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五章
10 腐食の世界
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薄暗い陰樹の林の中、有沙と深夜美は向かい合う。
「貴方は安荒寿の存在をなぜか知っていて、艶子さんから歌を聞きだした。
真祈が島の奴らに信仰の内容を口止めしてるのに、だ。
赤松家も安荒寿を伝えていたってことなのか?」
有沙は淡々と問い詰める。
「貴方は何者で、何をしに二ツ河島に来た」
「私を恐れたか?」
時代劇で見た縮地でも使ったかのように、一瞬にして深夜美が眼前まで迫っていた。
間近に居るのに体温の感じられない、青白い身体。
有沙は思わず退る。
後ろ手にサバイバルナイフに触れて、いつでも突き出せるように密かに構えた。
「私が質問してんだよ、答えろ」
「私に畏怖を、嫌悪を、憎悪を抱いたならば、お前は我が糧となる。
思いがけない収穫ではあったが、じっくり料理して味わってやろう!」
深夜美は喉を反らし、大仰な台詞を吐いて、天に向かってわざとらしく哄笑した。
鴉の羽のように黒髪が踊り、細められた眼からは深紅の光が漏れだす。
口調も表情も、普段とは別人かのように歪んでいく――否、戻っていく。
彼は誰だ、という問題ではない。『これ』は、『何』だ。
萎えかけた脚で踏みとどまりながら、有沙は叫ぶ。
「答えないってことは、敵ってことでいいんだよな――!」
深夜美の胸目掛けてナイフを繰り出した。
さすがに深夜美も驚いたらしく、笑うのを止めて瞠った目で刃を追うしかなかった。
ナイフが彼の胸に衝突する鈍い感触が伝わる。
「……我が母の名誉に誓って答えよう、私は赤松深夜美。
それ以外の何物でもない」
刃物で刺されたにしてはあまりに平然とした声が降ってきた。
同時に目の前を、枯れ葉のような赤茶けたものが舞って、腐葉土に落ちていく。
「二ツ河島に来たのは、この私が最強の呪物となり、父に報いを与え、この世界に君臨するためだ。
君が正義を掲げるのならば、私は君の敵だろう」
いつまでたっても、深夜美の黒いコートに血が滲んでこない。
そっと手を引いてみると、刃を失った柄だけが掌中に残った。
「君が私を憎んでくれたお陰で私はまた一つ、呪物としての高みに昇った。
刺されたと思った時は驚いたが、私は君の負の感情によって急激に成長し、腐食の力を手に入れた。
ナイフの刃を、風を切った程度でも崩壊するほど脆く錆びさせることだって出来るわけだ」
理解できない。深夜美が何を言っているのか。
呪物などと本気で言っているのだろうか。
確かに真祈は異様な能力を使う。
有沙は見たことは無いが、艶子や鎮神も何らかの超常現象を起こせるのだろう。
基本的にオカルトは信じない有沙だが、宇津僚家の血が持つ特殊性については、科学で解明されていないだけで何らかの理屈があるものなのだと納得はしている。
しかしそれらは呪詛とは表現出来ないはずだ。
宇津僚とは違う流れの未知の力を、深夜美は持っているというのか。
汗が冷えて震え出した手から、柄が滑り落ちる。
それを見た深夜美の瞳は、ますます爛々と輝いた。
「貴方は安荒寿の存在をなぜか知っていて、艶子さんから歌を聞きだした。
真祈が島の奴らに信仰の内容を口止めしてるのに、だ。
赤松家も安荒寿を伝えていたってことなのか?」
有沙は淡々と問い詰める。
「貴方は何者で、何をしに二ツ河島に来た」
「私を恐れたか?」
時代劇で見た縮地でも使ったかのように、一瞬にして深夜美が眼前まで迫っていた。
間近に居るのに体温の感じられない、青白い身体。
有沙は思わず退る。
後ろ手にサバイバルナイフに触れて、いつでも突き出せるように密かに構えた。
「私が質問してんだよ、答えろ」
「私に畏怖を、嫌悪を、憎悪を抱いたならば、お前は我が糧となる。
思いがけない収穫ではあったが、じっくり料理して味わってやろう!」
深夜美は喉を反らし、大仰な台詞を吐いて、天に向かってわざとらしく哄笑した。
鴉の羽のように黒髪が踊り、細められた眼からは深紅の光が漏れだす。
口調も表情も、普段とは別人かのように歪んでいく――否、戻っていく。
彼は誰だ、という問題ではない。『これ』は、『何』だ。
萎えかけた脚で踏みとどまりながら、有沙は叫ぶ。
「答えないってことは、敵ってことでいいんだよな――!」
深夜美の胸目掛けてナイフを繰り出した。
さすがに深夜美も驚いたらしく、笑うのを止めて瞠った目で刃を追うしかなかった。
ナイフが彼の胸に衝突する鈍い感触が伝わる。
「……我が母の名誉に誓って答えよう、私は赤松深夜美。
それ以外の何物でもない」
刃物で刺されたにしてはあまりに平然とした声が降ってきた。
同時に目の前を、枯れ葉のような赤茶けたものが舞って、腐葉土に落ちていく。
「二ツ河島に来たのは、この私が最強の呪物となり、父に報いを与え、この世界に君臨するためだ。
君が正義を掲げるのならば、私は君の敵だろう」
いつまでたっても、深夜美の黒いコートに血が滲んでこない。
そっと手を引いてみると、刃を失った柄だけが掌中に残った。
「君が私を憎んでくれたお陰で私はまた一つ、呪物としての高みに昇った。
刺されたと思った時は驚いたが、私は君の負の感情によって急激に成長し、腐食の力を手に入れた。
ナイフの刃を、風を切った程度でも崩壊するほど脆く錆びさせることだって出来るわけだ」
理解できない。深夜美が何を言っているのか。
呪物などと本気で言っているのだろうか。
確かに真祈は異様な能力を使う。
有沙は見たことは無いが、艶子や鎮神も何らかの超常現象を起こせるのだろう。
基本的にオカルトは信じない有沙だが、宇津僚家の血が持つ特殊性については、科学で解明されていないだけで何らかの理屈があるものなのだと納得はしている。
しかしそれらは呪詛とは表現出来ないはずだ。
宇津僚とは違う流れの未知の力を、深夜美は持っているというのか。
汗が冷えて震え出した手から、柄が滑り落ちる。
それを見た深夜美の瞳は、ますます爛々と輝いた。
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