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下巻 第五章 (1)

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十条警部も、この状況を精神的に厳しい状態で迎えていた。
〈あの子が、今、目の前で、あんな状況になっているのに、なのに、くそっ、ぼくは、何て無力なんだ。助けに行くことができない! 今の地位が大切なのか、いや命が惜しいのか、どちらかわからないが、助け出したくても情けないことに、どうしても身体が動かないのだ。誰か動いてくれ! 一人でも動いてくれたら、足が動くのに〉
  そのあと警部は、言葉通り同調者を見つけるために、まわりを見渡し始めた。

 当然というか、競羅たちもまた、この様子を目前で見つめていた。
「これは、参ったね。もう、ちょいだったのに」
 競羅が口惜しそうに声を上げた。御雪も同様に次の言葉を、
「さようで御座います。まさに、あと百メートルぐらいですか」
「けどね、悲観ばかりはしておれないね。面倒なことになったけど、よく考えたら、情況が当初の計画に戻ったということで」
「しかし、思っておりましたより、警備数が少ないと申しますか」
「そうかい、きっと、普段の警備気分なのだろうね。何も情況を知らされてないというか」
「さようで御座いますね。七人ですか。かような人数でしたら、何とかなります」
「ほお、あんた、頼もしいことを言うね。それで、肝心な準備のものは?」
「むろんです。この車の中に用意されております」
 御雪は微笑みを浮かべながら答えた。
「では、話が早いね」
 そう答えた競羅は、横に止めてある防弾仕様のトラックに乗り込んだ。そして、
「これかい?」
 と言って、車内の助手席においてあった、スーツケースを御雪に渡した。
「さようで御座います。道具類は、この中に一式入っております。今回は、細工をほどこしました改良型ですが、そして、それらに、対処ができる暗視ゴーグルですね」
 スーツケースを開けた御雪は説明をしながら、競羅に暗視ゴーグルを手渡した。
「何が改良型だって?」
 競羅は受け取ると同時に、思わず尋ねたが、御雪の応答は、
「今回、少し改良をしてあるのですが、今は、ご説明のお時間は御座いません」
「ああ、確かにそうだね。今は、そんなことを、尋ねている場合ではないか」
「さようで御座います。天美ちゃんの救出をお急ぎなされませんと。さて、もう一式、御座いますが、いかがいたしましょう。やはり、わたくしが・・」
 まさに、御雪が答えていたとき、その背後から、
「それは、ぼくがつけよう」
 声が聞こえた。いつのまにか、十条警部が、トラックを見つけて近づいていたのだ。
 御雪と競羅、二人は驚いて振り向いた。だが、驚いてばっかりもおれず、
「何だ、警部さんか?」
  競羅がホッとしたように声をあげた。
  その十条警部は、探るような目つきをして声を出した。
「朱雀さん、君はあのゲートに向かって、このトラックで突っ切るつもりだろ」
 競羅は、一瞬、行動を当てられてギョッとしたが、すぐに、
「ああ、お見通しかい。むろん、そのつもりだけどね」
 悪びれずに認めた。否定して、もたもたする時間がないからだ。
 その返答を聞いた警部は、ニヤリと微笑むと言った。
「やはりか、じゃあ、ぼくが、そのあとをついて行くよ」
「警部さんもか」
「そうだ、二台で突っ込んだ方が確実だろう」
「でも、あんたには、職権があるだろ」
「ぼくは、あの子に恩返しをしなければならないんだ。何度も命を助けてもらったから」
「けどね、そんなことしたら、本当に、警察をクビになるかもしれないのだよ」
 競羅は心配そうにいさめたが、
「それは、さっき、覚悟をしめしたはずだ! 見てみろ、あの二人を、あの子を捕まえるため縄を切り始めてるぞ。ぐずぐずしていてヘリに運ばれたら、どうするんだ!」
 警部の決心は堅かった。確かに、十条警部の言葉通り、ヘリから降りた二人の男性が、持っていたサバイバルナイフのようなもので、電磁縄を切っていた。
  一人は迷彩服、ここは軍事基地だから当たり前だが、もう一人は、黒いスーツにサングラス姿の男性である。工作員か、二人とも天美捕獲という特殊任務を受けているだけあって、その部門ではエキスパート的存在であろう。 
 彼らは、サバイバルナイフの扱いに慣れ、本来なら、とっくに天美を運び出している状態なのだが、相手も、縄から取り出すのには苦労をしていた。
 まずは、縄の材質だが、電磁波を通し、かつ人体に大きな影響を与えないということで、特殊な合金を組み合わせたものであった。そのため、中々切れないのだ。そのうえ、二人とも絶縁体で造られた分厚い手袋をはめていた。
 また上から、略取の時に、『相手の顔や手、足首には、決して触れてはいけない。触れた自体で作戦は失敗となり、責任をとってもらう』と言うお達しを受けていた。天美の能力について知らされてない二人組は、〈なぜ、ただでさえ面倒なのに、そこまで、気をつかわなくてはならないんだ?〉と、いらつき始めていた。
  そんなこんなの理由で捕縛が進んでないとはいっても、作業が終わるのは時間の問題である。競羅たちは、これ以上、考える猶予もなかった。結局、競羅は、
「御雪、警部さんにも、あれを貸してあげな」
  とゴーグルを渡すように答えたのである。
 その後、競羅と十条警部、御雪の三人は、軽い打ち合わせをした。
 そして、二人は暗視ゴーグルを身につけ、それぞれの車に乗り込んだ。
 競羅は乗ってきた二十五トントラックに、十条警部はパトカーに、同時に救出行動から外れた御雪も、報告をするために警視正のところに向かった。

 その下上警視正が、現状を見つめる中、二十五トン超大型トラックとパトカーの二台の車が、突然、基地から、反対方向に向かって発進をし始めた。
「まさか、あれは?」
 警視正がつぶやいたとき、
「さようで御座います。競羅さんの運転していらっしゃるトラックです。皆さん、危ないですから、お下がり願います!」
 御雪の声がした。その言葉で、警視正は競羅の行動の真意がわかった。だが、この状況では、とても制止させることはできない、彼は、部下に向かって号令をはなった。
「中央は危ない、みんな散れ!」
  一方、兵隊たちは、突然、目の前が開いたことにより、軽い戸惑いを感じていた。
 そして、気がつくと、暗闇の中、前方から白と赤の光線が向かって来ていた。競羅たちがUターンをして、ゲートに向かって突進をはかっていたのだ。
 当然、兵士たちは、いっせいに機関銃を発射しようとした。その矢先、夜空に目もくらむような大きな光が輝き、あたりが真っ白になった、と同時に、もうもうと白煙が、兵士たちに襲いかかっていた。御雪の使った閃光弾(スタングラネード)と煙幕弾である。
 突然のことに、その場にいた七人の兵士は目をやられていた。まさか、こんなスパイ映画まがいのことを、日本側がやってくるとは思わなかったので、彼らはみな、暗視ゴーグルをかけていなかったのだ。
 視界が閉ざされたところに、赤いシグナルを背後にして、二十五トントラックの大きな二つの目玉が、どう猛な牙を振りかざした猛獣のように、猛スピードで突進して来ていた。
 

 
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