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七章
7 強欲な慈悲、嗤う絶対悪
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「私は最強の呪物になる!
我が邪視が父を裁く時、私は浄められ、王として歩み出せる!」
荒野の中、深夜美は叫ぶ。
「君の言うことは分かったよ、深夜美さん」
与半は深夜美に歩み寄り、巨躯を追って頭を垂れて見せた。
「いや……一族とか呪いとか、そういう難しい話はあまり理解できていないが……
想像に過ぎないとはいえ、君の悲しみは察するよ。
復讐したいとか、世界を壊したいとか思うのも仕方ないのかもしれない」
その声は、時々深夜美の攻撃へ恐れを滲ませながらも、諭すように優しく穏やかだった。
「君はもう強い。
親父さんを殺すのなんて簡単だろう。
最後に私を生贄として君の呪いに捧げるから……
ここに居る他の皆のことは逃がしてあげてくれないか」
「鷲本さん……!?」
鎮神は堪らず叫び、駆け出しそうになる。
一人だけ酷い目にあわせて自分は助かるなんてできない、と言ってしまいたかったが、与半に目線で制された。
与半が助けようとしているのは自分一人だけではない、真祈たちの命も掛かっているのだ――
気付いた鎮神は、ぐっと言葉を飲み込む。
「そんなことをして私に何の得がある?
これは蠱、つまり皆殺しによって完成する呪術だ。
交渉するのならせめて、妥協してやってもいいと私に思わせるまでは好条件を積んでいただかなくては、誠意が見えないというものだ」
深夜美のハイヒールの踵が、与半の手を踏んで地面に縫い留める。
与半は少し自嘲気味に笑みを形作った。
「いや……私に交渉なんて器用な真似は出来ない。
私はただ、罪を償いたい一心で無茶なお願いをしているだけの立場だ。
宇津僚家の言いなりになって鎮神様を攫って来て、死を選ばせてしまったこと。
鎮神様と真祈様が和解して前に進もうとしていたのを信じることができず、お二人を殺そうとしたこと。
そして、娘の恋を祝ってやれなかったこと……
全て、若者たちを信じてやれなかった私の罪だ。
だから私が死んで彼らが救われるのなら、それ以上の喜びは無い」
そして与半は表情をぐっと引き締めると、地面に額を擦りつけた。
「君は悪役に徹しているが、本当は善良な心を持っているはずだ。
君を信じたい……どうか私の願いを聞いてくれ……
そして故郷に帰ったら、一度親父さんと話をして欲し――」
捻じ切り、叩き割るような破壊音が響く。
遠巻きに見ていた鎮神たちはもちろん、当事者の一人である与半さえ、
痛みと激しい出血が追い付いてくるまでは、何が起こったか分からなかった。
深夜美の履くハイヒールが、与半の厚い掌を貫いていた。
与半の口から悲鳴が漏れる。
「悪役? 私が?
あまりに馬鹿馬鹿しくておめでたい勘違いだから、呆れていいやら嗤っていいやら怒り狂っていいのやら!」
その言葉通り、深夜美の表情や仕草は滅茶苦茶だった。
呆れたように歪んだ眉、嗤う頬や口許、
怒り狂ったように振り乱される髪、重みのかかり続ける足。
どれもが彼の仮面であり、同時に本性なのだろう。
鎮神が念動で辺りから煉瓦を一欠片浮遊させると、速度をつけて深夜美の頭を後ろから狙う。
しかし深夜美の腐食の能力で、それは一瞬にして朽ちて消えた。
「私は悪役ではなく悪人だ!
哀れな相対悪ではない、存在そのものが秩序を蝕む絶対悪!
