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第二話

第二話

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「はい、イメージ」
牡丹に指示されて涼聖は目を閉じた。
「右手から刀が発生するように。妖を消すことができる刀で人は切れないの。そう。もう少し……あぁっ」
にょきっと白い耳が頭から出て尻には尻尾が。慌てて尻を押さえて尻尾を収納させる。
「もう少しだったよ。これくらいは出来てた」
牡丹が示した親指と人差し指の間隔は十センチ程度。柄を出して赤い刃が十センチだけ出た。
「そんだけですか」
涼聖は溜め息をついた。なかなかうまくいかない。
昨日、何もわからないうちに、涼聖は大阪の陰陽師が開催するバトルに参加させられた。いや、斗樹央が頭に響かせる祝詞に従って勝手に体が動いた、が正解だ。実際は、簡単な案件だからと斗樹央は涼聖を試したらしい。
  木刀よりも涼聖独自の刀のほうがいいと斗樹央に言われて、牡丹に「刀を妖力で出す」指導をしてもらっていた。何で刀? と思っていた涼聖だが、身のこなしが良かったのと相性が良さそうという斗樹央の勘だった。太刀を出すのかと訊くと、「は? 刀や」と斗樹央は言った。スマホで刀を検索した涼聖に「あぁ、騎馬戦をやめた室町時代中期以降から刀だったわ」と牡丹が言った。
「かなり集中できてると思うんですが……十センチですか」
「上等よう。何もないところから内容有りの刀を出すんだから。もう少し妖力出してもらう?」
……妖力。その調節ができなくて、仕事の休憩時間に狐耳が生えた。慌ててトイレに駆け込んだけど、腹を壊していると思われただけで済んだ。
「慣れないんですよ。何度も耳が出そうになるし。今より増えると表の仕事ができなくなりそうです」
牡丹も困っていた。自分が刀を出して見本を示したいところが、妖力の加減でそれができないらしい。
「絶対にアカン」と斗樹央が止めた。
牡丹はもどかしいと言う。いや、九尾の狐の妖力で作った刀だ。日本の終わりに繋がるんだろう。
「内容はええな。左手に意識してみたらどうや? 剣道なら左が軸や」
斗樹央がそう言って左腕を上から下に振り下ろした。右手は筆を持ち、ダイニングテーブルで何やら描いている。それを興味深そうに狼牙と華がじっと見ている。
狐耳が出たまま涼聖は目を閉じて集中し、左手に刀を握るイメージをした。
「もう少し。そう。涼ちゃんならできる! そう! やった!」
目を開けると涼聖の手には赤い刃の刀が握られていた。柄には五芒星のマークが。一応、陰陽師の白狐という意思を自分で持っていたようだ。
「まぁ『血塗られた妖刀』みたいやけど、妖しか消せへんし、現代やからいいんちゃうか。マニアックな映画みたいでカッコいいやんけ」
斗樹央に言われて少し振ってみた。とても軽く、昨日の木刀よりも使いやすいかもしれない。だが、赤い刃だ。あまり恰好良くはない。
「狐耳が出てるんが良かったんやろ。妖力も安定しかけてる。尻尾も出しとけ」
そう言われて嫌々パンツをずらして尻尾を出すと、妖力が高まった。斗樹央の言う「安定」の意味がわかる。でもこうなったら戦闘時、涼聖は狐耳と尻尾を出して戦わなくてはならない。
「思ってた以上にいいわね」
「安定したな。人型で三人作ったら昨日みたいに先鋒は涼聖やな。カッコええやんけ。牡丹、涼聖の服に尻尾が通るように穴開けたってくれ」
「わかった。涼ちゃん、持ってきた服出してー」
涼聖は慌てて刀を収納して狐耳と尻尾も収納した。持ってきていた大きな紙袋を牡丹に手渡す。尻尾を出すように言われて出すと、牡丹はその位置をじっと見ている。涼聖は逃げだしたくなるくらいに恥ずかしかった。
「下着も開けておこうね」
下着も見られるのか。九尾の狐の牡丹の言うことは、たとえ神の眷属であろうが絶対だ。伝説の大怨霊を前に、恥ずかしくても嫌とは言えなかった。

「ホンマにするんか?」
斗樹央が横に座っている狼牙に聞いた。
「いまさらです。これは俺自身からの忠誠です」
「俺は別にそんなんいらんねんけどなぁ」
斗樹央は何か呪を描いた紙を掲げて苦笑している。
「狼牙さんはどうしたんですか?」
涼聖が小声で牡丹に聞くと、「ああ、ねぇ」と笑う。
「昨日の夜ね、狼牙くんが起きて暴れたから斗樹央と私でシメたのよ。そしたら斗樹央の眷属になりたいって。刺青するんだって」
「刺青ですか」
涼聖が驚くと「だって」と牡丹は笑う。
「私たちもイヌ科だけど、さすが狼。犬に近いよね。体に呪を入れると妖力が素直に従うんだよ。涼ちゃんは昨日の呪は消えた?」
「……油性マジックですから、薄く残ってます」
袖をめくった。風呂で洗っても薄くマジックのあとは残っている。
「それはいつか消えるじゃない。斗樹央は縛りたくないんだって。でも、縛られたいと思っちゃうと止まらないよね。妖って単純だから」
牡丹は針を持ち、悲しそうだった。いや、笑っているけど、声が、涼聖はそう感じた。
「そうですね。牡丹さんは伝説の妖やし、僕は、借り物です」
「でも、皆仲間だから」
「はい」
仲間だった。神様の眷属で白狐の涼聖も仲間。刺青はできないけど、大阪の陰陽師の仲間だ。九尾の狐も猫股も、ともかづきも涼聖の仲間だった。
「あ、『C』のサイト見たよ。涼ちゃんが一番かわいいね」
「……かわいいですか。今日は牡丹さん、仕事行かないんですか?」
「行くよ。斗樹央と」
「斗樹央さんと? 何でですか?」
「同伴で連れて行くの。まぁ、昨日の罰ね。私を止めるのは斗樹央でも大変なのよ。ご飯はちゃんと用意してるから温めて皆で食べなさいね」
「どうはん……」
牡丹は涼聖の持ってきていたパンツや下着のすべてに穴を開けて縫い留めた。
「あの、狐って狼と相性悪いと思うんです」
狐の怨霊を払うのに犬や狼を使ったという言い伝えがあった。だから、狼も仲間なのかと不安になったのだ。
「そうよね。斗樹央は何も考えてなさそうだけど、狼牙くんより涼ちゃんの方が位は上だから大丈夫よ。昨日だって、狼を倒せたんでしょ。何にもできなかったのに、頑張ったよね」
そういえば、と狼とバトルたことを改めて思い出した。昨日は傷一つなく家に帰った。かなり疲れていたが。
「位ですか……メンバーで牡丹さんが一番位が上ですよね?」
「んー、斗樹央を入れて?」
「え? あ、そうか。そういうことですね」涼聖は頷いた。だから、涼聖は斗樹央を受け入れて寄り添いたいと思っている。斗樹央の命令に素直に従ってしまう。
「妖は強い気が好きだから。でもさ、きっと狼牙くんが刺青するのって私たちのためだよ」
「なんとなくですけど、優しい人やと思います」
そうねと牡丹は笑った。

 友伸が「涼ちゃん」と呼ぶので、キッチンへ行く。手伝えと言われて食器を棚から出すと、友伸はパスタを茹でている。
「たらこスパゲティやって。涼ちゃんが好きかもって」
「僕、おにぎりばっかりやったんで、めっちゃドキドキするんですけど、何でも嬉しいです」
友伸はグリグリと涼聖の頭を撫でた。
「牡丹ちゃんは何でも作れるから、好きなんリクエストしいや。何でも美味しいで。あ、斗樹央と華ちゃんは料理まったくダメやから絶対にキッチンのもの触らせたらアカンで」
「……僕はいいんですか?」
「え。料理せえへんの?」
「コンビニおにぎりが主食です」
「……。狼牙くんおいでー。涼ちゃんは椅子に座っとき」
そう言われて涼聖はダイニングテーブルの上を布巾で拭くことにした。料理をした記憶があるけどおぼろげで、憑代に入る前の、昔の記憶なのかもしれない。人化してからは泉佐野が作っていた。でも、年老いて単純なものしか作れず、いつもおにぎりだった。

