【R-18】ディストピアの東 ~両片想いの電気武者はサブドロップを治したい~

二階堂まりい

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一章 Mock Up

二話 エレクトリックシティ

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 部屋に引っ込むと、大小の刀が置かれている床板の前に坐禅を組む。


 開いた眼は部屋を網膜に映してはいるが、脳は違うものを観ている。
 視覚ではなく第六感として感じられる『土地の力』――地脈を吸い上げ、下肢から頭へと引っ張り上げていく。

 この身体は一本の大樹、そこに維管束たるDom神経が通っていて、七つの節がある。
 足、尾骨、臍、鳩尾、心臓、喉仏、松果体。
 一つ一つの節を確かめるように、地脈を吸っていく。
 地脈が松果体にまで達した時、由利の身体の周りに白銀の光が現れる。
 これが由利のグレアだ。


 グレアを使用するには、場に留まって地脈を感じ取る必要がある。
 いかに強いグレアの持ち主でも、十歩歩けば地脈との接続が切れてグレアが霧散してしまう。

 地脈を感じ取る際のイメージは人それぞれであろうが、由利にとっては樹という捉え方が最もしっくりときた。


 今日もグレアの調子は良好だ。
 体質は由利の望み通り、Dom側に寄っている。
 抑え付けた欲求の軋みが夢に見せるような何のメリットも無い房事など不要なのだ。

 由利はDom性とSub性を兼ね備えた、Switchと呼ばれる種類の新人類だ。
 体調が整っている時は、二つのダイナミクスを任意で切り替えることが出来る。
 しかし、ただでさえ数少なく未解明の部分が多く眠っている新人類の中でも、最も少数であり、不便な生態をしている。

  
 新人類の間では拘束、窒息を伴うプレイによる死亡、ドロップによる自殺、関係性を築くことの難しさに起因する刃傷沙汰などが時折発生する。

 再びロトスの外へ戻って来ることを画策したWSOが、さすらいの地に住まう人々に自殺や殺人を促して人口を削減する為に水や大気に毒を散布して生み出したのが新人類に違いない――
そんな話が一時期は信じられていた程には、面倒な生命体だ。



 浴衣を脱いで、シンプルな和室の中では最も色彩に溢れたハンガーラックに近付く。

 メッシュ素材で編まれたオフショルダーのハーフトップとレザーのズボンを着て、その上に硬質なパーツを重ねていく。
 丈の短いオーバースカートを身に着ければ、黒一色だった衣類の中に、プリーツスカートの陰襞の蛍光カラーが昼でも目立つ光を添える。


 欅の鏡台の前に座ると、顔に化粧を施していく。
 しかし傷を塗り潰してしまうことはしない。
 リップコンシーラーで唇のあどけない赤みを抑え、上からローズカラーの紅を乗せる。
 眼の周りの粘膜や目尻には鮮やかな朱を差していく。


 髪には、背中の半ばまである赤や黒のプラスチックチューブで出来たエクステを結び付けて、ビスマス結晶のバレッタで更に固定する。
 これで、遠目から見ると長髪をサイドテールにしているかのようなシルエットになった。


 最後に、クローゼットの中からエレクトロウェアを出してくる。
 クローゼットの中はワイヤレスの充電ステーションになっていて、収納したウェアは自動で充電と除菌が為される。
 象牙色にコーティングされた、鋼製の外装パーツが由利の電気装備だ。

 エレクトロウェアは、微弱な電気を流すことで身体機能を向上させる。
 防刃、耐熱効果がある現代の衣服の中でも、最も強靭な造りをしている。

 難点は、感電のおそれがあることだ。
 大量に身に着ければ勿論だが、体調が悪かったり、そもそも体質が合わなかったりなどの様々な要因で、一つだけでも感電してしまうことはある。

 由利は元々電流に強い新人類であることに加え、地道に鍛錬を重ねてきたため、
多くのエレクトロウェアを一度に装着して使い熟している。

 アームカバーは腕力を上げ、ベルトは脚の瞬発力を上げる機能付き。
 一見電気仕掛けとは思えない、ホルターストラップで留めるぶ厚い黒革のビスチェは、
内側に機械が内蔵されていて触覚受容器を補強している。
 耳腔に挿し込んだ光電センサーは、頭部を常に微弱な光で覆うことで人体と登録済み機械以外の物が入射すると硬化素材を放つ物だ。
 頭部を狙うレーザービーム、転んだ時に迫る地面などをも尽く防ぐ。



