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七章
9 溢れる呪詛、開く蟲籠
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「宇津僚家への怒りに身を委ねろ。
なに、お前たちが真祈をその手で殺した暁には、ちゃんと洗脳を解除してやるさ。
だから安心して堕ちるがいい」
深夜美の囁きに意識が塗り潰されそうになる。
抵抗の気概を一瞬でも手放したならば、自分は傀儡となって真祈を殺そうとするだろうと、鎮神には確信があった。
闇の中でも輝くものが一筋、深夜美に飛び掛かった。
深夜美はそれを咄嗟に躱したが、それまで彼が居た所の地面は抉れ、凄まじい破壊を物語る。
焦げ付いて煙をあげる地割れの前には真祈が立っていた。
その髪は偽の月の仄かな光を集めて輝き続けている。
真祈はすぐに身を翻して深夜美を捉え、低い姿勢で掌を突き出しながら飛び掛かる。
掌を『世界の果て』『全ての夢幻の源』と交感して宇宙の色に染め上げ、至近距離から深夜美へ雷を撃ち込む。
雷ならば遠距離からでも攻撃できるにも関わらず、精緻な狙撃が不得手で与半たちを巻き込みかねないためか、真祈らしくない近接戦闘で突出して行く。
必死で逃げ回り、時にはどこからともなく駆けつけたヒビシュを盾にして防戦一方となった深夜美に、真祈は無邪気に笑いかけた。
「ええ、宇津僚家は黒頭たちに血を与えませんでした。
罪人どもに超能力というとっておきの武器を与える馬鹿な為政者がこの世のどこに居るでしょうか。
しかし、だからこそ、安荒寿を守り、呪いを封じ込め続けることが宇津僚家の責任でした」
「君のお母様……私の妻は、そうは考えてはいなかったらしいが?」
深夜美が嘲笑する。
やはり安荒寿を流出させたのは艶子だったらしい。
猛攻の中、真祈は悪戯っぽく肩を竦めて、深夜美の皮肉に応えた。
「艶子の行いは浅慮ですが、それもまた神話という大河の中のうねりの一つ。
定まった運命だったのかもしれません。
例えこの神話がどんな結末を迎えるとしても、今私がとる選択は一つ――貴方という有害の排除」
信仰を守るためだけにプログラムされた生命は、純粋な白刃となって駆ける。
追い詰められつつある深夜美は呪力の出力を引き上げたらしく、明星のようにその瞳が燃え盛る。
「結構な志だ。
しかしお前のお仲間は果たしてそんなに大層な御仁か?
無力な餓鬼に狡い大人……痛みを知る者はさらなる痛みを恐れ、強大な庇護や身の丈に合わない力を求める。
誰もお前には付いて行かない。
私が怠惰な怒りに沈め、利用するからだ」
深夜美が言い放つと同時に、鎮神たちの身体に巻き付いてくるものがあった。
四肢を縛る百足たち、胸を圧し潰す蝦蟇、皮膚を這いずって肉を食む蝗、蜂、蜘蛛――蟲の大群。
深夜美の新しい能力かとも思ったが、どうも趣が少し異なるらしい。
肉体を縛ると同時に魂までも拘束されるような感覚から悟る。
これは深夜美の呪力が、糧となった人々の負の感情が濃度の高さ故に半ば実体化したものなのだ。
路加が悲鳴をあげる。
彼の腰に大きな肉塊が縋りついていた。
ピンク色の不定形から蟲の触角や脚が不格好に突き出していて、石のように冷えた二つの丸い目玉が肉の中を泳いで来ると路加を見つめた。
林の中で目にした、悍ましく哀しい光景が甦る。
路加は堪らず復元の力を肉塊に注ぎ込むが、有沙が帰ってくることはない。
そもそも目の前に居るこれは、深夜美の蟲に取り込まれた有沙の負の感情が姿を覗かせただけに過ぎない。
理解はしていても、深夜美を倒すという決意が、過去への恐怖で塗り潰されていく。
肩から蟷螂の前脚が生えた庄司が、深夜美を讃えて団を罵りながら、団の利き手を齧る。
与半の脚に、小町の顔を持った蜘蛛が巣を張っていく。
鎮神の腹にはいつの間にか巨大な蝶の蛹が付いていた。
クチクラが内部から破られ、銀色の粘液が溢れ出す。
中でずりずりと藻掻いていたものが鎮神の腕を掴んだ。
蕩けて形を失っているが、何よりも見覚えのある手が蛹から突き出している。
これは、自分の手だ。
蟲に巻かれて動けない手足の代わりに念動で蛹を引き剥がそうとするが、
半実体には効果が無いのか、それとも深夜美の呪力が強すぎるのか、蛹はびくともしない。
汚らわしい水音と共に、もう一人の鎮神が蛹の中から這い出て来る。
いたるところがクリーム状に溶けた裸体。
腰から下は全く定まった形を成していない。
背にはぐちゃぐちゃに折り畳まれた銀色の翅が生えており、大気に触れたことを悦ぶかのように震えている。
瓜二つの顔をした異形が、鎮神の首にまで手を伸べてきた。
体が溶けているとは思えぬほどの怪力で首を絞められると、癒えていたはずの自傷の痕が痛みだした。
彼が口を開くと、腔内が裏返るように膨れ上がって蝶の口吻のような器官が飛び出し、渦巻いた先端を伸ばして鎮神の耳に突き刺す。
頭蓋に通った細い路をかさついた吻が押し入っていく。
ぼそぼそとした擦過音が鼓膜を超えて脳にまで達した。
手駒に死なれては困るからか、肉が裂かれて血が溢れ出すような様子は無い。
ただ神経を爪弾かれるような鋭い痛みが全身を痺れさせる。
蟲たちの中で鎮神の身体は何度も反射的に跳ね、苦悶の声が漏れた。
嫌なことばかり思い出す。
悲しいことばかり浮かんでくる。
化け物に脳を弄られているからだろうか――しかし全ては紛れもなく自分の中に眠っていたものだ。
誰にも望まれず、祝われず生まれた、自分が人間だと思い込んでいた化け物。
規則正しく打ち寄せる波間に偶然生まれてしまった、調和を乱すばかりの取るに足らない、無価値で無益な一泡沫こそが自分。
「それでも……真祈さんは……おれのことを……」
なに、お前たちが真祈をその手で殺した暁には、ちゃんと洗脳を解除してやるさ。
だから安心して堕ちるがいい」
深夜美の囁きに意識が塗り潰されそうになる。
抵抗の気概を一瞬でも手放したならば、自分は傀儡となって真祈を殺そうとするだろうと、鎮神には確信があった。
闇の中でも輝くものが一筋、深夜美に飛び掛かった。
深夜美はそれを咄嗟に躱したが、それまで彼が居た所の地面は抉れ、凄まじい破壊を物語る。
焦げ付いて煙をあげる地割れの前には真祈が立っていた。
その髪は偽の月の仄かな光を集めて輝き続けている。
真祈はすぐに身を翻して深夜美を捉え、低い姿勢で掌を突き出しながら飛び掛かる。
掌を『世界の果て』『全ての夢幻の源』と交感して宇宙の色に染め上げ、至近距離から深夜美へ雷を撃ち込む。
雷ならば遠距離からでも攻撃できるにも関わらず、精緻な狙撃が不得手で与半たちを巻き込みかねないためか、真祈らしくない近接戦闘で突出して行く。
必死で逃げ回り、時にはどこからともなく駆けつけたヒビシュを盾にして防戦一方となった深夜美に、真祈は無邪気に笑いかけた。
「ええ、宇津僚家は黒頭たちに血を与えませんでした。
罪人どもに超能力というとっておきの武器を与える馬鹿な為政者がこの世のどこに居るでしょうか。
しかし、だからこそ、安荒寿を守り、呪いを封じ込め続けることが宇津僚家の責任でした」
「君のお母様……私の妻は、そうは考えてはいなかったらしいが?」
深夜美が嘲笑する。
やはり安荒寿を流出させたのは艶子だったらしい。
猛攻の中、真祈は悪戯っぽく肩を竦めて、深夜美の皮肉に応えた。
「艶子の行いは浅慮ですが、それもまた神話という大河の中のうねりの一つ。
定まった運命だったのかもしれません。
例えこの神話がどんな結末を迎えるとしても、今私がとる選択は一つ――貴方という有害の排除」
信仰を守るためだけにプログラムされた生命は、純粋な白刃となって駆ける。
追い詰められつつある深夜美は呪力の出力を引き上げたらしく、明星のようにその瞳が燃え盛る。
「結構な志だ。
しかしお前のお仲間は果たしてそんなに大層な御仁か?
無力な餓鬼に狡い大人……痛みを知る者はさらなる痛みを恐れ、強大な庇護や身の丈に合わない力を求める。
誰もお前には付いて行かない。
私が怠惰な怒りに沈め、利用するからだ」
深夜美が言い放つと同時に、鎮神たちの身体に巻き付いてくるものがあった。
四肢を縛る百足たち、胸を圧し潰す蝦蟇、皮膚を這いずって肉を食む蝗、蜂、蜘蛛――蟲の大群。
深夜美の新しい能力かとも思ったが、どうも趣が少し異なるらしい。
肉体を縛ると同時に魂までも拘束されるような感覚から悟る。
これは深夜美の呪力が、糧となった人々の負の感情が濃度の高さ故に半ば実体化したものなのだ。
路加が悲鳴をあげる。
彼の腰に大きな肉塊が縋りついていた。
ピンク色の不定形から蟲の触角や脚が不格好に突き出していて、石のように冷えた二つの丸い目玉が肉の中を泳いで来ると路加を見つめた。
林の中で目にした、悍ましく哀しい光景が甦る。
路加は堪らず復元の力を肉塊に注ぎ込むが、有沙が帰ってくることはない。
そもそも目の前に居るこれは、深夜美の蟲に取り込まれた有沙の負の感情が姿を覗かせただけに過ぎない。
理解はしていても、深夜美を倒すという決意が、過去への恐怖で塗り潰されていく。
肩から蟷螂の前脚が生えた庄司が、深夜美を讃えて団を罵りながら、団の利き手を齧る。
与半の脚に、小町の顔を持った蜘蛛が巣を張っていく。
鎮神の腹にはいつの間にか巨大な蝶の蛹が付いていた。
クチクラが内部から破られ、銀色の粘液が溢れ出す。
中でずりずりと藻掻いていたものが鎮神の腕を掴んだ。
蕩けて形を失っているが、何よりも見覚えのある手が蛹から突き出している。
これは、自分の手だ。
蟲に巻かれて動けない手足の代わりに念動で蛹を引き剥がそうとするが、
半実体には効果が無いのか、それとも深夜美の呪力が強すぎるのか、蛹はびくともしない。
汚らわしい水音と共に、もう一人の鎮神が蛹の中から這い出て来る。
いたるところがクリーム状に溶けた裸体。
腰から下は全く定まった形を成していない。
背にはぐちゃぐちゃに折り畳まれた銀色の翅が生えており、大気に触れたことを悦ぶかのように震えている。
瓜二つの顔をした異形が、鎮神の首にまで手を伸べてきた。
体が溶けているとは思えぬほどの怪力で首を絞められると、癒えていたはずの自傷の痕が痛みだした。
彼が口を開くと、腔内が裏返るように膨れ上がって蝶の口吻のような器官が飛び出し、渦巻いた先端を伸ばして鎮神の耳に突き刺す。
頭蓋に通った細い路をかさついた吻が押し入っていく。
ぼそぼそとした擦過音が鼓膜を超えて脳にまで達した。
手駒に死なれては困るからか、肉が裂かれて血が溢れ出すような様子は無い。
ただ神経を爪弾かれるような鋭い痛みが全身を痺れさせる。
蟲たちの中で鎮神の身体は何度も反射的に跳ね、苦悶の声が漏れた。
嫌なことばかり思い出す。
悲しいことばかり浮かんでくる。
化け物に脳を弄られているからだろうか――しかし全ては紛れもなく自分の中に眠っていたものだ。
誰にも望まれず、祝われず生まれた、自分が人間だと思い込んでいた化け物。
規則正しく打ち寄せる波間に偶然生まれてしまった、調和を乱すばかりの取るに足らない、無価値で無益な一泡沫こそが自分。
「それでも……真祈さんは……おれのことを……」
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