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十章 Cutover
七十二話※変わりゆく世界
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環陣遺跡の本堂、その屋根の上。
相馬が一人で立ち向かっている邪機は、いつか交戦したのと同型の蟷螂のようなロボットだった。
多肢を活かしてレーザー銃を乱射する敵へ臆することなく突進していき、初手から意表を突く。
相馬に足元へ潜り込まれたロボットは刀を振り下ろすが、それを相馬は待っていたのだ。
刀を持つ腕の上に相馬が飛び乗ってしまえば、ロボットは下手な攻撃が出来なくなる。
慎重にならざるを得ない射撃では相馬に追い付けず、アームの上の方まで駆け上がることを許してしまったロボットは、胸元の通信機を至近距離から撃たれて為すすべなく停止した。
「よし……!」
これで遺跡の邪機は一掃したかとガスマスクの中で息を整える相馬の耳に、夏目からの通信が届く。
「鹿島さんの予報に比べて邪機が少ない気がします。
別のAIが動かしてる隊が近くをうろついとるんかも。
騒ぎを聞きつけて来よるかもしれんから、もう少し待ってみましょう」
「はい」
「はーいっ」
地上に居る栗栖の陽気な返事が、無線を通さずとも本堂の上にまで響いてきて、相馬はくすっと笑った。
程なくして遺跡の空気がびりびりと揺れる。
「来た!」
鈍色の雪崩が、木々の隙間を縫って遺跡に流れ込んできた。
呑まれてしまわぬよう、相馬達は武器を振るって一体一体着実に敵を倒していく。
切りがない、という言葉がちらついた時、遺跡中の邪機が一斉に動きを止めた。
湿度の高い闇夜を、桜色の電磁波が乾いた音で切り裂く。
「佐久良さん! 由利さん!」
少し離れた小さなお堂の上に、相馬は二つの人影を認めた。
グレアを放つ嫋やかな男と、それにバフを掛けている精悍な男。
数体の邪機は停止するどころか、行動を操られて自ら通信機を破壊した。
二人が作ってくれた隙を逃す筈もなく、相馬達は次々に邪機を倒していく。
グレアの持続時間が切れると、佐久良と由利も地上に下りて得物を抜いた。
蕾が膨らみかけたアカンサスの揺れる境内を、清けし雪村とガゴゼは流星かと見紛う力強さで閃いた。
一気に形勢が逆転し、辺りは再び沈黙する。
背伸びして一息吐いた栗栖が話し始めたことで、沈黙はあっさりと破られた。
「わ~、大漁大漁! 灯籠遺跡の方はどうやった? はよ終わったみたいやけど」
佐久良と由利は灯籠遺跡の大型邪機を狙って、木々に囲まれた参道へ突入する作戦を立てていたのだ。
そんな大仕事を担っていながら環陣遺跡に助太刀に来るなんて、手も出せず失敗したか一瞬で片付いたかのどちらかしか無い。
「楽しみにしとき、一体の死骸で詰所の土間が塞がっとるから」
案の定後者だったようで、余裕の軽口で由利は返した。
そら楽しみやわ、と栗栖はおどける。
「相馬が一人で中型やっつけましたよ」
夏目の報告を受け、由利と佐久良は相馬の方を見た。
「成長したな、相馬」
「ようやった」
「いえいえ、皆さんの教え方が良かったお陰です」
「おう、ほなこれからもビシバシいかしてもらうわ」
「え~」
「え~やない」
相馬と言い合う由利の首には、黒革のチョーカーが巻かれており、革には『隻』の字が刻印されている。
その中心で揺れるのは紫のタッセル。
Domの暴走に関する真実はネオ南都中に、そしてナノマシンの壁の向こうにも伝えられ『ディフェンス』現象という名を与えられた。
