あなたのライカ

さかしま

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第十五話*

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 銃とナイフ、持つならどちらがいいか。俺は後者だった。大概の生き物は銃で頭を撃てばすぐに死ぬけど、安心はできない。玉が当たらなければ意味ないし、胴体だと案外即死してくれない。現に俺は腹を撃たれてもまだ死んだことはなかったし、軍人ならその反撃のチャンスで死なばもろとも道連れにまで持っていく。狙撃班以外が持つ銃は、当たれば僥倖の時間稼ぎに近いものがある。乱戦のメインは銃剣で刺して本体でぶん殴ってかだろう。だから手の感触で確実に息の根を止められるナイフは安心できる。安心できるから、殺されるときもナイフがいい。そう思っていた。
 胸に手を当てると包帯の触り心地に早々に地獄でも天国でもないと気が付いて上半身を起き上がらせる。熱が出たのかだるさはあるが、薬が効いているからか痛みは少ない。ここは一応個室テントの中だが、外は倒れた場所のそばだろうか。えげつない潮風がテントを揺らしている。
 前線復帰もそう時間はいらないかな。ぐ、ぱ、と手のひらを目の前に握ったり開いたりして、身体の感覚を確認してから横に座っていた大佐にようやく視線を向ける。

「死んだかと思いましたけど、またお会いできて嬉しいです、ダルム大佐」
「……右胸を刺されたんだ。左だったらさすがの獣人でもやばかっただろうな。獣人は即死以外じゃ死なないようだ」
「咄嗟に動けてよかったです。二度目に刺したあとグッと捻りまで入れてきたので、倒れるときにこの少年プロだって思いました」
「お前なあ……。そのプロ相手に足払いしてから倒れたんだからお前も相当プロだよ」
「俺、負けるの嫌いなので喉をかっ切られても意識のあるうちは反撃をしにいきたいんですよね。でも、さすがに今回は走馬灯みました」

 数年前の夢を見た。一度アルバムを開いてしまえばしばらくは瞼裏に鮮明に思い出せる。胃痛に喀血手前のハーウィンや、戦場でさみしんぼしている大佐。放っておくにはあまりにも視線がすがりついてきて、毛皮を撫でる手のひらを許してしまえばその手癖が気持ちよすぎて。守りたいと、自分で選んだ人たちだ。そんな人だから、身代わりになろうなんて考えてないけれど、助けたい一心に身体が動いてしまうのは仕方ない。
 倒れはしたものの、カンオケ直行は避けられた。それでよしとしよう。
 そうして生きている安心感に緩んだ頬に手を添えられて、見上げた大佐のくしゃりと歪んだ表情に小さく吹き出して笑う。

「大佐よりも先には死にませんよ。俺はハーウィンよりも、大佐よりも長く生きて、それでハロルド様に看取ってもらうのです」
「……ああ、そうしてくれ。お前がいないと俺はうまく生きられん」

 震えた声で抱きしめられ、背中に手を添える。きついくらいの抱擁は、実際傷に響いている。出血しそう。むしろもうしてるかも。
 痛い痛いと笑って背中を叩いて離れてもらう。まだ大佐の表情に寂しがりが見えて、仕方ない人だと吐息する。でも、仕方ないのだ。俺が気を失えば大佐はこうなるし、大佐が気を失えば俺もこうなる。何度も経験しているから、俺たちはもう、これでいいと思ってる。

「何日寝てました?」
「まだ三日だ。もう起きないかと思ったぞ」
「心配性だなあ。作戦は続行中ですね?」
「……お前は負傷者と一緒に休んどけ」
「いーえ、今回は作戦終了まで働きます。だって……」

