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下巻 第六章 (2)

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 兵士たちは能力に墜ちると、ご多分にもれなく、天美を護衛する側にまわった。
 残りの兵士たちは、閃光弾のショックも解け、反撃に移れる体制になったが、すでに、遅かった。天美の能力に墜ちた兵士たちに次の行動をはばまれたのだ。
 そのスキにも、ほかの兵士たちにも次々と触れていた。能力に堕ちた兵士たちは、
「この娘を捕まえてはいけない!」
  とような言葉を、口々に仲間に説得にかかり、その相手の方は、
「お前ら、何を言っているんだ! 命令違反は重罪だぞ」
 怒った声で怒鳴っていた、その混乱中、彼女は十人の兵士に触れていた。
 これで計十八人。その場にいた三分の二の兵士たちが、すでに能力に墜ちたのだ。余計に騒ぎが大きくなり、まわりは大きなパニック状態におちいった。
 彼女は遠慮なく、その状態で、混乱をしている残りの兵士たちに弱善疏を使い、あっという間に、そこにいた兵士は、ほぼ全員、天美の護衛隊になった。
 彼女の能力、弱善疏の底力である。彼女の弱善疏は、ひとたび発動をすると、敵の数が多ければ多いほど、その効果を発揮するのだ。
 天美に最初に触れられ、能力に墜ちた人物Aは、彼女を保護する側にまわり、他の彼女を捕まえようとか、危害を加えようとする人物B、Cの妨害をする。人物B、Cたちは、突然の仲間の行動に戸惑い、その戸惑いのスキを天美につかれて触れられる。そして、Aと同様に天美の護衛者になるのだ。
  このようなことが、何度も繰り返され、結局、その場の全員が弱善疏に墜ちるのだ。
 能力に墜ちた兵士たちは天美を保護をする一方、ビュイッグの乗っている戦車を囲むように、次々とむらがり始めた。
「どうやら、今回の劇も佳境に入ってきたね」
 競羅はつぶやきながら、その様子を見つめていた。兵士たちの照準から、のがれたため、今は自由の状態である。その横では、御雪が微笑みながら同意の声を、
「さようで御座いますね」
「ああ、こうなったら、行くところまで行くだろうね」
 競羅は、平然をよそおいながら答えていたが、実は二つの不安があった。
 真っ先に、彼女の頭に浮かんだのは、この状況が、中のアメリカ軍に見逃されるわけはないという不安である。今、この入口ゲートで変事が起きていることは、確実に中の基地本部の兵士たちにはわかっているはずである。
  おそらく、向こうは新たな援軍をだすことになろう。その援軍の目的は?
  あくまで、天美の能力を手に入れようと、彼女の奪取に動くか。ただしそれは、この状況ではかなりの難易度である。どうしても強行しようとしたら、空中から催涙ガスをばらまいて、全員、眠らせることか。それが可能かどうかわからないが。
  もっとも、簡単な解決方法は、証拠隠滅をはかるため、天美を含め、その場の全員を秘密保持をかねて、敵、味方を問わず、きれいさっぱり始末するか。
  そこまでは、まさかと思うが、アメリカという国の性質を考えると、やりかねないのだ。
 それはさておき、彼女のもう一つの不安というのは、天美の持っている、もう一つの能力についてである。実際のところ、CIAが最も欲しがっているのは、今現在、まだ使われていない、彼女の強い方の能力、強善疏であった。
 この能力が、ここにいる人物(下上警視正だけはのぞく)たちに知られると、大変ややこしい事態になるからだ。特に横に立っている御雪には、
 一方、兵士たちを階段のようにして飛び移り、一番高い兵士の肩に乗った天美は、いつのまにか、ビュイッグ支部長の目の前に立っていた。
「貴様」
 ビュイッグは天美をにらんだ。その天美は作り笑いをすると口を開いた。
「支部長さん、さっきのことといい、わったしの怒り、最頂点になってるからね。では、お待ちかねの、ここで、あっなたたちの悪事、しゃべってもらおかな」
 彼女の決めゼリフが出た。強善疏を使う前触れか、
「何だと、絶対に、そんなことはさせない!」
 天美の発言に頭に来たビュイッグは、無線マイクのスイッチを入れると、背後で待ちかねている戦闘機の出撃命令を出そうとした。
 それより、素早く動いた天美、力いっぱいに手を突き出すと、そのビュイッグの顔面に張り手をかましたのだ。もともと、身体のバネがある天美に張り手をかまされたビュイッグは、強善疏に屈すると同時に、その反動でバランスをくずしハッチから転落をした。
