蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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九章

1 崩れゆく世界

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 何が起こったか分からず、波間に消えていく三つの影を、与半よはんは、路加ろかは、まどかは、呆然と目に映していた。 


 ふらふらと海の方へ歩き出す団を、我に返った二人が引き止める。
「駄目だ……あいつが……深夜美みやびが、生きてやがった!」

 暗い空に一つ、赤い眼が浮かんでいる。
 深夜美そのものだ。


 深夜美が念動で鎮神しずか真祈まき、ムシュフシュを攻撃したのだ。


 そして今、路加たちが狙われている。
 すぐにでも海を覗き込んで鎮神たちを助けたかったが、深夜美と決着をつけなくては、それすらままならない。

「深夜美は死んで、海に落ちたはずなのに……」
「いや、岸壁に遮られて私たちからは死角になった瞬間、蟲に引っ張らせてそこから上陸していたんだろう。
 念動で運んできた適当なものを落としておけば、水飛沫はあがる」

 与半は考えながら忌々しげに顔を歪めた。


「とりあえず、姿を隠しましょう」
 団が砂を拾って撒き上げ、自分たちに纏わせる。
 周囲に溶け込むよう体表に風景を念写し続け、姿を消す。

 物音を立てないように加工工場の方へ移動してから、帝雨荼ていあまたが居る方を窺う。
 
 次の瞬間、先ほどまで自分たちが居た辺りに、何艘もの船が降ってきた。
 深夜美が念動で虱潰しに攻撃しているのだ。


「念写で深夜美の位置を探ります。それからすぐに反撃を――」
 言いかけた団の息が、ぐっと詰まった。
 地面に叩きつけられた船から飛び散った破片が団の肩口に突き刺さったのだ。

「待っててください、すぐ治しますので」
路加が動いた。
 破片を抜き、傷口に復元能力を注ぎ込む。

 途端に、全身に衝撃が走る。
 けたたましい轟音。
 横殴りに何かが襲い掛かって来て、目を開けていられない。
 皮膚のあちこちを鋭い痛みが駆け抜けていく。

 とどめに一際大きな金属音が響いて、辺りは静まり返る。

 しかし、まだぱらぱらと、与半と路加の耳元でざわめいているものがあった。

 大量の破片を浴びてぼろぼろの身体。
 そして、自分の体から剥がれ落ちていく砂粒。

「団くん――!」
 飛んできた錨に圧し潰された団の腹部は、骨を断たれて伸びきり、紙のようにひしゃげていた。
 錨をどけて、倒れている団に路加は全力で能力をぶつける。
 
 しかし、抉れていた肉体が繋がり、破れた服が元に戻っても、
団は目を開くことはなく、呼気も聞こえてはこない。
 団の能力で与半と路加の体を覆っていた砂粒だけが、虚しく降り注ぐ。


「自分の能力の本質くらい知っておけ、潮路加……」
 ステルスが解けた二人に、冷たい声が降ってくる。
 
 数メートル先に深夜美が立ち、こちらを見下ろしていた。
 深夜美は何やらチャック付きのビニール袋を五枚、見せてきた。
 袋の中は赤黒い塊が封入されている。

「鷲本の家の周辺で戦った時、蟲たちに回収させておいた、お前たちの肉片だ。
 潮路加の復元能力には、二通りの復元方法が内包されている。
 まずは消失、変質したパーツを、もの自体が保有している魂の記憶に沿って生み出すことで補う方法。
 しかし無から有を生み出すというのは非常に難しいことだ。
 だから近くにあるものはなるべく使おうとする。
 千切れた肉が辺りに転がっているならば、それを引っ張ってきて繋げることでエネルギーの消耗を抑えているわけだ。
 これが二つ目の方法であり……私がお前たちを探知した理由」


 路加は愕然とする。
 良かれと思って団に能力を使ったのに、それが深夜美の持っている肉片を三人の居場所に引き寄せてしまい、団の死に直結したのだ。

「間違えちゃいけない、悪いのは潮さんじゃない……」
 与半が路加の肩を抱いて慰めの言葉を掛ける。
 
 しかしそれに笑って応えたのは深夜美の方だった。
「そうさ、だから言ってるだろう、私が悪だって」
 楼夫と自身の血が混ざり合い赤黒くなって乾いた衣で、ふわりと深夜美は舞い踊る。

 その指先に、どこからともなく現れた蝶が留まる。
 蛇の目紋のある茶色い翅を持つ小さな蝶。
 クロヒカゲという種類のものであった。
 
 蝶を鼻先に寄せ、深夜美は愛しげに囁く。
「あまりに呪力が強いために貴方は、私が気を失った後も単独で蟲を率いて行動してくれた。
 海に落ちかけていた私を救った蝶……冥府の河と月の女神の名を冠する蟲こそ、貴方に相応しい」

 呼応するように蝶は禍々しい翅を二、三度はためかせる。

 
 その向こう側で帝雨荼が激しく身を震わせた。
 忌風雷いむふらによる効果が切れてきたせいだろう。

 その首に刺さっていた忌風雷はとうとう抜けて、一本は海へ滑り落ちていき、もう一本は灯台の礎石に突き刺さる。


「神の子と天使たちは堕ち、獅子は眠った。
 牡牛と鷲はどんな最期を見せてくれる?」
 笑いかけて来る深夜美を睨み返しながら与半は立ち上がる。

 与半に支えられて、まだ膝が震えてはいるものの、路加もどうにか立ち上がった。

「私は忌風雷を取りに行く。
 潮さんは、深夜美を足止めしておいて」
 与半が小声で言うのを聞いた路加は、驚愕に青褪める。
 しかし反論も文句も出て来なかった。
 生き残った者は自分と与半の二人しか居ないのだ。
 復元と液体念動――ごくシンプルな超能力では、ろくな小細工も出来ない。
 それでも、失われていったものたちの仇を討つには、自分が生きて明日を迎えるためには、与半が言う通りの分担で突き進むしかない。


「……どうかご無事で」
 脂汗を拭ってから、漁船の瓦礫の中から銛を拾いあげ、路加は言った。

「私は漁師ですよ? 海との付き合いには慣れていますから」
 与半は微笑んで、海の女神の元へと駆けて行った。
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