 派手な髪と化粧に、黒と蛍光色、鋼と布が入り乱れる姿。
 大昔、インターネットなるものが普及し始めた時代から見た未来を想像して――恐らく希望だけではなく、恐怖や皮肉も多分に含んで――生み出された『サイバールック』というファッションと似通っている。
 尤も、昔のサイバールックはあくまでもストリートファッションであり、機械を纏って仕事へ赴く由利達現代人とは事情は異なるだろう。

 サイバーの名を冠する服装が一般化した『さすらいの地』からインターネット通信の技術が失われているなんて馬鹿げた未来は、さすがに誰も想像しなかった筈だ。


 ベルトに打刀と脇差を括り付け、仕度は整う。


 階下へ降りると、同じく身支度を終えた三善と鉢合わせた。
 彼女は膝丈の赤いバッスルドレスを着て、シニヨンを作った白髪頭の上にリボンの付いたヘッドドレスを戴いている。
 左手にはレーザー拳銃、右手には携帯ゲーム機が握られていた。

「今は何のゲームやっとるんや」
「ゾンビっちゅう怪物から逃げるやつ」

 三善は大のゲーム好きで、WSOの検閲を逃れて現存するものを発掘してきてどうにか修理し、仕事の合間に遊んでいる。
 現代にもゲームを作る技術が全く無い訳ではないが、昔程の物を作るには技術も資本も足りない。


「逃げるんか? ぶった斬るんちゃうん?」
「そりゃ、銃刀法があった頃のリアルな庶民の生活をベースに作られとるんやもん。
 武器なんか、有っても傘か包丁くらいや。基本的な攻略方法はステルスやで」
「へえ、なかなかスリリングやな」
「せやろ」

 話しながら二人は靴を履く。

 三善は赤い編み上げのショートブーツ、由利は脚力を上げる機能が付いたブーツだ。
 鋼鉄で出来ているのは足首より下で、それより上はフィルム素材になっている。
 フィルムを太腿まで引き上げて、脹脛側に並んだボタンを三つ続けて押せば、自動で脚にフィットする。



 田中家は、細い路地に面して細かく立ち並ぶ古めかしい家々の一つだ。
 ただでさえ狭い路地を、外壁から剥がれ落ちたモルタル、室外機、割れた鉢植えなどが圧迫している。
 頭上も電線や雨樋で塞がっていて、今のようにヒールの高い靴を履くと由利の頭は擦れそうになる。


 この路地は、二井市場という商店街としか通じておらず、その反対方向は家で塞がれて行き止まりだ。
 三十軒程のごく小さな店が所狭しと並び、その上に黒ずんだ木材とトタンで蓋をしてアーケードと称しているような商店街だ。
 約三〇〇年前に作られた公設市場が元になっており、周囲の商店街がそれ以上に長い歴史を持ちながらも改築や整備を繰り返して時代に見合った姿を保ち続けているのに対して、ここはどれだけ新しく見積もっても二五〇年ほど前の雰囲気を残している。

 
 東側は火災に遭い再建されたぶん時代が下るというが、ここまでぼろぼろならば誤差でしかない。現在営業している店舗は十一軒。
 ロトスが出来たことで住み処を追われて来た者が流れ着いて店を開いたために、長い歴史の中ではこれでも栄えている部類に入るらしい。


 この商店街で三善が営んでいるのは機械全般の整備店だ。
 彼女は五十年近く、この店に持ち込まれてくる機械の修理や調節をして暮らしている。


 シャッターを上げてやり、開店準備を軽く手伝う。
 店内に溢れ返った工具は一見散らかっているように見えるが、三善からすればこれが最良の状態らしいので由利は触らないようにする。
 由利がやることは釣銭の確認をしたり看板を出したりといった作業のみだ。


 整備店の隣には、蔦に覆われた朱色の小屋がある。
 これは神社と呼ばれる遺跡で、神話が宗教としてまだ生きていた時代に人々が聖域としていた建物だ。
 昔ここで商売していた人々は、この小屋に神という存在を見て何かを願ったのだろう。
 