 彼女が、こんな、直接的な行動に出るのは珍しいことである。それほど、怒りがたまっていたのだ。それでも、こぶしを使わなかったのは彼女なりのポリシーか、
  しばらくすると、ビュイッグは、頭を押さえながら立ち上がり、兵士たちをかきわけて、前に飛び出して来た。
 その行動に、一同は身を構えたが何も攻撃はなかった。代わりというか、あたかも演説をするように、過去に犯した罪を次々と自白し始めたのである。

【これが、彼女の真の能力、強善疏だ! 彼女に接触した時点で、その捕まえる意志、をなくすところまでは弱善疏と同じだが、そこから先が違っていた。相手に自分の罪の意識を呼びもどさせ、今現在、(心の底にある)罪について洗いざらい白状をさせるのだ。
 こちらの能力、強善疏は、さすがに強がつくだけあって、半日ぐらいでは、その効力を失わなかった。使われた相手は、関係した罪について一度は暴露し、それ相応の裁きを受けない限りは、次の悪心が絶対に起きないようになっていた。
 だが、この強善疏は、弱善疏以上に、いくつかの制限があった。まず天美自身が、相手に大きな怒りを感じ、《絶対に罪を自白させたい!》と思うぐらいの、強い意志を持つことが絶対的の条件である。その上、何度も使える弱善疏と違い、一度使うと半日(十二時間)は、再び発動させることはできなかった。
 もし、能力が強善疏しか存在しなく、天美がこの能力を、どんなときでも、いつも使えるようになっていたら、世の中は大混乱になっていたであろう。たとえて言うと警官たちが、ただ職務のために彼女を捕まえようとするケースだって、いくらでもあるからだ。
 その都度、強善疏とは、考えただけでも大変なことである。人間、誰でも少なからず、意識的に小さな悪事はしているからだ。そのため彼女が一時的に、その場から逃げ切るだけ、という理由で、弱善疏というものが、おまけとして存在しているのであった】
「あら、あのお方、頭を打たれましたショックでしょうか、気が狂ったように、何か、わめきたててます。どうも、キル(殺す)、マーダー(殺人)というお言葉を、何度も申し立ててますが、アセンション(暗殺)らしき、もっと物騒なお言葉を」
 ビュイッグの自白内容を聞き、耳のいい御雪が声を上げた。そして、その言葉に競羅も、ことの現状を理解した。彼女は、慌てて、下上警視正に呼びかけた。
「おいおい義兄さん、あの子、よほど腹が立っていたのか、支部長に使ったよ」
「こ、これは、まずいことになる。こうなったら競羅君、わかっているな」
「むろん、毒食えば皿まで、という言葉があるからね」
 答えたとき、すでに、競羅は駆けだしていた。同時に下上警視正も、
  競羅たちの標的は、天美の能力によって、罪を自白をし始めているビュイッグであった。
 彼女は支部長に近づくやいなや、当て身をくらわせて気絶させた。そのあと、
「では、義兄さん。面倒だけど頼むよ」
 二人して、その身柄を持ち上げたのである。
 そして、そのまま、競羅の乗ってきたトラックに押し込んだ。
 競羅たちのやったことは、おそれ多くも、現役CIA日本支部長の拉致である。
 彼女は、本当はこんなことをしたくなかった。だが、このままCIAの幹部局員が、過去に犯した罪の暴露を続けると、日本いや世界が、とんでもないことになるのだ。そのため、このような蛮行に出たのである。
  まだ、背後にスタンバイを待っている戦闘機が控えていたが、彼らは、競羅の不安を良い意味で裏切り、何もアクションを起こしてこなかった。
  それには、やはり理由があった。天美の弱善流に墜ちたドルバー副司令官が、これ以上の命令を出さないのだ。
 むろん、基地内部のモニターでは、基地ゲート前で起きている出来事については、詳細に映し出されていた。つまり、天美の能力は、同時に、アメリカ軍のビデオカメラには納められていることになるが、
 基地内の兵士たちは、この光景を見ていきり立っていたが、現在、基地の指揮権を持っている副司令官の命令が出ないことには何ともならない。
  だが、彼らは軍人でもある。総司令官不在をいいことに、突然、公使を引き連れて現れ、CIAの威光をかさに着て、副司令官をあごのように使い、好き放題な行動をしていた文官であるビュイッグにも大きな不満があった。
  ということで、一行は無事に現場を撤収することができたのである。
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