おいしい毒の食べ方。

惰眠

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唐揚げ

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 きっと、揚げ物だろうか。
 何歳になっても揚げ物は変わらず好きだと思える。

 僕は、椅子に疲れを預けるように座る。

 キッチンからは、揚げ物の湧き上がる気泡の音が聞こえる。

 軽やかに広がるその音は、食欲をそそらせる。

 僕は、机の端に置かれた小説の続きを開きながら心機一転する。

 夫婦という設定だけで、僕は感情移入している。
 彼らの不幸さが妙に心に答える。
 僕たちが幸せと感じる分、不幸になったらと想像してしまい心を掴まれる。

 疲れた体に、それが余計に答えるのだ。

 目の前でことりと皿が置かれる。

 三つの大きな唐揚げと、平皿半分を埋め尽くすほどのキャベツの千切りだ。

 僕は、小説を机の端に置き、彼女が座るのを待つ。

 手を合わせる。

「いただきます。」

「いただきます。」

 彼女とともに、箸立てから箸を取り、まずは白米からいただく。

 彼女は、おいしそうに唐揚げを頂いている。

 心の準備はできた。
 ついに、唐揚げだ。

 拳大より少し小さいくらいの大きさのから揚げ。
 何が出てくるのかもわからないが、一口。

 衣がさくりと音を立て、歯が奥へと進む。

 そして、中心部分に向かった時だ。

 むにゅりとも、ぐにゅりとも言える感触がした。

 生だ。

 きっとそうだ。

 彼女を見る。

 あまりにも幸せそうに頬張っている。
 かわいい。

 いや、そうではない。

「ねぇ、これって味付けとかって前と変えた?」

 一種の作戦だ。
 前回、唐揚げを作った際は炭が出てきた。
 味がそれぞれ違うかもということで、食べてもらいたい。

「変えてないけど、どうかしましたか?」

「食べかけで悪いけど、これ前と違う気がして。」

「ちょっと食べてみていもいいですか?」

「いいよ。」

 彼女は、僕の食べかけの唐揚げを頂く。

 もちろん、目に見えて中は生だった。
 それでも、かぶりついた分は飲み込んだ。

 目の前で彼女は、小さい口に何とか唐揚げを入れ込み、リスやハムスターのようになっている。

 はむはむと口を何とか動かし、彼女は食べ終える。

「普通においしいけど、どうしたの?」

「おいしかったなら、よかったよ。」

 僕はそう言って、もう一つのほうを頂いた。
 これを含め、あと二つある。

 僕は、再び口に運ぶ。

 衣はさくりと気持ちいいほど揚がっているのに比べ、中身はそうではない。

 柔らかい。
 今度は、少し冷たい気がする。

 何とか耐え忍び、それを頂く。

 あまりにも大きいため、自然と噛む回数が増えてしまう。

 心を無心に保ちつつも、これも愛情だと思い喉に流し込む。

 僕が一つを食べ終わるとともに彼女が唐揚げを一つ摘み、こちらに寄こす。

「克己さんのを頂いちゃったからお返しです。」

「ありがとう。」

 自然な笑顔で答える。

 正直辛いが、それでも彼女の笑顔があまりにも眩しく断れない。

 僕は、先にそちらを頂く。

 何とか飲み込み一言。

「おいしいね。」

「ありがとう。」

 彼女の笑顔がおいしさの秘訣だ。

 僕は、しっかりと噛みしめる。

 キャベツを半分以上減らし、最後の一つを頂く。

 ご飯は、もう残り少ない。

 僕は、最後の唐揚げを頂く。

 噛めば噛むほど悲しくなるが、目の前の彼女の必死に食べている表情が僕の意識を逸らしてくれる。
 口を空にし、お茶を飲む。

 一息つき、最後のキャベツと白米を頂く。

 なにか、感動を覚えた。

 最後に手を合わせる。

「ごちそうさまでした。」
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