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5.五節
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季節は二つ過ぎ去った。そして三つ目の季節も後僅かで終わる。新月の夜、新しい娘達を集めた酒呑童子も鬼も宴に酔う中、唯一人茨木童子だけは違う場所にいた。石畳で出来た階段をゆっくりと上がる。本来ならばこの地な入ることは叶わないが新月の夜、この時間ならあの人に会えると確信した。
「誰ぞ。」
嗄れた掠れた声が響きわたった。茨木童子の前には皺だらけで腰も曲がり、杖で立つのがやっとと言う老婆が目に入る。大江山で最高齢の女鬼であり、この若い女鬼たちを守る守護神でもあった。
「久しゅうしてます。婆様。」
「茨木童子。」
悪さでもしにきたのかと醜老な鬼は身構えた。しかし茨木童子は身動きすらしなかった。
「ここは神聖な場所ぞ。主ら男には入れぬはず。何故この地に入った。」
真っ直ぐに通り抜ける言霊を茨木童子はただ見送った。そして一息吐くと唇を震わせた。
「『イザナギ、我を解放せよ。』」
呟かれた言霊に醜老な鬼は目を丸くした。先程まで目の前には誰もが恐れる男鬼の茨木童子が居たはずだ。しかし目の前に居るのは髪の色、瞳の色は同じと言えど、地に着くほどの美しい白銀の髪と月色の瞳を持つ女鬼。何より老婆鬼が目を見張ったのはそのお腹だった。
「主、女じゃったのか。」
呟くような老婆鬼の言葉に娘は頷いた。そして自らの誠の手で自らの腹を撫でた。
「言霊遣いか?」
「はい。」
老婆鬼は驚きながらも娘の腹と今までの姿を思い出した。これほど長い年月を生きて、言霊に騙されるなど初めての事だった。
「相手は誰じゃ?」
娘は何も言えなかった。言ってしまえば酒呑童子の枷となってしまうことを嫌っての行動であった。
「言えぬか?」
老婆鬼の真っ直ぐな視線に頷きを返した。言いたくないと思っていても老婆鬼はそれを見透かしたように言葉を紡いだ。
「主ほどの力の持ち主を孕ませるとなれば、酒呑童子か?」
茨木童子の視線が微かに揺れた。老婆鬼はそれ以上、何も言わなかった。
「後どれぐらいで生まれる?」
真っ直ぐな問いに茨木童子は安堵の息を漏らした。その様子に老婆鬼はお腹の父親が誰だか確信した。
「あと一月で十月になります。」
老婆鬼は何も言わずにそのお腹に手を当てた。微かに聞こえる新しい鼓動に口元を緩ませた。
「生ませてやる。その子を。」
老婆鬼の言葉に娘は顔を上げた。今にも泣きそうなその瞳は潤んでいた。
「じゃが、条件がある。」
老婆鬼は冷たい視線を娘に向けた。そしてゆっくりとした口調で言った。
「娘は我が育てる。」
その言葉に娘の顔が強張った。まるでひきつるようなその顔に老婆鬼はゆっくりと笑った。
「安心せえ、主から取るわけではない。」
安心させるように老婆鬼は言うが娘の顔は強張ったままであった。老婆鬼の骨と皮だけの皺だらけの指先が娘に向けられた。
「主は茨木童子。大江山で二番目の鬼よ。」
老婆鬼の語りに娘は茨木童子として唯耳を傾けた。娘は統べる側の鬼だと老婆鬼は分かっていた。
「主のことだ。子と二人で隠れて住まうつもりじゃったのだろう?」
見抜かれていたのかと、茨木童子は目を丸くした。そして虚勢を張るのを諦め、娘は頷いた。
「茨木童子よ。主が去ねば酒呑童子は下の鬼達の裏切りに遭うじゃろう。」
もしそうなれば老婆鬼を初めとする女鬼たちが露頭に迷うことになるのだ。老婆鬼は全ての鬼が茨木童子の抑えなくては酒呑童子に統べられない事を分かっていた。
「月に一度、新月の宴に娘に逢わせてやろう。だからここを出るな。それが条件じゃ。」
老婆鬼の言葉に娘は涙した。しかし同時にある疑問が浮かぶ。
「この子がまだ女とはわかりません。」
娘は自らのお腹を優しくさすった。愛おしそうにそのお腹を触る姿に老婆鬼は酒呑童子への想いを見た。
「娘じゃ。」