 今では神々なるものはインクの染みとして書物の中に名を遺す現象の羅列に過ぎないが、かつて彼らはここで確かに生きていたらしい。
 空想上の人物が実在するかのように皆が振る舞っていた不思議な時代があったのだ。


「よし、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
 準備を終え、由利は三善に手を振って商店街を歩き出す。

 他の店も、そろそろ営業を開始しているところだ。
 商店街の住人には、由利に気さくに声を掛けてくる者も居れば、顔を背ける者も居る。
 いつもの光景だ。


 商店街を出ると、その向かいは築一〇〇年程の閑静な長屋になっている。
 大昔、人々がロトスに消えて行く前までは、公が運営する教育機関の一つがそこにあり、親は子を教育機関へ通わせる義務を負っていたらしい。

 読み書きや計算を柔軟な脳に頼まずとも叩き込んでくれるのは、大人になってから必死で勉強している由利からすれば羨ましい限りだが、
共感しなくてはならない価値観までも教え込んでしまうという側面があったらしく、それではまるでロトスだ。

 実際、WSOが子ども達を洗脳する場として使用していたという話もある。
 良いだけの機関ではなかったのだろう。
 長所しか無いものなど、この世には有り得ないのかもしれないとつくづく思う。


 
 東を向いて由利は歩く。
 呉服店や家具屋の側を通り過ぎ、一つ目の角を曲がる。
 暫く歩きアーケードを一つ横切って、酒蔵の直販店、芸術家のギャラリーなど、スペースをゆったり取った店を横目に進む。


 絡み合った脇道を抜けると、泥梨ないり大路と呼ばれる大きな通りに出る。

 北には放生池と五十二段の幅広な階段、
段の先には異形の覚者達の偶像を多く収めた建築物が密集する『彫像群大遺跡』が聳える様を望め、
東には家々から突き抜けた高台に建つ鬼院山城の瓦屋根と鴟尾を仰ぎ見ることが出来る。


 鬼院山城は、法が無く危険に充ちたネオ南都において、武器を振るうことが出来ない人々を平時から住まわせる最低限の受け皿となり、有事の際には皆が籠る砦となる建物だ。

 かつてのネオ南都は古刹を目玉とした観光地であったが、一五八年前に起きた疫病の世界的流行の折、人や物の行き来を制限する為に世界中が幾億もの小さな地区に分割され、
地区同士の境界線には接近した人間を攻撃するナノマシンの壁が建設されたことで観光産業が成り立たなくなった。
 その後テレポート技術が実用化されるが、既にレジスタンス活動の盛んな地となっていたネオ南都は恐れられて客が寄り付かず、
やがてテレポート技術もロトスだけのものとなったことで人が壁を越えることは再び不可能となり、今に至る。
 
 太古の戦乱の世に城があった山は、西洋文化の大量流入後には『海』の向こうからやって来た貴人をもてなすような豪華なホテルの地所となっていたが、再び城へと姿を変えてしまったという訳だ。


 泥梨大路を南下し、静かな住宅地を抜けて行く。途中、ネオ南都最古の『寺院』である『五鬼いき遺跡』の塀の向こうから迫り出してくる桜の枝に、丸い蕾が綻びかけていることに気付いた。

 町中に点在する遺跡は、現代人にとっては邪魔なだけのものだ。
 信仰という概念が失われて久しく、古物を研究するといった学術もすっかり廃れた。
 WSOの科学偏重政策や焚書による庶民の意識の変化は、当時のレジスタンス達でも防ぎきることは出来なかったのだ。
 
 ならば遺跡など潰してしまっても構わないと思いそうなものだが、何故かネオ南都の人々はそうはせず、境内の掃除をしたり植物の世話をしたりしている。
 だからこの桜は、今年も蕾を付けている。


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 説明に少し文字数を割きましたが、次回は派手なバトルの回です。攻めの登場はもう少しお待ちくださいませ……!
 設定が気に入ってくださった方は、是非お気に入りするか栞を挟むなどして、更新をお待ちください!
 あと作品の舞台になった町が特定できた方は是非感想で教えてください笑
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