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下巻 第六章 (3)

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 その夜、競羅は御雪のマンションにころがりこんで祝杯をあげていた。
「今夜は、今までになく、きつかったよ」
「さようで御座いますね。わたくしも、今回は、一時は、どうなるかと覚悟をいたしましたが、結果よしということですね」
 御雪も競羅の言葉に相づちをうちながら、笑みを浮かべていた。
「けどね、CIAと全面対決になるとは思わなかったね」
「わたくしも、あのときは、さすがに肝を冷やしました」
「そうだね、本物の兵士たちに、機関銃を突きつけられたのだからね。こっちも、田んぼにいたときは、色々な経験をしたけどね、あれほどのことはなかったよ。それにしても、あの捕まえた支部長の男、今、考えても腹が立つね」
「あの方ですか、かなり陰険な性格を、お持ちになられたお方だとお見受けしました。それで、その御仁は、今いずこに?」
「そのまま、義兄さんに任せたよ。あのときは、このまま、すんなりといくかどうかヒヤヒヤしたけど、結局のところ、人望がなかったせいか誰も助けにこなかったね。何にしても、引き渡したとき、車の修理の方も義兄さんに任せたよ。どうやら、修理代は全額払ってもらえそうだしね。源つぁんにも迷惑を掛けなくてすんだし」
  競羅はチューハイを片手に上機嫌であった。
「それは、本当によかったですね。しかし、また、あのCIAの支部長様のお話に戻りますけど、最後まで妙なお方でしたね。腹いせに野蛮なお言葉ばかり使いまして」
 能力を、いまだに弱善疏しか知らない御雪は、そのように話しかけてきた。
〈最初の関門が来たね。あの子の強い方の力は、絶対にさとられないようにしないと〉
 競羅はそう思うと、
「あれか、部下に裏切られて頭に来たのだろ。囲まれて詰め寄られていたからね。それに、あんたも言っていただろ。頭を打ったせいか、おかしな言葉をしゃべってる、って」
 と、この話題が出たとき、最初から考えていた通りの言葉で返した。
「ほほほ、さようで御座いましたね。頭を打たれて混乱をなさったのですね」
 御雪は笑っていた。競羅の話しぶりも、ごく普通なので疑っていない様子である。
「そういうことだよ。管理職というのは、部下の態度しだいでは、信じられないキレかたをすることがあるからね。今回もその口だろ」
「よーく、わかりました。しかし、競羅さんも、相変わらず、さすがと申しますか。あの混乱状態でありました御仁を、強引に確保なさるなんて。むろん、今後のことを有利になさるために、なさられた行為だと存じますけど」
「有利? えっ! こっちは、そんなつもりではなかったのだけど」
 思わず競羅は答えようとしたが、それより、早く御雪は言葉を続けた。
「今更、お隠しになられる必要はないでは御座いませんでしょう。わたくしたちの行動を、不問にさせるための手駒として、確保なさったのですよね。なんと申しましても、わたくしたちは、米軍空軍基地に無断で突入をこころみたのですから」
 その言葉に、最初のうち、戸惑っていた競羅は、ここは、そのまま相手に従っていた方がいいと判断をしたのか、笑いながら相づちの言葉を、
「ははは、やはり、あんたは、すべて、お見通しだったね。奴を捕まえておくと、色々と、交渉に使うことができるからね。実際、向こうも、これで、はいそうですか、と引き下がるとは、考えられないからね。そのための保険としてね」
「まったく、恐れ入ります。お知恵の深さにはかないません」
  御雪も微笑みながら同意をしていたが、ここで、ふと思い出したような表情をすると、
「さすがと申しますと、天美ちゃんの、お力も予想以上といいましょうか」
  と口を開いた。競羅は、
〈また、あの子の話になってきたよ〉
 そう思いながらも話題につきあうことにした。
「確かにね。こっちも見ていて面白かったよ。台本通りに劇を演じているかのように、兵士の連中が、次から次へと、あの子の仲間になっていくところなんて」
「さようで御座いますね。あれほど、大勢の方たちが裏切りをなされるとは」
「ああ、相手の数が多ければ多いほど、その能力のすごみがでるのだよ。CIAが欲しがる気持ちも手に取るようによくわかるよ」
「陳腐な使い古された言い方かもしれませんが、『その力、神か悪魔か』かです」
「神か悪魔か、かよ、こっちも、そう思ったことは何度もあるけどね」
 競羅は何気なく答えていたが、そろそろ、話の潮時だと感じたのか、話題を変えるようにある質問をした。
「おっと、忘れていたけど、一つ、どうしても気になることがあるのだよ」
「と、申しますと?」
「あのとき、手を上げて降参をしていただろ。そのとき、こっちの携帯の着信音が鳴ったのは記憶にあるだろ。兵士たちが少し戸惑ったというか」
「あれは、数弥さんからでしたよね」
「そうだよ。こっちに、十条さんにしゃべったという、おわびの連絡をしてきたみたいだったね。でも、それとは別に、もう一つ不思議な出来事があってね」
「さような不思議なことがらって、何でしょうか?」
  質問や答えが、すでにわかっているのか、御雪は、いたずらっぽい顔をしていた。
「だから、あの突然、投げ込まれた閃光弾だよ。確かあんたも、こっちと同じように、奴らに手を上げさせられていただろ。あんたじゃないとしたら誰が投げたかなと思ってね」「むろん、わたくしです」
「えっ! あんたか、どうやったのだよ?」
 当然のように、質問を始めた競羅、そして御雪は答えた。
「確か、ゴーグルをお渡しいたしましたとき、改良型と申したはずですが」
