蟲籠の島 夢幻の海 〜これは、白銀の血族が滅ぶまでの物語〜

二階堂まりい

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九章

6 夜明け

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 呪いによる偽の夜が頭上から取り払われ、本物の空が二ツ河ふたつがわ島に戻ってくる。
 
 坨田いでん平原の方から朝日が昇り、月影を淡く引き伸ばしていく。

 藍と橙々が混ざり合う暁の空を見上げながら、深夜美みやびの瞳は何よりも苛烈な紅に輝く。

 今日もまた朝が来て、ルルーの民の領域を奪っていく――未だ世界はこの掌中に無い。

 そして何より、復讐を果たしていない。


 海の色も、浮かんでいた星々が消えていき、空を素直に映しとる鏡へと戻った。
 その中に一粒また一粒、白い泡が混ざる。
 やがて泡は少年の形を成す――鎮神しずかが、水面に仰向けに浮いた状態で現れた。

 鎮神は目を開き、空の色と、港に血塗れで立つ深夜美を認めると、
体を反転させて軽く波間を掻き、港へ上がってくる。

 まどか与半よはん路加ろかの遺体を順に見回した後、彼は深夜美の側に来た。
「呪術は……完成したんですね」
「ああ。
 最後に帝雨荼を屠ってから、君が復活してくるまで、
この戦いでの生存者は確かに私一人となっていた。
 蠱毒が完成したことに変わりはないからな……
君の復活は、えりしゅの罰、というわけか」
「えりしゅの?」
 鎮神が不思議そうな声を漏らすので、深夜美は少しぎょっとした。
 真祈と鎮神を引き離したものがえりしゅだということを、鎮神は忘れてしまっているようだった。
 えりしゅに記憶を奪われたのだろう。


 真祈と異なる世界に引き離された鎮神には、悲しみの念が全く見えないというほどでもないが、
後悔に曇ることなく歴史を見つめる少年は、たいした餌にはなりそうにない。

 神に保証された不死者に対し、不老不死を得たとはいえ下位種族にすぎないルルーの民が挑むというのも、馬鹿馬鹿しい話だ。
 最悪、負けるかもしれない可能性さえ秘めている。


 呪術の為に全てを殺し尽くさねばという使命感が解け、深夜美の意識は鎮神の内面の奥深くへと向いていた。
 彼を殺すことは出来なくても、せめて呪いで眠らせてあげられるならば。
 鎮神と真祈の間を阻むものは、いずれ深夜美が殺さねばならないものだ。
 利害ならば一致している。
 世界の終焉、二人が再び巡り合う時まで、
離別の悲しみも現世に生きる苦しみも何も無い眠りに守られていたならばどんなに幸せか。
 
 しかし、眠りへいざなうために開きかけた口は噤まれた。

 鎮神はきっと、ただ眠って時を待ち続けることなど望まない。
 苦悩さえ自分らしさに変え、駆けるのだろう。
 
 守られていたいと願ったのはむしろ、深夜美の方かもしれない。


「救助が来る前に島を出よう。
 鎮神も、人間社会に戻りはしないのだろう」
 感傷を振り払うように、現実の話をする。

 不老不死となった者が生来の戸籍で、同じ土地、長い付き合いの友人という環境で暮らしていくことは不可能だ。
 二人はここで人間として死に、正真正銘の怪物にならなくてはいけない。


「ええ。
 でも、荷物を纏める前に……三人をちゃんと弔いたい」
 鎮神はそう言って、仲間の亡骸の方へ歩き出した。
 少年の足元から伸びる長い影が、破壊された港を滑っていく。

「弔うって、荒鏤山へ、か?」
「はい。
 路加さんも、団も、鷲本さんも、信仰に対して複雑な思いはあるかもしれないけど……
安らかに眠って欲しいって、荒鏤山に託した意味は伝わると思うから」

 荒鏤山は死者の寝床だと、私もそこに眠りたいのだと、
やつれた顔で告げた母の顔を、深夜美は思い出す。

 そして、一族の運命に反旗を翻しはしたが、冥府を司る役割には誇りを抱き続けていた王のことも。


「ご遺体はどうやって運ぶつもりだ?」
「え、あ……車……」
 しどろもどろに応える鎮神を見て、深夜美はふっと笑う。
 案の定、車の運転など鎮神は知らないらしい。
 車を調達してきてやるために、深夜美も港を後にした。
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