108 / 117
八章
15 神生みの雷と眠りの刻
しおりを挟む
真祈の腕が暗闇と星々に彩られる。
人智の及ばぬ深淵へと通じる、加護の現れだ。
「帝雨荼の解放、忌風雷の顕現などにより、神々の領域の大気が周囲に流れ出している。
私が雷と共に原始の元素を射出し、それが地球と異界二つの大気が混じった所で生長したならば……
果たして何が生まれるのか」
真祈の薄い掌から、巨大な戦斧でも振り下ろしたかのようなすさまじい光、音、衝撃が地へ向けて駆け抜けていく。
灯台に亀裂が入り、鎮神も吹き飛ばされそうになる。
帝雨荼は瞬時に厚い海水の層で体表を覆い雷を拡散させたため無傷だったが、真祈の目的は直接の電撃ではない。
放電は何秒も続く。
全ては信仰を守るというプログラムのために。
使命のためならば母なる神さえ打ち砕く。
そこには義憤も悲哀も無く、信念だけを抱いて真祈は叫ぶ。
「私の加護の、誰も見たことが無い境地を見せましょう。
デウス・エクス・マキナ!」
光の渦の中に、大きな影が伸びあがる。
鷲のような頭に牛の角、上半身とそれを飾る鬣は獅子に似ており、全ては銀色に輝く。
肩甲骨の辺りからは天使のような翼が二対生えていて、下半身は長細く鱗に覆われた竜じみた形――
様々なもののキメラでありながら、帝雨荼に比べると秩序だった印象を受けた。
前足や翼、さらには頭の右半分などあらゆる箇所が青白い銅で組み上げられたプレートや歯車に包まれており、
バーディングを着せられた馬のような絢爛さに満ちている。
また足元には寒々しい色に燃え盛る車輪が浮遊していて、
これが既知の物理法則を無視した存在だと知らしめる。
「真祈さん……貴方は、神を生み出したんですか……」
やっと放電が終わった時、鎮神は呟いた。
真祈はにこやかに首肯する。
「まあ、ほんの下級神格ですが、帝雨荼を捕えるには十分でしょう。
ただし、捕らえておくだけです。忌風雷を振るい帝雨荼を討つのは私たちの役目」
翼を広げて宙を滑り、灯台の展望台に寄って来た、中型船ほどの大きさの神。
その巨躯を、真祈は適度に力を込めながら撫でてやる。
「貴方にも名前が要りますね。
では、ムシュフシュ・マキニカリスと名付けましょう」
精悍な鷲の頭が、そっと頷いた。
儀式じみたやり取りが終わると、真祈は柵に足を掛けてムシュフシュの背に飛び乗った。
「さあ、鎮神も」
真祈の呼び声に重なって、破壊音と、与半たちの叫びが聞こえる。
帝雨荼が動き出す、灯台が割れてる、と。
欠けはじめた床、傾きかけた柵を蹴って鎮神もムシュフシュの背に乗り移る。
広い背に二人ぶんの重みが乗ったことを感じると、ムシュフシュは急降下して帝雨荼へと迫っていく。
長い頸に噛みつき、胴に爪を突き立て、腕に尾を巻きつけた。
「鎮神!」
「はい!」
多くを言わずとも、やるべきことは分かっている。
二人が忌風雷を振ると、放たれた光の波が帝雨荼の体表を焼いた。
帝雨荼が鬣を逆立てて能力をムシュフシュに送り込んでいるようだった。
しかし、帝雨荼に対抗するために生み出されたムシュフシュには、塩による害は無いらしい。
「神代では帝雨荼を封印する道を選んだ……ですが私たちは太母をも殺す!
