17 / 117
一章
8 ベッドにて
しおりを挟む
部屋が片付いたとのことなので、鎮神は真祈に連れられて、意識を取り戻したときに寝かされていた二階の部屋へ向かった。
二階には、真祈の部屋と、真祈の妻である有沙の部屋もそれぞれあって、気まずいことに鎮神の部屋は真ん中だった。
昨日まで畔連町の家で使っていた家具が机にベッド、ラックに差し込まれた漫画やCDの一つ一つ、お気に入りのミシンやラジカセに、服やアクセサリーまで、そっくりここにあってすぐにでも生活出来る状態になっている。
しかし以前の三倍は広い部屋、そのせいで変わってしまった家具同士の距離感、真祈の麝香のような体臭と、それに混じる高そうな畳の匂い――全てが慣れない。
「今日からここがあなたの家です。寛いでくださいね」
振り返らずとも声の調子で、真祈がのんきに笑っているのが分かる。
ともかく、心身ともにどっと疲れた。
眠らされていたとはいえ長時間を車で移動していた疲労は確実に蓄積しているし、一日のうちに実父の正体を知らされたり、母を殺すと脅されたり、異母姉(兄?)に求婚されるというような人生で後にも先にも無いであろう濃い一日で心も疲弊しきっている。
ベッドにどかっとに座ると、なぜか真祈もすぐ隣に腰掛けてきた。
思考停止している間に、真祈が自分のスカートをたくし上げはじめたので、鎮神は脊髄反射でその手を抑えつけた。
信じられないといった様子で眉を寄せる鎮神と、なぜか同様に目を丸くしている真祈の視線がかち合う。
「何してるんですか」
「夫婦ですから」
ふと、玖美の嘲笑う姿が思い出された。
操の危機を悟り、鎮神は退る。
「まだ違うでしょ。
会ってから半日も経ってないし……おれはそんなことしたくない……」
お前はそうして産まれてきたくせに、と脳裏で母が嗤う。
凪いでいた血が沸き立ち、沈んでいた汚泥をかき混ぜる。
「もしかして鎮神は、私を美しいと思っていないのですか」
真祈はなんともずれたことを言う。
「大勢の人が、私のことを美しいと言って、私を手に入れようとしました。貴方はそうはしないのですね」
それを聞いたとき、濁っていた血が、すっと引いた。
見上げると、紫色の大きな瞳が鎮神を覗き込んでいる。
「どういうこと? えっと、他の人たちともそういうことしてるの」
「いいえ、そんな無意味なことはしませんけれど」
「意味……」
真祈はその美貌と独特の価値観ゆえに多くの人々に傷つけられたのではないか、という考えが過ったが、杞憂だったようで鎮神は安心する。
そして自分が島に連れて来られた理由について判明したこともある。
真祈は何らかの目的のために鎮神と結婚すると言うが、籍を入れたところで何かが変わるわけでもない。
おそらく、交わることや子を為すことが関わるのだろう。
自らが信じる神のために、目の前の無邪気な人は、会って間もない異母弟と肉体関係を結ぼうとしている。
「何ていうか、真祈さんの事情についてとやかく言うつもり無いけど……家のために身体を差し出すって、おれには凄く悲しいことに思える」
しかし真祈は相変わらず、きょとんとしている。
手はまだスカートを鷲掴んでいるというのに、無垢な澄んだ瞳。
「まあ、おれが言っても説得力無いですよね……すみません、偉そうに」
ぎりぎり操を保ってはいるが、鎮神がこうして真祈の「妻」として居る時点で、自分の意志を貫けてはいないのだ。
真祈の事情は考えているつもりだが、理解できてはいない。
それなのに、事態をややこしくすることを言うべきではなかったかもしれない。
すると真祈の驚きを表していた顔が、ふっと綻び、微笑みに変わった。
「よく分かりませんが、鎮神は優しいんですね」
思えば、見た目のせいでよく誤解され、優しいなどと面と向かって言われたことが無かった。
照れて、俯くしかなくなる。
「これも言い忘れていましたね……私、嫌いとか悲しいとかそういう負の感情が欠落しているみたいなんです。
誰かを憎むことができず、悲しみを感じられない。
他人の痛みを観測することもできない。
表情や、言外の意味を読み取るのが苦手で、共感ができないようなのです」
真祈は淡々と告げる。
それは初めて知れた、真祈その人についての情報であった。
「でも、鎮神が私のことをたくさん考えてくれているのは分かる。
たとえ『嫌い』を理解することができたとしても、私はきっと鎮神のことが好きだったはず……」
二階には、真祈の部屋と、真祈の妻である有沙の部屋もそれぞれあって、気まずいことに鎮神の部屋は真ん中だった。
昨日まで畔連町の家で使っていた家具が机にベッド、ラックに差し込まれた漫画やCDの一つ一つ、お気に入りのミシンやラジカセに、服やアクセサリーまで、そっくりここにあってすぐにでも生活出来る状態になっている。
しかし以前の三倍は広い部屋、そのせいで変わってしまった家具同士の距離感、真祈の麝香のような体臭と、それに混じる高そうな畳の匂い――全てが慣れない。
「今日からここがあなたの家です。寛いでくださいね」
振り返らずとも声の調子で、真祈がのんきに笑っているのが分かる。
ともかく、心身ともにどっと疲れた。
眠らされていたとはいえ長時間を車で移動していた疲労は確実に蓄積しているし、一日のうちに実父の正体を知らされたり、母を殺すと脅されたり、異母姉(兄?)に求婚されるというような人生で後にも先にも無いであろう濃い一日で心も疲弊しきっている。
ベッドにどかっとに座ると、なぜか真祈もすぐ隣に腰掛けてきた。
思考停止している間に、真祈が自分のスカートをたくし上げはじめたので、鎮神は脊髄反射でその手を抑えつけた。
信じられないといった様子で眉を寄せる鎮神と、なぜか同様に目を丸くしている真祈の視線がかち合う。
「何してるんですか」
「夫婦ですから」
ふと、玖美の嘲笑う姿が思い出された。
操の危機を悟り、鎮神は退る。
「まだ違うでしょ。
会ってから半日も経ってないし……おれはそんなことしたくない……」
お前はそうして産まれてきたくせに、と脳裏で母が嗤う。
凪いでいた血が沸き立ち、沈んでいた汚泥をかき混ぜる。
「もしかして鎮神は、私を美しいと思っていないのですか」
真祈はなんともずれたことを言う。
「大勢の人が、私のことを美しいと言って、私を手に入れようとしました。貴方はそうはしないのですね」
それを聞いたとき、濁っていた血が、すっと引いた。
見上げると、紫色の大きな瞳が鎮神を覗き込んでいる。
「どういうこと? えっと、他の人たちともそういうことしてるの」
「いいえ、そんな無意味なことはしませんけれど」
「意味……」
真祈はその美貌と独特の価値観ゆえに多くの人々に傷つけられたのではないか、という考えが過ったが、杞憂だったようで鎮神は安心する。
そして自分が島に連れて来られた理由について判明したこともある。
真祈は何らかの目的のために鎮神と結婚すると言うが、籍を入れたところで何かが変わるわけでもない。
おそらく、交わることや子を為すことが関わるのだろう。
自らが信じる神のために、目の前の無邪気な人は、会って間もない異母弟と肉体関係を結ぼうとしている。
「何ていうか、真祈さんの事情についてとやかく言うつもり無いけど……家のために身体を差し出すって、おれには凄く悲しいことに思える」
しかし真祈は相変わらず、きょとんとしている。
手はまだスカートを鷲掴んでいるというのに、無垢な澄んだ瞳。
「まあ、おれが言っても説得力無いですよね……すみません、偉そうに」
ぎりぎり操を保ってはいるが、鎮神がこうして真祈の「妻」として居る時点で、自分の意志を貫けてはいないのだ。
真祈の事情は考えているつもりだが、理解できてはいない。
それなのに、事態をややこしくすることを言うべきではなかったかもしれない。
すると真祈の驚きを表していた顔が、ふっと綻び、微笑みに変わった。
「よく分かりませんが、鎮神は優しいんですね」
思えば、見た目のせいでよく誤解され、優しいなどと面と向かって言われたことが無かった。
照れて、俯くしかなくなる。
「これも言い忘れていましたね……私、嫌いとか悲しいとかそういう負の感情が欠落しているみたいなんです。
誰かを憎むことができず、悲しみを感じられない。
他人の痛みを観測することもできない。
表情や、言外の意味を読み取るのが苦手で、共感ができないようなのです」
真祈は淡々と告げる。
それは初めて知れた、真祈その人についての情報であった。
「でも、鎮神が私のことをたくさん考えてくれているのは分かる。
たとえ『嫌い』を理解することができたとしても、私はきっと鎮神のことが好きだったはず……」
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる