4 / 9
1
その日、チアキ様の周りから糸と針は消えました
しおりを挟む「っていうかどいつもこいつも何で勝手にファーストネーム呼びしてるワケ?」
「知らないです」
「っていうかアンタはいつまでラストネームのままなワケ?」
「寧ろこれから先、ファーストネームで呼ぶ予定もないのですが」
「は?」
「え?」
何でレジェクト様の眉間に皺が寄っているのでしょうか。私ごとき侍女が他国の客人をファーストネームで呼ぶなんてありえないでしょう。時々レジェクト様の常識が分からなくなります。
「アンタさ。いつか自分もレジェクトの名になった時困るでしょ」
「私はこれから先、レジェクトを名乗る気はないので困ることはないですねぇ」
リタは死んだ両親がつけてくれた大切な名前だ。それを何でレジェクト様と同じ名前に改名しなくちゃいけないんでしょう。新たなレジェクト様の意地悪でしょうか。
そう返せばザクッとケーキ用のフォークがテーブルに突き刺さりました。……え?突き刺さった?突き刺さる?え?このテ-ブルは磁器で出来ているはずなのですが。え?こんなに綺麗に刺さるってどういうことでしょう?
レジェクト様の方を見れば眉間の皺が更に酷くなっています。ええええ、何か気に障るようなことを言いましたっけ?ごく当たり前のことを言ったつもりなんですが……
「…………は?何?もしかして男がいるワケ?」
「何でそうなるんですか!?私は平民なのでレジェクトをラストネームとして使うことはできないですし、名前をレジェクトにするのもできないです」
「ああ、そういうことね」
勝手に納得したのかレジェクト様の眉間の皺が少し緩くなりました。でもテーブルに突き刺さったフォークはそのままです。……あれを片付けるのも私の仕事ですよね?あそこまで綺麗に突き刺さったフォークを私は抜けるんでしょうか?最悪、レジェクト様に抜いてもらうしかないですよね。
「……ら、問題ないってことだね」
「……へ?は、はい!!」
何かレジェクト様が話していたようですがフォークに夢中で聞いてなかったです。
「……今、俺の話を聞いてなかったんじゃない?」
「ええ、いや、はい……そうです。すみません」
そう返せば機嫌よかったレジェクト様の機嫌がまた急降下してしまいました。
「俺が話してるってのに考え事するなんていい度胸じゃないか」
「ひえっ!!そんな度胸これっぽっちもないです!!」
「ど、どうしたら……許してくれますか……?」
もし恐ろしい要求を突きつけられたらどうしましょう。私のような一侍女に出来ることなんてたかが知れています。あああ!!どうか無理難題言ってきませんように!!
「じゃあ俺のことを名前で呼んでくれたら許してあげる」
「な、名前ですか……?」
そ、それだけでいいんですかね……?でも気が変わって大変な要求をされては私が死んでしまいます。私は意を決して口を開きました。
「チ、チアキ様……?」
すると彼は少し目を見開いた後、急に黙り込んでしまいました。え?え?逆麟に触れてしまいました!?私、間違えてないですよね名前!?
「あ、あの……これでいいんでしょうか?」
「ああ、うん。ちょっと黙ってて。うん」
いつもの余裕に満ちた彼から想像できないようなしどろもどろさに首を傾げるしかありませんでした。何でしょう?自分から名前を呼べと言ったはずなんですが。……ん?あれ?何だか……
「……あの、顔が少し赤いですよ?お部屋暑かったですか?」
「もう本当に黙ってて」
にゅっと手が伸びてくると彼の手が私の顔を鷲掴みにしました。え、何だか力が入ってきているような……
「いたたたた、あの!!痛い痛い!!顔が割れてしまいますううううう!!!!顔が大変なことになってしまいますううううう!!!!」
「大丈夫大丈夫。それ以上変な顔になることはないから」
「それただの悪口ですうううう!!!!」
バタバタとしているとようやく恐ろしい手から解放されました。まだ顔がジンジンと痛みます。涙目で彼の方を見ればいつものように余裕のあるお顔で赤みがかっていた頬も平常に戻っていました。……さっきのは気のせいだったんですかね?
「まぁ、俺の話を無視してたことは許してあげるよ。……そのお陰で言質がとれたし」
「…………待ってください。一体、私は何に対して返事したんですか?」
「さぁ?人の話を聞かないアンタが悪いんだから」
「正論ですけど!!せめてもう1度お願いします!!恐ろしくて夜も眠れないです」
「ははは」
「初めて聞いたレジェクト様の笑い声が全然笑えないです!!」
私がそう返せば、レジェクト様はまた眉をひそめてギロッと私を睨んできました。あれ~~、私、また何かやっちゃいましたかね??
「……俺のことは名前で呼んでって言ったよね?」
「え?さっき呼んだじゃないですか?」
「は?たった1回呼んだだけで許されると思ってるワケ?」
どうやらレジェクト様呼びが気に入らないようです。……といってもそんな簡単にファーストネームを呼べません。私はただの侍女なんですから親しい間柄の様にあまり名前を呼ぶことはまず許されることじゃないです。そう言おうとしましたが、その前にレジェクト様が口を開きました。
「他の女が俺のことを勝手に名前で呼んでるのにリタが呼ばないなんて変だろう?」
何気なくそう言ったレジェクト様。だけどその言葉はギュッと私の胸を掴んでしまうほどの衝撃でした。
(……レジェクト様って私の名前を知ってたんですね!!)
最初に名乗ってから言う機会も呼ばれる機会もなかったからてっきり知らないだろうと思ってたのですが。紅茶を飲んだ時と同じようにじんわりと胸が熱くなっていきました。
「……せめて2人きりの時だけにしてください。クビになってしまいますので」
「まぁいいよ。忘れてなければ」
「いや本当に死活問題なのでよろしくお願いします」
クビになったら俺が責任持ってお世話してあげるよ、と真っ黒い笑みを浮かべながらそう言ったチアキ様に何としてでもこの仕事を死守しなきゃと心に決めました。
「ところで糸と針ってある?」
「はぁ……、持ち歩いている簡易なソーイングセットならありますが……。チアキ様が針仕事を?」
「いや俺の許可なく名前で呼ぶ糞女の口を縫い付けておこうかと思って」
「本当にそれだけはやめてください」
10
あなたにおすすめの小説
【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。
悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
所(世界)変われば品(常識)変わる
章槻雅希
恋愛
前世の記憶を持って転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢。王太子の婚約者であり、ヒロインが彼のルートでハッピーエンドを迎えれば身の破滅が待っている。修道院送りという名の道中での襲撃暗殺END。
それを避けるために周囲の環境を整え家族と婚約者とその家族という理解者も得ていよいよゲームスタート。
予想通り、ヒロインも転生者だった。しかもお花畑乙女ゲーム脳。でも地頭は悪くなさそう?
ならば、ヒロインに現実を突きつけましょう。思い込みを矯正すれば多分有能な女官になれそうですし。
完結まで予約投稿済み。
全21話。
【完結】正しいモブのススメ。
谷絵 ちぐり
恋愛
全てのモブになりたいあなたへ贈る
モブによるモブの為のモブの教科書。
明日、あなたが異世界モブに転生した時の為に役にたつことを願う。
※この物語は完全にフィクションであり、現実とはなんの関係もありません。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
私はざまぁされた悪役令嬢。……ってなんだか違う!
杵島 灯
恋愛
王子様から「お前と婚約破棄する!」と言われちゃいました。
彼の隣には幼馴染がちゃっかりおさまっています。
さあ、私どうしよう?
とにかく処刑を避けるためにとっさの行動に出たら、なんか変なことになっちゃった……。
小説家になろう、カクヨムにも投稿中。
今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。
柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。
詰んでる。
そう悟った主人公10歳。
主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど…
何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど…
なろうにも掲載しております。
悪役令嬢に転生したので、みんなのために自分から破滅することにした
やんやんつけバー
恋愛
悪役令嬢に転生したと気づいた瞬間、私は一秒で全ての選択肢を計算した。正攻法でも、逃げ道でも、誰かが傷つく。だから自分から破滅してやろう──。その覚悟は正しかったはずなのに、なぜか私の行動が人を救い始める。好き勝手に生きているつもりが、誰かの英雄になってしまう。これは、破滅を目指した悪役令嬢の、意図せぬ奮闘記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる