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1章
8話
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扉を開けば、静かに燃える夕陽に照らされ誰かがそこにいた。
扉の音で気づいたのだろう。
こちらに気づく。
私と目が合った。
「頭大丈夫か?」
「あ、えっと…。」
『頭大丈夫か?』という問いに対して私は、困惑した。
まるで当たり前のように私のことを侮辱しているようで、怖くなった。
他人と話慣れていないことや、誰もいないと思っていたはずの放課後の教室に人がいたということも重なったのだろう。
彼の言葉が私の頭の中をぐるぐると巡る。
「あ、ごめんごめん。言い方悪かったよね。頭ぶつけたところは、大丈夫?バスケのボール案外固いし…。」
「大丈夫です。」
私は、彼の弁明を聞いて安堵しながら、ぼそりとした声で、静かに答えた。
「そっか~。よかった。ほんとごめん。」
聞けば、彼が勢い良く投げたボールが跳ね返ってぶつかってしまったようだ。
金髪に両耳に空いたピアス。
私からしたら不良だと思われる風貌からは想像できないほど、申し訳なさそうに私に話しかける。根はいい人のようだ。
しかし、見た目故かどこか警戒心が抜けない。
「あ、もしよかったら家まで送ろうか?怪我させたの俺だし…。」
「いや、ええっと…。大丈夫です。」
彼は、気さくに私に話しかける。
何か償いをしたいという風だ。
それに対して、私は、距離を取ってしまった。
「そっか…。じゃ、じゃあさ。フレンズ教えてくれない?」
彼は、恐る恐る私に尋ねる。
フレンズとは、チャット通信アプリの一つで、通話やチャットなど最低限のやり取りができるアプリだ。
「いいです…けど。」
彼の見た目に押されたのか、断る言葉をあまり知らないせいか了承してしまう。
「よかった!!じゃあ、QRコード教えて。」
「えっと…。」
私は、フレンズに追加しているのは、最低限の家族関係くらいだったため、表示の仕方に戸惑う。
彼は、そんな私のことを思ってか、慣れた歩幅で私との距離を縮める。
「ちょっと貸して。」
彼は、慣れた手つきで私との連絡を交換した。
「できたよ。一応スタンプ送るね。」
スマホが揺れ、一つのスタンプが送られる。
かわいい黒猫のスタンプだ。
「これ、かわいいだろ?猫好きなんだよ。あと、見てくれよ。俺の飼ってる猫。ムサシって名前。かわいいだろ?」
見せられた写真には、丸まって寝ている灰色の猫が写真に納まっていた。
「あと、俺の名前読める?」
フレンズを見ると一真と書かれている。
「かずま?」
「イッシンって読むんだよね。皆、俺のことシンって呼んでるから気軽に読んでね。」
「シンくん。」
「おう!よろしく!!」
彼は、ぐっと親指を立てて笑顔を見せる。
私とは対照的なほど、綺麗な顔をしている。
「よろしくね。」
たどたどしい返事しかできない。
「あ、ごめん。道塞いでたよね。」
彼は、鞄を見つめる私を理解してか道を開けてくれる。
「ありがと。」
ぼそっと感謝を伝え、そそくさと鞄に荷物を詰める。
「じゃあ、俺帰るね。フレンズ、なんかあれば助けるから!絶対連絡してね。」
そう言って彼は、足早に教室を後にした。
私は、遠のく声を後ろに胸をなでおろした。
会話をしなくて済むからだ。
必要な会話が少なければ、疲れることが少なくて済む。
私は、また音量を上げる。
壮絶なクラシックがサビを迎える。
シンバルが空間を支配する。
鋭く貫くようなサビから柔らかな曲調に戻る。
このぽつりと残された私に合わせたかのように曲が終わりを迎える。
保健室で借りたイヤホンとヘッドホンを取り換える。
新たな曲が始まる。
藍色のヘッドホンから流れるのは、優しく穏やかな曲。
バイオリンの独奏だ。
そんな曲に心を落ち着かせ、教室を出る。
消灯された教室たちを横目に長い廊下を歩いて帰る。
