蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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一章

8 ベッドにて

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 部屋が片付いたとのことなので、鎮神しずか真祈まきに連れられて、意識を取り戻したときに寝かされていた二階の部屋へ向かった。
 
 二階には、真祈の部屋と、真祈の妻である有沙ありさの部屋もそれぞれあって、気まずいことに鎮神の部屋は真ん中だった。
 昨日まで畔連べつれ町の家で使っていた家具が机にベッド、ラックに差し込まれた漫画やCDの一つ一つ、お気に入りのミシンやラジカセに、服やアクセサリーまで、そっくりここにあってすぐにでも生活出来る状態になっている。
 しかし以前の三倍は広い部屋、そのせいで変わってしまった家具同士の距離感、真祈の麝香じゃこうのような体臭と、それに混じる高そうな畳の匂い――全てが慣れない。

「今日からここがあなたの家です。寛いでくださいね」
 振り返らずとも声の調子で、真祈がのんきに笑っているのが分かる。
 
 ともかく、心身ともにどっと疲れた。
 眠らされていたとはいえ長時間を車で移動していた疲労は確実に蓄積しているし、一日のうちに実父の正体を知らされたり、母を殺すと脅されたり、異母姉(兄?)に求婚されるというような人生で後にも先にも無いであろう濃い一日で心も疲弊しきっている。
 ベッドにどかっとに座ると、なぜか真祈もすぐ隣に腰掛けてきた。
 思考停止している間に、真祈が自分のスカートをたくし上げはじめたので、鎮神は脊髄反射でその手を抑えつけた。
 信じられないといった様子で眉を寄せる鎮神と、なぜか同様に目を丸くしている真祈の視線がかち合う。

「何してるんですか」
「夫婦ですから」

 ふと、玖美の嘲笑う姿が思い出された。
 みさおの危機を悟り、鎮神は退る。
「まだ違うでしょ。
 会ってから半日も経ってないし……おれはそんなことしたくない……」
 お前はそうして産まれてきたくせに、と脳裏で母が嗤う。
 いでいた血が沸き立ち、沈んでいた汚泥おでいをかき混ぜる。

「もしかして鎮神は、私を美しいと思っていないのですか」
 真祈はなんともずれたことを言う。
「大勢の人が、私のことを美しいと言って、私を手に入れようとしました。貴方はそうはしないのですね」
 それを聞いたとき、濁っていた血が、すっと引いた。
 見上げると、紫色の大きな瞳が鎮神を覗き込んでいる。
「どういうこと? えっと、他の人たちともそういうことしてるの」
「いいえ、そんな無意味なことはしませんけれど」
「意味……」
 真祈はその美貌と独特の価値観ゆえに多くの人々に傷つけられたのではないか、という考えが過ったが、杞憂だったようで鎮神は安心する。

 そして自分が島に連れて来られた理由について判明したこともある。
 真祈は何らかの目的のために鎮神と結婚すると言うが、籍を入れたところで何かが変わるわけでもない。
 おそらく、交わることや子を為すことが関わるのだろう。
 自らが信じる神のために、目の前の無邪気な人は、会って間もない異母弟と肉体関係を結ぼうとしている。

「何ていうか、真祈さんの事情についてとやかく言うつもり無いけど……家のために身体を差し出すって、おれには凄く悲しいことに思える」
 しかし真祈は相変わらず、きょとんとしている。
 手はまだスカートを鷲掴んでいるというのに、無垢な澄んだ瞳。
「まあ、おれが言っても説得力無いですよね……すみません、偉そうに」
 ぎりぎり操を保ってはいるが、鎮神がこうして真祈の「妻」として居る時点で、自分の意志を貫けてはいないのだ。
 真祈の事情は考えているつもりだが、理解できてはいない。
 それなのに、事態をややこしくすることを言うべきではなかったかもしれない。

 すると真祈の驚きを表していた顔が、ふっと綻び、微笑みに変わった。
「よく分かりませんが、鎮神は優しいんですね」
 思えば、見た目のせいでよく誤解され、優しいなどと面と向かって言われたことが無かった。
 照れて、俯くしかなくなる。

「これも言い忘れていましたね……私、嫌いとか悲しいとかそういう負の感情が欠落しているみたいなんです。
 誰かを憎むことができず、悲しみを感じられない。
 他人の痛みを観測することもできない。
 表情や、言外の意味を読み取るのが苦手で、共感ができないようなのです」
 真祈は淡々と告げる。
 それは初めて知れた、真祈その人についての情報であった。

「でも、鎮神が私のことをたくさん考えてくれているのは分かる。
 たとえ『嫌い』を理解することができたとしても、私はきっと鎮神のことが好きだったはず……」
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