あなたのライカ

さかしま

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第十三話

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「プランは殲滅だ。子どもは保護か見逃しもいいが怪しいと思えば逃すな。異様に衣服が膨らんでいないか、ぬいぐるみを重たそうに抱いていないか。よく観察しろ」
「ワフッ」
「俺が許す。ライカがいるときはその判定をただ盲信しろ」
「ウォン」
「了解であります!」
「では各班に別れ作戦を開始せよ。お前ら、なるべく死ぬなよ」

 狼になり大佐の隣にお座りをしたまま部隊を見渡す。犬が上司であることを今さら憂う隊員はいないが、大佐と共に戦況を読み指示を出していた人物が人語を発せない状況になっていることへのストレスは強張っている表情を見ればわかる。
 農産物が特産品の地方都市だったなら俺も人として参戦しただろうに、武器も火薬も現地調達と港湾から密輸強奪で賄える経済特区では各々の特性を活用する方が生存率が上がるからこうなった。
 人の姿でも人と比べ物にならないほど嗅覚はいいが、獣になれば本来の性能になる。ぬいぐるみは自爆テロの一般的な道具で厄介なのは子ども本人が爆発物を持たせられていると知らないことだ。庇護を求め涙ながらやってくる子を無下にできるほど俺たちは人でなしではないが、それで死んでやれるほどいい人でもない。なので、ここでの俺の仕事は基本的に軍用犬として動くことだ。戦場の火薬臭に若干鼻がやられても、使い物にはなる。足も人と比べられないほど早いから、偵察として街中を駆け抜けられる人材として俺は結構役に立つのだ。

 ひとっ走りしてそれぞれ分けられた隊が指定の位置につき、作戦を開始したのを見届けて、大佐の元に一度戻る。
 
「わふ、ワンッ! ゥガウ」
「そうか、まったくわからん。報告は人になれ」

 大佐が上着を投げ寄越してくれたので人になって大事なところを隠し、道を塞ぐように麦や穀物入りの麻袋を積んで作られた塹壕に背をもたれさせ報告と休憩を兼ねる。
 一息つけば毛皮がなくなったからかすぐに冬の冷気が肺を刺してきた。

「ダン中尉班は二区、ロッジオ少尉班は四区に配置してそれぞれ港方面に前進しながら救助メインで殲滅作戦に入りました。大佐はここ三区から殲滅メインに前進です。救助を求められても隣の区に流すだけでお願いします」
「当初のプラン通りだな」
「はい。タウン在中軍との合流は五日後を予定に焦らず一人残らず殲滅を目的に前進してください。在中軍の後ろは完璧なセーフティエリアにしますよ。俺はこのまま単騎先行の各区蛇行で偵察と救助で戦況を各班に伝えつつ、発見した敵が少数なら俺の方でも闇討ちしていきますね」
「わかった。お前は単独行動なんだから、即死は死んでも避けて死にそうになったら信号弾撃てよ。敵の増援が到着する前に助けに行ってやる」
「そう言われても狼のときは丸腰ですから難しいですね。そもそも手持ちがないです」
「それもそうだな、こんな可愛い生き物に手ぇ出す輩に配慮はいらん。殺られる前に殺れ」

 大きな手のひらが向かってきたので額をさしだし瞼を閉じる。頭に手を置き額から前髪の生え際までを撫でてくるその指は実戦と訓練ですっかり固くなった皮膚だったけれど、動物を慈しむ手つきに存外柔らかさを感じて気持ちいい。
 大佐は生き物が大好きだ。神様に恵まれている大佐に難があるとすれば、動物以上に人を愛せないところだろうか。独り身でいいと豪語するくせ人恋しさに負けて、人と動物を兼ねている俺でその気持ちを発散している節がある。戦場では屋敷のペットから離れた禁断症状も相まって、俺に触れる手つきはどこか甘ったるい。
 愛犬を愛でるような手つきを暫し受け入れ、離れていった手に拳をつくり大佐もと誘い、拳同士をガツンとあわせてひとつ微笑む。

「夜はダン中尉とロッジオ少尉の方に行き来してフォローしますが、大佐のところはスルーします。たぶん大体ロッジオ少尉の方にいます。在中軍合流のときにまた会いましょう。俺がいないの我慢できますか?」
「おう。今充電した」
「それはよかった。マイル副班長、大佐が……ダルムシュタット班長が飛ばしすぎたら副班長として殴ってでも諌めるんですよ。できますか?」
「殴れはします。止められるかは不安ですが」
「殴れるなら十分です。マイルは俺の大事なできる部下です。頼みますよ、大佐」

 傍らに控えていた部下のマイルとは腕と腕をコツンと合わせてから肩を抱き背を叩いて鼓舞し、立ち上がり上着を脱ごうと手をかける。

「そろそろ行きます」
「あ、待て。先に聞いとくが、ご褒美は何がいい?」

 いつものようになんでも言ってみろと笑いかけてくる大佐に「んー」と一瞬考えて、はにかみ答える。

「誕生日ケーキを。大佐の作るごはんもスイーツも大好きなので、大佐が作ったのがいいんですよね」
「それは私的なプレゼントだろ、仕事のご褒美にゃならんっつの」

 嬉しそうにはにかみ笑う。俺たちの頭上や塹壕越しでは数秒や数分、バラバラのタイミングで乾いた銃声や爆発音が聞こえていて、場違いの会話も甚だしいところだ。

「じゃあ、積み立てておきます。いつものように」
「またかよ。まあ、その方が俺も都合がいい。ずっと俺の部隊にいろよ、ライカ」
「もちろんです。大佐は寂しがりですから放ってはおけません。ハロルド様の囲い込みの助力も得たいですし」
「まかせろ、ライカが望むならふたりまとめて面倒見てやるさ」

 離れがたく、それでも最後に頭をがしがしと撫でられる。その手が離れて上着を返せば、少し予定より遅れたが、狼として走り出す。
 瓦礫散らばる石畳の道は冬に冷えてガラスが散らばる道みたいで痛い。せめてとショートカットに選び走った公園内や一般家屋の庭は土草が凍って霜柱が肉球にシャクシャクと柔らかく潰れて、思いがけない好きな感触にスピードは上がっていく。
 火薬の臭いがなくて、銃声も悲鳴も聞こえなくて、そんな場所だったならいい散歩ができただろうに。鼻を利かせると火薬のにおいを運ぶ潮風に、いつか浜辺をハロルド様と、とすら思ってしまう。
 場違いな感情を白い呼吸と共に背後に残して、ひたすら駆けた。


「こっちにいるぞ!」
(また傭兵か……)

 最初こそはただの大きい犬として偵察していたが、少数を襲ううちに無差別に人を襲うはぐれ狼として目撃されていたようだ。見かけたら射殺と伝令されているらしく、わざと姿をあらわしては少数を引き付けることが可能になった。
 突進して噛み砕くように噛みついてぶん回し、そのまま首を折るか壁に叩きつける。複数に回り込まれれば壁に飛び上がり跳躍して逆にこちらが回り込み足をすくい転ばせ襲っていく。ケモノに殺されるのは、人に殺されるよりもきっと絶望を感じるのだろう。悲鳴ばかりが耳から離れない。
 鼻を使って俺自身が向かっていることもあるが、行く先々次から次へとわいて出る敵勢には恐れ入る。それと同時に国民からあんまりにも嫌われているこの国が哀れだと思う。

 傭兵は当たり前のようにどんな街でも酒場にたむろしていて、金か酒かセックスで雑に人を殴り、暴力で身ぐるみを剥がして、心無く命を奪っている。
 俺が故郷から出たばかりの子どものころからそんなのは当たり前の光景だった。帝都に近づけば近づくほど数と暴力は減っていくけれど、帝都をぐるりと囲んでいる末端の田舎はどこにもいない軍人よりも傭兵の方が実権を握っている。軍部だってそれを黙殺していた。田舎におろす資金などないのだと。
 炭鉱の町には珍しくそれらしい男はいなかったけれど、あれは町の男が普通に傭兵より強すぎたからかもしれない。

 占領されたと聞いていたが、走りまわり誘きだしと偵察したところ、敵は反乱分子の他に傭兵もいるようだった。トゥシアタウンは港湾貿易が盛んで地方だとしてもそれなりに軍部も力を入れて統治していたはずで、傭兵がどんな街にもいると言ったって、反乱分子と半々の数で傭兵がいるなんて思えない。
 どこからか集められている。それか、集ったか。

