104 / 117
八章
11 異界との接触
しおりを挟む
鎮神が気付いた時には、流れるような動きで首を斬りつけられ、蟲たちに四肢を絡め取られると投げ飛ばされていた。
身体が宙に放り出され、一瞬、光に手が触れた。
その時見えたものは自身の手首より先が消失する様と、
油膜が張った水溜まりのように不気味に煌めく山脈、
そこに蠢く粘性で不定形の生物たちの姿だった。
床に叩きつけられて再び目を開くと、その異様な光景は失せていた。
手も消えてなどいない。
幻だったのだろうか、と思っているうちにも血はどんどん流れ出し、目の前が霞んでくる。
深夜美が必ず鎮神を間に挟むような位置をとっていたため、真祈はなかなか深夜美に近付けずにいた。
しかし鎮神が倒れたことで、かえって動きやすくなったのか、一気に肉薄すると深夜美の利き手を掴んだ。
そのまま擦れ違うようにして後ろへ回り込み、膝を裏から蹴りつける。
床に叩きつけられた深夜美に真祈が匕首を振り下ろした。
しかし急に、鎮神の視界から二人の姿が消えた。
代わりに目の前に紅玉が現れる――深夜美だ。
いつの間にか鎮神は深夜美の上に伏せていた。
念動で引き寄せられたのだろう。
深夜美は肉の盾を掴んで笑う。
虚ろな意識の中、深夜美に捕らえられながら鎮神は、勝った、と思った。
人質を取られたところで、真祈が怯むはずがない。
背後で、刃が風を切り迫ってくる音が鳴る。
肩に鋭い痛みが走る。
真祈ではない。
深夜美が鎮神の首筋に噛みつき、肩を握り潰したのだ。
溢れた血肉が真祈の顔に投げつけられて視界を奪う。
目潰しを喰らってもなお、真祈は止まらなかった。
向けられた殺気を読み取って身を翻し、迷いなく敵を薙ぎ払う。
確かな手応えがあった。
「……勘が良すぎることが仇になったな、宇津僚真祈」
真祈が斬りつけた方向は、退避した深夜美が居るのとは真逆であった。
そこには主と同じくらいの質量になるように固まった蟲の群れが居るだけだ。
元から深夜美は殺気など放っていなかった。
蟲で作った偽の気配で真祈を惑わせたのだ。
そして真祈の腹には、攻撃を掻い潜った蟲たちが迫り、ナイフを突き立てていた。
覗く臓腑を押さえながら展望台へ出て行こうとした真祈の背中に追い打ちがかかる。
「潮路加に傷を治してもらうつもりなら、そうはさせない」
「……面白いくらい……私の行動を先読みしてきますね」
手品でも見たかのように好奇心で輝いた瞳を向けてから、真祈は頽れる。
正面からも背後からも斬られた胴は、深夜美の邪悪な眼の色で染め上げられたかのようになっていた。
微動だにしなくなった二人を見下ろして、深夜美は光へ手を伸ばす。
「さあ……忌風雷を我が手に」
雪のように白い、しかし多くの血を啜ってきた右手が、枝を掴む。
異界に触れた手は突如として骨まで蒸発し無に還り、そして再生させられるという現象を見せた。
神の領域に触れる以上、何が起きてもおかしくないと覚悟はしていた。
しかし母の写し身であるその身体が一瞬失われた時、深夜美は微かに動揺した。
そしてその一瞬の隙に、深夜美の心臓と右脚を二本の匕首が抉り飛ばしていた。
「さっき貴方の蟲に放り投げられた時……神の領域を一足先に体験したのは、おれです。
身体が傷つけられれば貴方は絶対に怯むと思って、この時を待ってました」
鎮神はよろめきつつも立ち上がって、倒れた深夜美の左脚を掴むと引き摺った。
頭上には大樹が、側には涅菩の幻が、何事も無かったかのように在る。
「この程度で止まるなどと……
血脈が、母が、信念が許しはしない……」
深夜美が譫言のように呟いているが、あながち虚仮威しでもないらしい。
蟲たちが飛び散った肉片を持って集い、治癒能力を行使し始めている。
しかしいくら治癒能力により疑似的な不死を手に入れた深夜美でも、あの海に落ちて無事でいられるはずは無い。
目の前が真っ暗になって脚から力が抜け、ランプ室を出た辺りで鎮神はへたり込むが、
それでもどうにか深夜美の身体を柵の上へと押し上げ――灯台の外へ追い遣った。
身体が宙に放り出され、一瞬、光に手が触れた。
その時見えたものは自身の手首より先が消失する様と、
油膜が張った水溜まりのように不気味に煌めく山脈、
そこに蠢く粘性で不定形の生物たちの姿だった。