 いくらなんでもおかしかった。大佐ほどの地位があるのに支援物資もなく死地に放り出されるなんて。
 いや、むしろ最初からおかしいだろ。あんなに急な参戦命令なんて。春までに終わらせたい案件だとしても、正式な要請とは思えない。
 わかってますよ、というすまし顔で、確認するように僅かに頭を傾ける。大佐はむう、と図星に唇を曲げて左右に視線を逃がすものの、言葉にすれば一瞬止めた息をゆっくりと吐き出して、片手で顔を覆い項垂れる。

「これ、ハロルド様絡みなんですよね?」

 肯定の沈黙を背負いながら、背中を丸め低い声でうめく。そのまま大佐は俺を戦場からどうにか追い出せないか考えて、考えて、
「俺、ハロルド様に関わることなら放り出せないなあ……」
「っくそぅ……」
 ようやく諦める。

「……なあライカ、これから何度もこういうことはあるぞ」
「そんなこと、もうとっくにハーウィンに言われてますよ」
「アイツはいつまでお前の上官でいるつもりなんだ?! ……ごほん。で、お前は軍の消耗品に戻る気か?」
「まさか。俺の人権は大佐が守ってくれますもん。でしょう?」

 よろしくお願いしますねと大佐に手を差し出すと、いじけてつきだした唇のまま握り返される。明日から俺は前線復帰のつもりでいてくださいね。付け足せば、大佐は何度目かのため息で項垂れていた。
 もし骨が折れてたら流石に時間がかかっただろうが、獣人にとっての刺し傷は縫ってガッチガチに包帯を巻けば動ける程度には装えるから今回は運が良かった。
 結局、帝都への帰還は月を跨いで翌週になった。俺に関して言えば銃弾がかすったり小さな怪我は身体中にできたけれど、重症だったのは胸への二度刺しだけで済んだ。
 年越しを家族恋人と迎えられずに死んだ仲間たちを思えば気は沈むが、そういう仕事を選んでやってきたのも俺たち自身で。あまり嘆き続けるのは仲間の生き方の否定になってしまうから難しいところだ。
 帰りの鉄道で、俺は負傷者組の中で横になっていた。隣に横たわるマイルとこれからについてポツポツと会話しながら汽車の揺れに眠気を誘われる。

「俺は、しばらく入院します。鉛が横腹を貫通なので復帰はできます。胃は無事です。お見舞いには花じゃなく食べ物でお願いします。焼き菓子、果物、クリーム系のケーキのローテーションがいいです。暇なので二日おきに来てください」
「マイルの主張が激しくて欲しいもの言ってくれるところ楽だから好き……」
「それはどうも。一番は一緒に入院してくれることだったんですが、無理そうなので諦めます。独り身はこういう時寂しくて駄目ですね」
「俺以外にもお見舞い来てくれる仲間はいるだろ。ここにいる奴らは同じ病棟行きだしさ。俺なんて報告書とかいろいろ書かなくちゃいけないから、自宅療養も入院してる暇もないんだよ?」
「軍は獣人使いが荒いですからね。お察しします。でもお見舞いは来てください」
「もちろん。友人として行くよ」

 半数近く隊員が減ったから、動ける者は後始末に忙しくなる。だから何も考えず、身体を休めるためだけに眠れるのは今くらいのものだ。なのだけど……。
 帰ったら、遺族への連絡と共に遺品を届けるから、ロッカーやデスクの掃除をして、各種手続きもして……。ああ、胃が痛い。
 横向きに寝転んだまま眉間にシワを寄せて背を丸め身体を小さくさせると、身体的にはまだ重症であるはずのマイルが慰めてくれるように額からこめかみを撫でてくれる。強がりで喋ってくれているだけで、マイルは満身創痍だ。血が足りず、唇は皮が剥けて、落ちそうな意識の瞳と、目の下は濃く隈ができている。
 にじり寄り、マイルがしてくれたように撫で返せば、力なく笑って一分もかからずに眠りに落ちていった。
 人の寝息の隣にいるのは、安心できる。ほっと息を吐くと、強張ったままだった身体が床に沈んでいく感覚で脱力していく。ようやく緊張がほぐれてきたんだろう。
 ――だから、マイルはできる部下なんだ。
 くあ、とあくびをひとつして、俺も眠った。


 泣き崩れるご家族を前に立ちつくし、時にはなじられ、時には抱きしめあう。タウンの放火の件でトゥシア軍部からなんやかんや口を出されたり、忙しさに目が回る。
 倒れこみながら家に帰り、ハロルド様に介護されるように食事をさせてもらう。居眠り半分でシャワーを浴びれば、気付いたときには朝になっている。目まぐるしく仕事をこなし、よたよたの身体で向かうマイルのお見舞いはいい休憩時間になっているから、本当にマイルはできる部下だ。本人に言えば「そうでしょう」と淡々と頷かれた。
 そんな日々も落ち着いた頃に、ようやくハロルド様が口を開いた。

「大佐に聞きました。また私が原因だったんですね」
「あー……、うーん、これ、国の問題ですよ。一個人が背負える原因じゃないです。ハロルド様がって言うより、軍が原因です」

 風呂上がりにソファでのんびりしていた俺の横に座るだけ座って、ハロルド様は顔も合わせない。眉間にシワを寄せて不機嫌な横顔だけが見える。自分自身に苛立ってらっしゃる。

「本来なら入院させる怪我だと伺っていました」
「次からは刺さる前に動けるように善処します。入院しなくても、結構時間経ってるんでもう大丈夫です」

 寝間着を胸の上まで手繰りあげ、まだ赤みの取れない直線の痕を見せる。シャワーを浴びた後の記憶が度々ないから恐らくは何度かお世話されて見られていると思うが、手をとってそこに触れさせれば明らかに動揺した視線が俺に向いた。

「刺殺されるのは痛いと実感したので今後は却下です。ハロルド様もそうしてください」
「……痛くない殺され方なんて、少ないですよ」
「ですよね。眠ってるときを狙われるのが一番でしょう」
「慈悲をかけられる状況なら、そうでしょうね」

 寝室に忍び込み、眉間を狙い、引き金を引く。何件もの犯人不明迷宮入り殺人事件の当事者の言葉はなかなかに重たい。まあ、俺も物資のために似たようなことをしてきた手前、何も言う気はないけれど。
 手をおろさせて寝間着を整える。落ち着いて話すのは年越し前ぶりだろうか。まだ本当は日々寝たりなさを感じてもう寝入ってしまいたい程度には疲れは残っている。それでも良いタイミングだと、頬に触れるキスをして腕を絡めるよう手を繋いで身体を預けた。
 横目にハロルド様を見れば「くっ」と内唇を噛んで照れていたので、不意はつけたようでにんまりと微笑む。大佐ではないけれど、充電とはこういうことを言うのだろう。繋いでいる手をにぎにぎとしているとそれだけで楽しいし、心が弾む。

「誕生日、おめでとうございます」
「え、」
「もう過ぎていますが。……これでも、私に祝われたかったと言っていたので、帰ってきたら言葉くらいは贈ろうと思っていたんですよ」

 ハロルド様を見上げぽかんとする俺に、言葉だけじゃ不満かと言いたげな視線が突き刺さって横に首を振る。誕生日。そうだ、すっかり忘れていた!

「う、嬉しいです! すっごく、とても! わあ! 年齢ひとつ上がったぞって感じです! こんなに誰かに年齢聞かれたい日ってないです! 子どもかってくらい! 二と六を順番に指で数作ってにじゅーろくって胸張りたい!」
「そうですか。馬鹿丸出しなことはやめてくださいね」

 了解ですと頷きながらも、明日、大佐とマイルにしてこようと心に決める。にやけてしまう頬を空いている手でつねっているとさらりと黒髪に視界を覆われて、あ、と思ううちにその手を下ろされ、唇が啄まれる。
「んっ……」
 カッと顔に熱が灯り、ぎゅっと瞼を閉じる。唇を舌でノックされておずおずと開けば深く口内を交わらせ、上顎を撫でられればくすぐったさに甘い声が漏れてしまう。舌を吸われるとまた吐息が甘くなる。すがるように手をハロルド様の胸に、繋いでいた手はちょっと汗ばんで。離れていく距離が寂しくて下腹部がきゅんとしてしまう。
 我ながら、期待に満ちた瞳をしていたと思う。熱に潤んだ上目遣いで待てをして、するとハロルド様の手が俺の寝間着を捲りあげようとして、

「……治ってからにしましょう」

 なまごろし!
 ハロルド様はおあずけがうまい。でもそんなところも好きだ……。
 おやすみなさいと頬に手のひらを、もう一度キスをもらってソファベッドに沈み込む。確かに傷は塞がっているに近いけれど、その中はナイフで抉られるように捻られているのでまだ痛む。
 ハロルド様は、案外優しい人だ。
 ほう、と吐いた息に被さるようにごろごろ身悶え、冴えてしまった意識をぎゅうっと閉じた瞼の暗闇に落ち着かせて眠ろうとする。
 ……なかなか眠れなかった。


 傷痕を押して、痛むか確認する。
「むう……」
 痛くないかもしれないが、ちょっとは痛いかもしれない。
 少しでもそう思うのなら、潔く諦めて翌日の健康状態に期待する。俺は待てができるとても偉い犬なので、治ってないうちにはしないと言われたら、完全回復までちゃんと待てるのだ。セックスは、互いの意思疏通の尊重を前提とした共同作業なのだからそこのところは大事にしたい。

 年始早々の隊員補充等の仕事の他にも、春先に向けた帝都の軍事パレードの準備も重要な仕事である。毎年各地から集められた肉体労働派の軍人が一糸乱れぬ歩行で街を歩いたり、中央広場や郊外、軍基地内のグラウンドで公開演習を行ってきた。
 うちの隊は入院中の隊員もいるということで、そういった軍事練習に途中参戦して完成度を下げるよりはと今年は警備担当で動くことになっている。 
 その件で大佐に呼び出され、説明を受ける。数ヶ月後のことなので、本当に触り程度の説明だ。

「警備犬ですか?」
「ただの市民へのパフォーマンスの一環でな。軍属獣人にはそれぞれ上からもう頼んでいるんだと。ま、本来の警備はこっちで用意するから本当の見かけ倒し任務だ。ほぼ有志のみ。断ってくれても構わないが、上の方からライカにゃなるべく出てほしいと説得を頼まれている」
「練り歩きとかするんですかね? 動物園のフェスティバルっぽい」
「有志の数にも寄るが巡回程度だな」

 今回は、獣人がどれ程軍に所属しているかを見せつけたいんだろう。でも正確な数を確認させるつもりもないから、秘蔵っ子は秘蔵のまま、見せつけたい獣人以外の参加不参加は本人の意思になる。

「参加必須の獣人ってわかりますか?」
「んー、たしか、戦闘能力部門で熊と虎、諜報能力部門で鷹とネズミ。他は有志だが声かけてるのは馬とかウサギとか色々だな」
「カメリア渓谷城砦のヒグマとヘリオトロープダムのトラ! わあ、参加します!」

 必須だけあってみんな戦争英雄で名の知れた獣人たちだ。基本的に攻撃力のある獣人はパワーバランスを整えるため地域にひとりしか割り当てられないので、こういう催事でなければお知り合いになることができない。

「清々しく現金だな。だが助かる。配置について確認しておきたいんだが、種族的に仲が悪いとかあるのか?」
「ないですね。俺、ウサギは補食対象なんですけど、そういう話はあえてしないでいるくらいのデリカシーは皆さんあるでしょうし。あえて助言するなら大型と小型でペアを組む方がバランスはよくなるんじゃないかと」
「そうか? 熊虎で行こうと思ってたんだが駄目そうだな」
「当たり前です。そこだけ無敵じゃないですか」
「だってかっこよくないか? さぞかし壮観だろうな」
「そりゃあかっこいいですよ! 英雄凱旋みたいですごい楽しみです! でもいくら軍力の誇示がしたくてもそれはないです。バラけさせてやり直し。……俺は打ち上げか事前の親睦会で個人的にお近づきになろっと」
「なんだそれ、羨ましい! 警備主任として俺の屋敷の一室貸しだしてやる」

 無差別な動物好きは本当にチョロい。親しくない人のために獣化してみせる獣人なんてほぼいないだろうが、そこは黙って互いににんまり笑みを作り、固い握手を交わす。俺たちの間に入ってくれるマイルはまだ入院中なので、
「…………」
 呆れた吐息を吐くだけ吐いて、冷えた瞳でじっとこちらを見つめるハロルド様の視線でようやく解散するのだった。
 
 ハロルド様は、俺と大佐の距離感に納得していないようだった。大佐との距離、というよりは、ハーウィンやダイナーくんについても恐らくはまだ、貞操観念ちゃんとしろという視線を崩していないように思う。マイルへのお見舞いを快く思っていないことは「行き過ぎです」と苦言を直接もらったので明白だ。
 自惚れていいことなんだろう。やきもち嬉しい。身に沁みる喜びにじんわりお腹の中があたたかく、そして完璧に塞がった胸の傷を唇に撫でられるとやわいその感触がくすぐったくて喉が鳴る。

「んっ……♡」
「感度、よくなってませんか?」
「…………」

 何度かすればそりゃあよくなるだろ。でも恥ずかしいことを言われるのはあまり好きじゃない。無言でぽこぽことグーで後頭部や肩を叩くと言葉責めに近いものはすべからく地雷だと学習したようで、以後言葉なく両手首を捕まれてベッドに縫いつけられ機嫌取りのキスを受ける。
「ぅ、ん、……ちゅ、んくっ……♡ ぷはっ、はぁ、んんっん……♡」
 溺れるようなキスに、酸欠の身体は熱を持って汗ばんでいく。のしかかられて重なりあっている肌はもともとひとつだったみたいに体温を同じくして、口付けの角度を変える少しの動きですら離れれば下腹部がキュンと切なさに震えてしまう。
 もういいよ。そう涙目に潤む瞳でねだるように腰を擦り付けると、ようやく歯をなぞり、舌を吸い、唾液交換のために侵入してきた舌が離れていって、銀の糸が俺たちの合間に垂れ下がる。
 ハロルド様は俺の涙目から視線をそらさずペロリと自分の唇を舐め糸切りをして、それは重力に俺の顎や首筋にはらりと落下する。なんとなく、今のはえっちだったと胸がとくんと鳴る。紅潮した顔をそらし、手首を掴む手のひらを外してもらって顎を手の甲で拭う。その間にも、降りていった唇に首筋を吸い付かれている。
 ハロルド様は、キスが好きだ。
 ――それか、俺が喜ぶからかもしれない。
 ちゅっちゅ、とリップがへそにまで降りてくる。もどかしい刺激の端々に、はぐ、と肌に食い込む甘噛みは愛撫だ。肌を染める赤いマークが増えるたびに手の甲で塞いでいる唇からは嬌声が漏れ、下着はテントを張って濡れている。
 俺の感度に気分を良くしたハロルド様は、俺の足を持ち上げ足首に、太ももに、つけねの危ないところまでキスと愛撫を重ね、ようやく下着に手をかけ窮屈にしていたそれを出してくれた。
 下準備はもちろん済ませている。だからハロルド様も脱いでそれを出せば、――よかった、ハロルド様も濡れてる……――滑りをよくするローションだけかけて、すぼまりにつぷりとくっつける。

「からだの力、抜いてください」
「ん、んんぅ……♡」

 ハロルド様の首に腕を回し、ぎゅっと瞼を閉じる。目をつむれば感覚は敏感に状態を知らせてくるから、じっとりと汗ばむ火照った身体がさらに熱を孕んだ。
 硬く熱いモノが押し込まれ、そこがゆっくりと広がっていく。
 異物感は最初だけだと、もう身体は知っていた。少し入れては入り口ギリギリまで抜いて、また少し深く入れては抜いてを繰り返す。

「っぁ♡」

 ピストンは次第に早まり、じゅぷじゅぷとローションとカウパーが混ざり泡立つ卑猥な音を立て始めるようになると、そのうちにぞくりと背筋を甘いなにかが走り抜けていく感覚に襲われる。お尻でイっちゃうのも時間の問題だった。
 気を抜けば喘いでいる唇をきゅっと噛んでも吐息のうちにそれは漏れだしてしまうから、我慢した分熱がさらに息に溶けていた。

「はぁ、は、ぁあぅ♡」

 無意識に逃げてしまうからだを逃がさないよう腰は両手でとらえられている。腸壁をコスりながら奥をぐちぐち突いてくるぺニスにお腹のなかの弱点を掻かれると、びくんっと肩がはねた。

「んっ、そこぁ……っ♡」

 ひときわ甘い声がもっととねだる。わずかに痺れるような、ぴきんっぴきんっと電気が走り抜けるきもちよさにとろりとおれのぺニスが濡れていく。そのまま肌と肌をパンパン打ち付けるよう何度も突かれると、だめだった。

「そ、こっ、ぁ、は、っ♡ も、やあっ……♡」

 いやいや首を振ってもほんとはほしい。もっとほしくて腰が浮いて、媚びるようにおしりでぺニスを搾りあげる。応えるように弱点をこりこりされて、ずぽずぽぐちゅんぐちゅんにされると、もうがまんなんてできない。おしりはきゅんきゅんぺニスをしぼり、やらしく快楽を求めてしまっていた。
 ――アツさもかたさも、そのおちんちんのカタチもぜんぶ、おれのだからナカで満たしてほしい……。
 とろとろにゆだけた内側はすっかり敏感で、のぼりつめるようなピストンの途中で堪えきれずに身体が跳ねる。
 びくんっびくびくっ――――

「っあ♡ ん♡ ふ、うぁ……っ♡」
「ッ」

 ぴゅっぴゅととび散る吐精にあわせ、お尻がぎゅうぎゅうにしまってナカのおちんちんをキツく包んだ。ハロルドさまのおちんちんはおれのせいで中途半端なところでびゅくんと奮え、そのままグッと奥にはいりこみ、びゅくびゅく痙攣して種を撒きちらす。
 ――しあわせだ。
 真っ白な頭のなかで、確かな多幸感に包まれる。まだ抜かないでと抱きしめた身体を自分に寄りかけさせて、乱れた呼吸が落ち着くまでふたりベッドに横になる。
 下から抱えるように背中に回された片手は汗にしっとり濡れた肌をやわらかく撫で、もう片方は俺の額の汗を指の背で拭っている。その指で目尻を撫で、頬を撫で、唇を撫でおろされたら、触れるだけの口付けをして離れる吐息分の距離にはにかんだ。

 そんな、いい感じのえっちをしたのにも関わらず、ピロートークはどうしてこんなにも甘くない。

「体力もなく回数もこなせない。なんでこんなのがいいんでしょうね。ダルムシュタット大佐なら気を失うほどの満足をもらえるでしょうに」
「ベッドの上で他の男の名前ださないでくださいよ。なんなんです、寝取られ趣味は俺にはないですよ? あと、何度も言いますが、ハロルド様のことは、以前からお慕いしていましたから。俺にはハロルド様だけです」
「……以前からとは言いますが、獣人は、自分の相手か否かは一目でわかる種がいる。貴方はその種です」
「調べたんです? ……まあ、遠からずですね」

 一目でわかったって、弱肉強食だと勝ち取る権利がある。獣人として、添い遂げる相手をこの方一人と決めるセックスさえしなければ、いい女、いい男はそれだけ運命の相手も多い。
 つくづくピロートークには似つかわしくない話だ。

「なぜあのタイミングで名乗り出たのですか? 同情としか思えない。プライドに障りました」
「ここでプライドの話とか……。ええ、ええ、ハロルド様はプライド高いですもんね。俺は、もともと諦めるつもりだったんですよ。近くにいられるだけでいいやと。相手が獣人だったら求めあえるけど、あなたは人間で、異性愛者のはずで、俺のことなんて目もくれない」
「私に肯定感が低いだの言ってくるくせに、ずいぶんと卑下たことを言いますね」

 そりゃあ言うだろう。言わせてもらう。だって、俺のことを知覚してさえくれなかったのはハロルド様だ。
 あまり怒りに感情の針が振りきれることのない俺なのに、このときばかりはムッと唇を曲げ意見させてもらう。

「……こういうこと暴露するのすごく恥ずかしいんですけど、片想い歴だけなら十五年です。あ、でもほぼ十六年かな。一目惚れで軍人になってたし、食堂であなたを見つけたときは必ず同じテーブルの真正面の席に座ってましたよ、俺。週に多いときで三回。少なくとも毎週一度は。帝都勤務に移った日からなので、もう三、四年ほどになります。お気付きになられなかったようで、ええ、とても惨めです」

 初耳に目を丸くさせるから、自嘲気味に息を吐く。
 ほら、俺ばっかりがあなたを求めてた。ツンとした口調で呟いた。

「卑下たくもなりますよね」
「それは、まあ。……すみません」
「気にしてませんが、ご理解いただけてなによりです」

 頬を膨らませている顔のどこが「気にしてません」なのか。ぼすんと枕に顔を埋めて拗ねれば、困った表情が思い浮かべられるため息で頭を撫でられた。こんなので機嫌なんてなおらない。
 ……なおらないったら。くそっ。

「十六年ですか」
「……ラザロ自治区に来たあなたを一目見て。俺は謙虚な方ですけど、獣人の行動力は基本的に凄いんです」
「謙虚? 一体どこがでしょうか。貴方は十分積極的でしたよ」

 おもしろい冗談だとでも言うようにくつくつと笑われてカッと顔が赤らんだ。そんなこと、ないはずだ。困惑気味にハロルド様に顔を向ければ笑ってすっきりしたという表情で見つめられ、好みの顔に心は簡単に陥落する。

「だって……、両想いこそ諦めようと思ってたんです。でも実際目の前にすると欲しくなっちゃうじゃないですか……」
「ですが、私の汚職は知っていたでしょう?」
「自分の手を汚す仕事しかしないんだなあと思っていました。それだけです。思っていても言うなよ、と暗黙の了解になっていますが、汚職と言っても誰かがしなければならない仕事でした。俺はそう言い切れます」
「口は災いの元ですよ」
「いいえ。必要なことは、言わなければ。国策の犠牲者に恨まれようと、俺はハロルド様の安寧のために生きたいです。なのではっきり言います。あなたは、悪どいことをしてきましたけど、その分ちゃんと、多くの市民を救ってきましたよ」

 真正面に向かい合うよう座って、両手を繋ぐ。まっすぐ瞳をあわせれば一瞬たじろぐ視線も根負けして見つめ返してくれる。誠実さはちゃんとそこにある。
 鉄道のレールを引いて、それが戦時の軍人や武器の循環目的でも今や交易に欠かせない足になっている。ハロルド様の功績は大きい。悪人との密約でモノはしっかり受けとるくせに、その後は完膚なきまでにハメ殺していたのも公然だ。必要悪として善すら一網打尽にして、誰かの父親や兄を殺して。それでいて、飢えをこの国から減らしていった。争いの火種は無理矢理土の下に埋められて、あるのはその後の平穏だ。
 確かに全てがよい方向へと向かっている訳ではない。投げ出しに近い後始末で仮初めの平穏は崩れている。でもそれを決めたのは軍上層部のやつらだ。
 俺だって人のことをとやかく言うことはできない。ハロルド様も俺も、人殺しなことに変わりはない。けれど、傲ることもなく自分を否定し罪悪感に苛まれるだけのこの人は、もっとちゃんと、感謝の言葉を聞くべきだ。

「……難儀ですね。こんな男のどこがいいのでしょうか」
「難儀ですか? 俺は結構ハロルド様がストライクで好きなので、こんな男、という言葉がピンとこないです」

 うーん、と一考して、例えば、と繋いでいた手を離し、指折り数えながら言葉を紡ぐ。

「他人に後ろ指をさされながらも強かで、ひとりで立てるところ。プライドが高くて屈しないところ。それでいて針のむしろの生活に疲れてる背中とか、目の下の隈を見ちゃえば支えたくて仕方なくなって。あと、ちょっと怖がりで優しいところ。ふふ、俺の怪我に触るの怖くて完全回復するまで待っていたんでしょう? ちょっと嫉妬深いところも可愛いです。あと姿勢が美しいですよね。猫背に丸くなっていく背中がまっすぐにぐっと伸ばされる瞬間が好みで。こうやって隣に、腕のなかに許してもらえたら、もう離れたくないくらいに好きなんです」

 途切れることなく好きを紡ぐけれど、言い足りなさにまだまだ言葉が溢れてくる。

「その黒い髪も、瞳も大好きです。あ、他の外見だってハロルド様は完璧です。俺、ハロルド様のすらっと伸びた腕大好きなんですよ。背が特別高いのも、見つけやすくて嬉しいです。他の人の目を引くのはちょっと嫌ですが、俺の彼氏格好いいだろって優越感も感じるのでやっぱり好きで。後ろからすっぽり抱きしめられると年甲斐もなくときめいてしまいます。ちょっと筋肉が薄いので太った方がいいとは思いますけどね。セックスの翌日は筋肉痛してるっぽいので体力と筋力もつけましょう」
「……完璧と言っておいてダメ出しするんですね」
「あ、ほんとだ。つい」

 両手をバツ印に重ね口を塞ぐ。でも、本音のところだからもごもごと言い訳する口は明確な言葉を紡げない。言い合いの発端だった体力のなさがやっぱり気になっていた、なんて知ったのだから、落ち込むだろうか。
 窺うように顔色を見れば、予想に反してハロルド様は落ち着いた呼吸で瞳をやわらかく細めていた。

「貴方に好かれるのは、悪くないと思っていますよ」
「えっ、あ、ありがとう……ございます……」

 悪くない。俺はまだ、好きだと言われたことがないから、これは最大限の告白だったと思う。思っていいはずだ。
 じわじわと体温があがっていく。顔が熱い。

「そ、そのうち、良くなりますか?」言葉にする端から口元がとろけてはにかむ。
「さあ。どうでしょうか」やわらかに細められた瞳が俺を映す。
 感極まっていく心音に急かされ、ベッドに押し倒すよう抱きついた。いきなりのことだったのにちゃんと腕を広げてくれたから、また胸がいっぱいいっぱいに幸福で溢れる。俺は、長い腕にすっぽり抱きしめられるのが、本当に好きだ。

「俺、もう、愛されてることを疑わずに接しますね!」

 俺の言葉にハロルド様はきょとんと首をかしげ、次には「ああ」と思い出してふっと鼻で笑った。

「半分犬科とかいうやつですか」
「はいっ!」

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愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
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親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
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結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
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【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

後宮の男妃

紅林
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碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

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