過去の暴走事件を洗い出してみれば確かに、既に決まったDomが居るSubに他者がコマンドやグレア、或いはもっと直接的な暴力を用いて迫った折に、愛する人の危機を目撃したDomが理性を失うというケースばかりだった。
ただ、ナノマシンの壁の向こうから情報が伝えられる際にそれらの詳細がくだらない痴話喧嘩として省略されていたこと、正式な番ではなく片想いに過ぎない場合でもディフェンスは起きてしまうことが重なって真相の解明を遅らせていたのだ。
ディフェンス防止の為に、番の居るSubは首飾り――『カラー』を付けて他のDomが近寄らないよう警告するようになった。
由利のチョーカーもそれだ。
番の片割れを表す隻の字が、ネオ南都ではカラーの印となる。
短期間のうちにカラーの意味合いは少し変わり、DomからSubへの最上級の贈り物として喜ばれるようになったが、それはまた別の話だ。
それにしても、佐久良と由利は相変わらず言葉を交わそうとしない。
彼らが付き合う前、相馬が不仲を疑った時と何ら変わらぬ態度を互いに貫いている。
恋人が目の前に居るのに喋ってはならないなど相馬なら耐えられないが、ああいうドライなカップルもかっこいいのかもしれない。
詰所に帰り、ある程度細かく分解した邪機の死骸を土間や裏庭に安置すると、今日の仕事を終えたモノノベは一服する。
中の間で夏目がケーキを切り分け、茶の用意を済ませた栗栖と相馬がわくわくと見守っている間、中庭では由利と佐久良が鹿島に餌を与えていた。
吹き抜けた中庭から家中をゆったり巡る爽やかな風に乗って、由利と佐久良の会話が中の間へ流れてくる。
「由利」
「何や」
「好きって言葉、由利の口から聴いてへん」
「いちいち言わんでも文脈で分かったやろ」
甘えるにしては淡々としすぎている佐久良と、照れているのか向けられる好意に気付いていないのか冷たく一蹴する由利。
相馬は夏目、栗栖と目を合わせ、同時に深い溜息を吐いた。
二人とも戦士としては有能なのに、コミュニケーション能力に偏りがありすぎて恋愛ではポンコツそのものだ。
自分は恋愛には向いていないと由利が断じていた理由を、今更ながら実感させられる。
「それでも聴きたい」
引き下がらなかった佐久良を、三人は内心で応援する。
「やって、ぶち殺すとかそんなんしか聴いてへんから」
続く佐久良の言葉に、相馬達は再び顔を見合わせた。
一体どんな告白をしたんだ、と恐怖さえ覚えてしまう。
一瞬の間があった後に、透き通った低音がぽつりと中庭に落ちた。
「好きや、佐久良」
その一瞬の逡巡にどれだけの思考や想いが詰まっているかは、相馬達が簡単に推し測れる領域ではないのだろう。
「知ってる」
冗談なのか単に無感動なだけなのかよく分からない返事を受け、由利は佐久良の肩を一発小突く。
「何やその反応。せめて泣いて跪け」
本当に彼が佐久良に服従する形でプレイしていたのかと疑いたくなる高圧的な態度だ。
しかしそんな由利をこそ慈しむように、佐久良は微笑んだ。
由利も苦笑する。
夏目でさえ、二人の笑顔を見るのは初めてだった。
ケーキを放って柱の陰から回廊を見守っていた相馬達は、珍事を前に身を乗り出したあまりに転んでしまう。
折り重なって呻く三人の耳を怒声が劈くまでは数秒が掛かった。
顔を赤らめた由利は唇を戦慄かせ、暫く声も出せなかったからだ。
仲間が三人とも帰ってしまうと詰所には静寂が訪れる。
両親を殺されたために齎されたしじまではなく、言葉少なに側に居るだけで安らげる相手と得た時間だ。
エレクトロウェアを脱いで充電ステーションに片付けながら、由利が話し掛けて来る。
「好きな人が周りから憎まれてるのに何もしたれへんことの辛さが、佐久良がディフェンスを起こした時に分かったんや。
俺はもっと沢山の人から憎まれとるし、それを気にしたことは無いけど……そういう俺の横に居った佐久良は辛かったやろ。ごめん」
由利を守りたかったであろう佐久良に、モノノベの未来の為に突き放してくれと由利自ら命じていたのだから、それが最適だったとはいえ酷い話だ。
「分かったんやったら、もっと甘えてきて。
ほんだら帳消し」
そう言って佐久良は、由利の首に嵌ったカラーを撫でる。
刀を向け続けた過去を埋め合わせるように、すべらかな指先を血の管に這わす。
「甘えるっちゅうてもな……」
由利はぎこちなく佐久良の肩に掛かっている長着を掴んで、頭を傾げた。
ボディスーツ型のエレクトロウェアを脱いだために、肌蹴た長着の中は肌が顕わだ。
「付き合う前の方が積極的やった。
無防備な体勢してくれるし、ぶってくれって頼んでくるし、鞭を持って来て……」
「言わんでいい!」
過去の由利の所業を述べていく佐久良を、慌てて遮る。
それから申し訳なさげに呟いた。
「前はドロップを治すって目的があったからやりやすかったけど……今はそういうのあらへんから、何していいか分からへん」
「ゆっくりで良い。
理解しづらいだけで、きっと見えてくる筈やから」
真摯に囁く佐久良に応え、由利は地脈を読む時のように心を無にすると自身の内面に沈み込んだ。今、自分が佐久良にされたいことはきっと。
引力で寄せられるように、由利は佐久良の胸に飛び込んで深く息をする。
この引力の正体が浅ましい本望だろうと、単なる電気信号だろうと構わない。
佐久良の手が由利の赤毛を梳くと、背中に回ってくる。
少しずつ、二人で特異点を離れていくのだ。
二人は風呂に向かうと、残りの服も脱ぎ、湯船に浸かりながらプレイを始める。
「前も言うたけど、擽るのは拷問に使われとったことがある。
出来るようになったらプレイの幅が広がるから、もう一回試してええか」
「うん」
「Stay(留まれ)」
正面から伸ばされた佐久良の手が、そっと由利の脇腹に這う。
以前は戸惑いのあまりに逃げてしまったが、二度目となる今回は、与えられる痒みとも悪寒とも言えないその感触にコマンド通りじっと耐えた。
Stayのコマンドを忠実に守っているだけでもSubの身体は熱を帯びる。
佐久良に支配されていることへの満足や安心が、未知の皮膚感覚を浮き彫りにして突き付けてきた。
「うあ、あっ、こそばっ」
意に反して口が緩み、笑い声にも似た悲鳴を上げながら佐久良の肩にしがみつく。
「拷問されとるのに笑って擦り寄ってくるなんて、素晴らしい被虐趣味やな」
「ちゃうわっ」
耳に甘ったるい声を吹き込まれ、由利はますます悶える。
悪戯っぽい笑み混じりの吐息と共に、新たなコマンドが下された。
「Hold up(手を上げて)」
言われるがまま体勢を立て直して両腕を上げながら、何かに掴まって快楽を逃すことが出来なくなれば自分はどんな無様な姿を見せてしまうのだろうと胸が高鳴る。
「Good boy(良い子)。
そのままの状態でStay(留まれ)な」
迫る花貌には、ありありと血色が滲んでいる。
オーオンとの交戦で刻まれた傷が微かに残る手が、由利の前髪を後ろに撫でつけてしまう。
意地も誇りも大切だが、佐久良の前では、それだけが自我ではない由利が少しずつ現れてくる。
遮るものが無くなった両目で佐久良を見つめ返しながら、こくんと頷いた。
由利の二の腕の下に佐久良が潜り込んだかと思うと、今度は腋窩を擽ったさが駆け上がった。
舐められているのだとすぐに気付いた。