床に叩きつけられて再び目を開くと、その異様な光景は失せていた。
手も消えてなどいない。
幻だったのだろうか、と思っているうちにも血はどんどん流れ出し、目の前が霞んでくる。
深夜美が必ず鎮神を間に挟むような位置をとっていたため、真祈はなかなか深夜美に近付けずにいた。
しかし鎮神が倒れたことで、かえって動きやすくなったのか、一気に肉薄すると深夜美の利き手を掴んだ。
そのまま擦れ違うようにして後ろへ回り込み、膝を裏から蹴りつける。
床に叩きつけられた深夜美に真祈が匕首を振り下ろした。
しかし急に、鎮神の視界から二人の姿が消えた。
代わりに目の前に紅玉が現れる――深夜美だ。
いつの間にか鎮神は深夜美の上に伏せていた。
念動で引き寄せられたのだろう。
深夜美は肉の盾を掴んで笑う。
虚ろな意識の中、深夜美に捕らえられながら鎮神は、勝った、と思った。
人質を取られたところで、真祈が怯むはずがない。
背後で、刃が風を切り迫ってくる音が鳴る。
肩に鋭い痛みが走る。
真祈ではない。
深夜美が鎮神の首筋に噛みつき、肩を握り潰したのだ。
溢れた血肉が真祈の顔に投げつけられて視界を奪う。
目潰しを喰らってもなお、真祈は止まらなかった。
向けられた殺気を読み取って身を翻し、迷いなく敵を薙ぎ払う。
確かな手応えがあった。
「……勘が良すぎることが仇になったな、宇津僚真祈」
真祈が斬りつけた方向は、退避した深夜美が居るのとは真逆であった。
そこには主と同じくらいの質量になるように固まった蟲の群れが居るだけだ。
元から深夜美は殺気など放っていなかった。
蟲で作った偽の気配で真祈を惑わせたのだ。
そして真祈の腹には、攻撃を掻い潜った蟲たちが迫り、ナイフを突き立てていた。
覗く臓腑を押さえながら展望台へ出て行こうとした真祈の背中に追い打ちがかかる。
「潮路加に傷を治してもらうつもりなら、そうはさせない」
「……面白いくらい……私の行動を先読みしてきますね」
手品でも見たかのように好奇心で輝いた瞳を向けてから、真祈は頽れる。
正面からも背後からも斬られた胴は、深夜美の邪悪な眼の色で染め上げられたかのようになっていた。
微動だにしなくなった二人を見下ろして、深夜美は光へ手を伸ばす。
「さあ……忌風雷を我が手に」
雪のように白い、しかし多くの血を啜ってきた右手が、枝を掴む。
異界に触れた手は突如として骨まで蒸発し無に還り、そして再生させられるという現象を見せた。
神の領域に触れる以上、何が起きてもおかしくないと覚悟はしていた。
しかし母の写し身であるその身体が一瞬失われた時、深夜美は微かに動揺した。
そしてその一瞬の隙に、深夜美の心臓と右脚を二本の匕首が抉り飛ばしていた。
「さっき貴方の蟲に放り投げられた時……神の領域を一足先に体験したのは、おれです。
身体が傷つけられれば貴方は絶対に怯むと思って、この時を待ってました」
鎮神はよろめきつつも立ち上がって、倒れた深夜美の左脚を掴むと引き摺った。
頭上には大樹が、側には涅菩の幻が、何事も無かったかのように在る。
「この程度で止まるなどと……
血脈が、母が、信念が許しはしない……」
深夜美が譫言のように呟いているが、あながち虚仮威しでもないらしい。
蟲たちが飛び散った肉片を持って集い、治癒能力を行使し始めている。
しかしいくら治癒能力により疑似的な不死を手に入れた深夜美でも、あの海に落ちて無事でいられるはずは無い。
目の前が真っ暗になって脚から力が抜け、ランプ室を出た辺りで鎮神はへたり込むが、
それでもどうにか深夜美の身体を柵の上へと押し上げ――灯台の外へ追い遣った。
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大切に──蒲生氏郷
国香
歴史・時代
百万石を守るためは、一人の男への操を捨てるしかないのか……
太閤豊臣秀吉に求婚された右大臣織田信長の娘。
秀吉の長年の執着に気付きながらも、さりげなく彼女を守る参議蒲生氏郷。
父母の教えを守り、貞淑に生きてきた彼女は、イタリア人の言葉によって本心に気付く。その百万石を懸けた行動。
それが、関ヶ原の合戦の遠因になっていく……???
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる