あなたのライカ

さかしま

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おまけの十九話

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 なんだかんだ理由をつけたり正式な仕事で数ヵ月に一度は帝都に赴いているんだから、左遷を受ける前よりもずっと足が軽くなった。
 手紙ばかりが貯まる数年の進展のなさは、どこかで自分がパートナーではないと諦めていたからだろう。なのに今では、パートナーと睦まじくやっているライカを諦めきれずに顔を会わせてはそれとなく現状の不満を聞き出して、不安に揺れればいいと誘導させるように意地悪な言葉を選んでは投げかけている。
 俺はあほか。
 しゅんと肩を下げて、下唇を噛み元気なくうつむくライカの腕を掴んでかっさらえないなら、何も言うんじゃねえよ。
 励ましの言葉は欲が透けて見える。俺のところに来いだとか、慰めてやるとか、下心しかない言葉に素直に安心して微笑むライカは、惚れた欲目には直視するのも精一杯だった。いい表情はオカズにガッツリ見るが、むなしさは拭えず鬱勃起も避けられない。

 軍の獣人の扱いは、なかなかに酷いものがある。
 黒みの強い灰褐色の狼が、姿勢よくお座りして大衆に晒されている。隣に伏せをしている白い羊はどこの獣人だろうか。組み合わせに悪意を感じるものの、軍人のマスゲームに興味のない幼い子どもたちには狼と羊の穏やかな雰囲気が妙にツボだったらしく、立ち入り禁止の柵の中でただの大きい羊犬の展示物としてライカは子どもたちに群がられていた。巡回警備が始まれば本当に放牧してる羊と犬の散歩風景に見えそうだ。
 昔は、あれが俺の狼だった。
 胃痛に顔を歪めればそっと足元に座り顔を見上げて撫でられるがまま撫でさせてくれるような、寄り添うことに抵抗なく、俺を甘やかしてくれる、そんな俺だけの狼。
 年を取ると数年前でも昔話になっちまうのがやるせない。

「おーおー、尻尾、すごい振ってるな。子どもたちすげー喜んでる」
「…………」

 あれが俺に向けられたものならば、だらしなく顔が緩んだことだろう。実際は忠犬よろしく子どもたちの構ってお願いの眼差しにも罪悪感の瞳ながら微動だにしなかった狼が、自分の恋人を見つけた途端にその場で尻尾をブンブンと振り回し始めたのだから複雑だ。
 隣に立つこの唐変木が忌々しい。
 俺がライカの様子を見に来たように、中佐殿も恋人の様子を見に来たんだろう。それはわかるが、俺の隣にわざわざ立ち止まりやがったのは腑に落ちない。
 喧嘩売られたよな、これ。確実に売られた。
 このライカの態度を俺に見せつけるように。俺を見つけてもすんとも動かなかった尻尾を見せつけるように!

「見ろよ中佐殿、あんたの狼。あんたに目が向きすぎて自分の尻尾に気付いてないな、あれ」
「…………」
「なんだ、もう行くのか。あー、尻尾しゅんとした。子どもたちの中に入って挨拶くらいしてやれよ。俺は俺の可愛い狼をゴリラに掠め取られてその上いけすかねえ同期に寝取られたんだぞ」
「…………」
「あーあ、俺だって一目見て決めたクチだったっつーの!」

 中佐殿の背中に噛みつくように声をあげる。
 俺の性格は良くない方だが、それでもこんな牽制してくる男よりはずっとマシな方だろう。なんでライカがこんな男を選んだのか甚だ理解できない。

 ライカ・ローデンは俺と同期ほどの士官には人気の的だった。
 少し暗めのグレーアッシュの髪色に、琥珀色の瞳。職業軍人らしく肉付きはしなやかで、荒っぽい軍のなかでも穏やかさを失わず、人付き合いよく人好きする人懐っこさがある。見た目は飾らない地味美人系で、物腰柔らかで、目が合えばそれが見知らぬ他人だろうと笑いかけるような、そんな好青年。
 自分に割り当てられた隊だとしても、自分以外みんな敵である状況は当たり前の士官と兵の隔たりを、ライカは早々に腕力、と言うよりは脚力で解決して見せてきた。

