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七章
8 実る謀略
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「――ああ、ぼくが、きらきら光ってる!
呑まれていく!
うるさい……痛い!」
見た目には何の変化も起こっていないが、将太はしきりに五感の異常を訴えている。
縫い留められた掌を無理矢理引き千切って、与半は将太に駆け寄る。
二人が発した恐怖を吸収し、深夜美の眼が輝きを増した。
「鷲本さん、将太さんから離れて!」
声を張り上げる真祈の隣で、鎮神は再び念動を発動させる。
今度は与半を巻き込む心配が減るため、荒っぽいこともできる。
意識を集中させ、士師宮家でやったように複数個所に念を込める。
手に灯った熱が胸まで登ってきて今にも心臓を鷲掴み握り潰されそうな感覚に怯むが、
堪えて熱を呑み下し、どうにか土の中から尖った砂礫をいくらか浮かび上がらせ、
全方位に巡らせた即席の弾丸を深夜美に叩き込む。
しかし深夜美が自分の周囲に能力を展開させたために全て無に還される。
それでも矢継ぎ早に念動を展開し、次は背後にある家屋から二、三の大きなコンクリートブロックを浮かび上がらせて放った。
身の丈を超えた加護の酷使からか、今度は氷の手で首を締め上げられるような苦しみが襲う。
視界が黒いノイズで覆われ、辛うじて見える景色もネガフィルムのように反転して映る。
自らの足元さえおぼつかず倒れそうになるが、深夜美の邪視だけは禍々しく輝いている。
腐食が完了するより速く彼の頭に、腹に、脛に塊をぶつけるというヴィジョンを現実に重ね、
加護の名を呼びながらウトゥ神の加護に乗せる。
「カーレッジウィングス!」
「ならば、その翼を折るまでだ」
深夜美が軽く微笑を寄越すだけで、一抱えもあるブロックは砂礫とさほど変わらない速さで腐食していく。
しかし突如腐食の進行が止まり、さらにはブロックが元の長方形を取り戻し始めた。
「癒しを以って悪魔を貫かん……私の加護、アパリシオンレーヌ!」
路加が叫ぶ。
路加がブロックに対して復元の力を使ったのだ。
不意打ちの一手に、一連の攻防の中で初めて深夜美の顔に絶望が滲む。
突如、深夜美の前に一つの小さな影が飛び込んで来た。
ブロックは全てそれにぶつかって、標的である男に届くことは無かった。
深夜美の身代わりとなって攻撃を受止めたそれは、欠片を撒き散らしながらよろめく。
同時に与半の絶叫が響く。
鎮神たちも、言葉を失っていた。
どこからともなく駆けて来た『盾』は、ヒビシュと化した小町だった。
虚ろな表情で、抉られた肉体にまるで無頓着な様子でしばらくふらふらすると、やがて叩き割られた脚が自重を支えられなくなって頽れた。
「そうだ……ヒビシュを操る力……!
これがある限り、鷲本与半、貴様の娘は私の支配下!
例え憎悪が私を強くすると知ってはいても、私を恨まずには居れないだろう!」
深夜美が哄笑すると、与半は歯が割れる音が辺りに響きわたるほど切歯した。
「確かに宇津僚家から安荒寿を盗み出して呪いを呼び醒ましたのは私だ。
しかし、呪いを浴びた黒頭どもがヒビシュに変化したのは、
宇津僚家が島民たちにその血を分け与えなかった結果に他ならないと……そう思わないか?」
将太の呻き声が荒野を震わしている。
その最中で深夜美が放った言葉は、あまりに残酷だった。
「神からの加護、帝雨荼の呪いの対象から外れるための目印――
宇津僚家は罪人である島民たちに神秘を分けることを拒んだ。
自分たちには忌風雷という切り札があるから、
他の誰がヒビシュになって苦しみ殺し合っても知ったことではないというわけだ。
我が謀略が実る土壌を肥やしたのは他でもない宇津僚家よ」
遠くに居るはずなのに、深夜美の瞳がすぐ傍に迫っているかのような威圧感に襲われる。
蛇のそれのように大きく裂けた瞳孔から溢れ出す濃厚な呪力が、紅い虹彩に魔法陣じみた文様を描く。
「貴方が人を洗脳できるってことは知ってます……揺さぶりをかけたって無駄だ!」
鎮神は叫んだが、無駄な足掻きをしたのは自分の方だと悟っていた。
深夜美の言っていることは紛れもない真実であり、鎮神の心を自責で、与半たちを宇津僚家への怒りで蝕んでいく。
血に護られていても、深夜美の能力を看破していても、
心の隙に彼の呪いは眼光として、薫香として、妙なる声の響きとして沁み込んでくる。
「宇津僚家への怒りに身を委ねろ。
なに、お前たちが真祈をその手で殺した暁には、ちゃんと洗脳を解除してやるさ。
だから安心して堕ちるがいい」
深夜美の囁きに意識が塗り潰されそうになる。
抵抗の気概を一瞬でも手放したならば、自分は傀儡となって真祈を殺そうとするだろうと、鎮神には確信があった。
呑まれていく!