「……まさかな」

 ないない、と笑い飛ばすには自分が命を奪った数と推測される街の傭兵の数が合わない気がする。
 集まったならどこから。田舎から以外は考えられない。目的は金と武器だろう。なら理由は、いままでの収入じゃやっていけなくなったから、かな……。なぜそうなったのか。傭兵にお金が落ちなくなったのは、なぜか。うーん、いままでその街が傭兵に当ててきた資金が尽きたから?
 傭兵は金で動く。代金を支払われれば、軍にも市民にも、どちらにも加勢しどこからでも集まる。軍が素人を雇うことなんてないから、傭兵のだいたいは軍の敵勢に組み込まれる。
 ……一度、ハロルド様が資金援助していた企業団体街田舎に目を通す方がいいのかもしれない。まだ決まったわけではないけれど。あの人がいったいどんな資金のやりくりをしていたのか、そればかりが気がかりだ。

 在中軍本部に到着し、大佐と合流し数日振りに人の姿に戻って細かな傷を手当てする。知恵熱気味に痛い頭をふるふると振って、手のひらと足の裏の生傷に薬を塗り込む。軍犬用の四つ足靴を履ければこんな無駄な怪我は負わないのだが、それを履くには人の手が必要で、人に戻るときに質量的な問題に直面してしまうから憧れるだけ無駄だった。

「狼が人を襲っていると避難してきた一般人から何件も報告が来ていたぞ、ライカ」
「やだなあ、敵しか襲ってないですよ」
「人食い狼がいる、助けてくれ、とそれはもう命からがらだったんだが」
「あの姿だと獲物は噛んで振り回してちぎって絶命させる他ないですから、勘違いしたんでしょう。食べてないです」
「だよなあ。俺の狼は人肉と犬肉は食わない主義だと散々抗議したんだが、トゥシア軍部の責任者は駄目だな。獣人差別主義者で聞く耳を持たん」

 さて、と大佐は俺に向いていた身体を隊員に向け、今しがたしてきた作戦会議の概要を話し始める。大佐の後ろ隣に立ち上がり背筋を伸ばして俺も聞く。いつもなら俺も同席するのだが、今回は残念なことにトゥシア軍部内から圧力をかけられて同席が認められなかった。そこら辺ですでにどんなことを言われていたのかは察しがついている。

「喜べお前ら、最前線の港湾奪還の任務が割り当てられたぞ。簡単に説明するとレジスタンスの占領している区を突っ切って占領されている港湾を奪還して俺らと在中軍で挟み撃ちする運びだ。俺ら信頼されてるな」

 つまり話の流れをかいつまめば「臭い獣人のいる家名の七光りで出世したような若造率いる部隊なんて捨て駒で十分」という気持ちを「かの陸軍名家であるダルムシュタット家の出身であるフリードリヒ大佐が率いる隊ならば我が街を英雄的行動で救ってくださるはずだ」と希望的観測を装い切り捨てたのだ。
 これは戦中でもよくある扱いだったので、いちいち憤慨はしないし獣人でごめんなと謝ることもしない。俺が申し訳なさを感じないようにちょっとした皮肉を入れるくらいにはむしろネタにもなっている。人食い狼のくだりは前振りだろう。

「そんな信頼されてる俺たちの今後だが、集中砲火回避にダン中尉、ロッジオ少尉、俺の班に別れたままそれぞれ港を目指すことにした。ライカ曹長は俺たちが出発する前に狼として各班の進行方向に潜んでいる敵を小、中傷程度に乱しておいてくれ。壊滅してくれりゃなおいいが俺たちが駆け抜けられる程度でいい。俺たちはライカ曹長が発って半時ない程度で前進を行う」
「了解です」
「了解しました」
「人食い狼役、なるべく銃弾つかわせてリーダー各狙いでやらせていただきます」
「ライカ曹長の運動量は俺たちより遥かに多くなるが、港に到着してからがまた重労働だ。心して聞けよ」


 じり貧とはこういうことを言う。
 ひと月孤立無援で街に向かって前方と港湾に向かう後方の両方を引き付けろとは、人が悪いどころか人道から外れている。せめてもう一個隊くらい人員を寄越して欲しい。
 人を噛み殺してきた俺が言える言葉ではないが、この街の軍のお偉いさんたちは人の心がないようだ。本当にできると思っていないからひと月なんて長丁場を要求してきているんだろう。全滅してこいと思考が透けて見える。大佐の席が欲しい輩がそこにいることは明白だった。
 ――帝都勤務は普通、危険とは無縁の人気の職場だからな……。
 占拠されていた港湾の奪取は不意をついたこともあるがなんとか完遂している。物資が強奪されていた現場なだけあって資源には事欠かないが、それも今だけだ。
 日に数人ペースで隊の数が減っている。その前に港を奪還した日に何人も失っている。
 僅かなコンテナを壁としてベース基地に、休憩していた大佐に走り寄り戦況の確認をする。

