるような男だ。なにが起こっても不思議ではない。

「ま、真由美ちゃん? なんかすげぇマズイ顔色になってるけど、そこそこ交通量もあるし、ここじゃぁもうあんな運転できないからね? 」

 白くなりかけていた視界が太一の声によって呼び戻される。
 確かに、本土と違って普通に接触できてしまう浄土で真由美が暴走してしまえば、今度こそ一貫の終わりだろう。当の真由美は“あんな運転”というのがなにを指しているのか理解してはいないが。

「と、とにかく、わた、私、心の準備が出来ていないので、きょ、今日は……」
「は? 心の準備?」
「ひ、ひぇぇぇぇ、忘れてくださいぃぃぃぃ!!」
「ちょっ、待て待て待て待て! この流れはヤバイ! 落ち着こう、一回落ち着こう」

 太一はなにが地雷になったのかを理解できていなかったが、不吉な空気を察して必死に真由美を宥める。それに対し、真由美も深呼吸をして持ちこたえる。しかし、太一がなにか発するたびに真由美の琴線は敏感に反応し、視界を白くする。
 そんな理不尽な起爆スイッチに溜息しながらも、太一を乗せた車は着々と目的地へ向けて進むのであった。

♦︎♦︎♦︎

 現在の時刻は午後十時半。
 特道から一般道へと合流はしたものの、ピークは過ぎたといえ走っているのは天下の首都高速。それなりの渋滞に遭遇してしまい、結局予想よりもだいぶ遅い到着になってしまった。

「く、車の中で待っててください」

 取り急ぎアパートの前に車を着けた真由美はそういうと、もじもじした動きで車の外へと繰り出した。
 真由美の住まうアパートには住人専用の駐車場がなく、また自家用を所有していないこともあって近隣の月極駐車場を借りてもいない。一応、直帰の場合を視野に入れて近場のコインパーキングは把握しているが、そこも徒歩で五分の距離がある。普段であればなんてことはない距離なのだが、今の彼女には少しばかり酷な距離だろう。
 そんなこともあって、真由美はまず最優先事項に着替えを当て、止むを得なしに路駐を決意した。

「その……警察とか来たら、なんとかいい逃れしてください」
「あぁーはいはい。新人がいきなり切符きられるとかシャレにならないもんな」

 太一が言葉の意味を正確に汲み取ってくれたことに安堵し、真由美はゆっくりと、腰に巻きつけたブランケットを両手で押さえながら歩き出した。

「リオパレス……まぁ、いわんとすることは薄っすら分かるけど……そんなご機嫌な名前でいいのかよ」

 車に残された太一は真由美のもじもじ歩きを目で追いながら、視界の端に映り込むアパート名を読み上げる。どこかで聞いたような名前に刺激された脳細胞は、すぐにその根源である生前の記憶を吐き出す。

「一人暮らし……か」

 生まれてからずっと実家暮らしだった太一にとって、それは幾ら考えてもイメージ出来ないものだった。
 この時期になると『敷金礼金ゼロ、春からの新しい生活』なんて謳った賃貸アパートのテレビCMを嫌でも目にする。例年通りなら記憶にも残らなかっただろうが、今年の太一は受験生だ。勉強に明け暮れる太一は無意識のうちに画面上の俳優に自分を重ね、春からの新生活を夢見ていた。
 実際問題、志望校は自宅から通える距離だったために実現はしなかっただろうし、そもそも受験に失敗してしまったわけだが。
 ともあれ――

「まさか、こんな形で一人暮らしすることになるとはなぁ」

 ぽつりと独り言ちる太一。もしも不運な事故に巻き込まれず今も健康体でいられたのならば、一人暮らしなど当分先の話だっただろう。
 そう考えると嬉しいのやら哀しいのやら、複雑な気持ちになってしまうのは致し方あるまい。本音を言えば、本気で実家を出たいと思ったことはないし、まだまだ親に甘えたかった。
 改めて感じる独りの不安。太一は後部座席の上で自分の膝を抱き、大きな溜息を吐いた。

 一方で、太一がちょっとセンチになっているとはつゆ知らず、真由美は自宅へと帰還していた。
 階段の手すりに掴まったせいでブランケットがズレてしまったときにはヒヤッとしたが、そこはテンパったときの真由美クオリティである。咄嗟の判断で身を捩り、手摺に置いた左手を一切使わず、腰の動きと右手のみで危機を回避した。そして、何事もなかったかのように部屋へと駆け込み、早々に着替えを済ませたのだった。

「いやぁー、ほんとスカート二本セットのスーツ買っておいて良かったよぉ」

 先月デパートへ買いに行った際、悩んだ末に少し値は張るがスカート二本セットの方を購入した自分に賛美の言葉を送る。とりあえず、これにて真由美の状態は元通りだろう。
 あとは、呪いのスカートを明日にでもクリーニングに出せば、この悲劇はやっと幕引きになる。なんとか事なきを得て安堵の息を吐く真由美だったが、すぐにそれは深い溜息へと変わる。

「で、どうしよう……」

 悩む真由美は部屋の奥に置いた本棚へと手を伸ばし、一冊の本を取り出した。取り出したのは勿論、真由美のバイブルである少女漫画だ。
 真由美は手に取った漫画のページをおもむろにめくり、お目当てのシーンを探す。

「狼……」

 開かれたページには、ヒロインの女子高生が長身の男性に両手首を掴まれ、ベッドへ押し倒されているシーンが描かれている。
 ストーリーを知っている真由美にしてみれば、このシーンが単発的な性的描写ではなく、今後の展開に大きな影響を与える大事なシーンだと分かってはいるのだが、何故か今はストーリーから切り離して考えてしまう自分がいて、背中を伝う冷たい汗は感じる恐怖をより一層大きなものへと変えていく。
 このままでは取り返しのつかないことになってしまう。
 類稀なる被害妄想で太一をメキメキと獣に仕立て上げていく真由美は、なにかヒントは無いものかとバイブル少女漫画のページをめくる。集中し、時間も忘れ、巻を跨ぐことも厭わずに、只々ひたすらにヒントを探し続ける。
 そして、ついに真由美は見つけた。

「これだっ!!」

 真由美が興奮の眼差しを向ける先には、くたびれたベッドの上で膝を抱えているヒロインが描かれている。
 しかし、重要なのはそこではない。完璧にストーリーを網羅している真由美には、このシーンでなにが起こっているのかが手に取るように分かるのだ。

 ――両親の離婚問題で家庭環境は最悪。そんな空気に嫌気が差したヒロ子は、人生初めての家出を決意する。
 だが、クラスでもハブられていて、友達のいないヒロ子には当然行くあてなどない。途方にくれ、自分の情けなさに押し潰されそうになるが、それでもヒロ子は独り夜の街を彷徨い続けた。
 いつの間にか繁華街を抜け、街のはずれへ。そして、見つけた廃ホテル。

『くたびれたベッド、割れた窓ガラス、カビだらけのバスルーム。上等じゃない! ここが私の新しい寝ぐらよ!!』

 ヒロ子の波乱万丈な生活は幕を開けたのだった――

 というシーンが真由美の脳内で再生される。

「別にうちに入れなくても、どこかビジネスホテルとか取ればいいんだ!」

 まるで今世紀最大の発明を思い付いたかの如く、自分の名案を口にして両手でガッツポーズを決める真由美。ツッコミ不在なのが激しく悔やまれる場面だが、真由美は狙ってやっているわけではない。これも彼女の真っ直ぐな性格が故だろう。
 真由美はさっそく予約に取り掛かろうと携帯電話を探すが、車の中にバックごと置きっ放しだったことを思い出す。善は急げという言葉に従い、真由美はダッシュで家から飛び出した。

「ん?」

 独り寂しく膝を抱える太一が聞いたのは、階段から響く荒々しい足音。音に釣られて窓の外へ目をやると、血相を変えて真由美が走ってくるではないか。
 暗闇に紛れて急接近する真由美の姿はまるでホラーそのもの。万が一、これがボサボサロングヘアの色白不健康女だったのなら、おそらく太一は恐怖のあまり気絶していただろう。

「ちょっ、真由美ちゃん、どったのよ? お兄ちゃんを脅かそうってんなら君じゃ可愛すぎるぜエンジェル!!」

 内心びっくりしたことを悟られないよう軽口めいた事を口にする太一だったが、仕掛人の真由美は無言でスルーして、助手席に置いたバッグを漁りだす。その際に勢いが良すぎたのか、バックの中からオレンジ色の二つ折り財布がこぼれ落ちてしまった。

「あのー、無言スルーは勘弁してくれませんかねー。ちょびぃーと傷付いちゃうよー。あと、なんか落ちましたけどお気付きですかねぇ?」
「へ? あ、あぁ、お財布落ちちゃってました。ありがとうございます」

 太一の声で我に帰る真由美。どうやらスルー以前の問題で、熱中するあまり根本的に太一の存在を忘れてしまっていたようだ。
 それはそれで傷付いてしまう、と感傷に浸る太一に軽く頭を下げ、真由美は指摘された財布を拾い上げる。そして、落ちた拍子に開いてしまった財布のボタンを留め直そうとして、真由美は視線を落とす。

「あ、あれ……?」

 真由美は固まった。開いたままの財布に目線を固定したまま微動だにしたない。
 異変に気付いた太一は即座に立ち上がり、運転席へと身を乗り出す。

「お、おい、どうしたんだよ? 戻ってきてからおかしいぞ?」
「に、二千円しかないんです……」
「は?」

 真由美の言葉の意味が分からず、首を傾げる太一。
 しかし、そんなこと御構い無しに真由美は勢い良く顔を上げ、太一の目を見ていい放つ。

「お財布に二千円しかないんですっ! 椎名さん盗んだでしょっ!?」
「んなことすっかよっ! 中学生じゃねぇーんだから!!」

 身に覚えのない容疑を吹っかけられた太一は全力で反論するが、当の真由美は聞いてはいない。今度は意図的に財布をシートに叩きつけ、蒼白した顔を自由になった両手で覆い隠し、挙げ句の果てになにやら小声でぶつぶつと呟き始める始末。

「ビジネスホテルの相場は五千円……でも二千円しかない……ATMは十時まで……でも今は十時半……」
「怖い怖い怖い怖い! 真由美ちゃん、なに言ってんの!?」
「怖い……? そう、狼……怖い……」
「な、なに、どうしたん……はっ!? これがヤンデレの妹? もしかして俺、殺されちゃうの? 待って待って! 俺、幼なじみの手料理とか食ってないからね!? 早まっちゃダメだよ!!」

 なにをいっても通じない、塞ぎ込んだ真由美。そんな彼女の姿に、着々と勘違い男の太一も病んでいく。
 こうして、太一の浄土で初めての夜はゆっくりと更けていくのであった。
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