蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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二章

10 二人の滅亡哀歌

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「……いっそ、おれを狂わせてください。
 壊して、貴方のものにして――そして、望みを叶えて」

 宇津僚うつのつかさ家の信仰などどうでもいい。
 ただ、真祈の望みを裏切りたくない。
 どこまでも世界と噛み合わない自我なら、壊れてしまえばいい。

 しかしそう言う鎮神しずかに対して、真祈は不思議そうに首を傾げた。
 灯台の灯りで赤く輝く髪が、床のモザイクの石と反射しあって、さらに複雑な光を生む。
「望み? 誰の?」
「真祈さんのですよ! 空磯からいそもたらすって……」
「――いいのです。
 私は有害には厳しいけれど無益には寛容なつもりですから」
 真祈の意外な答えに、鎮神は耳を疑った。

「もちろん諦めるつもりはありませんから、鎮神を妻にはしますよ。
 けれど、その結果私たちの代で宇津僚家が絶えても、それは運命かもしれないと思うのです。
 私たちの神話は神代だけのものではない。
 今も神話は続いている。
 そしてその終焉はラグナロク、カリ・ユガ、ウルの滅亡哀歌の如く、滅びの結末なのかもしれない」

「いい、って……そんな」
 母にだって無益であることを許されはしなかった。
 まともな職に就け、できないようだから裕福な有力者とめとらせる、必ず子を為せ、と。
 しかし真祈は、許すと言うのか。

「空磯に行きたいんじゃないんですか? 天国、みたいなものなんでしょ」
「私はどうやら、印が多いぶん、性格も太古のカルーの民に近いようなのです。
 だから私は、悲しみも苦しみも無く、ひたすらに空磯を目指すよう遺伝子から設計されている。
 人間らしい艶子や淳一の方が、本来のカルーの民とはかけ離れているのですよ。
 たとえ『えりしゅ』が今に伝わっているような優しき創造神でなくても、空磯が素晴らしい所ではなくても、私の血が空磯を目指す。
 私自身が空磯に救いを求めているわけではない。
 ですから、端的に言えば、どうでもいいのです。
 少なくとも、私に対して有害ではない鎮神を傷つけてまで目的を果たそうとは、私は判断していない」

 仮にも神官や聖職者にあたる者が放っていい台詞ではないだろうが、これが真祈なのだ。
 その笑顔を見て、鎮神は真祈のことを好きだと確信できた。
 崇高だが、どこか幼稚で、狂気すら孕んだ一途さは美しい。

「有害じゃない、なんて……そんな……おれは母さんの眼を刺したんですよ……? 
 真祈さんが持っていないような汚い感情に塗れてて……」
「それだけ豊かだということでしょう? 
 人の心を知らず強いだけの私が太陽なら、鎮神は地球のように豊かで美しい。
 私には、自己と世界に問いを繰り返す貴方の姿は綺麗なものと映っています」
 
 温かい手が、濡れた頬を拭う。
 初めて触れる無条件の愛、帰る場所。

「私は止まれない運命の歯車なのです。貴方を巻き込んで進み続けるしかない。
 ですが巻き込む以上は、貴方が有害でない限り、最大限の庇護を与える。
 だから……私の神話に付き合って、鎮神」
「……真祈さんが良いのなら……いえ」
 
 言いかけた言葉を飲み込み、答え直す。
「自分のことも、真祈さんのことも、知れて……良かった。まだ二ツ河島のことは少し怖いけど……真祈さんとなら、一緒に居たい」

 真実を知らずに怯えていた自分は死に、人間ではない生命、本当の自分としての生が始まる。
 全ての痛みを呑み込む凪いだ海のような紫の大きな瞳が、鎮神に微笑みかけた。
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