【R-18】ディストピアの東 ~両片想いの電気武者はサブドロップを治したい~

二階堂まりい

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六章 Abend

四十二話 新たなる協力者

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 翌日の昼頃、佐久良がまず訪れたのは三善の家だった。

 三善はヴィクトリア朝のナース服を毒々しいカラーリングのテキスタイルでロリータファッションに落とし込んだものを身に着けていた。

 暗澹とした時代に引き摺られるように人々の服装が地味になっており、佐久良も例外ではない中、三善だけは家の中でこっそりと華やかな服を着ていて、それを見るとかつてのネオ南都を思い出して温かな気持ちと凍て付くような心地が同時に胸中を駆け抜けていく。

「文字通りの粗茶やけど」
 笑いながら三善が出した茶は、出涸らしの定義を体現しているかのように薄かった。
 Usualである以上、彼女にも高額な管理料が課されているため、細かい節約が生活の端々に覗いている。

「これ、良かったら……浄世講から贈られてきたもので、すみませんけど」
 佐久良は口籠りつつ、主食にも間食にも出来そうなパンを差し出した。
 三善は喜んで受け取ってくれる。
「いつもありがとうね。
 貰える物は何でも貰わんと! 
 お互いにな」

 十代半ばにもなると、大抵の者は職を持っている。
 しかし浄世講打倒を誓っている佐久良は、自分の身に何かあった時に仕事で接点を持った者が共謀の疑いを掛けられる可能性を考え、働きに出てはいなかった。
 そんな様子を浄世講は、孤児の上に精神を病んでいる新人類なら助けが必要だと判断したらしく、未だ食糧や日用品を届けてくれていた。

 決戦に向けて、狩ってきた邪機の余ったパーツで作ってほしいマシンを伝え、少し世間話をした後すぐ席を立つ。

「暫く忙しくなりそうやな。
 今日のところは家に帰って鍛錬か?」
 玄関まで見送りに来てくれた三善に、佐久良は頭を振って答える。
「いえ、御池の――泥色葉の所に。
 『彼』が提案してくれたんです」
 すると一瞬の間の後、三善も全てを理解したらしく不敵に笑った。
「おお、そうかぁ。
 じじいも父親も好かんけど、その子はおもろいな」
 面白い、という評価基準に何と反応して良いか分からず、佐久良は曖昧に頷いた。

 三善の応援を受けて二井市場を去り、歩いて御池へと向かう。
 池を抱え込むように敷かれた道の曲線を足早に辿り、巨大な煙突やバイオマスタンクを有する発電所の麓まで来ると、その近くの事務所に入って行った。
 ここで働きたいという適当な口実を述べて執務室まで入り込み、所長の前に通される。
 黄土色と黒の作業着を着た、厳めしいがどこか物憂げな、五月七日や三善と同年代の男。
 彼が泥色葉。
 由利の母方の祖父だ。

 小路に面会した時とは違い、周りには数人の職員が居た。
 新人類もUsualも働いているらしい。
 
 仕事の内容を説明しようと口を開きかけた色葉を、佐久良が遮る。
「ここに来たのは、ほんまは働く為やないんです。色葉さんに頼み事があります」
「頼み……?」
 色葉は怒るでもなく、ただ窶れた頬を引き攣らせた。
 職員達も警戒したように顔を見合わせている。
「来月の十八日、十七時……また中継の告知があるから分かると思いますが、小路は集会を開く。
 そして私はその日、その時間に浄世講へ乗り込んで小路を引き摺り下ろす」
 言いながら、由利の口調が伝染ったな、と佐久良は思った。
 一方で職員達はますますざわつく。
「貴方は新人類やろ? やのに何で、小路様を!」
「浄世講に突き出されたいんか」

 色葉もまた、目を見張っていた。
「それを俺に話して……何がしたい」
「御存知の通り、武器を取り上げられた我々市民と、日々武装を強化する浄世講では戦力に違いがありすぎる。
 ましてや私は独りで集会に乗り込む、文字通りの孤軍。
 小路以外は集会に武器を持ち込めないとはいえ、相手は三〇〇人以上。
 まともにやり合って勝てる筈が無い。
 やから、貴方がたの力を借りたいのです。
 どんな歴戦の戦士でも、油断と恐怖には、そして統率を欠いた味方には勝てません」
「……集会の間、浄世講への電気供給を断てと……そう言いたいんやな」
「はい」
邪機の通信機のように不気味な涅色の瞳は職員に目もくれず、ただ色葉だけを射竦めている。
 
