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8.恐怖の水浴び

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気持ち悪い笑みを浮かべた男は、ザブザブと水を蹴散らしながら
こちらへ向かってくる。

「やめて!来ないで!!」
「あっちへ行って!!」

私のそんな叫び声なんて聞こえるはずもなく・・・

男はいやらしい笑みを浮かべながら
「若い女が一人で水浴びかぁ~。それは襲ってくださいって言ってるのと
同じじゃねえのか。
誘ってんのか?」

「やめて!イヤっ!」

私はなんとか男から逃れようと反対側の岸へ急ぐ。
けれどそんなことお構いなしに男は
スピードを上げてこちらへ向かってくる。

男の手が私の腕を掴んだ。。
掴まれた腕をほどこうと必死でもがくも、男の強い力には全然敵わない

「そんなに嫌がるなよ~。でも、その嫌がってる顔もそそるな。」

臭い息をまき散らしながら男顔が近づいてきた。
こんな男に犯されるなんて絶対に嫌。

私はありったけの力を込めて、男の腕に嚙みついた。
男は驚いて噛みつかれた手を振りほどいた。

「いってっーな。何するんだよ!
このクソ女が!!」

怒った男が私の頬を平手打ちする。
口の中が切れて鉄の味がする。
ぶたれた頬がジンジンする。
何とかしないと・・・

諦めずに男が私に向かってもう一度手を伸ばしたその時、
突然男の体が湖の中へと引きずり込まれた。


一瞬何が起こったのか分からなかった

怖すぎて身動きが取れず立ちすくんでいる私に

「お前さ~、いい加減にしろよ!
何回俺に助けれられれば気が済むんだよ!」

男の顔と入れ替わりに、トビーの美しい顔が現れた。

「あ・・・」
「ごっ・・・ごめんなさ・・・い・・・・。」

「・・・・あの・・・男は・・・・」

声を絞り出すようにして、トビーに聞いてみた。

「あいつなら今頃この湖のそこで魚の餌にでもなってるだろうよ。」

しれっとした顔でとびーが言う。
一体どうやって・・・
知りたいような知りたくないような・・・


トビーと出会ってなければ今頃どうなっていたか
分からない。

怖すぎて何も考えられない。


暫く思考停止していたが、ふと我に返ると、
今の状況が恥ずかしすぎることに
気が付いた。

それまで身に着けていたものは一切水辺に置いてきた。

トビーも気を使ってかこちらを向こうとはしない。

私は慌てて
「あぁ・・・あの。
その。えっと・・・。
ちょっと向こうに行ってもらえない?」

「おまっ!命の恩人になんてっ!」
と言いこちらを向きかけて、慌ててそっぽを向くトビー。

トビーがそっぽを向いている間に、大急ぎで岸へあがって
洋服を身にまとった。

体がすっかり冷え切っていた。

とぼとぼと元居た場所へと歩みを進める。

暫くするとトビーがやってきた。

私は焚火のそばで膝を抱えて座っていた。
さすがに本気で襲われそうになったことに、今更ながら
恐ろしくなった。

トビーは私の横に腰かけると
「大丈夫か?」
と私を覗き込んできた。

今までに見たこともない、優しい瞳だった。

「顔・・・少し腫れたな。」
そう言って、さっき男にぶたれた頬に優しく触れた。

優しく触れられた頬が熱い。

「さっきは助けてくれてありがとう。
あなたの言う通り。
こんな恐ろしい森を何も考えずに旅をしていたなんてバカね・・・・」


さっきの恐怖が蘇ってきて、寒いからなのか恐怖からなのか
体がガタガタと小さく震える。
優しくそう言うと私の手をそっと握った。

「体、冷えて切ってんな。安心しろ。あいつはもういない。」
そう言うと、トビーは私を後ろから包み込んだ。
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