下駄箱に着くと、グランドで部活をする声が聞こえる。
恐らくあれが青春というのだろう。
私とは、無縁だと思う。
卑屈になるのは、私を置いて行くように隠れる夕陽のせいかも、私が一人帰るこの道が固く冷たいコンクリートでできているせいかも知れない。
少しの電車に揺られながら、ヘッドホンに耳を傾ける。
窓の外で流れて消える風景がこの人ごみの苦痛を和らげてくれる。
ヘッドホンの隙間から聞こえる周りの話声や雑音。
この音楽から気を抜けば、息が苦しくなる。
彼のような眩しい笑顔になれたなら、この音量は少しだけ弱くなるかな。
私の最寄り駅に着く。
星崎駅。
暗くなってるせいか、街灯が夜道を照らす。
きっと見上げれば、綺麗な星空が広がっているのだろうが、私は、足元を見るので十分だ。
それ以上は、望まなくていい。
ゆっくりといた足取りで私は帰路を行く。
等間隔に置かれた街頭が私を照らし、安全に進む。
今流れているのは、どこか聞き覚えのあるクラシックだ。
素人の私には、プロとアマの演奏の違いは判らない。
しかし、この曲自体は素敵だ。
気持ちのいい音だ。
このヘッドホンを外せば、きっと聞こえてくる虫の声や夜独自の静寂。
藍色のヘッドホンに手をかける。
それを躊躇ってしまう私は、臆病なわけではない。
してはならないのだ。
人もいないこの道で一人音を楽しみ、音に怯える。
私が帰れば、明るく迎える両親も心の中で何を考えているのかわからない。
だから、怖い。
恐怖は、このヘッドホンの外に常に存在している。
この暗闇が明けても、また戻ろうと夜に追いかけられても。
変わらず、この壁は常に壊してはならない。
人を見れば、思う。
いつ向けられるかわからないその鋭い目線、鋭い言葉。
私は、いつ刺されてしまうのかわからない。
胸にぶら下がったナイフの刃先が私をとらえ続ける。
扉を開ける。
「おかえり。」
ガチャリと音を立てて開く扉を合図に母親の声が飛んでくる。
優しいが力強い声だ。
それに私は消えそうなほど小さな声で応えた。
「ただいま。」
扉の音で気づいたのだろう。
こちらに気づく。
私と目が合った。
「頭大丈夫か?」
「あ、えっと…。」
『頭大丈夫か?』という問いに対して私は、困惑した。
まるで当たり前のように私のことを侮辱しているようで、怖くなった。
他人と話慣れていないことや、誰もいないと思っていたはずの放課後の教室に人がいたということも重なったのだろう。
彼の言葉が私の頭の中をぐるぐると巡る。
「あ、ごめんごめん。言い方悪かったよね。頭ぶつけたところは、大丈夫?バスケのボール案外固いし…。」
「大丈夫です。」
私は、彼の弁明を聞いて安堵しながら、ぼそりとした声で、静かに答えた。
「そっか~。よかった。ほんとごめん。」
聞けば、彼が勢い良く投げたボールが跳ね返ってぶつかってしまったようだ。
金髪に両耳に空いたピアス。
私からしたら不良だと思われる風貌からは想像できないほど、申し訳なさそうに私に話しかける。根はいい人のようだ。
しかし、見た目故かどこか警戒心が抜けない。
「あ、もしよかったら家まで送ろうか?怪我させたの俺だし…。」
「いや、ええっと…。大丈夫です。」
彼は、気さくに私に話しかける。
何か償いをしたいという風だ。
それに対して、私は、距離を取ってしまった。
「そっか…。じゃ、じゃあさ。フレンズ教えてくれない?」
彼は、恐る恐る私に尋ねる。
フレンズとは、チャット通信アプリの一つで、通話やチャットなど最低限のやり取りができるアプリだ。
「いいです…けど。」
彼の見た目に押されたのか、断る言葉をあまり知らないせいか了承してしまう。
「よかった!!じゃあ、QRコード教えて。」
「えっと…。」
私は、フレンズに追加しているのは、最低限の家族関係くらいだったため、表示の仕方に戸惑う。
彼は、そんな私のことを思ってか、慣れた歩幅で私との距離を縮める。
「ちょっと貸して。」