「何かそんなことを言っていたね。それが関係あったのかい?」
「さようで御座います」
 御雪は得意げな笑みを浮かべると、右手の甲を差し出し、
「実は、今回の閃光弾は、これなのです」
 と答えた。競羅が見つめると、御雪の指には、メリケンサックのような四本指を束ねるリングがはまっていた。ただ、サックとは違い凹凸状態であったが。
「ふーん。この座薬みたいなものが閃光弾だね」
 さすがに、見ただけでわかったのか競羅は興味深そうに尋ねた。
「ご覧のように、かような部分が発射口になっています。ほとんど使いましたので、あと一弾ぐらいしか残っておりませんが」
「なるほど、あれは投げ込んだわけでなく、これを発射をしたのか」
「さようで御座います。もともと閃光弾は、手榴弾型と、銃で発射される銃弾式と、大きく分けますと、二種類、御座いますから。今回、用いましたのは銃弾式ですね」
「このピンみたいなのが、発射スイッチのようだから、これをこうして、だから、あんな状態でも発弾されたのだね」
「さようで御座います。あのとき、わたくしは、両手を真上に挙げながらも、指で、ここの安全ロックを、ちょこんとはずしまして、こちらのスイッチを入れたのです」
 御雪は部品を指さしながら説明をした。
「しかし、こんなもの、よく用意できたね」
「前々から、かように手軽なものが欲しかったのです。ですから、少し手を加えるように頼んでおきました。それが、今回、役にたったということですね。ですが・・」
 ここで、御雪の言葉が止まった。
「ですが、どうしたのだい?」
「片手だけでは作動をさせることはできません」
「だろうね。安全装置を含め、二カ所も、さわるところがあるのだからね」
「さようで御座います。かようなとこがネックなのです。ですから、今回のことですけど、心の中で思ったほどは、ことが、うまく運びませんでした」
「けどね、何にしても、発動させることができたのだろ。あんたが両手を使って」
「まさに、千載一遇のチャンスが飛び込んできましたので」
「千載一遇? 何かまた回りくどい言い方を」
「回りくどい言い方では御座いません。本当に千載一遇だったのです」
「そうかい、それで何がだよ?」
「わかりませんか。今、競羅さんがお話をしていたでしょう。あのとき、鳴り響いてきました、数弥さんからの連絡です」
「ああ、あの音で現場は妙な雰囲気になったからね。それでか」
「さようで御座います。まさに、あの電話こそが、奇跡の扉を開いたカギだったのです」
「奇跡の扉かよ。またまた、オーバーな言葉を」
「オーバーでは御座いません。実のところを申しますと、わたくし、あのとき、手が震えて震えて止まらなかったのです」
「あのときというと、やはり、今、話していた米軍に銃を突きつけられていたときか」
「さようで御座います。さすがに、顔つきまでは、よくわかりませんでしたけど、二、三人の兵士たちから鋭い殺気を感じました。間違いなく、わたくしの一挙一動を、見張っておられた感じです」
「確かに、こっちも、すごい、気迫を感じたことは事実だけどね。それに、兵士たちの殺気だって? それって、そんな感じがしただけじゃないかい。一種の自意識過剰みたいなものだよ。見られてないのに見られているという」
「確かに、さようなことも申すことができますけれども、かような感覚こそが大切なのです。先様も修羅場を、いく度もくぐり抜けられた兵士です。戦いのカンと申しましょうか、そのカンで、わたくしが要注意だと感じておられたのでしょう」
「確かに、相手は戦いのプロだからね。そういうことも、いくらかは考えられるか」
「実のことを申しあげますと、わたくし、ある程度は、かような展開になることを予想しておりました。ですから、この新型の弾を用いようと考えましたとき、期待感で一杯でした。今回の装置と天美ちゃんの、お力、その二つを用いまして、米軍に一泡をふかさせることができますと思ったのですが、手が震えまして」
「ははは、物事は相手がいるのだから、そんなにはうまくはいかないよ。こっちだって、うまくいく、って言った数弥の作戦にのって、何度、困った目にあったか」
 競羅は答えながら笑っていた。
「ですが、今回、わたくしの浅はかな考えだけでは、とても米軍には通用いたしませんでした。まさに、あの着信音は命の綱でした。本当に、あの電話がなければ、わたくしたちは、今頃、どうなっていましたことか! これ以上の感謝の気持ちは御座いません」
「おいおい、あんた、すでに酔いがまわったね。ちょいと言い過ぎだよ」
「言い過ぎでは御座いません。もともと、数弥さんの情報が、今回の陰謀を暴くことができたのです。わたくしの持ち物と、競羅さんの持ち物、この二つのうち、どちらかが欠けておりましても、今回、天美ちゃんを取り返すことはできなかったでしょう」
「おいおい、大丈夫かい。数弥は、こっちの持ち物ではないよ。それにね、そこまで言うなら、あんたからも、数弥にも何か礼をしてやりな。何にしても、ここまで、こっちを、持ち上げるなんて、あんたも・・」
 競羅がそう答えたとき御雪はすでに眠りに入っていた。今回の事件、よほど、彼女に心労を与えたのだろう。きっと、生首事件が起きてからずっと、情報を得るために動き回っていたのであろう。事件が解決し、酔いがまわったことで、疲れがどっときたのだ。
 その様子を見ながら、競羅も上機嫌でつぶやいた。
「これで、引っかかっていた、つかえも取れたし、本当に気持ちよく飲めるよ。あの子、ドイツ人とも、ロシア人とも話していただろ。そいつらも、あの子の能力を狙って、現場にいて、妨害するため仕掛けてきたかと思っていたからね」


あと二章続きます



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