エリートヤクザの訳あり舎弟

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一夜明けて

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十年以上の腐れ縁の凌雅が取り立て先の子供を連れて帰ってきてから一晩。
霞流組の幹部の息子である俺は、幼い頃から本部に出入りすることが多く、最初は彼の付き人というより遊び相手みたいな感じだった。
高校を卒業して、正式に秘書に任命されたところで呼び方も改めようとしたのだが、「落ち着かねえからやめろ」と凌雅に却下された。(流石に公の場では社長、または若と呼ぶけど)
結局、今も引きずられる形で生活を共にしている。

(…朝か)

起床は六時。
アラームを止め、ポストに配達された新聞を取る。
紙面を広げつつ、メールをチェック。
いつもと違うのは、二階から降りてきた小さな足音だった。

「おはよ。昨日は寝れた?」

俺の質問に駿が頷く。
昨日の物は全て洗濯したはずだから、今着ているのは一泊分だけ持ってきたという服だろう。

「…そういえば、学校とかって」

「行けたとしても転校かな。やらなきゃいけないこともあるし。」

(戸籍もイジッたよな。確か、小五だったはず)

住所も変えてしまったし、監視が届かない遠くに通わせることもできない。
だとしたら転校させる方が手っ取り早い。
知り合いに私立の理事をしてる奴がいるし、後で凌雅に聞いてみよう。

「先に朝飯にするか。テレビでも見て待ってな。」

ヤクザのトップとなると豪華なタワマン暮らしを想像されがちだが、うちの組は元々下賎の成り上がりとだけあって、比較的庶民派だ。
凌雅の養父に当たる会長が企業を立ち上げてからの活躍で、今でこそここら一体のシマの権力を握れている。
(その当時の部下が俺の親父)
会長は望んでいなかったかもしれないが、凌雅のヤクザとしての交渉話術やカリスマ性はかなりのもので、実際あいつが若頭になった時も誰も文句を言わなかった。
対して、会社の雑務や家事はからきしなので、そこを俺が引き受けた訳になるが。

(…大人しいな)

ゆるキャラが出てくる天気予報を駿はソファーに座って眺めている。
騒いだり何か尋ねたりすることもなく、静寂だけが流れた。
焼き魚に乾燥ワカメと豆腐の味噌汁。
タイマーが鳴った炊飯器から茶碗に盛り付ける。
お互いの好みに考案した和風の朝食が完成した頃、凌雅がダイニングに姿を現した。
テーブルを囲み、駿を呼ぶ。

「…いただきます。」

大人用の箸と食器をおぼつかない手つきで使いながらも、食事を運ぶ。
果たして、御曹司様の口には合うのだろうか。

「それ美味いか?」

どうやら卵焼きがお気に召したようで、頬が緩んでいる。
この反応の可愛らしさは、むさい男だらけのヤクザでは見られない光景だ。

「家じゃもっといいもの食ってたのか?」

「別に。お母さん帰って来ないから、レトルトばっかだったし。」

「…偶にお父さんが偉い人と外食するって、連れてかれたけど。」と続ける。
ピンと伸ばした背筋と音を立てないマナーの良さ。
この口ぶりからするに、身体的な虐待というよりは、育児放棄か毒親の類と思わせる節が多い。
凌雅はそれを聞いて「…そうか。」とだけ呟いた。

「今日は取引先との会議と例の政治家の調査な。」

「あの汚職議員か。俺も遅くなるから、羽鳥を呼んである。」

「他にいただろ。」

「しょうがないじゃん。駿が懐いてんだし。」

自分には警戒心丸出しなのに、と凌雅は面白くなさそうに白米を掻き込む。
食べ終われば食器の片づけと軽い掃除をしてから、スーツに袖を通す。
外出の準備ができたところで、羽鳥がやってきた。

「必要な物はスマホに送った通りだ。金は親父がくれたやつがあるから。」

「流石会長、仕事が早い。」

「了解。じゃあ、行こうか。」

(大変なのはここからだ)

羽鳥と駿を見送り、向き直る。
凌雅がこの子を放っておけなかった理由はなんとなくわかる。
自身に重ね合わせた境遇こそが、彼が志す復讐の動機だ。


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