 惚れ惚れするくらいめちゃくちゃ綺麗な牡丹と、嫌々スーツを着せられた斗樹央を玄関で見送った。友伸、華、狼牙、涼聖は用意してもらったパスタを食べた。嬉々として食べる涼聖の頭を友伸が何度も撫でた。
「たらこっておにぎりの具ですよね。美味しかったです」
食べ終わってから華はパソコンを操作していた。友伸、涼聖、狼牙がダイニングの椅子に座ってコーヒーを飲んでいる。涼聖にはココアだった。
「涼ちゃんはもっといろんなこと知ったほうがええな。人間界で一番何が好き?」
友伸に聞かれても、人化してからの記憶が多く、その前は曖昧だということを言った。憑代はいつから泉佐野が持っていたかもわからないし、斗樹央の父か祖父のどちらに預けられたのかもわからない。それがいつかもわからない。
「人化して四年で籍もあって、一般社会で仕事できてるのはすごいと思うわ」
「洋服はずっと好きです。ばあちゃんに好きやと言ったらいっぱい買ってもらえました」
「興味のあることを伸ばしてくれたんやな。妖やってわかってて育ててくれるんは稀有なことや。感謝せんとな。まぁ、俺の場合は斗樹央の面白半分やったからなぁ。牡丹ちゃんもそうや。『美人やったら持って帰るわ』ってほんまに大阪に連れて帰って来た時はびっくりしたわ」
「……『持って帰る』ですか? 九尾の狐を?」
涼聖が驚きながら訊くが、友伸は笑いながら話す。
「斗樹央が小三のとき殺生石が見たいってお父さんにねだったんや。人型にしてみて『美人やったら』持って帰るつもりやったんやな。斗樹央にとって封印系は得意っていうよりも息するんと同じやねん。だから、涼ちゃんの憑代にも関与できたんや」
「そんなに難しいことなんですか?」
「現代の陰陽師で妖の、しかも神の眷属の憑代に関与できるヤツはおらん。封印はできても現代では解除がむずかしいからな。自然に任せるしかない。でも、元狐で憑代があることを一人で抱え込むのはしんどい。だから斗樹央は涼ちゃんをここに連れてきたんやろ」
「そんな、気を遣ってもらってたんですね」
「いや、『狐? ラッキー』くらいかもしれんで。なまじ腕があるとな、そんなもんや」
とにかく、斗樹央は面白半分で友伸を育てて、美人だったから牡丹を連れて帰ってきて、狐って相性いいよな? という感覚で涼聖も含めて皆と連携しているらしい。
「華ちゃんもですか?」
「華ちゃんは純粋に伊勢湾に置いとかれへんかったんやろう。小六の修学旅行の時やったからな。わからんけど」
もしかすると、水で遊べる? というプール感覚かもしれない。
「……末恐ろしいですね。もうオッサンやけど」
「狼牙くんもそうやろうな。んで、狼牙くん」
友伸が真面目な顔で言った。狼牙はただ頷いて話を聴いていただけだったが、急に話を振られて驚いていた。
「はい」
「刺青はやめとき」
「どうしてですか?」
「陰陽師でも斗樹央は生身の人間やからや。刺青は俺ら妖怪が入れたら消えへん。斗樹央が死んで、その陰陽師の陣が不必要なものになるかもしれんで」
「俺はそれでいいと思っています」
狼牙は微笑んで言う。
「俺は人化して軽く百年は経ちます。そろそろ封印してもらったほうがいいんじゃないかって思ってます。それなら陰陽師の近くにいたほうがいい。それに、俺の憑代は俺を操っていた陰陽師のもとにあります」
「え、そしたらいつ消されるかわからんのちゃうん?」
狼牙は左腕の袖をめくりあげ、斗樹央が描いた呪を見せた。くっきりと油性マジックで描かれている。
「誰も俺の憑代に関与できないっていう呪らしいです。斗樹央さんは俺を操っていた陰陽師を『見つけよう』って言ってくださいました。その気持ちだけでありがたいです。この呪込みの刺青を入れて陰陽師の飼い犬になろうと思っています」
友伸も涼聖も驚いた。妖の一生を人間の陰陽師に託し、自らを飼い犬だという。
「封印をしてもらおうと近づいた陰陽師に操られたんですよ。嫌な時代です。人は妖を恐れず見もしないし神に祈らなくなってきている。俺のような位の低い獣型の妖なんてゴミと同じです。封印してもらったほうがいい。でも陰陽師にも位はあったんですね。斗樹央さんは高位な陰陽師です。人間が勝手に作った陰陽師協会なんて関係ありませんよ。俺は斗樹央さんに封印されて眠りたい。深く眠れるはずです。願わくば、斗樹央さんのために力を使い、斗樹央さんが死ぬ直前に封印してもらおうと思っています」
涼聖は涙が出そうになったいた。友伸も俯いている。
「……強い気に妖は集まります。それはずっと昔からやと思います。己の身を託したいからですよね?」
涼聖がそう言うと、友伸は「あぁ、そうやな」と頷いた。
「よっしゃ。狼牙くんを操ってた陰陽師を捜そう。何で斗樹央は俺に言わへんかったんやろう」
パソコン持ってくると立ち上がった友伸に、狼牙は頭を掻きながら言った。
「陰陽師協会に登録されている陰陽師なんです。だから斗樹央さんは『時間かかるかもしれんな』って言ってました」
「それで俺に言わへんかったんやな。絶対反対するからな」
友伸は溜め息をついたけど、パソコンを取って来るらしい。
「九尾の牡丹さんも、ずっと中途半端な封印で眠れなかったんだと思う。意識があっても出られないし寂しかったのかもしれない。誰も殺生石なんて触りたくないでしょう。すごいね、斗樹央さんは」
「斗樹央さんがすごい陰陽師やとわかって良かったです。ただの末恐ろしいことをしたアホやと思ってました。たとえ仮の主だとしても仕える主は高位であってほしいと思います。僕は記憶が曖昧なんで、そんな気がするだけなんですけど」
「涼聖くんは根っからの眷属なんでしょう。なんで髪を黒に染めてるの?」
「日本人の中で浮いた存在になるからです。禿げると言われましたけど」
涼聖がそう言うと狼牙は新聞紙を持ってきた。
「禿げることよりも、涼聖くんは自己を認めて把握することが大切だと思うよ。妖としての勘や気の安定に繋がるから。取るね」
「え、取るって?」
涼聖が驚いていると狼牙の指に黒い煙が巻き付いて行く。ゆらゆらと揺れる煙は涼聖の頭から出ている。友伸が戻って来て、「あぁ、俺もやろうと思っててん」と言う。黒い煙が途絶えると狼牙は新聞紙に黒い指を当てた。新聞紙は真っ黒に染まっていく。
「軽くなったでしょう。自分の妖気で髪を染めてみたら?」
狼牙に言われたけど、友伸が「白い髪、かわいいー」と撫でているから軽くなったかはわからない。
「撫でやすい頭っていうのがあるんだよね」
と狼牙もニコニコ笑って涼聖の頭を撫でてきた。撫でやすい頭。斗樹央も「ええ頭」だと言っていた。
「昔は着るものも妖は自分の念で作って着ていたんだよ。今はお洒落な服が簡単に手に入るからいい時代だね」
狼牙に言われて、涼聖はあぁと納得した。昔と違って手に入りやすいから服が好きなのかもしれない。着物ではなく洋装で、しかも手軽に着替えられる。
「僕がアパレルで働きたいって思ったのが何でかわかりました」
友伸がうんうんと頷き、涼ちゃん良かったな、と言う。
「……狼牙さんを操った陰陽師を捜しましょう。もうええ加減、手ぇ離してください」
ニヤニヤ笑う友伸とニコニコ笑う狼牙に涼聖は怒ったけど、二人は気にしていなかった。