 そして佐久良は懐からブリキ缶を出して、二人の間の机に置く。
「これは私が作った、薬剤を使った時限爆弾です。
 貴方達が持っててください。
 もし私がしくじれば貴方達はスパークを起こして発電所に火を点けて、その中にこれを投げ込めばいい。
 爆弾の材料なら私の家にありますから、全ての疑いは私に向く」
 職員の命を危険には晒せない、という断り文句を絶ってしまうと、安堵とも怯えともつかない表情が色葉に浮かぶ。
 周囲も、佐久良の意志の堅さに言葉を失いつつあった。

 もう一押しだ、と佐久良は口を開く。
「色葉さんかて、己波さんの仇を討ちたいでしょう」
 己波の名が出ると、職員達はとうとう黙り込んでしまった。
 発電所による浄世講への背信ではなく、色葉による小路への仇討ちという次元に話を持ち込んでしまえば、彼らは何も口出し出来ない。
 情に訴えて人を操るのは小路のやり方と似ていて気に入らないが、由利や三善のような我の強い相手でない限りは簡単に揺さぶることが出来る便利な手段だ。

「私も、父と母を小路に殺された。
 この苦しみを思い知らせるまでは死なれへん。
 色葉さんは、悔しくないんですか」
「……己波は……己波は、誤解されやすいけど優しい子なんや……」
 色葉は背を丸め、震える唇を開いた。
 作業着の膝に小さな玉の染みがいくつも現れる。

「争いが嫌いで、我慢強くて……私のせいで苦労を掛けた時も、己波は家族で居てくれた。
 あの子がつまらん野心を抱いて人を殺すなんて有り得へん! 
 ましてや、そのために親族を巻き込むなんて!」
 次第に感情を昂らせて泣き叫ぶ色葉の手を佐久良は握り締める。
「浄世講内部にも、小路を倒すため動いとる者が何人か居ります。
 その中に由利も居る」
「――由利が?」
 外出もままならぬ病身である筈の、そして小路を裏で操っていると噂される孫の名を出され、誰もが困惑した。
 ただ、ここで由利の名が思いがけず挙がったことが、佐久良の説得の信憑性を強めてもいた。

「由利は、小路の新人類に対する差別発言や、五月七日を殺したっちゅう自白を握ってます。
 病気っちゅうのは小路が彼を閉じ込めるために吐いた嘘。
 由利は己波さんから伝説のレジスタンスの血を引いとるんです――必ず小路の横暴を止め、己波さんの無実を証明してくれる」
「君は何で、そこまで……内通者の情報を明かすなんて……それが由利やなんて」
「それだけ本気やいうことです。
 御存知の通り、小路は由利に宛がう新人類女性を探しとります。
 彼女やその家族も、小路によって悲しい末路を遂げるやもしれません。全ては色葉さんのご決断次第」

 由利の名を出すことも、色葉以外の職員をその場で巻き込むことも、全ては織り込み済みだった。
 ここまでしなくては色葉の協力は得られないだろうと、他でもない由利が提案したのだ。

 色葉の手が、佐久良の手を力強く握り返した。
「分かった、協力しよう。
 来月の十八日、十七時の集会やな。
 ただし、私達でもどうにもならんことはあるぞ。それは分かっとるか」
「はい。浄世講のバリアや、由利を拘束しとるシステム、あと演説を中継する機器には非常電源が繋がってると聞いとります。
 攻略方法なら十分用意しとりますので」
「どうやら本気のようやな」
 色葉は姿勢を正すと、側で黙していた職員たちに向き直った。

「私は佐久良くんに手を貸そうと思う。
 密告されても仕方ない行いやと覚悟はしとる……ただ、するにしても三号機の拡張が完了するまでは待って欲しい……」



 帰り道、アスファルトに水玉を作る小雨と色葉の涙が重なる。
 自分はいつから泣きも笑いもしなくなったのだろう、と他人事のように考えながら歩いた。


 泥色葉の生首を持った小路がモニターに現れたのは、月が変わってすぐのことだった。
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