蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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八章

15 神生みの雷と眠りの刻

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 真祈まきの腕が暗闇と星々に彩られる。
 人智の及ばぬ深淵へと通じる、加護の現れだ。

帝雨荼ていあまたの解放、忌風雷いむふらの顕現などにより、神々の領域の大気が周囲に流れ出している。
 私が雷と共に原始の元素を射出し、それが地球と異界二つの大気が混じった所で生長したならば……
果たして何が生まれるのか」


 真祈の薄い掌から、巨大な戦斧でも振り下ろしたかのようなすさまじい光、音、衝撃が地へ向けて駆け抜けていく。
 灯台に亀裂が入り、鎮神しずかも吹き飛ばされそうになる。
 
 帝雨荼は瞬時に厚い海水の層で体表を覆い雷を拡散させたため無傷だったが、真祈の目的は直接の電撃ではない。

 放電は何秒も続く。


 全ては信仰を守るというプログラムのために。
 使命のためならば母なる神さえ打ち砕く。
 そこには義憤も悲哀も無く、信念だけを抱いて真祈は叫ぶ。

「私の加護の、誰も見たことが無い境地を見せましょう。
 デウス・エクス・マキナ!」


 光の渦の中に、大きな影が伸びあがる。
 鷲のような頭に牛の角、上半身とそれを飾る鬣は獅子に似ており、全ては銀色に輝く。
 肩甲骨の辺りからは天使のような翼が二対生えていて、下半身は長細く鱗に覆われた竜じみた形――
様々なもののキメラでありながら、帝雨荼に比べると秩序だった印象を受けた。

 前足や翼、さらには頭の右半分などあらゆる箇所が青白い銅で組み上げられたプレートや歯車に包まれており、
バーディングを着せられた馬のような絢爛さに満ちている。
 また足元には寒々しい色に燃え盛る車輪が浮遊していて、
これが既知の物理法則を無視した存在だと知らしめる。


「真祈さん……貴方は、神を生み出したんですか……」
 やっと放電が終わった時、鎮神は呟いた。
 真祈はにこやかに首肯する。
「まあ、ほんの下級神格ですが、帝雨荼を捕えるには十分でしょう。
 ただし、捕らえておくだけです。忌風雷を振るい帝雨荼を討つのは私たちの役目」

 翼を広げて宙を滑り、灯台の展望台に寄って来た、中型船ほどの大きさの神。
 その巨躯を、真祈は適度に力を込めながら撫でてやる。
「貴方にも名前が要りますね。
 では、ムシュフシュ・マキニカリスと名付けましょう」
 精悍な鷲の頭が、そっと頷いた。
 儀式じみたやり取りが終わると、真祈は柵に足を掛けてムシュフシュの背に飛び乗った。

「さあ、鎮神も」
 真祈の呼び声に重なって、破壊音と、与半よはんたちの叫びが聞こえる。
 帝雨荼が動き出す、灯台が割れてる、と。
 
 欠けはじめた床、傾きかけた柵を蹴って鎮神もムシュフシュの背に乗り移る。

 広い背に二人ぶんの重みが乗ったことを感じると、ムシュフシュは急降下して帝雨荼へと迫っていく。
 長い頸に噛みつき、胴に爪を突き立て、腕に尾を巻きつけた。
「鎮神!」
「はい!」
 多くを言わずとも、やるべきことは分かっている。
 二人が忌風雷を振ると、放たれた光の波が帝雨荼の体表を焼いた。

 帝雨荼が鬣を逆立てて能力をムシュフシュに送り込んでいるようだった。
 しかし、帝雨荼に対抗するために生み出されたムシュフシュには、塩による害は無いらしい。


「神代では帝雨荼を封印する道を選んだ……ですが私たちは太母をも殺す! 
 どんな未来が待っていようと!」

 儀礼のクライマックスを飾る真祈の声と同時に、二振りの忌風雷が帝雨荼の頸に突き立てられた。

 ムシュフシュの背から身を乗り出し、神を穿つ剣の柄を握りしめながら、
母なる巨躯から徐々に力と輝きが抜けて行くのを見つめる。



 突然、視界が真っ暗になった。
 息が出来ない。
 力の抜けた手が感覚を失って垂れ下がり、剣は帝雨荼に刺さったまま取り残される。
 
 筋肉が全てほつれたかのような脱力感と、焼けつくような痛み。

 首にも痛みはあったが、辛うじて真祈の方へ顔を向けることが出来た。
 暗闇の中で、時折ちらつく光を必死に拾いあげる。


 ムシュフシュの上に深く項垂れる真祈。
 紫の大きな眼は、アレキサンドライトの輝きを失った銀髪に覆い隠されて見えない。
 白い法衣やムシュフシュの毛並みが真っ赤に濡れている。
 その身体のいたるところに鋭い鉄の柱が貫通していた。
 真祈だけではない、ムシュフシュも、そして自分も――。


 笛のような咆哮をあげながら、帝雨荼が上体を天へ向かってくねらせた。
 
 ムシュフシュは、真祈は、鎮神は、宙へ放り出される。


 背に海鳴りが迫る。
 神々の領域へと至る、夢幻の海が。

 空に浮かぶ紅い月――深夜美みやびの眼が、最後に見えたものだった。
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