「華ちゃん、海外のサーバー紹介して」
友伸はずっとパソコンを操作していた華を呼んだ。華は頷いて友伸の隣に座る。
「華ちゃんはユーチューバーやねん。すごい人気でな。妖は泣くで」
「泣くんですか?」
涼聖は友伸が言うことをスマホで検索した。「天使の歌声ってこういうことや」という。歌っているのか。再生すると友伸の言うことがわかった。顔を出さず、マイクと女の影しか見えない。その声に魂が震えた。狼牙は胸を押さえ、身体を震わせて涙を零した。
「ほんばな、だんでごんなええ声で歌ぶんやろだっ(ほんまな、なんでこんなええ声で歌うんやろな)」
友伸は腕で目を押さえながらパソコンを操作している。涼聖は「泣くほどですか?」と聞いた。
「ぢょうぢゃんがぶでに呪文描いてどぅかだやー(涼ちゃんは腕に呪文描いてるからやー)」
油性マジックがまだ完全に消えていないからか。
「華ちゃん、すごいですね」
涼聖がそう言うと華は「馬鹿ばっかりで儲かります」と左手で金を表す仕草をして言う。二人とも、ピタッと涙は止まった。
「斗樹央は華ちゃんの『最終手段』って言ってるわ。妖の魂ごと動かすからな。女子やのに顔に呪を描くんはそれやねん」
「泣き歌ですね。そのアレンジで何でもできますよね。って僕らが聞くとダメですよ」
「それが腕の呪やんか。華ちゃんの呪が効かんように涼ちゃんにもバトルの前に呪を描いてたやろ。だから、刺青せんでもって俺は思ってたんやけどな。狼牙くんの決意に俺は何にも言えん。まだ俺も人化して若いからな」
狼牙さんって呼んだほうがいい? と友伸は狼牙に聞いたけど、狼牙は手を振って「くん」でいいですよと断った。

「はい。探知されないサーバーからアクセスしてるで。狼牙くんを操った陰陽師は誰や?」
友伸はパソコンの画面を涼聖と狼牙に見せた。陰陽師協会のサイトはいくつものパスワードが必要とされ一般的にアクセスできないようになっているらしい。だから既定のアクセスではないらしい。友伸はなんでパスワードを知っているのだろう。
「この人です。桂条院辰藻けいじょういんたつもです」
「あー、京都の陰陽師の一人やな。斗樹央と気が合わん方や。ちょっと電話する」
友伸は電話をかけに別の部屋に行った。
「胡散臭そうなじいさんですね」涼聖は素直な感想を言う。
「人を騙してそうな嫌な感じのする顔ですね。成金丸出しな陰陽師は多いと聞きます」と華は言う。
「こんなにたくさん陰陽師がいるとは知らなかったな。操られていたから自分が悪事をしていたことがよくわからないんだ。警察に行くわけにいかないから、困るよね」
「そうですね。この時代に陰陽師? て僕も思いましたから。斗樹央さんも胡散臭かったんですけどね」
涼聖が鼻で笑うと、狼牙はフッと笑った。
「人間離れした体技に桁違いな念。そんな人がこの時代の陰陽師なのが驚きなんだよ。あ、さっきの刀を出してやってみようよ。狼を出すからさ、人型で増やせるんだろう?」
狼牙は立ち上がり、ダイニングテーブルを部屋の端に動かした。華ちゃんは座っている椅子ごと運ばれている。何を? と涼聖は思ったが、どうやらバトルをするらしい。
「人型は斗樹央さんが作らないとできないんですよ」
「じゃあ、一人で。俺も狼だけね。一緒に戦うチームだから性能を見たいんだ」
狼牙は涼聖から距離を取り、両手を広げた。
涼聖は狐耳と尻尾を出した。さっきよりも妖力が安定して澄んでいるのがわかる。髪の染料を落としたからか。赤い刀を出すと、それは簡単にできた。
狼牙の手から凶暴な狼が出てくる。涼聖の呪は少し消えかかっているが効果があるのだろう。涼聖は目の前に襲ってくる狼をすべて叩き切っていく。切られた狼は消えていった。狼は、幻なのか本物の妖なのか。
「おいおい、アホか、やめぇ!」
友伸が両手を振り上げて二人を止めた。
「涼聖くんの刀の安定性を見てみたんです。昨日は木刀だったから」
狼牙は頭を掻きながらそう言う。
「斗樹央の家は汚しても傷つけてもアカン。牡丹ちゃんがブチ切れるからや」
友伸に言われて狼牙と涼聖は震えあがった。牡丹が怒るのなら二人だけの問題ではない。日本の終わりだ。
「ホンマ、やめて。華ちゃんも止めさせてやー」
「獣なんか牡丹さんにシメてもらえばいいんですよ。潰し合えばいいです。モフモフは絶滅すればいいんです!」
華は相変わらず狼も白狐も嫌いらしい。そして位が高いからか牡丹には逆らえないのだろう。
「俺は憑代が見つかったら解除してもらうんだよ。華ちゃんとどっちが強いかな」
狼牙は片眉を吊り上げて華に言う。優しい人だと思ったのに宣戦布告か? と涼聖が驚いていると「ただのともかづきだと思われてるんですね。心外です」と華も妖気で髪を振り乱し応えている。オロオロする涼聖を横目に、友伸は二人の頭に拳骨をくらわした。それはゴチンと音がした。
「仲間割れはアカン。次からは俺やなくて牡丹ちゃんにおしおきしてもらうからな。涼ちゃんもわかった?」
涼聖は何度も頷いた。狼牙はにこやかに返事をしたが、腹では何を思っているのかわからない。華はフンッとそっぽを向いた。拗ねたらしい。

