蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

文字の大きさ
105 / 117
八章

12 悪しき風、生命の剣

しおりを挟む
 深夜美みやびの身体を柵の上へと押し上げ――灯台の外へ追い遣った。

 水飛沫のあがる音が、風に乗って鎮神の耳にも届く。


 落下する深夜美を路加ろかが見届けたのであろう、鎮神しずか真祈まきの断たれた肉体や破れた服が元の状態に戻る。
 失った血も多少補われたらしく、意識もはっきりしてきた。


 見れば、真祈は刺された直後の割に元気で、既に上体を起こしつつある。
「やりましたね、鎮神。
 早速、忌風雷いむふらを手に……」
 珍しく掠れている真祈の声を、振動と轟音が遮った。

 術者が消えたことで拘束が解けたのか、帝雨荼ていあまたが動きだして、その頭を慈しむとも叩くともつかない仕草で灯台に擦りつけてきたのだ。


「汝、荒ぶる神を鎮める者か」
 涅菩ねぼが呼びかけてくる。

 顔にこびりついた血を拭いながら真祈は立ち上がり、枝を掴んだ。

「私の祈りが終わるまで、枝を握って放さないで」

 真祈の手が一瞬のうちに蒸発しては復活する責め苦を繰り返し受ける。
 

 涅菩の詠唱が淡々と始まった。
「永遠の欠片たちよ、陰府に流れる暗黒の水を辿りて唯一の深淵へ還れ」


 一方で鎮神は、帝雨荼に向き合っていた。

 力を振るえば創造主と被造物の間には罪と罰が生まれる。
 それでも構わない。

 真祈を守ると炎の中で誓った。
 真祈もまた鎮神を信じてくれていると呪詛の海の中で気付いた。
 一緒に映画を見ようと言ってくれた。
 
 どんな罰が待っていようとも前に進むために、今ここに立っている。

「カーレッジウィングス……」
 帝雨荼を止める方法を思い浮かべながら精神を集中させる。

 自身とよく似た気配を感じとったためか、一つ一つが鎮神の背丈の倍はありそうな目玉が全て展望台を睨めつけてきた。
 しかし怯んではいられない。


 水辺に挟まれた地盤の緩そうな集落に念を込め、二〇〇メートル四方を切り出して宙へ浮かせる。
 以前であれば持ち上げられなかったであろう質量だ。
 さっきの船もかなり苦しかったが、今度はその比ではない――大地そのもの。

 当然身体には再び負荷がかかるが、神殿の近くに居るからその力が味方してくれているのか、
それとも鎮神自身の能力が向上しているのか、どうにか耐えられる。


 帝雨荼が前脚を上げ、呪いを噴き出し続ける触手を伸ばしてきた。
 それが届くより早く帝雨荼を目掛けて地面を急降下させる。
 
 神の姿は降り注いだ土砂に埋もれ、さらにその上に築かれていた家屋や電柱に縫い留められて再び動きを止めた。


「目覚めの鐘は無垢なる身体ではなく叡智によって鳴らされる。
 聖なる鱗を見上げ、血の典儀にて新たなる神話をここに示さん」
 涅菩の祈りはまだ続いているようだった。

 鎮神はランプ室へ駆け込む。
 真祈はずっと枝を握り続けていたようだが、試練のように燃え盛るそれに腕を振り落とされそうになっている。

 涅菩が鎮神を手招く。
 真祈を支えることを許可されたようだった。

 真祈の正面に立ち、離れないように指先を軽く絡めてから枝を握りしめる。
 同時に手が溶け、再びあの異様な幻――神の領域の光景が流れ込んでくる。

 狂った角度を持つ天体、有機の身体を張り巡らせて中に文明を形成させる都市型生物、完全なる無の概念、そして、そして――。
 何時とも何処ともつかない様々な恐るべき情報が流れ込んできて、脳を内側から喰い破ろうと暴れ回る。
 矮小な生命如きに理解も共感も許しはしない、窮極の混沌にして普遍の秩序たる宇宙の法則が接触しているのだ。

 今はただ狂気に呑まれないように、かつて天留津あまるつなる者がこの儀式を成功させた前例や、
指先に触れている守りたい者の存在を強く念じ続けて耐えるしかない。


 その時、足元が少し傾いだのを感じた。
 床に落ちていたナイフが、神殿の角まで滑っていく。

 もう拘束を破られたか、と焦った鎮神は、遠くて小窓ほどに見える展望台への出入り口に振り向いた。
 枝から浮きそうになったその五指を真祈が繋ぎとめる。
 
 同時に頭上の大樹がずるずると動きだす。
 光り輝く繊維が掌に集まり、流れ込んでくるのを感じる。

 そして真祈と涅菩の銀髪は、自然の光を受けた緑とも人工の光に当たった赤紫とも異なる、
朝焼けのように淡く蕩けた紫色の光を放ちはじめ、呪いによって造られた闇夜を照らした。

 心を乱している場合ではない、と思い直して鎮神は再び樹に向き直る。


「世界の始まりに立てるえりしゅが臣。
 鉄の髪を燃やし、七つの慧き眼で文明を解き放ち、悪しき風を結ぶ者……御闇子子おあんねすよ、そのからの玉座に乞う」

 空の玉座、という不自然な言葉に真祈が少し考え込む素振りを見せたが、結局どうでもいいとばかりに口を噤んだ。

「時代の曲がり角に知恵と生命の剣を再び授け給え――」


 流出していった樹は頭上から消え、二人の手中に集束すると、剣を形作った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

大切に──蒲生氏郷

国香
歴史・時代
百万石を守るためは、一人の男への操を捨てるしかないのか…… 太閤豊臣秀吉に求婚された右大臣織田信長の娘。 秀吉の長年の執着に気付きながらも、さりげなく彼女を守る参議蒲生氏郷。 父母の教えを守り、貞淑に生きてきた彼女は、イタリア人の言葉によって本心に気付く。その百万石を懸けた行動。 それが、関ヶ原の合戦の遠因になっていく……???

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

処理中です...