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九章
5 約束
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「えりしゅ……えりしゅってことはまさか」
「ええ。
これは被造物が創造主に刃を向けた罰。
鎮神は私のことをとても良く思ってくれたし、
私も鎮神と居た日々は楽しく思っていました。
だからこそ、罰はこのような形で下された。
貴方の魂は座標nへ接続出来ないように肉体に縛りつけられるでしょう。
簡単に言えば鎮神は現世に帰った時、不老不死になっている。
宇宙の秩序が変わらない限り、私たちの居場所は交わらない」
真祈がゆっくりと説明してくれる。
「それが……宇津僚の……おれたちの神話の結末……」
悲しくないわけがない。
しかし、後悔という気持ちだけは無かった。
運命という名の神話には、神でさえ抗うことは出来ない。
奮戦が報われないことも、悪を称する者が栄華を掴みとることもある。
真祈は最初からそれを悟りながらも真っ直ぐに駆け抜けていった。
鎮神もそれに並ぼうと必死に走り続けた果てに、
やっと真祈と同じ目線で世界を見ることが出来たのかもしれない。
ふと真祈が夜空を見上げた。
鎮神も顔を上へ向ける。
天に投影されているものが星図から別の画に切り替わった。
これもまたどこかの異空間なのだろうか――暗く深い水底に、水晶のように透き通った美しく巨大な氷塊が沈んでいる。
氷の中には人間を含むあらゆる生物が眠りながら閉じ込められている。
呆気にとられているうちにも、上から新たに人や獣が降り注ぎ沈殿していく。
氷の周囲の水はどんどん凍り続けていて、眠れる者を次々と閉じ込めていく。
そして氷の中、まだそこに降ってきてから間もないであろう上の方の層に、団、与半、路加の姿を認めた。
傷も苦悶の表情もなく、穏やかに眠っている。
「あれは? まさかみんな……」
見ているだけでも冷気を感じるような光景に、胸が締め付けられる。
どう考えてもそれは命あるもののあるべき姿ではなかった。
「ええ。
しかしそこへ辿り着いたということは、彼らもこの戦いに後悔と呼ばれる気持ちは無いということなのでしょう。
ましてやあの中には先立っていった大切な人たちも居る。
真の終末が訪れるまで、皆安らかに眠るのです」
「じゃあ、真祈さんは?
神殿に閉じ込められて、眠ることすら出来ないんですか?」
縋るように訊ねる鎮神に対して、真祈はなんとも気楽そうに笑う。
「ええ、ここに安息は無い。
えりしゅは私に何もしてほしくなくて神殿へ幽閉したようですが、
幸いムシュフシュとルッコラちゃんを連れて来ることが出来ました」
真祈が指差す方を見ると、投影機の下にあるコンソールの所に、ほんの小さな影が見えた。
きらめく一つ目――鎮神が服と共にプレゼントしたぬいぐるみが、命を得たかのように動いている。
プラネタリウムの操作をしていたのは『ルッコラちゃん』だったらしい。
「私にはもう、信仰を守り空磯を目指せという遺伝子からの命令は無い。
ムシュフシュやルッコラちゃんに手伝ってもらって、この宇宙のことを研究しようと思います」
「本当に真祈さんは……一生懸命ですね」
真祈には負の感情が無いのだから、閉じ込められたからといって、
いちいち悲しんだりするはずが無いことは分かっていた。
それどころかえりしゅの意に反して研究の計画を練っているとは、なんとも真祈らしい。
話しているうちに、足元から始まっていた鎮神の透過は全身まで進行していた。
長い長い別れが迫ってきている。多くのものが失われた世界で、
死ぬことさえ許されず、歩き続けなくてはならない。
世界を動かす冷たい歯車の存在を知ってしまった今、現世での一刻一刻に何の意義があるのかと疑いたくもなる。
これからも鎮神はきっと何かに苦悩して立ち止まるだろう。
しかし自己と世界に問いを繰り返しながら藻掻き続けるその姿はきっと美しく、
その軌跡は新たな神話となるという自信があった。
「後悔は無い……でも諦めるつもりもありません」
鎮神は精一杯の笑みを真祈に向ける。
「宇宙の秩序が変われば、また会えますよね……
その時、胸を張っていられるように、強く生きますから」
「ええ」
半透明になった鎮神の姿は、泡のようにボロボロと崩れだし、宙へ消えていく。
紫色の瞳はじっとそれを見守る。
「今度会えたら、絶対に、一緒に……」
言い切らぬうちに少年はこの空間から消えていった。
真祈の手の中に、小さな鉱石が現れる。
これは鎮神の記憶の一部だ、と直感した。
この空間は、えりしゅの神殿。
えりしゅが消滅すれば、座標nも消滅して真祈は解放される。
それを知る鎮神を、そのまま逃すわけにはいかなかったのだろう。
えりしゅは鎮神から、えりしゅに関する記憶を奪ったのだ。
そのせいで二人の再会の時は、少し遠ざかってしまったに違いない。
しかし鎮神ならば、きっと。
また無機質な星図を映しはじめた天空を見上げながら、真祈は呟く。
「はい。一緒にゾンビ映画を見ましょう」
「ええ。
これは被造物が創造主に刃を向けた罰。
鎮神は私のことをとても良く思ってくれたし、
私も鎮神と居た日々は楽しく思っていました。
だからこそ、罰はこのような形で下された。
貴方の魂は座標nへ接続出来ないように肉体に縛りつけられるでしょう。
簡単に言えば鎮神は現世に帰った時、不老不死になっている。
宇宙の秩序が変わらない限り、私たちの居場所は交わらない」
真祈がゆっくりと説明してくれる。
「それが……宇津僚の……おれたちの神話の結末……」
悲しくないわけがない。
しかし、後悔という気持ちだけは無かった。
運命という名の神話には、神でさえ抗うことは出来ない。
奮戦が報われないことも、悪を称する者が栄華を掴みとることもある。
真祈は最初からそれを悟りながらも真っ直ぐに駆け抜けていった。
鎮神もそれに並ぼうと必死に走り続けた果てに、
やっと真祈と同じ目線で世界を見ることが出来たのかもしれない。
ふと真祈が夜空を見上げた。
鎮神も顔を上へ向ける。
天に投影されているものが星図から別の画に切り替わった。
これもまたどこかの異空間なのだろうか――暗く深い水底に、水晶のように透き通った美しく巨大な氷塊が沈んでいる。
氷の中には人間を含むあらゆる生物が眠りながら閉じ込められている。
呆気にとられているうちにも、上から新たに人や獣が降り注ぎ沈殿していく。
氷の周囲の水はどんどん凍り続けていて、眠れる者を次々と閉じ込めていく。
そして氷の中、まだそこに降ってきてから間もないであろう上の方の層に、団、与半、路加の姿を認めた。
傷も苦悶の表情もなく、穏やかに眠っている。
「あれは? まさかみんな……」
見ているだけでも冷気を感じるような光景に、胸が締め付けられる。
どう考えてもそれは命あるもののあるべき姿ではなかった。
「ええ。
しかしそこへ辿り着いたということは、彼らもこの戦いに後悔と呼ばれる気持ちは無いということなのでしょう。
ましてやあの中には先立っていった大切な人たちも居る。
真の終末が訪れるまで、皆安らかに眠るのです」
「じゃあ、真祈さんは?
神殿に閉じ込められて、眠ることすら出来ないんですか?」
縋るように訊ねる鎮神に対して、真祈はなんとも気楽そうに笑う。
「ええ、ここに安息は無い。
えりしゅは私に何もしてほしくなくて神殿へ幽閉したようですが、
幸いムシュフシュとルッコラちゃんを連れて来ることが出来ました」
真祈が指差す方を見ると、投影機の下にあるコンソールの所に、ほんの小さな影が見えた。
きらめく一つ目――鎮神が服と共にプレゼントしたぬいぐるみが、命を得たかのように動いている。
プラネタリウムの操作をしていたのは『ルッコラちゃん』だったらしい。
「私にはもう、信仰を守り空磯を目指せという遺伝子からの命令は無い。
ムシュフシュやルッコラちゃんに手伝ってもらって、この宇宙のことを研究しようと思います」
「本当に真祈さんは……一生懸命ですね」
真祈には負の感情が無いのだから、閉じ込められたからといって、
いちいち悲しんだりするはずが無いことは分かっていた。
それどころかえりしゅの意に反して研究の計画を練っているとは、なんとも真祈らしい。
話しているうちに、足元から始まっていた鎮神の透過は全身まで進行していた。
長い長い別れが迫ってきている。多くのものが失われた世界で、
死ぬことさえ許されず、歩き続けなくてはならない。
世界を動かす冷たい歯車の存在を知ってしまった今、現世での一刻一刻に何の意義があるのかと疑いたくもなる。
これからも鎮神はきっと何かに苦悩して立ち止まるだろう。
しかし自己と世界に問いを繰り返しながら藻掻き続けるその姿はきっと美しく、
その軌跡は新たな神話となるという自信があった。
「後悔は無い……でも諦めるつもりもありません」
鎮神は精一杯の笑みを真祈に向ける。
「宇宙の秩序が変われば、また会えますよね……
その時、胸を張っていられるように、強く生きますから」
「ええ」
半透明になった鎮神の姿は、泡のようにボロボロと崩れだし、宙へ消えていく。
紫色の瞳はじっとそれを見守る。
「今度会えたら、絶対に、一緒に……」
言い切らぬうちに少年はこの空間から消えていった。
真祈の手の中に、小さな鉱石が現れる。
これは鎮神の記憶の一部だ、と直感した。
この空間は、えりしゅの神殿。
えりしゅが消滅すれば、座標nも消滅して真祈は解放される。
それを知る鎮神を、そのまま逃すわけにはいかなかったのだろう。
えりしゅは鎮神から、えりしゅに関する記憶を奪ったのだ。
そのせいで二人の再会の時は、少し遠ざかってしまったに違いない。
しかし鎮神ならば、きっと。
また無機質な星図を映しはじめた天空を見上げながら、真祈は呟く。
「はい。一緒にゾンビ映画を見ましょう」
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