蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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七章

10 傲慢な道標

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 誰にも望まれず、祝われず生まれた、自分が人間だと思い込んでいた化け物。
 
 規則正しく打ち寄せる波間に偶然生まれてしまった、調和を乱すばかりの取るに足らない、無価値で無益な一泡沫こそが自分。


「それでも……真祈まきさんは……おれのことを……」
 激痛に顰めた眉に逆らって、鎮神しずかは目を開く。



 真祈もまた蟲の群れに絡めとられていたが、その銀髪の間隙が外宇宙の色に染まると、放たれた雷で拘束を尽く薙ぎ払う。

「怒り……利害を無視して起こる攻撃的情動。
 恐怖……非合理な撤退と安全確保の欲求」
歌うように言いながら真祈は、拘束を破られて表情を歪める深夜美みやびに近付いて行く。
「どちらも持たない私は、貴方のお口には合わないようですね」

 深夜美を守るために、ヒビシュと化した小町と将太が真祈へ襲い掛かる。
 しかし真祈は一瞬の迷いもなく雷で二人を切り裂くと、深夜美にも連射する。



「真祈さんは『おれ』のことなんか見ちゃいないよ」
 唐突に『鎮神』の声が降り掛かってきた。
 鎮神は再び、蛹から現れたもう一人の自分に目線を移す。

 彼は挿し入れた吻で言葉や記憶を直接脳に流し込んでくる。

 いつだって無慈悲に目的を達成してきた真祈の完璧すぎる後ろ姿が流れ込んでくる。
 有無を言わせずに鎮神を二ツ河島に連れて来て平穏な日々を奪った張本人。
 万物に対して等しく無感動な紫色の瞳。
 全てを受け入れる代わりに何物にも執着しない、全てを愛しながら誰も愛さない完全無欠の心――
心というよりは単なる思考回路。

「無力だから真祈さんに縋ってるだけじゃないか、馬鹿なおれ。
 それは愛なんかじゃない。
 母さんみたいな人間は心があるぶんいつ裏切るか分からなくて怖いから、
真祈さんみたいな分かりやすい機械人形に依存して孤独を抜け出したつもりになってるだけだ……」

 つらつらと語りながら、『鎮神』は鎮神の額に自身の額を重ねてきた。
 こつんという小気味よい音はせず、蕩けた肉が粘着質な音を立てて滴った。

「生きてても仕方ないだろう? 
 真祈さんと共に居ることなんて虚しいだけだろう? 
 くだらない命なら、深夜美さんにあげちゃえばいいじゃないか。
 まともな人間ぶるための仮面が壊れたのならば、
今度は心の内にある暗い影から悪の仮面を作ればいい」

 蛹の背中側が裂け、萎びていた翅に体液が送られていく。
 銀の翅は徐々に張り広げられて蝶の特徴的な姿を成していく。

「悪の仮面は『おれ』にはよく似合うことだろう」

 最後に見たのは、息を荒げながらも一心不乱に深夜美を追い詰める真祈の、遠い後ろ姿だった。



 抗う力を強制的に削がれた鎮神は、終いに蟲たちに全身を覆い尽くされた。
黒い蟲の群れの中にあったのは、赤い呪詛の海だった。
 これは深夜美の力そのものであり、犠牲となった者たちが深夜美を憎む心の集合体なのだろう。
 
 王は誰かと、闇が問いかけてくる。意識の最奥では浸食されていく自己を冷静に知覚できているにも関わらず、凄まじい呪力の流入を止めることが出来ない。

 真祈を殺さなくては、という思念が脳を染め上げていく一方で、
自分は何を言っているんだ、と追いやられた理性が叫ぶ。
 真祈は今もらしくないほどに跳び回り、深夜美と戦っているというのに。



 ふいに違和感を覚えた。

 鎮神はてっきり、真祈は深夜美を追い詰めて体力を削ってから一息に仕留める機を窺っているのだと思っていた。
 しかし真祈も深夜美と同じように走り回ってどんどん一人で突出して行き、同様に体力を奪われているのは、効率を重んじる真祈らしくない。
 疑問が膨らみ、頭を占めていた呪力が少し晴れる。


 真祈には既に勝利への道筋が見えているのだ。
 しかし未だ決着をつけられないのは――それが真祈一人では出来ないことだから。

 真祈の目的は体力差をつけて敵を仕留めることではなく、敵と鎮神たちを分断すること。

 深夜美は勘が良いのでその真意にとっくに気付いていたかもしれないが、
深夜美の察しの良さを見抜いていたからこそ真祈は猛攻に出て、決して後手に回らないよう喰らいついているのだ。

 全くこちらを振り向かない、遠い後ろ姿。
 しかし真祈は、鎮神たちに託していたのだ。

「――いいや。おれが殺すべき相手は、深夜美さんだ」
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