エリートヤクザの訳あり舎弟

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初体験

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(…面倒臭い)

紙に通していた目が疲労を訴える。
どうにも書類作業は苦手だ。
瞬きを繰り返しながら、駿は今頃どうしているのだろうと思考を巡らせた。

「心配?」

ファイルボックスを片手に携えた裕也が顔を覗き込む。
差し出された資料は例の汚職議員について。
賄賂に予算の不正報告。
これを材料に脅しをかければ、政治家の信用もなくなる。

「いや、あの調子だと逃げないだろ。」

状況を受け入れたのか、駿は反抗することもない。
起床と同時に畳まれた布団と洗濯物。
姿勢すら碌に崩さない行儀の良さ。
あからさまに気を遣っているせいで窮屈に感じる。
その辺りの距離の詰め方は、羽鳥に武が上がるのか。

「普通あの年ってもっと騒がしいと思うんだけど。凌雅がそうだったし。」

「…いつの話だよ。」

過去のことを掘り返そうとする裕也をバインダーで小突く。

「若、先方がお見えです。」

場を遮るように吉峯の声が割って入る。
取引先が到着したのは事実だと思うが、表情から推測するに俺が駿を話題に出したのが不服なのだろう。

*  *  *  *

「凌雅、次は本棚な。」

「帰って早々主をこき使うな。」

愚直を零しながらも家財を六畳間の個室に移動させる。
デスクワークやら会議の後の肉体労働は足腰にくる。
俺をここまで雑に扱うのも裕也ぐらいだ。

「ただいま戻りました。」

作業がひと段落すると玄関の戸が開く。
羽鳥の両手にぶら下がった大量の袋。
中身は子供用の食器と衣類。
それに、遊び道具になりそうな物を要求した。

「じゃあ、俺はこれで。駿、またな。」

「…うん。」

若干名残惜しそうに見送くった駿を「こっち来いよ。」と呼び寄せる。

「適当に持ってきたから、気に入らないところがあれば言え。」

倉庫から運んできた木枠のベットと学習机。
壁に沿った形で取り付けたオープンラック式の本棚は組み立てるのに苦労した。

「…俺の部屋」

「布団だけじゃ不便だろ。」

「…どうだ?」と問うと、部屋のあちこちを眺める。
家具は年季こそ多少あるが、生活に支障は出ないだろう。

「あ、ありがと。」

たどたどしく礼を言う駿の頭を撫でてみると、身体を揺らして固まってしまった。
どこまで踏み込んでいいものなのか。
俺にはその距離の詰め方がわからない。

「ゲームまであるじゃん。後でやろうぜ。」

「ゲーム?」

裕也が漁ったのは羽鳥が買ってきたうち、大きめの箱。
持ち運びもテレビに繋ぐことも可能、かの有名な会社の商品だ。
ゲームと聞いて、この年頃のガキなら喜ぶはず。
だが駿は初めてそれを見たかのように、本体を興味深そうに触っている。

(やったことないのか?)


「もしかして、やったことない?」

「…友達のやつをちょっとだけ。お父さんはそんなの必要ないって、言ってたから。」

俺に貸しを作るまでは、妻のホスト代を気に留めないぐらい、金なんて余らしていただろうに。
それでも息子にだけ制限を掛けていたのは、自分の支配下に置きたいから。
嘲声が、俺の頭の中で繰り返される。
「スマブラで負けた方が明日の風呂掃除な。」と昂る裕也の誘いが現実に引き戻した。

「駿は俺とチームな。」

「おい、ニ対一は不公平だろうが。」

「子供相手にムキになっちゃって、負けるのが怖いのか?」

つい喧嘩に乗って、俺は見逃していた。
その時、駿の表情が微かに笑っていたことを。


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