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八章
3 「神殺し」の殺し方
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「帝雨荼の復活――深夜美さん自身の言葉を借りれば、彼が神の怒りを喰らって最強の呪物となる時、です」
深夜美が熱狂的に歌いあげたその忌まわしき野望が甦る。
赤松家、つまりアサルルヒの特性は、身体に他者の負の感情を呪いとして蓄積し力にするというものだ。
しかしここで言う他者とは人間でなくともいいはずだ。
カルーの民である鎮神も糧とされていたし、蠱毒というからには虫からでも呪いは抽出できるのだろう。
それは対象が『神』であっても、同じということか。
「逆再生で歌われた安荒寿は、封印の開放。
呪いの滲出によるヒビシュ発生に続く、帝雨荼の浮上はもう始まっている。
帝雨荼は神にも関わらず、怒りという負の感情を得てしまい、それをコントロール出来なくなった。
その狂気の源は、阿巫守への愛。
その相反による落差が生み出す感情エネルギーは膨大でしょう」
真祈は淡々と告げる。
「あいつにとっては、神さえも……いや、神こそ最高の餌ってわけか……。
そうなったらぼくたち、深夜美のこと倒せるんですか?」
団の問いには、真祈は首を傾げた。
「結果は分かりませんが、相当骨は折れるでしょうね。
現時点でこの苦戦っぷりですし、アサルルヒが呪力を高めるということは、すなわちルルーの民になるということ。
今の深夜美さんはまだアサルルヒとルルーの民の中間の、ちょっと丈夫なだけの存在ですが……
ルルーの民は日光以外に関しては無敵の不老不死。
しかも赤松家の場合は、人間に紛れ込むために短期間で無理矢理進化してきたわけですから、
今までのアサルルヒと全く同じ性質とは言えない。
つまりルルーの民に変化しても日光を弱点としない可能性があります」
だから、と真祈は続ける。
「根本的に解決するならば、私たちは帝雨荼を倒す必要がある。
そうすれば深夜美さんの計画は完遂せず、彼は強力だが『無敵』にはならない」
その理屈はもっともだ。
しかし真祈を除く四人は当然不安だった。
そもそも神がどんなものなのかも分からないのだ。
ヒビシュと化してしまった見知った顔を殺さなくてはならないのは、もちろん辛く悲しい。
一方で未知のものと戦うのは、そんな上等な感情が沸き上がる余地など無い――単純で根源的な恐怖だけを呼び起こす。
勝てる見込みの無い強敵の誕生を阻止するために、辛うじて勝てるかもしれない強敵二体を相手どる。
限りなく絶望的だが、絶望そのものではない以上、真祈を信じて付いて行くしかあるまい。
「具体的には、深夜美さんと楼夫さんが灯台に現れたところで我々が接近し、
楼夫さんを優先的に倒し、ヒビシュたちの統率を失わせます。
それから皆さんには深夜美さんやヒビシュの群れを牽制していただいて、
その間に私が灯台へ上り忌風雷を入手し、一気に帝雨荼とヒビシュを滅ぼす。
忌風雷さえ手に入れば灯台が壊れようが問題はありませんから、私も能力を全開で使います。
総力を注ぎ込んで今度こそ深夜美さんを殺す」
作戦を語る真祈の横で、鎮神は何かを考え込んでいるらしく、その面持ちがにわかに曇っていった。
「大丈夫ですか、鎮神様」
与半が呼び掛けると、鎮神は我に返ったようで、曖昧な反応をした。
「あ、はい……」
「さあ、ご理解いただけたようでしたら、今は休んで。
私は上階で見張りをしておきますから」
真祈は二階建ての雑貨店に入って行く。
鎮神たちもそれに続き、二階の住居スペースで眠ることにした。
なぜ私は宇津僚家に生まれて来てしまったのだろう。
人並みの恋がしたかっただけ。
神に背くつもりも、世界を壊すつもりも無かった。
しかしこの血筋はそれを許してはくれない。
深夜美の放送を聞いてすぐ、艶子は堀に渡された跳ね橋を上げ、一人で自宅に立て籠もっていた。
神の呪い。
深夜美という怪物。
真祈による罰。
全てが艶子を追いかけてくる。
愛を得ることの出来なかった過去、惨めな今、死しか待ち受けていない未来。
全てが恐ろしい。
本性を知ってしまった今でも、深夜美にはどうしようもなく惹かれる。
翳っても欠けても、月の美しさは褪せることはない――
むしろその儚げな姿は満月よりも人の心を掻き乱す。
やはり自分には彼を裁くことなど出来ない。
一つ単純に気がかりなのが楼夫の安否だ。
帝雨荼の呪いを受けないのは、宇津僚の血が流れている者だけ。
ヒビシュと化したにしろ、ヒビシュに喰われたにしろ、無事では居られないだろう。
自室の床に蹲って籐椅子に頭を凭せ掛ける。
椅子の上に置いてあった読みかけの恋愛小説が滑り落ちていった。
その時、外で何やら重々しい音が響いた。
前庭の方だ。
自分の加護ならば、戦闘となれば屋内の方が有利だ。
玄関へ行き、扉を微かに開いて外を窺う。
音の主はすぐに分かった。
鎖の切れた跳ね橋が堀に掛かっていて、蝶番が失われたらしき表門と中門の扉は地に伏せられている。
人の手では届かない位置にある金属を消し去る者なら、心当たりがある。
「深夜美……」
深夜美が熱狂的に歌いあげたその忌まわしき野望が甦る。
赤松家、つまりアサルルヒの特性は、身体に他者の負の感情を呪いとして蓄積し力にするというものだ。
しかしここで言う他者とは人間でなくともいいはずだ。
カルーの民である鎮神も糧とされていたし、蠱毒というからには虫からでも呪いは抽出できるのだろう。
それは対象が『神』であっても、同じということか。
「逆再生で歌われた安荒寿は、封印の開放。
呪いの滲出によるヒビシュ発生に続く、帝雨荼の浮上はもう始まっている。
帝雨荼は神にも関わらず、怒りという負の感情を得てしまい、それをコントロール出来なくなった。
その狂気の源は、阿巫守への愛。
その相反による落差が生み出す感情エネルギーは膨大でしょう」
真祈は淡々と告げる。
「あいつにとっては、神さえも……いや、神こそ最高の餌ってわけか……。
そうなったらぼくたち、深夜美のこと倒せるんですか?」
団の問いには、真祈は首を傾げた。
「結果は分かりませんが、相当骨は折れるでしょうね。
現時点でこの苦戦っぷりですし、アサルルヒが呪力を高めるということは、すなわちルルーの民になるということ。
今の深夜美さんはまだアサルルヒとルルーの民の中間の、ちょっと丈夫なだけの存在ですが……
ルルーの民は日光以外に関しては無敵の不老不死。
しかも赤松家の場合は、人間に紛れ込むために短期間で無理矢理進化してきたわけですから、
今までのアサルルヒと全く同じ性質とは言えない。
つまりルルーの民に変化しても日光を弱点としない可能性があります」
だから、と真祈は続ける。
「根本的に解決するならば、私たちは帝雨荼を倒す必要がある。
そうすれば深夜美さんの計画は完遂せず、彼は強力だが『無敵』にはならない」
その理屈はもっともだ。
しかし真祈を除く四人は当然不安だった。
そもそも神がどんなものなのかも分からないのだ。
ヒビシュと化してしまった見知った顔を殺さなくてはならないのは、もちろん辛く悲しい。
一方で未知のものと戦うのは、そんな上等な感情が沸き上がる余地など無い――単純で根源的な恐怖だけを呼び起こす。
勝てる見込みの無い強敵の誕生を阻止するために、辛うじて勝てるかもしれない強敵二体を相手どる。
限りなく絶望的だが、絶望そのものではない以上、真祈を信じて付いて行くしかあるまい。
「具体的には、深夜美さんと楼夫さんが灯台に現れたところで我々が接近し、
楼夫さんを優先的に倒し、ヒビシュたちの統率を失わせます。
それから皆さんには深夜美さんやヒビシュの群れを牽制していただいて、
その間に私が灯台へ上り忌風雷を入手し、一気に帝雨荼とヒビシュを滅ぼす。
忌風雷さえ手に入れば灯台が壊れようが問題はありませんから、私も能力を全開で使います。
総力を注ぎ込んで今度こそ深夜美さんを殺す」
作戦を語る真祈の横で、鎮神は何かを考え込んでいるらしく、その面持ちがにわかに曇っていった。
「大丈夫ですか、鎮神様」
与半が呼び掛けると、鎮神は我に返ったようで、曖昧な反応をした。
「あ、はい……」
「さあ、ご理解いただけたようでしたら、今は休んで。
私は上階で見張りをしておきますから」
真祈は二階建ての雑貨店に入って行く。
鎮神たちもそれに続き、二階の住居スペースで眠ることにした。
なぜ私は宇津僚家に生まれて来てしまったのだろう。
人並みの恋がしたかっただけ。
神に背くつもりも、世界を壊すつもりも無かった。
しかしこの血筋はそれを許してはくれない。
深夜美の放送を聞いてすぐ、艶子は堀に渡された跳ね橋を上げ、一人で自宅に立て籠もっていた。
神の呪い。
深夜美という怪物。
真祈による罰。
全てが艶子を追いかけてくる。
愛を得ることの出来なかった過去、惨めな今、死しか待ち受けていない未来。
全てが恐ろしい。
本性を知ってしまった今でも、深夜美にはどうしようもなく惹かれる。
翳っても欠けても、月の美しさは褪せることはない――
むしろその儚げな姿は満月よりも人の心を掻き乱す。
やはり自分には彼を裁くことなど出来ない。
一つ単純に気がかりなのが楼夫の安否だ。
帝雨荼の呪いを受けないのは、宇津僚の血が流れている者だけ。
ヒビシュと化したにしろ、ヒビシュに喰われたにしろ、無事では居られないだろう。
自室の床に蹲って籐椅子に頭を凭せ掛ける。
椅子の上に置いてあった読みかけの恋愛小説が滑り落ちていった。
その時、外で何やら重々しい音が響いた。
前庭の方だ。
自分の加護ならば、戦闘となれば屋内の方が有利だ。
玄関へ行き、扉を微かに開いて外を窺う。
音の主はすぐに分かった。
鎖の切れた跳ね橋が堀に掛かっていて、蝶番が失われたらしき表門と中門の扉は地に伏せられている。
人の手では届かない位置にある金属を消し去る者なら、心当たりがある。
「深夜美……」
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