佐久良の左手は今も脇腹を触れるか触れないかの動きで撫でており、右手は由利の胸に置かれているので間違いない。
腋窩に吸い付いた唇が離れる瞬間の弾けるような水音が、浴室の中でも異質に響いた。
息を荒げる由利に、佐久良が囁く。
「十秒、動かずに頑張ろか」
佐久良の左手が脇腹を離れたかと思うと、由利の右膝を掴んで立たせた。
そして脚の付け根に触れると、血管一本一本をなぞるように擽ってくる。
勿論舌が休まることはなく、更には右手の指先が微かに蠢く。
あえかに尖った胸の先端をやわやわと弄ばれ、今まで意識したことの無かった器官が鋭敏に作り変えられていくのを感じる。
「うへぁ、無理ぃ、そんな一ぺんにいらわれたら……!」
数えられている最中にスペースに入ってしまい、涎を零して打ち震えつつも、由利はどうにか体幹をぶれさせることなく耐えて見せた。
「十秒経ったで」
「ん……」
制約から解き放たれた由利は、佐久良に凭れ掛かると力を抜いて、より深いスペースを享受した。
その後も湯船の中でだらだらと睦み合っていると、佐久良が一つ提案を寄越した。
「由利、セーフワード変えへんか」
二人のセーフワードは綿帽子だ。
この春で関係を終えるつもりだったので、ただでさえネオ南都には珍しい積雪をセーフワードにしていたのだが、事情は変わった。
「せやな。長いこと一緒に居ったら、いつかネオ南都にも大雪降るかもしれんからな」
「ああ。もっと、一生聞かへんような言葉にしたい」
すると佐久良の腕の中で、由利はにっと笑った。
初めて出会った日に佐久良が見たのと同じ、悪餓鬼そのものの笑顔。
「ジャンクファイルなんてどうやろ」
「それは……嫌でもプレイの手が止まるわ」
「せやろ」
その後すぐ、二人は互いの顔から胸にかけて真っ赤になっていることに気付いて慌てて風呂を出た。
のぼせているのが分からない程、歓談に耽っていたらしい。
氷菓子を食べて涼み、髪を乾かし合って、それから腕を触れ合わせながら眠った。
相馬が一人で立ち向かっている邪機は、いつか交戦したのと同型の蟷螂のようなロボットだった。
多肢を活かしてレーザー銃を乱射する敵へ臆することなく突進していき、初手から意表を突く。
相馬に足元へ潜り込まれたロボットは刀を振り下ろすが、それを相馬は待っていたのだ。
刀を持つ腕の上に相馬が飛び乗ってしまえば、ロボットは下手な攻撃が出来なくなる。
慎重にならざるを得ない射撃では相馬に追い付けず、アームの上の方まで駆け上がることを許してしまったロボットは、胸元の通信機を至近距離から撃たれて為すすべなく停止した。
「よし……!」
これで遺跡の邪機は一掃したかとガスマスクの中で息を整える相馬の耳に、夏目からの通信が届く。
「鹿島さんの予報に比べて邪機が少ない気がします。
別のAIが動かしてる隊が近くをうろついとるんかも。
騒ぎを聞きつけて来よるかもしれんから、もう少し待ってみましょう」
「はい」
「はーいっ」
地上に居る栗栖の陽気な返事が、無線を通さずとも本堂の上にまで響いてきて、相馬はくすっと笑った。
程なくして遺跡の空気がびりびりと揺れる。
「来た!」
鈍色の雪崩が、木々の隙間を縫って遺跡に流れ込んできた。
呑まれてしまわぬよう、相馬達は武器を振るって一体一体着実に敵を倒していく。
切りがない、という言葉がちらついた時、遺跡中の邪機が一斉に動きを止めた。
湿度の高い闇夜を、桜色の電磁波が乾いた音で切り裂く。
「佐久良さん! 由利さん!」
少し離れた小さなお堂の上に、相馬は二つの人影を認めた。
グレアを放つ嫋やかな男と、それにバフを掛けている精悍な男。