うるさい……痛い!」
見た目には何の変化も起こっていないが、将太はしきりに五感の異常を訴えている。
縫い留められた掌を無理矢理引き千切って、与半は将太に駆け寄る。
二人が発した恐怖を吸収し、深夜美の眼が輝きを増した。
「鷲本さん、将太さんから離れて!」
声を張り上げる真祈の隣で、鎮神は再び念動を発動させる。
今度は与半を巻き込む心配が減るため、荒っぽいこともできる。
意識を集中させ、士師宮家でやったように複数個所に念を込める。
手に灯った熱が胸まで登ってきて今にも心臓を鷲掴み握り潰されそうな感覚に怯むが、
堪えて熱を呑み下し、どうにか土の中から尖った砂礫をいくらか浮かび上がらせ、
全方位に巡らせた即席の弾丸を深夜美に叩き込む。
しかし深夜美が自分の周囲に能力を展開させたために全て無に還される。
それでも矢継ぎ早に念動を展開し、次は背後にある家屋から二、三の大きなコンクリートブロックを浮かび上がらせて放った。
身の丈を超えた加護の酷使からか、今度は氷の手で首を締め上げられるような苦しみが襲う。
視界が黒いノイズで覆われ、辛うじて見える景色もネガフィルムのように反転して映る。
自らの足元さえおぼつかず倒れそうになるが、深夜美の邪視だけは禍々しく輝いている。
腐食が完了するより速く彼の頭に、腹に、脛に塊をぶつけるというヴィジョンを現実に重ね、
加護の名を呼びながらウトゥ神の加護に乗せる。
「カーレッジウィングス!」
「ならば、その翼を折るまでだ」
深夜美が軽く微笑を寄越すだけで、一抱えもあるブロックは砂礫とさほど変わらない速さで腐食していく。
しかし突如腐食の進行が止まり、さらにはブロックが元の長方形を取り戻し始めた。
「癒しを以って悪魔を貫かん……私の加護、アパリシオンレーヌ!」
路加が叫ぶ。
路加がブロックに対して復元の力を使ったのだ。
不意打ちの一手に、一連の攻防の中で初めて深夜美の顔に絶望が滲む。
突如、深夜美の前に一つの小さな影が飛び込んで来た。
ブロックは全てそれにぶつかって、標的である男に届くことは無かった。
深夜美の身代わりとなって攻撃を受止めたそれは、欠片を撒き散らしながらよろめく。
同時に与半の絶叫が響く。
鎮神たちも、言葉を失っていた。
どこからともなく駆けて来た『盾』は、ヒビシュと化した小町だった。
虚ろな表情で、抉られた肉体にまるで無頓着な様子でしばらくふらふらすると、やがて叩き割られた脚が自重を支えられなくなって頽れた。
「そうだ……ヒビシュを操る力……!
これがある限り、鷲本与半、貴様の娘は私の支配下!
例え憎悪が私を強くすると知ってはいても、私を恨まずには居れないだろう!」
深夜美が哄笑すると、与半は歯が割れる音が辺りに響きわたるほど切歯した。
「確かに宇津僚家から安荒寿を盗み出して呪いを呼び醒ましたのは私だ。
しかし、呪いを浴びた黒頭どもがヒビシュに変化したのは、
宇津僚家が島民たちにその血を分け与えなかった結果に他ならないと……そう思わないか?」
将太の呻き声が荒野を震わしている。
その最中で深夜美が放った言葉は、あまりに残酷だった。
「神からの加護、帝雨荼の呪いの対象から外れるための目印――
宇津僚家は罪人である島民たちに神秘を分けることを拒んだ。
自分たちには忌風雷という切り札があるから、
他の誰がヒビシュになって苦しみ殺し合っても知ったことではないというわけだ。
我が謀略が実る土壌を肥やしたのは他でもない宇津僚家よ」
遠くに居るはずなのに、深夜美の瞳がすぐ傍に迫っているかのような威圧感に襲われる。
蛇のそれのように大きく裂けた瞳孔から溢れ出す濃厚な呪力が、紅い虹彩に魔法陣じみた文様を描く。
「貴方が人を洗脳できるってことは知ってます……揺さぶりをかけたって無駄だ!」
鎮神は叫んだが、無駄な足掻きをしたのは自分の方だと悟っていた。
深夜美の言っていることは紛れもない真実であり、鎮神の心を自責で、与半たちを宇津僚家への怒りで蝕んでいく。
血に護られていても、深夜美の能力を看破していても、
心の隙に彼の呪いは眼光として、薫香として、妙なる声の響きとして沁み込んでくる。
「宇津僚家への怒りに身を委ねろ。
なに、お前たちが真祈をその手で殺した暁には、ちゃんと洗脳を解除してやるさ。
だから安心して堕ちるがいい」
深夜美の囁きに意識が塗り潰されそうになる。
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