赦しなど、与えも乞いもしない!」
自他に誓うかのように深夜美は叫ぶ。
宇津僚家の婿として、二ツ河島の善き住人として振る舞っていた頃の柔和な彼はもはや残っていない。
優しかった彼が突然狂ってしまった、という方が何倍もましだった。
今まで深夜美は、何くわぬ日常を送りながら、誰かに世話を焼いている時も、冗談を飛ばして笑っている時も、
その奥にはずっと途方もない夢想を、神代よりの執念を燃やし続けていたのだ。
しかし鎮神はそんな彼と共に暮らしていた我が身を憶った時よりも、
深夜美の心に同調することでこそ恐怖を感じた。
耐え難いほどに醜悪なものの血が内に流れていて、ふとした瞬間にそれが肌を食い破って噴き出しそうな感覚。
生まれた時から存在そのものを凌辱されているかのような嫌悪と怒り。
鎮神に母を傷つけさせ、一度は死を選ばせたもの。
淳一も玖美も鎮神を、世代や家と家を繋ぐ道具として扱った。
どんなに無価値でも受け入れてくれる真祈という存在が居たからこそ、
両親を切り捨てて、無力でも生き続けようと思えたのだ。
鎮神と深夜美の境遇を並べて見せれば、母の愛を受けているぶん深夜美の方がましだと言う者は少なくないだろう。
しかし鎮神には深夜美の胸中が見えていた。
愛しいものと壊したいものが混在しているために切り捨てることも叶わず、愛だけが滅び去った暗い箱庭。
母から受け継いだ夢を抱き、誰とも心を交わすことなく、力を求めて戦いに殉じる決意。
どちらがましだなど決めるのが馬鹿馬鹿しくなるような深淵がそこにある。
自分と深夜美は似ている。
彼は少し条件が異なったために悪の仮面を着けたという、イフの鎮神自身だ。
その時、将太が絶叫しながら翻筋斗を打って倒れた。
「――ああ、ぼくが、きらきら光ってる!
呑まれていく!
うるさい……痛い!」
見た目には何の変化も起こっていないが、将太はしきりに五感の異常を訴えている。
縫い留められた掌を無理矢理引き千切って、与半は将太に駆け寄る。
二人が発した恐怖を吸収し、深夜美の眼が輝きを増した。
我が邪視が父を裁く時、私は浄められ、王として歩み出せる!」
荒野の中、深夜美は叫ぶ。
「君の言うことは分かったよ、深夜美さん」
与半は深夜美に歩み寄り、巨躯を追って頭を垂れて見せた。
「いや……一族とか呪いとか、そういう難しい話はあまり理解できていないが……
想像に過ぎないとはいえ、君の悲しみは察するよ。
復讐したいとか、世界を壊したいとか思うのも仕方ないのかもしれない」
その声は、時々深夜美の攻撃へ恐れを滲ませながらも、諭すように優しく穏やかだった。
「君はもう強い。
親父さんを殺すのなんて簡単だろう。
最後に私を生贄として君の呪いに捧げるから……
ここに居る他の皆のことは逃がしてあげてくれないか」
「鷲本さん……!?」
鎮神は堪らず叫び、駆け出しそうになる。
一人だけ酷い目にあわせて自分は助かるなんてできない、と言ってしまいたかったが、与半に目線で制された。
与半が助けようとしているのは自分一人だけではない、真祈たちの命も掛かっているのだ――
気付いた鎮神は、ぐっと言葉を飲み込む。
「そんなことをして私に何の得がある?