数体の邪機は停止するどころか、行動を操られて自ら通信機を破壊した。
二人が作ってくれた隙を逃す筈もなく、相馬達は次々に邪機を倒していく。
グレアの持続時間が切れると、佐久良と由利も地上に下りて得物を抜いた。
蕾が膨らみかけたアカンサスの揺れる境内を、清けし雪村とガゴゼは流星かと見紛う力強さで閃いた。
一気に形勢が逆転し、辺りは再び沈黙する。
背伸びして一息吐いた栗栖が話し始めたことで、沈黙はあっさりと破られた。
「わ~、大漁大漁! 灯籠遺跡の方はどうやった? はよ終わったみたいやけど」
佐久良と由利は灯籠遺跡の大型邪機を狙って、木々に囲まれた参道へ突入する作戦を立てていたのだ。
そんな大仕事を担っていながら環陣遺跡に助太刀に来るなんて、手も出せず失敗したか一瞬で片付いたかのどちらかしか無い。
「楽しみにしとき、一体の死骸で詰所の土間が塞がっとるから」
案の定後者だったようで、余裕の軽口で由利は返した。
そら楽しみやわ、と栗栖はおどける。
「相馬が一人で中型やっつけましたよ」
夏目の報告を受け、由利と佐久良は相馬の方を見た。
「成長したな、相馬」
「ようやった」
「いえいえ、皆さんの教え方が良かったお陰です」
「おう、ほなこれからもビシバシいかしてもらうわ」
「え~」
「え~やない」
相馬と言い合う由利の首には、黒革のチョーカーが巻かれており、革には『隻』の字が刻印されている。
その中心で揺れるのは紫のタッセル。
Domの暴走に関する真実はネオ南都中に、そしてナノマシンの壁の向こうにも伝えられ『ディフェンス』現象という名を与えられた。
過去の暴走事件を洗い出してみれば確かに、既に決まったDomが居るSubに他者がコマンドやグレア、或いはもっと直接的な暴力を用いて迫った折に、愛する人の危機を目撃したDomが理性を失うというケースばかりだった。
ただ、ナノマシンの壁の向こうから情報が伝えられる際にそれらの詳細がくだらない痴話喧嘩として省略されていたこと、正式な番ではなく片想いに過ぎない場合でもディフェンスは起きてしまうことが重なって真相の解明を遅らせていたのだ。
ディフェンス防止の為に、番の居るSubは首飾り――『カラー』を付けて他のDomが近寄らないよう警告するようになった。
由利のチョーカーもそれだ。
番の片割れを表す隻の字が、ネオ南都ではカラーの印となる。
短期間のうちにカラーの意味合いは少し変わり、DomからSubへの最上級の贈り物として喜ばれるようになったが、それはまた別の話だ。
それにしても、佐久良と由利は相変わらず言葉を交わそうとしない。
彼らが付き合う前、相馬が不仲を疑った時と何ら変わらぬ態度を互いに貫いている。
恋人が目の前に居るのに喋ってはならないなど相馬なら耐えられないが、ああいうドライなカップルもかっこいいのかもしれない。
詰所に帰り、ある程度細かく分解した邪機の死骸を土間や裏庭に安置すると、今日の仕事を終えたモノノベは一服する。
中の間で夏目がケーキを切り分け、茶の用意を済ませた栗栖と相馬がわくわくと見守っている間、中庭では由利と佐久良が鹿島に餌を与えていた。
吹き抜けた中庭から家中をゆったり巡る爽やかな風に乗って、由利と佐久良の会話が中の間へ流れてくる。
「由利」
「何や」
「好きって言葉、由利の口から聴いてへん」
「いちいち言わんでも文脈で分かったやろ」
甘えるにしては淡々としすぎている佐久良と、照れているのか向けられる好意に気付いていないのか冷たく一蹴する由利。
相馬は夏目、栗栖と目を合わせ、同時に深い溜息を吐いた。
二人とも戦士としては有能なのに、コミュニケーション能力に偏りがありすぎて恋愛ではポンコツそのものだ。