「今後もそのまま、後方の敵船は中尉隊に当たらせて、大佐は少尉隊と前方の指揮に集中しましょう。適度に中尉隊と少尉隊の位置は交換させてください」
「残りの弾薬はどれくらいだ?」
「十中八九、この流れでは一週間で足りなくなりますよ。このままだと殲滅作戦には素手で挑むことになるので、毎夜俺がそこら辺から寝首かきながら拝借して補充していこうかと」
「それだとお前だけが危険だろうが」
「朝戻ってなかったら俺のことは諦めてください」
「そ、ういう、ふざけたことを言うのはやめろ」

 加減はあるものの頬を平手で叩かれ、打ちどころがよかったのかパンッといい音が響いた。周りで休んでいた兵が銃声と間違えて飛び起き銃を構えて一瞬の緊張が走る。これには俺も大佐も思わずやってしまったと固まった。申し訳ない。

「曹長、一時的ならまだしも全面的に俺たちに大佐のことを任せようなんて甘い考えは捨ててください。荷が重いです。それこそ自暴自棄起こした大佐のバカで全滅です。俺たちの命を大事に思ってくれているならちゃんと帰ってきてください。あと、俺は手榴弾が欲しいので、最優先でお願いします」

 現場を駆け回る俺に代わり、大佐の側に控えていたマイルが「まったくもう」とため息で雰囲気をほぐしてくれた。
 マイルは本当にできる部下だ。同い年の親しみやすさもあるが、薄く散っているそばかすが実にキュートで猫可愛がりたくなる。瞳と同じチャコールブラウンの髪の生え際に血に黒く汚れたガーゼをつけていなければ、あとでガシガシと頭を撫でていただろうに。

「すみません。さっきの言葉は撤回で、殲滅しつつ物資持ち帰ってくるので待っててください。持ち帰れないものは燃やして相手の方を素っ裸にしてやります」
「俺も叩いて悪かった。ほどほどにしておけよ」
「ではお二人とも仲直りということで。俺は物資在庫の確認進めておきます」
「マイル、手榴弾の他にみんな要望があるだろうから欲しいもの聞いてきてくれ。俺も対船組の聞いてくる。なるべく得意なモノ使って生き残っていこう。あ、空のリュックもいくつか用意しといてくれ。狼のときに肩にかけられるやつ」

 周りを見渡せばみなどこかしら包帯を巻いて、顔はかすり傷だらけで小汚ない。風は酷く凍えている上、海辺だからこそ身体がベタついてコンディションは下がる一方だ。
 ――大佐、苛ついてるなあ。
 痛くない頬に触れて、本当に、いい音が出たと思う。
 拾える遺体は夜のうちに拾っている。倒れているのは敵だけの状態で朝を始めさせてプレッシャーをかけているものの、邪魔にならない場所で顔に上着を被せ眠らせている仲間が増えるのはこちらの精神にもくる。

「……あー、風呂、入りたい」

 確実にこれからもっと汚くなる。
 泥に潮風に血に汗に、鼻水とか、皮膚や軍服を固めるすべてと、それとは別の、突き刺した犬歯から溢れて舌に触れ、なかに入ってきたものとか。胸の奥を重くさせていくなにかを、洗い流したい。
 息を吐けば白い。風が吹けば耳や鼻、肌の末端が痛い。その当たり前が今は全てわずらわしい。
 ――俺もだいぶ、苛ついてるなあ。
 両頬を叩けばさっきよりもよく響く音が鳴って空に抜けていく。見上げれば、ようやく今日が晴れなのだと気付いた。

「雲ひとつないや」

 ひとつ落ち着いて息を吐くと、ひっきりなしの銃声が意識に戻ってくる。震える身体は人前にうまく隠せるだろうか。苦笑もできないひん曲がった唇で、声は震えないだろうか。
 夜が来たらひとり街に出る。眠る相手に慈悲なんてかけない。大丈夫。できる。やれる。今はもう、想い人を偲ぶ時間なんてどこにもない方が、きっとなんでもできる。
 そう信じていなければ、転んでしまう気がした。


 港湾近くから敵のベースをくまなく襲い潰してきた結果、こちらに向かってくる敵勢は極端に減っていた。今や近づく船もかなり減った。これが殲滅の結果なのか、それともダルムシュタット隊に向かうよりはと敵勢が在中軍を選んだかなのかはわからない。だから俺たちはこれまで通り、できることをするだけだ。
 予定通りなるべく持ち帰れる武器弾薬はリュックに詰めて、持ち帰りを断念したモノは取りに戻るではなく徹底的な破棄を貫く。夜街を焼く火事は、大体が俺の所業だ。
 夜に出て夜のうちに帰り、陽が昇る前になるべく仲間の遺体を回収して昼間に戦況の確認をして少しの睡眠を取る。そんなルーチンで、二週間と少しの日数が経っていた。

「煙弾が合図ですか?」
「ああ。伝令によると、第一回殲滅作戦だな。これを連日繰り返して月跨ぎには掃討を完了としたいそうだ」

 在中軍は港湾に向かって、同時に俺たちは街の中心に向かい前進しながら挟み撃ちで殲滅していく。頭を使わない、ただそれだけのプランだ。

「行って戻ってくるんですか? それとも在中軍のベース基地に泊まってから翌日こちらに殲滅しながら戻ってくる?」
「俺たちは行って戻ってくるだな。向こうはある程度第一軍が前進したら一旦そこで止まり前後の敵を減らし、翌日の第二軍の前進で漏らした背後の敵を一軍と討ち、且つ一軍もまたこちらに向かって前進してくる。これが三軍、四軍と続く。怪我人とロッジオ少尉隊にはここを守ってもらおうと考えている」
「それがいいでしょう。俺たち使い捨てすぎますね。補給もなしですか? まだ現地調達しろと?」
「ああ。生きて帝都に帰った暁にはいろいろと要求させてもらおう」
「今日明日でもうちょっと多く弾薬強奪してきます。ダルム大佐、人員の補充はこの街の軍人以外でお願いします」
「もちろんだ。本気で俺の隊に来たい奴だろうが却下だな。見殺しにした数だけ入隊のチャンスがあると思われるのは腸煮えくり返る」

 後日、遠くの建物の影から白の煙弾が上がり、作戦が開始された。どこからともなく雄叫びが聞こえ、次第に銃声の嵐になる。ここが正念場だろう。俺たちは前進のタイミングを少しずらし、こちらに逃げてくる敵に照準を定めながら歩を進める手筈になっている。
 瞼を閉じて音に集中する。叫び声が、銃声が着実に近付いてくる。
 そろそろ出立の頃合いだろうか。大佐に声をかけようとした瞬間、鼓膜にビリリと大佐の声が響いた。

「保護しろ!」

 脊髄反射で叫ぶ大佐の声に、俺も反射的に視線を向ける。走ってくるのは敵に追われながら必死に逃げてくる何人かの一般市民だ。少年から青年、少女もいる。
 ああ、これは保護しなければ。
 確かにそう思うのに、身体は動かない。
 走り方に、表情に、衣服の膨らみに、視線で追える全てを見て出した結論を、理解する前に言葉で漏らす。

「ま、て……」

 まて。待て。保護? は?
 そも逃げ場のない港湾側に逃げてくる親もいない子どもたちなんているんだろうか。いたとしても助けを求めるなら在中軍がいる街の中央を目指すはず。それが普通だろう。俺たちの隊がここにいるなんて、本来市民は知らないはずだ。
 刹那の硬直に答えたのは自分の声だ。

「いや、」

 心拍が、上がる。
 いや、ない。ないだろ。
 考えたらわかる。あれは、俺だった。

「ぜ、全射殺!」

 撃て、と叫べば、逃げてきたはずの少年少女は歯茎をむき出しに歯を食いしばって走り込んでくる。隠していたナイフはすでに小さな手のひらに握られて、美しい銀色の刃が朝日を受けて煌めいている。
 ほら、そんな行動、少年兵しかしない。だって俺も、軍服を脱がされよくさせられていた手だ。
 ――ほとんど丸腰で、あるものは自分の牙くらいで。たまに、重たいヒーローもののぬいぐるみを持って。
 俺がいるときはただ俺の判断を盲信しろと大佐が言ったのに、俺の声にいち早く反応したのは少年本人で、今さら大佐が銃を構えても、標準が合わずに地面を撃つ。だったら俺の方が早い。

「大佐!」

 少年と大佐の間に身を割り込ませ、胸にめり込み突き入れられる痛みに歯を食い縛る。その一瞬でもう一度肉が裂けていく。体内で冷たいナイフが熱く焼けていく。
 本当に焼けているほど熱いのは、自分の血だと吐血してから気付いた。

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