 斗樹央が帰ってきて「お前らまだおったんか?」とリビングにあるソファに座った。
「狼牙くんの憑代持ってるんが桂条院辰藻らしいやん。どうするんや?」
と友伸は斗樹央に聞いた。
「同じ京都の光国が、光国麗翔みつくにれいしょうが入院してるんや。どうもな、桂条院と揉めたらしい。あのアホみたいに元気なオバハンが入院ておかしいやろ?」
「あぁ。さっき電話してん。危篤らしいな」
斗樹央はふうっと息を吐き出し「狼牙、いきなりやけど明日一人で店開けられるか?」と言う。
「大丈夫ですよ。任せてください」
「友伸、これから車運転してくれ。華も一緒に京都行こう。涼聖は仕事終わったら牡丹や狼牙と合流して京都な。桂条院は京都から離れられへんはずや」
「そうやな。陰陽師協会に縛られてるんやったらな」
「んじゃ、各自解散」
水取って来てくれと友伸に言った。斗樹央は酒を飲み過ぎたようだった。牡丹の怒りを収めるのに斗樹央が大量に酒を飲まなきゃいけないらしい。
「帰ろう」と狼牙に言われて涼聖も斗樹央の部屋を出た。
「狼牙さんはどこに住んでるんですか?」
「北堤マンション。涼聖くんが住んでるからちょうどいいって斗樹央さんが借りてくれたんだ。空いててよかったよ。まだ、何も無いんだけど」
「……昨日の今日やないですか。電気はつくんですか? ガスや水道は?」
「いや、まだ」
狼牙は笑っているが気にならないのか。
「僕とこ来ますか? 布団もありますよ」
「布団? 獣化するからいらないよ」
そんなものか。獣化できない涼聖にとってはわからない感覚だった。

 火曜日の早朝。
斗樹央から涼聖へのメッセージで『今晩、桂条院宅に襲撃予定』とあった。
「襲撃って……どっちが悪者かわからんっちゅうねん!」
涼聖がスマホに向けてツッコむと、狼牙もそれを覗きにくる。狼牙は結局、涼聖の部屋に泊まった。涼聖の布団の横で獣化し、丸くなって寝ていた。狼牙が寝てからそっと毛を撫でたことは内緒だった。本当にモフモフかどうか確認したのだ。狼の狼牙はモフモフだった。
「まぁ、斗樹央さんは『待つ』ってことができなさそうだよね。きっと色々調べた上での襲撃なんだろうけど」
そりゃそうだろう。
「調べんと襲撃してバトルとか、僕らの方が悪者ですよ」
「ヒーローとしての陰陽師じゃないんだよね。なんていうか、『ざまあみろ』って感じだね」
「……もうそれって悪者ですやん」
「うん。俺も『三人とも悪者っぽいけど、まさか』って思った」
「華ちゃんが黒い服でバトルしたいらしいんです。だから狼牙さんも黒い服がいいんじゃないですか?」
形から入るのか、と狼牙は考え込んでいた。でも、もう『TIME』を開ける時間だった。涼聖も、いきなり狼牙一人で店を開けるのは酷いと思い、仕事に行くまで手伝おうと思っている。でも、狼牙は戦闘服を考えているようだ。
「時間、間に合いませんよ」
「涼聖くんは服屋だよね。金は払うから、適当に買ってきてくれない?」
「……LLサイズですね。了解しました」
涼聖自身も戦闘服にカッコいい服を選んでいたから、狼牙の気持ちはわかる。「スーツしかないんだよ」狼牙はきっと家に帰れば獣化しているんだろう。獣化できない涼聖には楽なのかどうかわからなかった。

『着替えを持って斗樹央のマンション前に集合。京都らしい美味しいもの食べようね』
仕事終わりに牡丹から連絡が来た。バトルじゃなかったか。襲撃でもなさそうな文面だった。
涼聖は家で荷物をまとめて同じ階の狼牙の家に行き、買ってきた服を見せた。涼聖の戦闘服に似た服だった。
「いいじゃん」とニヤリと笑う狼牙も悪者に扮するのは抵抗なさそう。
斗樹央にもらったからと服の代金をもらう。狼牙が所持していた金は陰陽師協会が没収し、バーでの違法薬物取引事件は内々に収められた。生活費として斗樹央が狼牙に金を渡したらしい。
二人で斗樹央のマンションへ行くと、エントランスには着物姿の牡丹がいた。京阪電車に乗り、三条まで行くらしい。

