エリートヤクザの訳あり舎弟

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駿が組に来てから一ヶ月。
学園生活も概ね目立った問題はなく、俺は次の段階へ進もうとしていた。

「諦めてなかったんですか?」

今は無きアパレルメーカーの画像がスクリーンに映る。
駿の両親の負債は3000万。
そう簡単に返せる額ではない。
ご丁寧に携帯のアドレスは変更されていて、特定は困難だ。
本人に話を聞こうと、別の件へ移る。

「最近シマで勝手な真似をしてる連中がいる。」

「…金のない女を狙って水商売と強制契約させ、紹介料と言って給料を天引き。しかもバックにうちの組や若の名前を使って脅してる辺り、質が悪いですね。」

大方、俺のスタンスが気に食わない闇金の仕業だろう。

「状況は逐一報告しろ。…それと」

「吉峯の動向でしたら、既に監視を付けてあります。」

羽鳥にしてはやけに手を打つのが早い。
どういう風の吹き回しか。

「不穏な芽は摘み取っておかないと。万が一駿を虐めたりすれば、俺はあいつを息の根が止まるまで殴ります。」

爽やかな顔して、かなり物騒なことを言う。
しかも、こいつの場合は冗談抜きでやりそうだ。

「じゃあ、お迎え行ってくるんで。」

そそくさと事務所を抜け出した羽鳥を横目に、スクリーンを凝視する。

(…これは俺自身のためだ)

自宅に戻り、夕食後に「話がある。風呂上がったら、ここに来い。」と駿を呼びつけた。
裕也はすっかり情が移ってしまったのか、タオルで髪を拭いたり、いつの間に買っていた保湿クリームを塗ったり、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
料理もハンバーグやカレーなど、やたらガキ向けのメニューが充実し始めた。
コーヒーを入れるついで、マグカップに牛乳を注ぎ、電子レンジで温めてから戸棚にあった蜂蜜も足してやる。
正面に並ぶ形で席に着き、早速本題へ触れた。

「母親が再婚するまで、お前はどこに居た?」

「…ばあちゃんと暮らしてた。」

「住所はわかる?」

駿が答えた番地で検索をかけると、マップアプリに衛生写真が現れた。
鉄格子に囲まれた洋館が並ぶ高級住宅街だ。

「成城って、世田谷の超セレブエリアじゃん!それでこの大きさの一軒家、軽く数億は超えるな。」

「亡くなったじいちゃんが不動産とか株とか、色々持ってたって。」

「…資産家か。」

四歳の頃、最初の夫と別れ(離婚の原因は母親の不倫)、以降遊び歩く母親に代わって育てた祖母は、生まれる前に他界した祖父の資産を運用し、相当の利益を得ていた。
しかし、「いつか一人になっても困らないように」と残した貯蓄は再婚時に奪われる。

「去年の春に新しいお父さんと住むんだって、急に迎えに来たんだ。ばあちゃん、病気だったから。」

駿を引き取ることに反対した祖母は病気を理由に施設へと預けられ、親戚にも押し切られる形で夫妻に受け渡す。
新しい父親、つまり『桜川 邦夫』は元々後継者となる男児を欲しがっていた。
娯楽は没収、帰宅すれば家庭教師と勉強ばかりの日々。
接待やパーティーに連れ回し、マナーの類も徹底的に叩き込んだ。

「姉とはどうだった?」

「…仲はそんなに。でも、お母さんに贔屓されてるのは羨ましかった。」

実子を疎かにしておきながら姉には何でも買い与え、モデルスクールにまで通わせたとなれば嫉妬もする。
会社が潰れた今となっては、駿の存在は用済み。
ホットミルクを飲み干すと同時に過去は終わる。

「何で聞いたの?」

「情報が必要だった。母親を捜すためにはな。」

俺も一度は捨てられた。
その復讐のついでだと言い聞かせる。

「だから知りたい。覚悟があるかどうか。」

「…凌雅!」

「弾は入ってねえ。」

漆黒の拳銃に息を呑む。
反動も小さいリボルバーだが、それなりの威力を持つ。
場所が悪ければ、致命傷にもなるだろう。

「こんな裏社会じゃ、お前の身の安全を確保できるとは限らない。それでも受け入れるなら、とびっきり面白いものを見せてやる。」

「わかった。使い方、教えてくれ。」

「いいの?そんな簡単に決めて。」

「…ちゃんと知りたい。お母さんが俺を捨てた理由。」

揺れる瞳は、確かな意志を孕んでいた。
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