蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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六章

12 集う仲間、滅びの旋律

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 数十人もの島民が士師宮ししみや家に現れたかと思うと、
家に火を放ってその中へ武器を持って侵攻していく。

 家の中へ突撃していく者たちと分かれた一部は、路加ろかを取り押さえに来た。

 他には、車を包み込んだ植物を、得物も自らの手もぼろぼろにしながら取り除き、車内の深夜美みやびの脱出を助ける者たちも居る。


 士師宮家に居た鎮神しずか真祈まきはどうなってしまったのか。
 まさか、と炎を見つめて呆ける路加の前に、甲高くヒールを鳴らして深夜美が車から下りて来た。
 脱出は他人任せにしていたため汗一つかいてはおらず、涼しい顔をしている。

「島内放送が出来るのは集会所だと言ったな」
 破れたコートを路加に投げつけると、深夜美は集会所の方へ歩きだした。

「何をしに行くつもりだ……なぜ有沙さんを殺した! 
 士師宮さんは、真祈様と鎮神様はどうなった!」
 激しい潮風の中、路加は叫ぶが、深夜美は答えない。

「お前がアサルルヒだってことはもう分かってるんだ……
 私たちは必ず勝つ! 
 もうこれ以上誰も殺させない!」

 すると深夜美はほんの少し振り向いて、冷笑を返してきた。
 しかし、それだけだった。
 二人の間に、燃え落ちる家屋の灰が降り注ぐ。
 遠ざかって行く深夜美の背中はだんだんと煙り、やがて見えなくなった。

 勝つと言っても、鎮神と真祈の生存が絶望的な今、どうすれば深夜美を止められるのだろう。

 路加が思い出すのは、車内から響いてきた怒り狂う深夜美の怒声であった。
 人間の世界を踏み躙ってでも目的のために突き進む超生物、という点では深夜美と真祈は似ているが、
感情が欠けている故に思考が一本道な真祈と異なり、深夜美の災厄としての姿の奥底には、豊かな情動がある。
 感情があるからこそ、深夜美は何をしでかすか分からない。
 悪事を防ごうにも、後手に回るしかなくなるのだ。


 その時、視界の端に影が差した。士師宮家の方、海岸の方だ。
 地上に巨大な影を落としていたのは、天から摘まみ上げられたように高く伸びる、海水の壁だった。

 ただの高波とは明らかに違い、それそのものにエネルギーは無い。
 異常な力が外から加えられている。

 それが燃える士師宮家に折り重なるように倒れてきた。
 炎は掻き消され、あとには濡れそぼった残骸が積みあがる。

 深夜美の洗脳による支配が解けてきていた島民たちを振りほどき、路加は家に駆け寄る。
 生きているか死んでいるか判然としない者たちが横たわっている中に、陽光を反射して萌黄色に光るものがあった。
 真祈の髪だ。
 よく見れば、すぐ近くに鎮神とまどかも倒れている。
 三人とも息はあるが、特に真祈と鎮神は酷い怪我を負っていた。

 車を調達して、診療所に運んで手当して、それで間に合うだろうか。
 しかも深夜美がいつ何をしでかすか分からないこの状況で。

 ウトゥ神の加護は術者の願望や資質、性格を反映して人ならざる力を引き出す。
 宇津僚うつのつかさ家の血を取り込めば、黒頭でもそれを手に入れられると先ほど真祈は話していた。


 真祈の腕からとめどなく流れる血を掌に掬い、見据える。
 これを飲むということは、自分が人間ではない何かに変質することだ。

 人ならざるものとして最も適した在り方は真祈であり、
そうでない者はいずれ心が生物的な強さや強者としての責任に追い付かず壊れていく。
 自死を選んだ鎮神のように、享楽に走った淳一のように。
 しかし。

「そんなことより怖いのは……
 何も出来ず、深夜美にも自分にも負けること」
 呟いてから、血を呑み下す。

 しばらくして掌に、心臓のような熱源がもう一つできた感覚があった。
 恐る恐る鎮神たちの方に手をかざし、集中していると、引き千切れた肉体や衣類が仄かな光に包まれ、復元されていった。
 こびりついていた血は乾き、卵の殻のようにぱらぱらと剥がれ落ちる。

 復元、これが路加の加護らしい。


 その隣で、無傷に近かった団が目を覚ました。
 彼は鎮神と真祈の無事を確認してから呟く。
「深夜美が、父と母を……溶かして、殺した」
 異様すぎる光景を目の当たりにした少年には、泣き喚く気力も無い。

 路加の方は彼にかけるべき言葉が見つからず、立ち尽くす。
 しかし構わずに団は続けた。
「鷲本さんを助けてあげてください。
 あの人……深夜美に操られてたけど、海の水を操って炎を消してくれた」

 考えるよりも早く路加の身体は動いて、瓦礫の中から与半よはんを掘り起こし、能力を注ぐ。


「その力、宇津僚様の血を飲んで身に付けたものですよね。
 潮さんは復元、鷲本さんは水を操る、ぼくは念写……
 一緒に、両親の仇をとらせてもらえますか」
 背後から団が話しかけてくる。

 振り向けば、団の足元には砂塵が忙しなく動き回って、その微妙な濃淡で、これまで士師宮家で起こった出来事を描きだしていた。
 団は既に全て把握し、深夜美という災厄に立ち向かう気でいる。

 路加は少年に答えた。
「もちろんです。
 成り行きで手に入れた力ですが、束ねればきっと深夜美に勝てるはずだ」


 与半の傷が粗方癒えた頃、目を覚ました真祈が、まだ半ば混濁している鎮神に肩を貸しながら近付いて来た。

「深夜美さんはどこへ?」
 礼よりも、助かった理由を訊ねるよりも先に、真祈は敵影を探している。
 思うところはあれど、真祈はこういうものなのだと自分に言い聞かせ、大人しく質問に答えた。
「集会所へ行くと言っていました。奴はなぜか島内放送をしたがっていた……」

その時、道路の向こう側に立っている放送柱のスピーカーが吠えた。

『二ツ河島の皆様、こんにちは。
 宇津僚家当主艶子が夫、そしてアサルルヒ及びルルーの民に連なる誇り高き赤松家のすえ、深夜美だ』

 不遜で冒涜的な美声が、スコールのような鮮烈さで島中に降る。

 大きな音に鎮神の意識も覚醒し、彼は思わず真祈にしがみつく。
 その顔は、初めて五感を通じて直に伝わる深夜美の恐怖に怯えていた。

『今まで貴方たちに見せていた善き隣人としての私は、全て偽り。
 我こそは戦乱、歴史の影にて紡がれし赤き災厄、絶対悪! 
 さあ、私を恨み、恐れ、憎むがいい。 
 今、この島は私の蟲籠むしことなる!』

 そして深夜美は、歌いだす。
 白い喉が張り詰めて音楽を奏でるのが目に見えずとも浮かぶような、深みのある声。
 聞いたこともない不気味な短調の、しかしゆるやかに螺旋階段を上って光の差す方へ向かっていくような解放感のある旋律。

「……安荒寿あらずです」
 深夜美の歌と海鳴り以外は何一つ物音をたてない世界で、真祈が事実を淡々と述べた。

 安荒寿は吾宸子あしんすだけに口伝される秘歌――
その認識を共有している鎮神たちは、梯子を外されてしまうような浮遊感にも似た絶望に襲われる。


「深夜美さんは安荒寿の調べどころか、その正しい用途までも理解している。
 これより始まるのは神代の戦の再演」
「それって、どういう……」
 鎮神が縋ると、真祈は穏やかに告げた。


「二ツ河島は、滅びます」
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