蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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八章

10 神殿に流れる血

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「スワローディアナ!」
 襲い掛かってくるヒビシュたちに向かって与半よはんが能力を発動させる。
 彼の能力、液体念動で操る対象は、路加ろかの提案で既に決めてあった。
 血液だ。

 集中し、一度に五人のヒビシュにどうにか能力を込め、彼らの身体中の血を眼球に集める。
 やや時間はかかるが、血管が限界まで肥大した眼は真っ赤に膨れ上がった。
 ヒビシュは歩みを止め、苦しみだす。


 罪悪感からつい手を緩めそうになる。
 しかし真祈まきのことを思い出して弱さを振り払う。
 鎮神しずかを介したことで、殺したいほど憎んだ真祈の優しさを初めて知れたのだ。
 真祈は確かに冷酷だが、目先のものに情けをかけるよりもより良い未来を見据えている。
 それも一つの優しさなのだと、今なら少しだけ分かる。

 
 力を込めると、十の眼球が一気に爆ぜた。
 視力を失ったヒビシュに与半は消防斧で、路加は火掻き棒で殴りかかる。
 そしてさらに噴き出た血を操って高圧で射出し、周囲に居るヒビシュたちを貫く。

 迫ってくる敵の中に、小町と将太の姿が見えた。
「鷲本さん……」
 路加が声を掛けてくる。
 与半が弱音を吐けば、彼は見えない所で代わりに娘とその恋人を殺してくれるだろう。
 二人が復活する度に、何度でも。

 実は二階で聞いていた。
 えりしゅや空磯の正体も、神へ挑んだ者の末路も。
 神とは何なのか、人は死んだ後どこへ行くのか、与半は、そしておそらくは路加とまどかも、初めて疑問を抱いてしまった。

「小町……将太くん」
 掌に力を込める。

 未来が、世界がどんなに残酷でも。
 絶大な力に引き裂かれても。
「やり方は下手だったかもしれないが、お前たちを何よりも大事に想っていた人が居たことは忘れないでいて欲しい……
 私には、やらなきゃいけないことがあるから、しばらくお別れだ」
 少年たちの薄い胴が貫かれた。




 多くの血が流れた。
 団自身も、父から存在を否定された上に、両親を喪った。
 しかし自分はこの夏の日のことを永遠に忘れないだろう。
 記憶が生み出した悪夢に千夜魘されたとしても、この戦いを忘れはしない。
 
 島が滅びている。
 神が顕現している。奇しくも団は深夜美みやびのお陰で父の呪縛から抜け出し、苦難を共にした友を得た。
 全てが変化している。

 善悪など無意味だ。
 今まさに歴史が動いている。
 思惑の衝突が、時代を突き動かしている。
 自分はその真っただ中に居るのだ。
 忘れるはずがない。
 忘れてはならない。

「エポカドーロ!」
 団がデッキブラシで掬い取った血をヒビシュたちに投げつけると、
血は彼らの顔面で蠢き、念写で団の顔を描き出す。

 自身にそのような変化が起こっているとは知らず、目の前にある、
深夜美が言うところの邪魔者の顔に飛びつき、ヒビシュたちは互いに食らいあう。



 その間にも鎮神と真祈は、陸揚げされていた船の上に立っていた。
 鎮神が念を込めれば、二人を乗せた船は宙に浮き、
灯台のランプ室と同じ高さにまで一気に上昇した。

 今まで操ったものの中でも船はトップクラスの重量で、鎮神の身体に焼き切れるような痛みを与えるが、真祈に支えられてどうにか正気を保つ。

 あらかじめ作っておいた錆止め塗料製の匕首を手に、灯台へ飛び移ってランプ室へ乗り込む。
 
 神殿の天井は目が眩みそうな輝きで満ちていて、その中心には逆さ吊りの大樹が下へ下へと枝を伸べるのが見えた。
 深夜美は今にも枝を掴もうとしている。


 言葉も無く、加護も呪力も介さないぶつかり合いが始まる。

 カルーの民に効かない深夜美の攻撃、神殿を壊しかねない真祈の雷。
 鎮神の念動だって、深夜美がより強力な念動を発現してしまった以上、
飛び道具のぶつけ合いに持ち込むのは得策ではない。


 深夜美もボウイナイフを取り出して、二人が突き出した匕首を薙ぎ払う。

 深夜美が真祈に気を取られている隙に、鎮神はナイフをフェイントで繰り出し、もう一方の手で目を潰しにかかる。
 しかし見切られてしまい、左手は宙を掻いた。

 鞭が風を切るような音と共に、深夜美の脚は鎮神の腹へ前蹴りを仕掛ける。
 刃を持った手で迎え撃つように腹を庇うが、蹴りはすぐに引っ込められた。
 代わりに深夜美の手が迫ってきていて、匕首はナイフの柄に突かれて弾き飛ばされる。
 フェイントで攻撃から目が逸れただけでなく、得物の動きを固定されてしまったのだ。
 気付いた時には、流れるような動きで首を斬りつけられ、蟲たちに四肢を絡め取られると投げ飛ばされていた。
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