蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

文字の大きさ
48 / 117
四章

7 冥府の復讐

しおりを挟む
 楼夫たかおは、車を宇津僚うつのつかさ家の堀の前に停め、サイドミラーの中の自分と目を合わせる。
 
 生まれて初めて、目鼻がはっきりと晒されるように前髪を切っていた。
 軽くなった猫っ毛がいつも以上に跳ねていて少し気恥ずかしい。
 しかし、世界を壊してくれた男の言葉を今は信じるのだ――私は美しい。

 楼夫は車を下りて、服を整える。
 シンプルなズボンの上に、裾がドレープになった黒いシャツワンピースと、やや丈の長いテーラードジャケット。
 今まで着たこともないような瀟洒な服だ。

 宇津僚家の長屋門に設置されたチャイムを押すと、田村が出て来た。
 いつも寡黙で表情の変わりにくい彼女も、突如垢抜けた楼夫にぎょっとしたようだった。
「荒津でございます。艶子様にお取り次ぎ願えますか」
「……少々お待ちを」
 陰気だった男が急に流暢に話すようになったことにも不審そうな目を向けつつ、田村は母屋へ引っ込んでいく。

 入れ替わりで現れた艶子も同じように狼狽えるので、つい吹き出しそうになってしまった。
 沸き上がる様々な感情を抑え込み、淡々と用件を述べる。
「昨日、父と母が相次いで息を引き取りました。
 私が荒津の新しい当主となることを正式にお認め頂きたく参上した次第です」
 今日で、鎮神と真祈の婚儀から三日が経つ。
 良夫が道子を殺し、深夜美が良夫を殺したのは婚儀の直前。

 宇津僚家と荒津家は、一方で凶事が起こるともう一方は一カ月ほど慶事を控えるべしという意識があるほどには、密接かつ名目上では対等だ。
 しかし新月の日にしか執り行えない吾宸子あしんすの婚儀ともなると、島中の期待がかかっている以上、荒津ごときの不幸ごとでいちいち邪魔されるなど許されない。
 そのため万が一吾宸子の婚儀の前に荒津で人死にがあっても、黙って葬り、暫くしてから命日すら偽って宇津僚に報告して代替わりの承認を得ることになるのだ。
 荒津の者は宇津僚のためならばその最期さえ捻じ曲げられてしまう。
 理不尽極まりないことだが、元々両親のことを好いてなどいなかった楼夫個人にとっては、従ったところで痛くも痒くもない慣習であった。

「それは、ご愁傷様。宇津僚は荒津楼夫を新しき荒津家当主としてここに認めます」
 艶子が述べる。
 夫妻が連続して亡くなるなんて、近付いたら伝染るような病に罹ったんじゃないか、とでも嫌味を言われるかと思っていたが、彼女はただ楼夫に見惚れているようだった。
 ひとまずは予定通り、と楼夫は内心ほくそ笑む。

「もう埋葬はされたでしょうが、魂鎮めは行いますでしょう?
 いつになされますか」
「艶子様が良ければ、明日にでも」
「ではそのように……」

 早々に話を纏めて、艶子は家の中に引っ込んでいった。

 地所を出て行き、楼夫が車に乗り込もうとしたとき、二人の男が通りかかった。
 同い年で、義務教育においては九年間同じ教室に詰め込まれ、苛められた仲だ。
「荒津じゃねえか、その服いけてんな」
「上田の婆さんが死んだお陰で、荒津がその上等な服を買えたってわけだ」
「人様の不幸で図体ばっかりデカくなりやがって」

 三十年以上こうした偏見を受けてきた。
 その度に、泣くこともせず、渇いた瞳を虚空に逃がしながら全てをやり過ごした。
 慣れてはいけないことに、慣れていた。
 しかし、彼が見つけてくれた本当の自分はここで逃げるような男ではない。

 楼夫は口を開く。
「島の葬儀代は全て宇津僚家に納められていることを知らないのか? 
 荒津は宇津僚家から埋葬、墓地の維持を委託され、他でもない宇津僚家から報酬を賜っている。
 よりによってお弔いの体制を門前で批判するとはな。無知とは恐ろしい」
 楼夫が淡々と言うと、二人は怒ったような顔のまま黙り込み、逃げるように去って行った。

 車に乗り込んで運転席に座った瞬間、アクセルを踏まねばならない脚が震えだした。
 あいつらにちゃんと言い返せる日が来るなんて。

 震えが止まるのを待ってから荒津家へ帰り着き、車を置いた楼夫はすぐに蔵へ向かった。
「貴方が教えてくれなかった大切なことを、私はあの美しい人……いえ、ヒトですらない青年にほんの数日間でたくさん学びましたよ。
 私、同級生に言い返せたんです……」
土の匂いの籠った暗闇に語り掛ける。
 手足を縛られ、腹の脂肪を木の杭で貫かれて床に縫い留められ、辛うじて生きている父に。
 血走った眼が二つ、楼夫を睨み返す。

 楼夫は初めて父に笑いかけた。
「恨むなら、深夜美みやび様を恨んでください。
 それが、あの方の力になる」

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...