自分は恋愛には向いていないと由利が断じていた理由を、今更ながら実感させられる。
「それでも聴きたい」
引き下がらなかった佐久良を、三人は内心で応援する。
「やって、ぶち殺すとかそんなんしか聴いてへんから」
続く佐久良の言葉に、相馬達は再び顔を見合わせた。
一体どんな告白をしたんだ、と恐怖さえ覚えてしまう。
一瞬の間があった後に、透き通った低音がぽつりと中庭に落ちた。
「好きや、佐久良」
その一瞬の逡巡にどれだけの思考や想いが詰まっているかは、相馬達が簡単に推し測れる領域ではないのだろう。
「知ってる」
冗談なのか単に無感動なだけなのかよく分からない返事を受け、由利は佐久良の肩を一発小突く。
「何やその反応。せめて泣いて跪け」
本当に彼が佐久良に服従する形でプレイしていたのかと疑いたくなる高圧的な態度だ。
しかしそんな由利をこそ慈しむように、佐久良は微笑んだ。
由利も苦笑する。
夏目でさえ、二人の笑顔を見るのは初めてだった。
ケーキを放って柱の陰から回廊を見守っていた相馬達は、珍事を前に身を乗り出したあまりに転んでしまう。
折り重なって呻く三人の耳を怒声が劈くまでは数秒が掛かった。
顔を赤らめた由利は唇を戦慄かせ、暫く声も出せなかったからだ。
仲間が三人とも帰ってしまうと詰所には静寂が訪れる。
両親を殺されたために齎されたしじまではなく、言葉少なに側に居るだけで安らげる相手と得た時間だ。
エレクトロウェアを脱いで充電ステーションに片付けながら、由利が話し掛けて来る。
「好きな人が周りから憎まれてるのに何もしたれへんことの辛さが、佐久良がディフェンスを起こした時に分かったんや。
俺はもっと沢山の人から憎まれとるし、それを気にしたことは無いけど……そういう俺の横に居った佐久良は辛かったやろ。ごめん」
由利を守りたかったであろう佐久良に、モノノベの未来の為に突き放してくれと由利自ら命じていたのだから、それが最適だったとはいえ酷い話だ。
「分かったんやったら、もっと甘えてきて。
ほんだら帳消し」
そう言って佐久良は、由利の首に嵌ったカラーを撫でる。
刀を向け続けた過去を埋め合わせるように、すべらかな指先を血の管に這わす。
「甘えるっちゅうてもな……」
由利はぎこちなく佐久良の肩に掛かっている長着を掴んで、頭を傾げた。
ボディスーツ型のエレクトロウェアを脱いだために、肌蹴た長着の中は肌が顕わだ。
「付き合う前の方が積極的やった。
無防備な体勢してくれるし、ぶってくれって頼んでくるし、鞭を持って来て……」
「言わんでいい!」
過去の由利の所業を述べていく佐久良を、慌てて遮る。
それから申し訳なさげに呟いた。
「前はドロップを治すって目的があったからやりやすかったけど……今はそういうのあらへんから、何していいか分からへん」
「ゆっくりで良い。
理解しづらいだけで、きっと見えてくる筈やから」
真摯に囁く佐久良に応え、由利は地脈を読む時のように心を無にすると自身の内面に沈み込んだ。今、自分が佐久良にされたいことはきっと。
引力で寄せられるように、由利は佐久良の胸に飛び込んで深く息をする。
この引力の正体が浅ましい本望だろうと、単なる電気信号だろうと構わない。
佐久良の手が由利の赤毛を梳くと、背中に回ってくる。
少しずつ、二人で特異点を離れていくのだ。
二人は風呂に向かうと、残りの服も脱ぎ、湯船に浸かりながらプレイを始める。
「前も言うたけど、擽るのは拷問に使われとったことがある。
出来るようになったらプレイの幅が広がるから、もう一回試してええか」