どんな未来が待っていようと!」
儀礼のクライマックスを飾る真祈の声と同時に、二振りの忌風雷が帝雨荼の頸に突き立てられた。
ムシュフシュの背から身を乗り出し、神を穿つ剣の柄を握りしめながら、
母なる巨躯から徐々に力と輝きが抜けて行くのを見つめる。
突然、視界が真っ暗になった。
息が出来ない。
力の抜けた手が感覚を失って垂れ下がり、剣は帝雨荼に刺さったまま取り残される。
筋肉が全てほつれたかのような脱力感と、焼けつくような痛み。
首にも痛みはあったが、辛うじて真祈の方へ顔を向けることが出来た。
暗闇の中で、時折ちらつく光を必死に拾いあげる。
ムシュフシュの上に深く項垂れる真祈。
紫の大きな眼は、アレキサンドライトの輝きを失った銀髪に覆い隠されて見えない。
白い法衣やムシュフシュの毛並みが真っ赤に濡れている。
その身体のいたるところに鋭い鉄の柱が貫通していた。
真祈だけではない、ムシュフシュも、そして自分も――。
笛のような咆哮をあげながら、帝雨荼が上体を天へ向かってくねらせた。
ムシュフシュは、真祈は、鎮神は、宙へ放り出される。
背に海鳴りが迫る。
神々の領域へと至る、夢幻の海が。
空に浮かぶ紅い月――深夜美の眼が、最後に見えたものだった。
人智の及ばぬ深淵へと通じる、加護の現れだ。
「帝雨荼の解放、忌風雷の顕現などにより、神々の領域の大気が周囲に流れ出している。
私が雷と共に原始の元素を射出し、それが地球と異界二つの大気が混じった所で生長したならば……
果たして何が生まれるのか」
真祈の薄い掌から、巨大な戦斧でも振り下ろしたかのようなすさまじい光、音、衝撃が地へ向けて駆け抜けていく。
灯台に亀裂が入り、鎮神も吹き飛ばされそうになる。
帝雨荼は瞬時に厚い海水の層で体表を覆い雷を拡散させたため無傷だったが、真祈の目的は直接の電撃ではない。
放電は何秒も続く。
全ては信仰を守るというプログラムのために。
使命のためならば母なる神さえ打ち砕く。
そこには義憤も悲哀も無く、信念だけを抱いて真祈は叫ぶ。
「私の加護の、誰も見たことが無い境地を見せましょう。
デウス・エクス・マキナ!」
光の渦の中に、大きな影が伸びあがる。
鷲のような頭に牛の角、上半身とそれを飾る鬣は獅子に似ており、全ては銀色に輝く。
肩甲骨の辺りからは天使のような翼が二対生えていて、下半身は長細く鱗に覆われた竜じみた形――
様々なもののキメラでありながら、帝雨荼に比べると秩序だった印象を受けた。
前足や翼、さらには頭の右半分などあらゆる箇所が青白い銅で組み上げられたプレートや歯車に包まれており、
バーディングを着せられた馬のような絢爛さに満ちている。
また足元には寒々しい色に燃え盛る車輪が浮遊していて、
これが既知の物理法則を無視した存在だと知らしめる。
「真祈さん……貴方は、神を生み出したんですか……」
やっと放電が終わった時、鎮神は呟いた。
真祈はにこやかに首肯する。
「まあ、ほんの下級神格ですが、帝雨荼を捕えるには十分でしょう。
ただし、捕らえておくだけです。忌風雷を振るい帝雨荼を討つのは私たちの役目」
翼を広げて宙を滑り、灯台の展望台に寄って来た、中型船ほどの大きさの神。
その巨躯を、真祈は適度に力を込めながら撫でてやる。
「貴方にも名前が要りますね。
では、ムシュフシュ・マキニカリスと名付けましょう」
精悍な鷲の頭が、そっと頷いた。
儀式じみたやり取りが終わると、真祈は柵に足を掛けてムシュフシュの背に飛び乗った。
「さあ、鎮神も」
真祈の呼び声に重なって、破壊音と、与半たちの叫びが聞こえる。
帝雨荼が動き出す、灯台が割れてる、と。
欠けはじめた床、傾きかけた柵を蹴って鎮神もムシュフシュの背に乗り移る。
広い背に二人ぶんの重みが乗ったことを感じると、ムシュフシュは急降下して帝雨荼へと迫っていく。
長い頸に噛みつき、胴に爪を突き立て、腕に尾を巻きつけた。
「鎮神!」
「はい!」
多くを言わずとも、やるべきことは分かっている。
二人が忌風雷を振ると、放たれた光の波が帝雨荼の体表を焼いた。
帝雨荼が鬣を逆立てて能力をムシュフシュに送り込んでいるようだった。
しかし、帝雨荼に対抗するために生み出されたムシュフシュには、塩による害は無いらしい。
「神代では帝雨荼を封印する道を選んだ……ですが私たちは太母をも殺す!
どんな未来が待っていようと!」
儀礼のクライマックスを飾る真祈の声と同時に、二振りの忌風雷が帝雨荼の頸に突き立てられた。
ムシュフシュの背から身を乗り出し、神を穿つ剣の柄を握りしめながら、
母なる巨躯から徐々に力と輝きが抜けて行くのを見つめる。
突然、視界が真っ暗になった。
息が出来ない。
力の抜けた手が感覚を失って垂れ下がり、剣は帝雨荼に刺さったまま取り残される。
筋肉が全てほつれたかのような脱力感と、焼けつくような痛み。
首にも痛みはあったが、辛うじて真祈の方へ顔を向けることが出来た。
暗闇の中で、時折ちらつく光を必死に拾いあげる。
ムシュフシュの上に深く項垂れる真祈。
紫の大きな眼は、アレキサンドライトの輝きを失った銀髪に覆い隠されて見えない。
白い法衣やムシュフシュの毛並みが真っ赤に濡れている。
その身体のいたるところに鋭い鉄の柱が貫通していた。
真祈だけではない、ムシュフシュも、そして自分も――。
笛のような咆哮をあげながら、帝雨荼が上体を天へ向かってくねらせた。
ムシュフシュは、真祈は、鎮神は、宙へ放り出される。
背に海鳴りが迫る。
神々の領域へと至る、夢幻の海が。
空に浮かぶ紅い月――深夜美の眼が、最後に見えたものだった。
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる