アマツバメ

明野空

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4.日照雨(そばえ)

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 あの賭け事をきっかけに、僕とツバメは度々会って話すようになった。僕が体育服を忘れたときは彼女に雨を降らせて室内学習に授業を変更させたり、快晴日和に一人こっそり傘を持参し、放課後になんの前触れもなく彼女が空を泣かせ、友人らを困らせたりもした。その度にツバメにデザートを献上しなければならなかったけれど、それに見合うだけの力を彼女は持っていたし、僕も認めていた。
 同じイタズラ仲間だった浩人にはツバメの秘密を打ち明けられなかったので、結局誘えずにいた。浩人がいれば、もっと雨を利用して面白いことができると思うと、秘密を抱えたことがちょっともったいない気がした。
 雨上がりのある日の放課後、ツバメと田園を突っ切っている砂利道を一緒に下校していたとき、彼女は転校してきた成り行きを話してくれた。
「父さんが銀行員の転勤族で、数年おきに各地を点々としてるの」
 右隣を歩きながら日傘をゆらゆら揺らすツバメが言った。
「テンキンゾク?」
「各地に務めてる会社の支店があって、そこに飛ばされる人、一家のこと」 とても流暢にツバメは言った。「だから二、三年に一回は引っ越すの」
「そんなに引っ越すのか。前はどこにいたんだ?」
 僕が訊ねると、彼女は北方の地名を口にした。有名な地名だったから僕ももちろん知っていたけれど、彼女はその地の思い出話などは語ろうとはしなかった。
「ってことは、ここにいるのもそう長くないんだな」
「多分ね」
「そんなに引っ越し多かったら、小山内もお母さんも大変そうだな」
 僕が言うと、ツバメは少しだけ歩調を弱めた。気づくのが遅れて、慌てて僕も彼女に合わせる。
「どうした?」
「私の母さん、もういないから」
 ごく自然に、もしくはそう装って、ツバメはあっさりと言った。
 胸に、ちくりとした痛みが走った。
 それは以前どこかで感じたものと、かなり似ていた。
「気にしないで、誰だって驚くことだから」ひどく、落ち着いた声だった。「もう、何年も前のことになるんだけどね」
「ごめん……知らなかった」
 素直に詫びると、彼女は首を横に振ってくれた。
 小山内乙鳥には母親がいない。彼女が転校してきてもう二ヶ月が経とうとしているのに、そんな情報は僕の耳には一切入っていなかった。別のクラスとはいえ、事情にうとかった僕はこれまでにない罪悪感を感じた。
 けれど、同時に僕はある種の親近感を覚えた。
「じゃあ、小山内の家は父子家庭になのか?」
「うん。父さん子育てが苦手だけど、なんとか上手くやってる」
 達観した口調でツバメは言った。異性の親となると、子どもとの距離感や接し方が分からなくなるのかもしれない。僕の家庭でも同じ条件が揃ってはいるけれど、娘となるとまたケースが違う気がした。
「実はさ」僕は思い切って話すことにした。「僕の親父も、もういなんだ」
「お父さんが?」
 ツバメはかなり驚いた様子だった。それから僕はツバメにことの経緯を話した。
「じゃあ、家事は大抵できるの?」
「まあ、そこそこ。料理のレパートリーも年々増えてるし、その辺り困ったことはないな」
「へぇ、スゴいね。私はてんでダメだな……小遣いとかどうしてるの?」
「基本的にないな。だから代わりに夏休みとか冬休みにバイトしてる」
「バイト?」
「っても、父親の漁仲間のおっさんらの手伝いだけどね。親父がとにかく顔が広かったから、よく面倒見てくれるんだ」
 深夜帯に起きてお昼まで海上にいたり、捕れる魚の種類なんかを話すとツバメは興味ありげに頷いていた。
「でも学校には話し通してないから、チクんないでくれよ」
「まさか。でもこれで共犯か」ツバメは言った。「私の秘密とアルバイト、口止めとしてはおあいこだね」
「でも小山内の方がでっかいような気がするけどな」
 僕がぽつりと言うとツバメは息が混じった声でくすりと笑った。
「じゃあ将来はお父さんの跡を継ぐの?」
「んん、どうだろうな」
 僕は唸った。確かに家系的に見れば漁師に就くことがもっとも筋が通る。アルバイトもしている分、ある程度の経験と知識は蓄積されている。親父の背に憧れていたこともある。けどだからといってその道に進むことが絶対とは今まで一度も思わなかった。第一、将来のことなんて、まだ全然考えられない。母親に負担をかけまいと高校受験を避ける手も考えたけど、それは母親ががんとして聞かなかった。だから今は、受験のことで頭がいっぱいだった。
「まだ全然分からないな、親父が生きてればまた変わってくるのかもしれないけど」僕は素直に言った。それが正直な意見だった。「小山内は、どうするんだ?」
 当然のように僕は訊き返した。
「私は……」少しうつむいて、ツバメは言った。「もし叶うなら、私は夜になりたいな」
「夜?」
「……バカにしてるとか思ってる?」
「いや、そういうわけじゃないけど」僕は両手を目の前でばたつかせて否定の色を表した。「けど、なんでよりによって夜なんだ?」
 僕は訊ねたけれど、ツバメは黙りを決め込んでそれっきり答えなかった。
 ――ケンカしたから。
 ――お天道様と。
 出会ったときにツバメが言っていたケンカの相手。お天道様。夜といえば太陽とは対局な立ち位置になる。泣くと雨を降らせたり、差している日傘といい、彼女は太陽とはなんらかの因縁があるように思えた。もちろん、彼女の言ったことを真に受けるわけではない。けれど、どこか腑に落ちない点があるのも確かだった。
 父親がいない息子。
 母親がいない娘。
 もしかしたら、ツバメは僕に父親がいないことを知っていたのかもしれない。雨を降らせる秘密を打ち明けてくれたとき「きまぐれだったから」と彼女は言っていたけど、似た境遇を持っているからこそ、同じ痛みを知っている者同士だからこそ、彼女は僕に迫ってきたとも解釈できた。
 そっと隣を歩くツバメを見やる。まだ高く昇っている太陽に、彼女は日傘を強く突き立ててるように差していた。
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