「うん」
「Stay(留まれ)」
正面から伸ばされた佐久良の手が、そっと由利の脇腹に這う。
以前は戸惑いのあまりに逃げてしまったが、二度目となる今回は、与えられる痒みとも悪寒とも言えないその感触にコマンド通りじっと耐えた。
Stayのコマンドを忠実に守っているだけでもSubの身体は熱を帯びる。
佐久良に支配されていることへの満足や安心が、未知の皮膚感覚を浮き彫りにして突き付けてきた。
「うあ、あっ、こそばっ」
意に反して口が緩み、笑い声にも似た悲鳴を上げながら佐久良の肩にしがみつく。
「拷問されとるのに笑って擦り寄ってくるなんて、素晴らしい被虐趣味やな」
「ちゃうわっ」
耳に甘ったるい声を吹き込まれ、由利はますます悶える。
悪戯っぽい笑み混じりの吐息と共に、新たなコマンドが下された。
「Hold up(手を上げて)」
言われるがまま体勢を立て直して両腕を上げながら、何かに掴まって快楽を逃すことが出来なくなれば自分はどんな無様な姿を見せてしまうのだろうと胸が高鳴る。
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迫る花貌には、ありありと血色が滲んでいる。
オーオンとの交戦で刻まれた傷が微かに残る手が、由利の前髪を後ろに撫でつけてしまう。
意地も誇りも大切だが、佐久良の前では、それだけが自我ではない由利が少しずつ現れてくる。
遮るものが無くなった両目で佐久良を見つめ返しながら、こくんと頷いた。
由利の二の腕の下に佐久良が潜り込んだかと思うと、今度は腋窩を擽ったさが駆け上がった。
舐められているのだとすぐに気付いた。
佐久良の左手は今も脇腹を触れるか触れないかの動きで撫でており、右手は由利の胸に置かれているので間違いない。
腋窩に吸い付いた唇が離れる瞬間の弾けるような水音が、浴室の中でも異質に響いた。
息を荒げる由利に、佐久良が囁く。
「十秒、動かずに頑張ろか」
佐久良の左手が脇腹を離れたかと思うと、由利の右膝を掴んで立たせた。
そして脚の付け根に触れると、血管一本一本をなぞるように擽ってくる。
勿論舌が休まることはなく、更には右手の指先が微かに蠢く。
あえかに尖った胸の先端をやわやわと弄ばれ、今まで意識したことの無かった器官が鋭敏に作り変えられていくのを感じる。
「うへぁ、無理ぃ、そんな一ぺんにいらわれたら……!」
数えられている最中にスペースに入ってしまい、涎を零して打ち震えつつも、由利はどうにか体幹をぶれさせることなく耐えて見せた。
「十秒経ったで」
「ん……」
制約から解き放たれた由利は、佐久良に凭れ掛かると力を抜いて、より深いスペースを享受した。
その後も湯船の中でだらだらと睦み合っていると、佐久良が一つ提案を寄越した。
「由利、セーフワード変えへんか」
二人のセーフワードは綿帽子だ。
この春で関係を終えるつもりだったので、ただでさえネオ南都には珍しい積雪をセーフワードにしていたのだが、事情は変わった。
「せやな。長いこと一緒に居ったら、いつかネオ南都にも大雪降るかもしれんからな」
「ああ。もっと、一生聞かへんような言葉にしたい」
すると佐久良の腕の中で、由利はにっと笑った。
初めて出会った日に佐久良が見たのと同じ、悪餓鬼そのものの笑顔。
「ジャンクファイルなんてどうやろ」
「それは……嫌でもプレイの手が止まるわ」
「せやろ」
その後すぐ、二人は互いの顔から胸にかけて真っ赤になっていることに気付いて慌てて風呂を出た。
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