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王立貴族学院 一年目

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 はあ~、気が重い。
 何が悲しくて楽しく過ごす夏休みに悪行を虐げられてるわけ?
 馬車に揺られて小一時間、フラーグム領へやってきた。
 さすが公爵家ということもあり、めっちゃ広。
 ホテルリゾートですかと言わんばかりの建物と庭園。
 夏のバカンスには最適の観光地ですわね、ほほほほほ。
 そう思わないとやっておれない気分であーる。
 到着後、案内された応接室。
 既にマリアとメアリは到着していた。
 それだけならまだしも何故かソフィアさんとアイネさんまで、い、た……。

「ようこそ、ラペーシュさん」

 扇を開いたまま優雅に二人掛けのソファに一人で腰掛けるセレーヌさんが微笑んだ。
 わたしはメアリとマリアが座るソファに腰掛ける。向かい側にはソフィアさんとアイネさん。
 うん、やっぱりわたしたちは切り離せない仲なのよ。

「ところで貴方たちは王妃主催のお茶会は初めてになるのかしら?」

 初耳。王妃主催のお茶会?
 エセ貴族のわたしはそのような高貴なものに近づいちゃならんでしょう。
 元平民らしく大人しくする所存にございます、ですよ、ほほ。
 何のことやらと周りを見渡せばソフィアさんが声を上げる。

「セレーヌ様、マリアたちは今まで市井で過ごしてきましたので初めてになります」
 
「まあ、やはりそうでしたのね。確証が得られましたのでしっかりと努めてまいりましょう」

 セレーヌさんは声高に笑った後、パチリと扇を閉じた。
 え? お茶会とやらに参加する前提で話が進んでません?
 メアリもマリアも困惑気味にわたしを見つめた。
 だよね? 何でこんなことになってるのって思うもん。
 そんな様子を察したのかアイネさんが説明しだす。
 どうやら秋に王妃主催のお茶会が3日間に渡って行なわれるらしく学院の女生徒は学年ごとに全員参加。
 王子の婚約者であるセレーヌさんは学年代表として仕切る立場にある、と。
 要するに礼儀作法の失敗は許されないってことでエセ貴族トリオは完璧さを身に付けるため、セレーヌさんからの強制収監ならぬフラーグム領に招待された様子ってことか。
 まあ、王妃様の手前、学院としても婚約者としても恥をかかないようにシリンダ先生に任されたのかもしれないよね。
 納得はしたものの、そのせいで夏休みが潰れるとは解せぬ。
 欠席じゃ、ダメですか? と逃げ腰な姿勢で窺おうとした時、ノックが響く。
 セレーヌさんが短く返事をすると扉が開いた。
 赤みがかった銀色の短髪、切れ長の黄緑色の瞳をしたどこかで見たような顔の長身の男性が入ってくる。

「ようこそ、フラーグム領へ。私はセレーヌの兄、トマス・フラーグムだ。よろしく」 

 白シャツにベスト姿の少しラフな出で立ちで凛々しく微笑むと耳に響く甘い声で挨拶する。
 うん、イケメンだね。セレーヌさんのお兄さんか。何となく似てる。

「両親は現在、旅行で不在だ。何かあれば私に伝えてくれ。代行としてできる限り対応する」

 しっかりとした口調で威厳がある。次期公爵様ってことだよね、この方。

「お兄さま、特に何もありませんわ。話がまとまったところですの。邪魔しないでくださる?」

「すまない。どうやらセレーヌの気を削がせてしまったようだ。私は執務室にいる。用があればいつでも呼んでくれ。では失礼する」

 紳士な対応でスマートに出ていくお兄さん。仲良さそうな感じだね。
 なんと同じ学院生で1学年上らしい。1つ年上には見えず、いつ跡取りになっても問題なさそう。
  
「では早速、参りましょう。レッスン室へご案内しますわ」

 セレーヌさんがすっと立ち上がるとアイネさんもソフィアさんも続く。
 逃げ場なんて用意されていないのだと思い知った。


 それからというものセレーヌさん監修のもと厳しいレッスンが始まった。
 例のごとくアイネさんはわたし、ソフィアさんにはマリア、セレーヌさんはメアリと個人指導が入る。
 授業でも習ってることだけど基礎が身についていないわたしたちは不安定らしいのだ。
 とにかく頭のてっぺんからつま先まで神経を研ぎ澄ませるよう日常を送らされた。
 判ってたよ、付け焼き刃の1年。上辺だけで適度にサボってたことがね。
 家に戻るといつもの生活でつい気を抜いてしまうってこともね。
 だけど週末ごとのフラーグム合宿でチェックされるからすぐにばれてしまう。
 朝起きてから夜寝るまでずっと気が抜けず、筋肉痛を伴った。
 貴族令嬢って意外にも体育会系なんだね、知らなかったよ。
 でもようやく日常で体幹を取り入れながらの生活を送っているうちに自然と身についていく。
 ふとした時に意識しながら正していくとだんだんと慣れてきたみたいで。
 土台がしっかりすることで作法が違えても荒っぽくならなくなった。

「……ようやく及第点というところかしら」

 セレーヌさんはまだまだ不満そうにため息をつく。
 あっという間の1カ月半。遊ぶ暇なんてこれっぽっちもなかった。
 楽しく過ごすはずだった夏期休暇は礼儀作法で幕を閉じた。
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