「陰陽師協会に登録している光国麗翔さんのお屋敷に泊まらせてもらうの」
牡丹が言ったお屋敷は、京都市内にある長屋だった。「お屋敷?」と涼聖が疑問に思っていると「京都の歴史ある家は長屋なんだよ。桂条院が住んでいる東黒川は別荘地だったから、あっちのほうがお屋敷って感じがすると思うよ」狼牙が言う。どうやら東黒川には成金という金持ちが住むものらしい。
中に入ると牡丹さんが光国さんの秘書だという方に挨拶している。
「涼聖!」と華ちゃんに呼ばれて「何、華ちゃん?」と聞き返しているうちに華は涼聖の腕を掴み光国宅に引っ張った。
「どうしたんですか?」
「狐が私をいじめるんです!」と華は言う。そんなアホなと涼聖が畳の部屋に入ると「ぅぎゃっ」「ほ、ほんまもんやぁ」と涼聖を指差して狐と思われる人化した妖は言った。さすが京都の陰陽師。男女の狐は巫女装束だ。――なんと雅な。
「涼聖は白狐です。神の眷属ですよ。あんたたちなんて潰してやります」
「……華ちゃん、喧嘩したんですか?」
「涼聖! その忌々しい耳と尻尾を出しておやりなさい」
涼聖は渋々狐耳と尻尾を出した。これで華の気が晴れるだろう。
「白狐! ホンマや」「おぉ、この妖気、我らより増幅可能と見たわ。大阪の陰陽師のおっそろしいこと!」
「……華ちゃん」
「ともかづきを知らないって。けったいな妖怪って言われたんです。さあ、涼聖! 私の敵討ちです!」
華は困っている涼聖の後ろに隠れた。要するに、バトルめいた喧嘩はしてはいけないのに、喧嘩を売られたから涼聖にやらせようとしたんだろう。華がダメなら涼聖も喧嘩はダメだ。涼聖は耳と尻尾を収納した。
「お世話になるお家の狐さんですよ。手ぇ出したらダメでしょう」
華は唇を尖らせて「狼とは仲良くするくせに」と言う。
斗樹央が来て「おい、何してるんや? 涼聖も飯食え~」と手招きした。
「華ちゃんも狼牙さんも僕には仲間です」
華は頬を膨らませた。怒らせたのだろうが、涼聖は華の手を引っ張って斗樹央がいる部屋に行った。
 
 京都らしいのか涼聖にはわからなかったが、豪華な食事を堪能し、狼牙、華、涼聖の順番で斗樹央は呪文を描いた。
人型の折り紙を三枚手渡された涼聖は耳と尻尾を出すように言われる。
「もうちょっと妖気出すぞ。自分で制御せぇ」
斗樹央は涼聖の額を指で押し、何か呪文を言った。涼聖はガクガクッと震えたが、余裕で刀を二本出せるんじゃないかと思われるほどの妖気が増えたようだった。
「妖刀は自分以外の妖を切るためのものや。でも俺の仲間は切れん。ええな、お前自身を守るためもあるんや。躊躇すんな」
「はい」
借り物といえど、涼聖は斗樹央の言うことは素直に聞き入れることができる。なぜかはわからないが、言葉を吸収してそれを実行する力になるようだった。
黒のミニバンに乗り込み、友伸の運転で桂条院の屋敷に行く。斗樹央の車なのに運転は友伸らしい。帰りはどうなんだろう。
「光国のオバハンは呪詛にあってる。術者本人を叩いとかんとな。桂条院は俺が潰す。どんなん来るかわからんけど、他はお前らでやれ。最悪、牡丹を出す。チームの最終手段やと思っとけ」
助手席に偉そうに座った斗樹央は後部座席のメンバーに言う。九尾の狐を出さないといけないほどなのか。涼聖は驚いたが牡丹が静かに言う。
「大丈夫よ。涼ちゃん、人型は白い着物でもいいし、内容が合ってれば何色の刀でもいいの。出さなきゃいけないときは自分の念に逆らわず、落ち着いてやりなさい」
牡丹も黒い服、いや、着物を着ていた。艶めいているスタイルはどう見ても夜の蝶でクラブのママだ。この集団はどこまで行っても悪者スタイルが好きらしい。
「もしかして、目的は牡丹さんですか?」
涼聖がそう言うと、斗樹央は睨みつけるように涼聖を見た。牡丹も苦笑している。
「すみません。臭いがするんです」
言い表せないが、確実にその雰囲気を涼聖は感じ取っていた。
「大丈夫よ。日本を潰してでも皆のところに帰るから」
冗談のように牡丹は笑うが、日本が潰れてしまったら斗樹央も涼聖も皆無事では済まないだろう。それでも帰ると牡丹は言う。もしかすると、牡丹が狙われるのは今回が初めてではないのかもしれない。

