【R-18】ディストピアの東 ~両片想いの電気武者はサブドロップを治したい~

二階堂まりい

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八章 Recovery

五十八話※悪戯

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 次の日の午前、箒を手に家中を掃いて回っていた佐久良が回廊に差し掛かると、中庭で鹿島の世話をしている由利が見えた。
 パラシュートシャツと共布のアームカバー、カーゴパンツを纏っており、いつもより遊ばせた髪にはヘッドドレスとしてミリタリーゴーグルを掛けている。
 厳めしい見た目だが、裏庭から戻って来た鹿島の毛並みを整える手付きは優しい。

 由利がそのオッドアイを瞠ったので、何事かと佐久良は見守った。
 鹿島の頭頂部から由利が摘まみ上げたのは桜の花弁だった。
 ドロップに陥って由利が外出しない間にも、桜は日に日に散っていく。
 花弁を眺めてから由利は振り向いて、佐久良が持っていた塵取りに視線を落とした。
 立ち上がった由利は、塵取りに花弁を捨てると思いきや、裏庭へ放った。
「こういうのは土に還すのが一番や。
 これで裏庭もちょっとは肥えるやろ」
「ああ」
 舞い降りる花弁を見届けている由利の後ろで、佐久良は軽く頷いた。

 やがて約束していたプレイの時間が訪れ、由利は一階の奥の間に行った。
 そこでは佐久良が執務机に寄り掛かって待っていた。
 メッシュのタンクトップと白いスロートベルト、ブーツカットパンツの上に白革のロングライダースを羽織っている。
 顔の左側に垂れる髪を、数本のブレイドを編んで後ろに流し、ツーブロックのように見せている。
 佐久良にしてはパンキッシュだが、よく似合っていた。
 手に何かを持ちながら、佐久良が姿勢を正して立った。
 右脚に巻かれた白いキャットガーターから垂れるリボンが翻る。
「Come(来い)」
 呼ばれた由利は、執務机と佐久良の間に挟まれるように立たされる。

 この机を使っている時、佐久良は以前ここで行ったプレイ――低周波機器を使った責め苦を思い出すことがあった。
 そして、それは由利も同じだった。
 ここで書き物や製図をしている佐久良を見かけると、プレイを思い出して身体が熱くなる。
「Strip(脱げ)。ズボンだけで良い」
 言われるがままカーゴパンツを脱いだ由利の両目を、レザーのアイマスクが覆った。
 視界が真っ暗になると同時に、手首を纏めて掴まれながら上体を机に押し付けられた。

 背後で佐久良が何やらごそごそとしているというだけで、由利のSub神経は疼き出す。
 戦闘であれば、いくら視界を塞がれていようが余裕で続けられる。
 しかしそれは訓練して慣れたからであって、もし目隠ししたまま家事をしろと言われても難しい。
 ましてやプレイだなんて、緊張しない筈が無い。

 急に口許に触れられて、唇も歯も指で割り開かれる。
 由利の息は大きく乱れた。
 ズボンを脱いだならば下半身を責められるだろうと安直に考えていたのが仇となった。
 佐久良の頭がどこにあるのかさえ分からない。
 この情けない顔を見られているのか、それとも剥き出しの下肢を眺められているのか、次は何をされるのか――。

 口に突っ込まれた左手が離れたかと思うと、おどおどする由利を窘めるように、平たいもので尻を叩かれた。
 ばちんと鳴る高い音は聞くに堪えず、耳を塞ぎたくなるがそれも叶わない。

 初めて佐久良に尻を触られた時は、体内に何やら突き入れられるのではないかと慌てたものだ。
 しかし今そんなことをされれば、友達だから、なんて理由で抗いきれる気がしない。
 佐久良になら何でも許してしまいそうだ。
『どんだけ佐久良とのプレイに嵌っとんねん、俺のあほ!』
 心身ともにへろへろになっている由利から、佐久良は離れた。

 手首を押さえ付けるものも無くなり、佐久良の存在を感じられない暗闇に放り出されてしまう。
 どうにかして佐久良の気配を感じたくてじっとしていた由利の尻臀を、濡れたものが撫で上げた。
 叩かれて赤らんだ皮膚には少し沁みる。

 尻を舐められていると気付いた瞬間、由利は声にならない悲鳴を上げながらスペースに入った。
 それでも構わず、佐久良の舌は由利を苛み続ける。
「待って、佐久良……スペース、入っとるから……!」
 由利が叫ぶと、やっと佐久良は舐めるのを止めた。
 立ち上がった佐久良はアイマスクを外してくれる。
「少し休もか。Corner(隅を向け)」
 コーナータイムを行うよう命じられ、由利は机から起き上がると壁に向かって立つ。
 その耳に、唐突に耳栓が捻じ込まれた。