これは蠱、つまり皆殺しによって完成する呪術だ。
交渉するのならせめて、妥協してやってもいいと私に思わせるまでは好条件を積んでいただかなくては、誠意が見えないというものだ」
深夜美のハイヒールの踵が、与半の手を踏んで地面に縫い留める。
与半は少し自嘲気味に笑みを形作った。
「いや……私に交渉なんて器用な真似は出来ない。
私はただ、罪を償いたい一心で無茶なお願いをしているだけの立場だ。
宇津僚家の言いなりになって鎮神様を攫って来て、死を選ばせてしまったこと。
鎮神様と真祈様が和解して前に進もうとしていたのを信じることができず、お二人を殺そうとしたこと。
そして、娘の恋を祝ってやれなかったこと……
全て、若者たちを信じてやれなかった私の罪だ。
だから私が死んで彼らが救われるのなら、それ以上の喜びは無い」
そして与半は表情をぐっと引き締めると、地面に額を擦りつけた。
「君は悪役に徹しているが、本当は善良な心を持っているはずだ。
君を信じたい……どうか私の願いを聞いてくれ……
そして故郷に帰ったら、一度親父さんと話をして欲し――」
捻じ切り、叩き割るような破壊音が響く。
遠巻きに見ていた鎮神たちはもちろん、当事者の一人である与半さえ、
痛みと激しい出血が追い付いてくるまでは、何が起こったか分からなかった。
深夜美の履くハイヒールが、与半の厚い掌を貫いていた。
与半の口から悲鳴が漏れる。
「悪役? 私が?
あまりに馬鹿馬鹿しくておめでたい勘違いだから、呆れていいやら嗤っていいやら怒り狂っていいのやら!」
その言葉通り、深夜美の表情や仕草は滅茶苦茶だった。
呆れたように歪んだ眉、嗤う頬や口許、
怒り狂ったように振り乱される髪、重みのかかり続ける足。
どれもが彼の仮面であり、同時に本性なのだろう。
鎮神が念動で辺りから煉瓦を一欠片浮遊させると、速度をつけて深夜美の頭を後ろから狙う。
しかし深夜美の腐食の能力で、それは一瞬にして朽ちて消えた。
「私は悪役ではなく悪人だ!
哀れな相対悪ではない、存在そのものが秩序を蝕む絶対悪!
赦しなど、与えも乞いもしない!」
自他に誓うかのように深夜美は叫ぶ。
宇津僚家の婿として、二ツ河島の善き住人として振る舞っていた頃の柔和な彼はもはや残っていない。
優しかった彼が突然狂ってしまった、という方が何倍もましだった。
今まで深夜美は、何くわぬ日常を送りながら、誰かに世話を焼いている時も、冗談を飛ばして笑っている時も、
その奥にはずっと途方もない夢想を、神代よりの執念を燃やし続けていたのだ。
しかし鎮神はそんな彼と共に暮らしていた我が身を憶った時よりも、
深夜美の心に同調することでこそ恐怖を感じた。
耐え難いほどに醜悪なものの血が内に流れていて、ふとした瞬間にそれが肌を食い破って噴き出しそうな感覚。
生まれた時から存在そのものを凌辱されているかのような嫌悪と怒り。
鎮神に母を傷つけさせ、一度は死を選ばせたもの。
淳一も玖美も鎮神を、世代や家と家を繋ぐ道具として扱った。
どんなに無価値でも受け入れてくれる真祈という存在が居たからこそ、
両親を切り捨てて、無力でも生き続けようと思えたのだ。
鎮神と深夜美の境遇を並べて見せれば、母の愛を受けているぶん深夜美の方がましだと言う者は少なくないだろう。
しかし鎮神には深夜美の胸中が見えていた。
愛しいものと壊したいものが混在しているために切り捨てることも叶わず、愛だけが滅び去った暗い箱庭。
母から受け継いだ夢を抱き、誰とも心を交わすことなく、力を求めて戦いに殉じる決意。
どちらがましだなど決めるのが馬鹿馬鹿しくなるような深淵がそこにある。
自分と深夜美は似ている。
彼は少し条件が異なったために悪の仮面を着けたという、イフの鎮神自身だ。
その時、将太が絶叫しながら翻筋斗を打って倒れた。
「――ああ、ぼくが、きらきら光ってる!
呑まれていく!
うるさい……痛い!」
見た目には何の変化も起こっていないが、将太はしきりに五感の異常を訴えている。
縫い留められた掌を無理矢理引き千切って、与半は将太に駆け寄る。
二人が発した恐怖を吸収し、深夜美の眼が輝きを増した。
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