100のフラグとさようなら

馬近

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私はフラグを叩き折る

7個目 弟と私

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 パンツ騒動から二カ月後のこと。
 弟が生まれた。当然フラグである。

 婚約者トーマスに執着し身を滅ぼしたのは、弟が生まれたことが最大の原因だ。蝶よ花よと育てられ、家から出ることもなく友人もいなかったガブリエラは、正統後継者が誕生したことで、自分の価値を見出せなくなってしまった。

 家族に本音をぶつけることも出来ず、長女としての振る舞いを実践し、公爵家として隙を作らないために勉学に励む日々。

 優しくしてくれた婚約者に溺れるのも、年齢や立場を考えれば無理からぬことだと思う。まあ、好きなだけ自由にさせてもらっている対価として、トーマスや攻略対象者以外なら政略結婚でもドンとこいなんて思い始めてもいるのだけれど。両親への恩返しは必要だ。私は、学べる幼女なのだ。お金も稼いだし、ルーシーがいれば悪いようにはならないだろうしね!

 そんなこんなをつらつらと考えながら、面会可能になった弟とお母様の元へ、のほほんと会いに行った。


 デイヴィッドと名付けられた弟を、最初に目にしたときの衝撃は生涯忘れないだろう。
 母譲りの橙色に近い淡い色の髪、父譲りの黄金色に輝く瞳。柔らかく微笑むお母様に抱かれた、まだほんの小さな命。
  
 そう命だ。

 いまの今まで、ここはアニメやゲームの世界だから好き勝手をしてもいいと考えていた。究極的な話としては、政略結婚しようが、攻略対象者といざこざが起ころうが、ヒロインとケンカをしようが、その結果として破滅の道へ進もうが、己ではなく悪役キャラクターの生涯だものねと半ば投げやりに達観していたのだ。
 前世の記憶が半端で曖昧なくせに妙に主張してくるせいで、ガブリエラとしての記憶と混ざり合ってしまっているのも理由かも知れない。

 迷惑を掛けないように、なるべく両親に甘えないように、使用人から嫌われないように。魚が食べたいと言えば、無理をしてでも用意されることを知っていたから些細な我が儘も言えなかった。我慢しなかったのは、ルーシーと庭を駆け回ったり、パンツ革命をしたくらいのものだ。

 もちろん両親や使用人には感謝しているし、前世を取り戻した時に計画したように、悪役として死ぬのは嫌だ。でも現実感が乏しく、どこか違う世界の住人として俯瞰した目でみていた。多少なりとも自分をさらけ出せるのは、唯一の友達であるルーシーの前でだけだった。

 間違っていた。
 私は愛されていたし、この世界は現実だ。
 心に溜まっていた様々なもやもやは、いつしか涙の川となって零れ落ちていた。

『安心しなよ。君はちゃんとここにいる』

 私の精霊は、いつも私だけに優しい。
 ふわふわの毛で、そっと私の目元を拭い、抱えやすいように両前足を広げてくれた。そっと腕の中に抱き寄せ、気持ちよさそうなお腹に顔を埋めると、お日様の匂いがする。安心した私は、くすくすと笑いながら、ようやくこの世界の本当の一員になれた事を喜んだ。
 
 泣いたり笑ったりと心配させたお母様に、にっこりと笑顔の花を咲かせ、弟を抱っこしても良いか聞いてみる。

「もちろんよ」
 ルーシーが離れたのを確認したお母様が、弟を預けてくれた。

 立ったままでは危ないから、座って足を開く。壊れないように慎重に。痛くないように細やかに。右手と両足、お腹も使ってしっかりと支えた赤ちゃんは、凄く軽いはずのに不思議とずっしりした。命の重みだろう。

 またもや不覚にも泣きそうになりながら、空いていた左手で、そっと頬を撫でてみた。いつまでも触っていたいと思わせる魅惑のぷにぷに肌と、確かに感じる暖かさ。

「私があなたのお姉さまですよー」

 わかってくれたら嬉しいなと語りかけ、スプーンすら持てない小さな小さな手のひらを、人差し指ですーっとなぞっていたら、キュッと握られてしまった。
 
「ガブリエラへの挨拶ね」
 慈愛に満ちた表情のお母様が、そんなことを言ってくれた。
 
 私は、生きている!
 この素晴らしい世界で皆と一緒に!


★☆★☆★


 しばらく後のこと。
 お昼寝をしているデイヴィッドの部屋で、私は呪文を唱えている。

「ねっ」
 歌うように。

「ねっ」
 軽やかに。

 いつの日か、一番最初に『ねーね』と言わせたい。私は、出来る女なのだ。
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