 今度は音の無い世界で、ぽつんと立たされる。
 次第に不安になってきて目線をきょろきょろと泳がせていると、壁に掛かっている鏡が背後の佐久良を写していることに気付いた。
 よく見ると、佐久良は耳に受話器を当て、口を動かしている。
 仕事絡みで緊急の電話だろうか。
 しかし、佐久良は何故かこちらをちらちらと窺いながら話している。

 由利は髪を掻き上げる振りをして、外耳道を塞いでいた栓を少しずらした。
「ああ、せや。
 尻を叩いただけで盛りのついた猫みたいに啼いて、めっちゃ無様……」
 聞こえてきた言葉に耳を疑った。
 その無様な奴というのは、由利のことではないか。
 思わず両方の耳栓を抜き取ってしまう。
「外では気い張っとるけどプレイん時は甘えん坊で、こっちが本性なんやろなって思うわ……え? 
 そんなことしたらさすがの由利でも……いや、案外喜ぶかもな」
「と、友達同士の冗談や! 気にせんといて!」
 相手が誰かは分からないが、由利は走って受話器を奪うと釈明を叫んだ。
 しかし返事は無い。
 そもそも電話はどこにも繋がっていないようだった。

 佐久良の真顔が、由利を覗き込んだ。
「意味の無い独り言やってんけど、勘違いさせてしもたか? ごめんな。
 でも言い付け破って耳栓外して、コーナータイム終わらしてしもたのはほんまやしなあ。
 十回は頑張ろうか」
「は……はい……」
 一切反論出来ず、机の上に今度は仰向けで押し倒された。
 脚を割り開かれ、内腿を掌で叩かれる。
 真正面から佐久良に見つめられながら罰を受け、居た堪れなくて由利は目を瞑る。
 しかし佐久良にコマンドを出されてしまう。
「Look(見ろ)」
 恐る恐る目を開くと、佐久良と視線が合った。
 支配者らしい威容だが、手を振り下ろす度に髪が揺れるのが彼の懸命さを表しているようで、少し可愛らしいと思ってしまった。

 お仕置きが終わると、佐久良は由利を抱き起して頭を撫でてくれる。
 以前は頭を撫でられても、アフターケアに応じてSub神経が心地良くなる他には何も感じていなかったが、今は肌そのものが佐久良の存在を拾おうとざわめいているのを感じる。
 触れられる度に脊椎がぞくぞくして、オーオンのことさえ暫し忘れる程には、佐久良のことしか考えられなくなる。
 やっぱり俺はおかしくなった、と由利は呆れるしかなかった。

「今日は特別なアフターケアを考えとってんけど、やっても良えかな」
 佐久良に言われ、よく分からないまま由利は返事する。
「ああ、うん」
「ほなもう一回、目隠ししてくれるか」
 佐久良は再び、由利の目をアイマスクで覆った。
 そして上階と行き来した後、由利の服を脱がせに掛かる。
 驚いて跳ねた由利の肩を、佐久良はそっと撫でた。
「痛いことも恥ずかしいこともせえへんから、じっとしとって」
 その言葉はコマンドではなかった。
 言われた通りに動かないでいると、全身に次々と布を巻き付けられる。
 着物だ、と悟った。

 頭のゴーグルが外され、髪を少し整えられたかと思うとバレッタを留められた感触があった。
 手を引かれて中の間まで導かれ、そこでやっとアイマスクを外される。
 鏡の中の由利は、白を基調とした華やかな着物を纏っていた。
 重みのある白打掛には銀糸で桜が描かれている。
 打掛の折り返した裏地や、その下に着た掛下の襟は由利の髪に似た赤色で、差し色として雰囲気を引き締めている。
 着付ける前から焚き染めてくれていたのか、佐久良が愛用している白檀が香る。
 帯には何やら小物が差し込まれていて、房飾りが揺れている。
 髪には銀のビジューと人工のアバロン(あわび)パールで葡萄唐草を表した繊細なバレッタが飾られていた。
「蔵で見付けた瞬間、由利に似合うと思った。一式貰ってくれるか」
 そう言う佐久良も、いつの間にか着物に着替えていた。
 黒地に桜吹雪を染めた打掛姿だ。
 編み込みを解かれた髪は、流砂のように背中へ流れている。

「そんなっ……高級そうなもん、ほいほいとあげたらあかんて!」
 由利は固辞しようとするも、佐久良も譲らなかった。
「由利やからあげるんや。その代わりって言うたら変かもしれへんけど……今日はその恰好で隣に居ってほしい」
「佐久良がそれで良えんやったら……」
「うん。ほな少し出掛けよう。
 ドロップが悪化しても大丈夫なように、近所で人の少ない所に」
 その提案に、由利の目が輝く。
 佐久良が連れて行ってくれる所と、由利が思い浮かべた場所は、きっと同じだ。
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