 桂条院の屋敷には大きな金属の門があった。斗樹央が人差し指を立てると、門はとてつもない速さで開いた。物理の法則なんてものはないようだった。そのまま斗樹央が先頭に立ち、皆で屋敷の中に入る。華が庭の水道の蛇口を開けて水を飛ばした。
「先に入っててください」と言う華に、涼聖は人型を一枚出して、黒い着物の涼聖を華に託した。「余計なお世話です」と言う華に「華ちゃんの盾に使ってください」と謙虚に言っておく。
斗樹央と狼牙、牡丹の後に涼聖も屋敷の中に入った。
 屋敷の部屋からは日本庭園が見え、松や桜の木などが植えられている。そこからは血の臭いがした。なぜかと涼聖が辺りを見るが、人の気配はない。
「ここでたくさんの人が殺されたのよ」
牡丹が静かに言う。すでに牡丹はキレていた。涼聖は「今日は何年の何月何日でしたっけ?」と聞いたが日本滅亡かもしれない日にちを誰もおしえてはくれなかった。
涼聖は人型を出して自分の分身を出した。全部で五人が同じ服を着て同じ髪の涼聖だった。それを見た狼牙も身構える。
「おー、桂条院。久しぶりやなぁ」
畳の部屋に入ると斗樹央がドスのきいた声で言う。本当に、どっちが悪者か。祭壇の奥から出てきた狩衣に烏帽子の桂条院が薄く笑った。あちらが本物の悪者らしい。涼聖は桂条院の魂が腐っているのを感じた。妖気がさらに増幅する。
「阿倍野ごときが偉そうに白狐まで従えたんか。身ぃ滅ぼすつもりか。アホが」
涼聖は呼ばれたと思ったのか皆の前に立った。全員が黒の妖刀を出す。
「あ? 二人多いんちゃうか?」
斗樹央がそう言ったけど、桂条院の周りから出ている妖の妖気に涼聖たちは走った。次々に大蛇が襲いかかる。涼聖は頭の中に響く斗樹央の祝詞を聴いた。振り下ろす刀に触れると大蛇は消滅する。手応えがない。どこからか出てくる大蛇全てが幻。どこかに大蛇の本体がいる。涼聖は黒い刀を揮いつつ、冷静に辺りを見回した。狼と涼聖たちが大蛇を消していく。涼聖の本体だけがその場から離れ、狼牙と対峙した。
狼牙が大蛇の本体を操っている。狼牙の足許から大蛇が大量に出現した。
「狼牙さん」
涼聖は恐ろしく冷静だった。
「あ、バレちゃったね。時間稼ぎだったんだよ。うん。僕が大蛇を出してる。涼聖くんの妖気はやっぱり凄いね」
狼牙はニヤリと笑う。涼聖は嫌悪感を隠さなかった。すぐに牡丹の背後に分身を一人付けた。
狼牙は、桂条院が仕込んだスパイだった。最初からずっと。バーの違法薬物事件は斗樹央へのエサだった。袖をめくった狼牙の腕の呪が消えていった。
「涼聖!」
華に呼ばれたが、涼聖本体の刀の色が白に変わっていく。水が飛び散り辺りを濡らした。
『祓い給え』
涼聖の口から祝詞が出た。飛び上がり宙高く浮いた。狼牙の頭上から刀を振り下ろす。狼牙は腕を交差させ、涼聖の打突を払いのけようとした。
「そんな単純なの、俺に効かないよ」
『害祓いし悪鬼を祓い安鎮を得んことを慎みて五陽霊神に願い奉る』
狼牙の顔が一瞬、歪んだ。涼聖の白い刃に触れた瞬間、狼牙は煙になって消えた。
黒の着物の涼聖も本体と同じ黒い服に変わる。その腕には華がしがみついていた。
「斗樹央さん、僕が桂条院を潰します!」
桂条院は形を成さない悪鬼を呼んだ。腐臭がして涼聖は顔を顰める。
どうやら涼聖が昔に見たことがある悪鬼ではなかった。確かな悪鬼は呼べないらしい。狼牙が言った時間稼ぎとは、悪鬼を作る時間か。そんな中途半端な陰陽師がいるのかと涼聖は怒りを露にして身構えた。
「狼牙の本体は憑代にある。俺が解除したる。きっとな、もっとええヤツやで」
斗樹央は涼聖の頭を撫でた。
勝手にいい人だと思っていた。
優しい笑顔は確かに涼聖に向けられた。
――それを返してもらおう。
『潰す』
涼聖本体の声で、涼聖たちが全部で十人になった。
「さすが『神の御業』ね。怒りで増幅された妖力で分身を作ってる」と牡丹が言う。
「人型一枚に三人や。こりゃ、俺でも持て余すかもしれんな。『善行』」
斗樹央が涼聖に命令した。善行。それは、良い行い。涼聖は目を閉じてその言葉を噛み締めた。
涼聖全員で桂条院に向かった。後ろでは斗樹央が白狐と朱雀を呼んだ。虎の吠える声が響き、燃え盛る炎が天井を飛んだ。
『祓い給え』
涼聖の怒りに応えるように朱雀の炎が涼聖の妖刀に宿る。涼聖は祝詞を口にし、次々に生まれ増える醜悪な悪鬼を刀で切った。

 斗樹央が桂条院を何枚もの呪符で縛り上げ、それを涼聖と二人で見下ろした。
桂条院の屋敷全てが水浸しになり、すでに陰陽師協会に連絡したらしい。
「悪鬼は人の呪いから作るんやったな。そんなにうちの連中が怖かったか? 何人も殺して作ったんやろうけど、光国の料理人にも手ぇ出したそうやな。討伐に来た光国をどうしたんや」
桂条院は顔を歪めて笑う。何がおもしろいのか。
本体一人に戻った涼聖は怒りが収まらないのか、白い刃を桂条院の首に刺した。妖刀は人は切れず命は奪わないが、涼聖は刀をまだ収められなかった。
「呪詛や。わからんかったんか? お前にはどうにもできへんやろう」
「いや。昨日、俺が祓ったから快復に向かってる。協会ももう呼んだで。あ、狼牙の憑代、もらっていくわ。うちの白狐が気に入ったからな」
「……神聖な白狐を使うとは……自分のやってることがわからんのか?!」
「丁重にお借りしてるんや。爺さんは魂がアレで狐は仕えてくれへんやろ。うちの白狐は心底悪行が嫌いなようで、俺にピッタリの狐や」
「九尾に白狐。阿倍野家はいつの時代も野蛮な……」
「悪鬼こさえる爺さんに言われたないわ」
人差し指を立てた斗樹央は桂条院の額に呪符を飛ばした。呪符が額にめり込み、桂条院は白目を向いていた。涼聖が呆れて斗樹央を見ると両手を振っている。
「こんなんで死なへんし。どうもないって。そんな顔すんなやー」
死んだんじゃないかと心配した涼聖だったが、何人も人を殺した陰陽師を助けようとも思わなかった。
「いっぱいありますよー」
華が奥の部屋から斗樹央を呼んだ。憑代が見つかったらしい。
涼聖は刀を収めて華の傍へ行く。棚に並んであったのはいくつもの石。強い妖は三つ。上段に大中小とあった。
「小さいのが狼牙さん。これは、いたち? その横が大蛇ですね」
「いたち? かまいたちか? あー、いらんいらん。蛇もいらん。狼牙だけ持って帰ろう。あとは協会が管理するんちゃうか」
イタチはモフモフか? とでも思ったのだろう。でも斗樹央はいたちはいらないようだった。短毛だからだろうか。
「上手にできたね」
牡丹が涼聖の頭を撫でた。「ずるいです」と言った華の頭は友伸が撫でた。
「帰るぞー。光国の家で宴会や」
水浸しの屋敷を出て、また黒いミニバンに乗り込む。
「狼牙さんはいつ解除してくれるんですか?」
助手席に座った斗樹央は少し考えてから「あー、手伝うか?」と聞く。涼聖は力いっぱい頷いた。

 光国の長屋に帰ると、大勢で宴会の準備が行われていた。
斗樹央に来い、と言われて涼聖が付いて行くと、その部屋には広く大きな祭壇があった。
畳の上に狼牙の憑代の石を置いた斗樹央は、涼聖に人型を四枚手渡した。
「一枚につき一人でええ。そのかわり、白衣装束に榊や。頭の色も替えるな」
涼聖が人型を広げて持つと、白い着物に白い袴の涼聖が五人になった。手には全員榊を持っている。狐耳と尻尾も出した。
斗樹央は畳の上で胡坐を組んで座り、涼聖に命令した。
「憑代の周りを囲め。そのままゆっくり時計回りで歩くんや。そう。祝詞聞けよー」
頭の中に祝詞が聞こえた。涼聖はただ祝詞を聴きゆっくりと歩いた。三分か五分後か、涼聖たちが回って歩くと、憑代が揺れた。
「もうちょっとで割れる。――榊を供えろ!『解除』」
涼聖は持っていた榊を放った。その瞬間に石が消えて素っ裸の狼牙が煙と一緒に現れた。封印の解除が終わったのだ。
「おー、思ってたよりめっちゃ時間短縮やったな」
「短縮ですか? 解除ってどれくらいかかるんですか?」
狼牙はグッタリとしていた。涼聖はとにかく狼牙を畳の上に寝かせた。
「そうやな、俺一人の時は早くても二時間やな。涼聖1、油性マジック持ってこい」
涼聖の分身番号1と言われた涼聖が友伸のところへ行った。
「前と同じ狼牙さんですか? 記憶はないんですか?」
「記憶はあると思うで。中途半端な解除のせいで念が漏れてただけやからな。俺らが知ってる狼牙と雰囲気も同じはずや。妖気は前の倍はあるやろう」
斗樹央は疲れたのか、畳の上に寝っ転がった。
「斗樹央さんは、狼牙さんが桂条院の傘下にいてたことを知ってたんですか?」
「あぁ、なんとなくな。牡丹はちょっとそんな感じがしたって言ってたで。お前、よく気ぃ付いたな」
廊下を走って来たのか友伸や牡丹が部屋に入ってくる。華も来た。
「もう解除できたの?!」
牡丹も驚いている。友伸は口を開けたまま固まっていた。
「神事にすると涼聖と相性ええんや。びっくりやな」
斗樹央は笑っているが「……油性マジックと狼牙さんの服は?」と涼聖2が取りに行った。涼聖1は、宴会の料理人に引っ張られて行った。供物だと言われて何かもらっているようだった。白狐が珍しいのか。白衣白袴だからだろうか。
涼聖2が油性マジックと狼牙の服を持ってくると、斗樹央は全身に呪文を描いた。
「俺がやってることは善行や。悪行せんように全身に描いとく。消えるころには身についてるやろう」
「いや、なかなか消えないですよ」
「墨汁で描いたらすぐ消えるからなぁ。俺は墨汁でもええんやけどな。マジックの方が簡単やろ?」
斗樹央はあんまり考えてなさそうだった。とにかく涼聖は狼牙に服を着せた。
「ここに放置ですか?」
「狼牙! 起きろー、酒飲むぞー」
斗樹央が狼牙の腕を掴むと、狼牙は目覚めた。
「え? 酒?」
「宴会や」
「涼聖くん?」と驚いている狼牙の背中を涼聖は押した。
「憑代から出たんです。とにかく食べましょう。飲みましょう」
涼聖はとにかく彼に笑顔を向けた。これからいろんな話をしようと思った。



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