彼は、慣れた手つきで私との連絡を交換した。
「できたよ。一応スタンプ送るね。」
スマホが揺れ、一つのスタンプが送られる。
かわいい黒猫のスタンプだ。
「これ、かわいいだろ?猫好きなんだよ。あと、見てくれよ。俺の飼ってる猫。ムサシって名前。かわいいだろ?」
見せられた写真には、丸まって寝ている灰色の猫が写真に納まっていた。
「あと、俺の名前読める?」
フレンズを見ると一真と書かれている。
「かずま?」
「イッシンって読むんだよね。皆、俺のことシンって呼んでるから気軽に読んでね。」
「シンくん。」
「おう!よろしく!!」
彼は、ぐっと親指を立てて笑顔を見せる。
私とは対照的なほど、綺麗な顔をしている。
「よろしくね。」
たどたどしい返事しかできない。
「あ、ごめん。道塞いでたよね。」
彼は、鞄を見つめる私を理解してか道を開けてくれる。
「ありがと。」
ぼそっと感謝を伝え、そそくさと鞄に荷物を詰める。
「じゃあ、俺帰るね。フレンズ、なんかあれば助けるから!絶対連絡してね。」
そう言って彼は、足早に教室を後にした。
私は、遠のく声を後ろに胸をなでおろした。
会話をしなくて済むからだ。
必要な会話が少なければ、疲れることが少なくて済む。
私は、また音量を上げる。
壮絶なクラシックがサビを迎える。
シンバルが空間を支配する。
鋭く貫くようなサビから柔らかな曲調に戻る。
このぽつりと残された私に合わせたかのように曲が終わりを迎える。
保健室で借りたイヤホンとヘッドホンを取り換える。
新たな曲が始まる。
藍色のヘッドホンから流れるのは、優しく穏やかな曲。
バイオリンの独奏だ。
そんな曲に心を落ち着かせ、教室を出る。
消灯された教室たちを横目に長い廊下を歩いて帰る。
下駄箱に着くと、グランドで部活をする声が聞こえる。
恐らくあれが青春というのだろう。
私とは、無縁だと思う。
卑屈になるのは、私を置いて行くように隠れる夕陽のせいかも、私が一人帰るこの道が固く冷たいコンクリートでできているせいかも知れない。
少しの電車に揺られながら、ヘッドホンに耳を傾ける。
窓の外で流れて消える風景がこの人ごみの苦痛を和らげてくれる。
ヘッドホンの隙間から聞こえる周りの話声や雑音。
この音楽から気を抜けば、息が苦しくなる。
彼のような眩しい笑顔になれたなら、この音量は少しだけ弱くなるかな。
私の最寄り駅に着く。
星崎駅。
暗くなってるせいか、街灯が夜道を照らす。
きっと見上げれば、綺麗な星空が広がっているのだろうが、私は、足元を見るので十分だ。
それ以上は、望まなくていい。
ゆっくりといた足取りで私は帰路を行く。
等間隔に置かれた街頭が私を照らし、安全に進む。
今流れているのは、どこか聞き覚えのあるクラシックだ。
素人の私には、プロとアマの演奏の違いは判らない。
しかし、この曲自体は素敵だ。
気持ちのいい音だ。
このヘッドホンを外せば、きっと聞こえてくる虫の声や夜独自の静寂。
藍色のヘッドホンに手をかける。
それを躊躇ってしまう私は、臆病なわけではない。
してはならないのだ。
人もいないこの道で一人音を楽しみ、音に怯える。
私が帰れば、明るく迎える両親も心の中で何を考えているのかわからない。
だから、怖い。
恐怖は、このヘッドホンの外に常に存在している。
この暗闇が明けても、また戻ろうと夜に追いかけられても。
変わらず、この壁は常に壊してはならない。
人を見れば、思う。
いつ向けられるかわからないその鋭い目線、鋭い言葉。
私は、いつ刺されてしまうのかわからない。
胸にぶら下がったナイフの刃先が私をとらえ続ける。
扉を開ける。
「おかえり。」
ガチャリと音を立てて開く扉を合図に母親の声が飛んでくる。
優しいが力強い声だ。
それに私は消えそうなほど小さな声で応えた。
「ただいま。」
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