「俺たちみたいな力でこそ主従成立みたいな職業病はお尻蹴って言うことを聞かせるのが一番早いですからね。でもあなたがそれをすると兵に嫌われるので駄目ですよ。仮にいくらあなたがゴリゴリのマッチョでも、だからこそその力はご自分の部下に向けてはならない」

 暴力は考えなしにできるものなので、頭を使うお仕事のあなたには向いていません。そんなことを言う口で、道端に伏した兵の救出に向かうのはいつだってライカが筆頭だった。
 鼻が利くから特別気になると笑って自分も怪我人の癖に救護にまわり、耳が利くからと夜中の嗚咽が穏やかな寝息に変わるまで背中を撫でる。
 ライカを補佐に望む士官の多さの一方、この人の元でと望む兵の方こそ格段多かった。ライカもそんな兵たちを俺の部下と言って可愛がっていたのだから、むしろ士官の嫉妬は兵卒に向いていた。兵卒もライカに特別気遣いを受ける士官を羨み、戦場だというのに鉛玉ではなく嫉妬が飛び交うなんて、笑えるだろう。それで心がひとつにまとまるんだから、本当の笑い話だ。
 ライカはそんな、好意を一身に受けるような男だった。それこそ、今でも。
 アプローチこそ少なかったが、それはひとえにライカが獣人だったからだ。彼の相手は自分じゃないと、出会った瞬間から振られているようなもので。だからこそ、淡い恋や憧れは強固な敬愛に変質する。まあ、たまに拗らせる野郎もいるが。
 ――俺やダイナーのように。

「あんたにゃ敵は多くいる」
「……心得ています」

 追いかけて隣に歩けば、ようやく口を開いた男に鼻で笑う。
 心得てなどいるものか。お前の想定する敵は、権力を袈裟に自分を操ってきた人のツラをした害悪と自分が陥れてきた被害者どもだ。俺たちを含めていないところが甘いんだ。

「狼ってやつは、つがう相手を変えないらしい。相手が死んでも新しく相手を選ぶなんてことはしない。それどころか、あとを追うように同時期に死んじまうやつも少なくないんだと」

 ライカはどうだろうか。看取られたいと言っている本人の方がこののっぽよりずっと生命力に溢れていて、死にそうには思えない。だから、こいつらは腰が曲がるじぃさんになるまで平気で長生きするんだろう。
 自分が番ならこれ以上の幸福はない。自分が番じゃないなら、これ以上の苦しみはない。
 俺はハロルド・モーガンが羨ましい。妬ましくて、酷く苛立つ。口にはしないが、戦死しねえかなと思う気持ちすら、正直なところある。だから逆に、むしろ、それを口にできないくらいには、俺は性格がいいんだとも言えるんだが。

「ま、敵は多いが、味方も多いだろ。全部ライカ繋がりだがな。ライカのためと言えば大人数動かせる。だから、俺もなにかあったらあんたの頼みだろうが聞いてやらんこともない。ライカのために少しの面倒くらいなら請け負ってやる。特に、ダイナーだな。あれは厄介の塊だぞ、何十年単位で覚悟しとけ」

 俺だって気持ちはまだ、俺の狼を手離すことができずにいる。いつまでもライカの上官ぶりやがってと、珍しく人を毛嫌いするような視線を見せるダルムシュタット大佐に居心地の悪い顔を作れば間に立ってくれるライカが見られるので、楽しんでいるときもあるにはあるし。
 中佐殿は俺を一瞥して苦い表情で呟く。

「私が彼を利用することはありませんよ」

 へえ、と息を漏らし、口笛を吹く。思っていたよりかはマシかもしれないとようやく思えた。ほんの少しだが。

「あんた、その髪鬱陶しくないか? 敵兵に捕まったとき髪掴まれて頭皮剥ぎ取られるぞ?」
「暖かいので重宝しています」
「ただの寒がりかよ」

 これだから戦地知らずの甘々ちゃんはムカツクんだ。
 俺の狼は、なんでこんなのがよかったんだか。

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