老婆鬼は呟くように断言した。醜老な顔を歪ませて笑う鬼に娘は目を丸くした。
「触った時にいうておった、娘じゃと。」
娘は涙で潤ませた視界で何も見えなくなっていた。ただ皺だらけの手が頭を優しくなでる感覚だけはあった。
「誰ぞ。」
嗄れた掠れた声が響きわたった。茨木童子の前には皺だらけで腰も曲がり、杖で立つのがやっとと言う老婆が目に入る。大江山で最高齢の女鬼であり、この若い女鬼たちを守る守護神でもあった。
「久しゅうしてます。婆様。」
「茨木童子。」
悪さでもしにきたのかと醜老な鬼は身構えた。しかし茨木童子は身動きすらしなかった。
「ここは神聖な場所ぞ。主ら男には入れぬはず。何故この地に入った。」
真っ直ぐに通り抜ける言霊を茨木童子はただ見送った。そして一息吐くと唇を震わせた。
「『イザナギ、我を解放せよ。』」
呟かれた言霊に醜老な鬼は目を丸くした。先程まで目の前には誰もが恐れる男鬼の茨木童子が居たはずだ。しかし目の前に居るのは髪の色、瞳の色は同じと言えど、地に着くほどの美しい白銀の髪と月色の瞳を持つ女鬼。何より老婆鬼が目を見張ったのはそのお腹だった。
「主、女じゃったのか。」
呟くような老婆鬼の言葉に娘は頷いた。そして自らの誠の手で自らの腹を撫でた。
「言霊遣いか?」
「はい。」
老婆鬼は驚きながらも娘の腹と今までの姿を思い出した。これほど長い年月を生きて、言霊に騙されるなど初めての事だった。
「相手は誰じゃ?」
娘は何も言えなかった。言ってしまえば酒呑童子の枷となってしまうことを嫌っての行動であった。
「言えぬか?」
老婆鬼の真っ直ぐな視線に頷きを返した。言いたくないと思っていても老婆鬼はそれを見透かしたように言葉を紡いだ。
「主ほどの力の持ち主を孕ませるとなれば、酒呑童子か?」
茨木童子の視線が微かに揺れた。老婆鬼はそれ以上、何も言わなかった。
「後どれぐらいで生まれる?」
真っ直ぐな問いに茨木童子は安堵の息を漏らした。その様子に老婆鬼はお腹の父親が誰だか確信した。
「あと一月で十月になります。」
老婆鬼は何も言わずにそのお腹に手を当てた。微かに聞こえる新しい鼓動に口元を緩ませた。
「生ませてやる。その子を。」
老婆鬼の言葉に娘は顔を上げた。今にも泣きそうなその瞳は潤んでいた。
「じゃが、条件がある。」
老婆鬼は冷たい視線を娘に向けた。そしてゆっくりとした口調で言った。
「娘は我が育てる。」
その言葉に娘の顔が強張った。まるでひきつるようなその顔に老婆鬼はゆっくりと笑った。
「安心せえ、主から取るわけではない。」
安心させるように老婆鬼は言うが娘の顔は強張ったままであった。老婆鬼の骨と皮だけの皺だらけの指先が娘に向けられた。
「主は茨木童子。大江山で二番目の鬼よ。」
老婆鬼の語りに娘は茨木童子として唯耳を傾けた。娘は統べる側の鬼だと老婆鬼は分かっていた。
「主のことだ。子と二人で隠れて住まうつもりじゃったのだろう?」
見抜かれていたのかと、茨木童子は目を丸くした。そして虚勢を張るのを諦め、娘は頷いた。
「茨木童子よ。主が去ねば酒呑童子は下の鬼達の裏切りに遭うじゃろう。」
もしそうなれば老婆鬼を初めとする女鬼たちが露頭に迷うことになるのだ。老婆鬼は全ての鬼が茨木童子の抑えなくては酒呑童子に統べられない事を分かっていた。
「月に一度、新月の宴に娘に逢わせてやろう。だからここを出るな。それが条件じゃ。」
老婆鬼の言葉に娘は涙した。しかし同時にある疑問が浮かぶ。
「この子がまだ女とはわかりません。」
娘は自らのお腹を優しくさすった。愛おしそうにそのお腹を触る姿に老婆鬼は酒呑童子への想いを見た。
「娘じゃ。」
老婆鬼は呟くように断言した。醜老な顔を歪ませて笑う鬼に娘は目を丸くした。
「触った時にいうておった、娘じゃと。」
娘は涙で潤ませた視界で何も見えなくなっていた。ただ皺だらけの手が頭を優しくなでる感覚だけはあった。
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