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第一部

ダンサーオーデション

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翌日向井は、

死神課のカウンターにいた。

ダンサーオーデションが入ったので、

死神の貸し出し申請に来ていた。

かなり待たせてしまったが、

やっと本人希望の舞台オーデションを見つけた。

ダンサーが集まる公園で、

脇で一緒になって練習している姿を、

向井も見てきたので、

未練なく来世に進んでもらいたい。

出来レースではないので、

オーデションに受かれば大舞台で踊れる。

だが、ここで問題が一つ。

それが、

憑依できる死神がいるのかだ。

死神能力が試される案件の一つになるので、

選ばれた死神にとっても責任重大だ。


そもそも死神は冥王から作られているので、

基本、冥王好みの死神になる。

前冥王は可愛い姿の死神に、

偏りがあったそうだ。

当時は今のような体制ではなかったので、

死神は冥界で働ければいいという感じに、

数が揃えられていた。

現冥王はその組織を作り直したので、

死神も可愛い系、美形、スポーツマン系など、

二十代~三十代を中心に揃え、

冥界と人間界で動きやすい見た目に変えた。

漫画好きの冥王らしいキャラクターが、

多いのかもしれない。


向井がカウンターに寄りかかって待っていると、

「向井さん、今空いてる死神だと、

このあたりですね」

死神課の職員がきて、

端末を見せた。

セイもまた死神なのだが、

デスクワーク専門なので、

冥界での仕事しかしない。

「えっ? これしかいないの? 」

向井が驚くと、

「昨日倉田さんが来てたでしょ。

あれ、

除去課のヘルプに使う、

死神の申請許可にきてたんですよ」

「あぁ、そうなんだ。

じゃあ、冥王に言って、

もう少し死神増やしてもらおうかな」

「あぁ、それダメだと思いますよ」

「なんで? 」

「この前も新田さんがその話をしたら、

禿げるからヤダって言ったそうですから」

「肝が小さいなぁ」

「で、今回はどんなのが必要なんですか?  

男? 女? 職人系? アート系? 」

「男性のダンサーなんだけど、

憑依後、身体が馴染めばOKだから。

過去にダンス経験のある死神はいる? 」

「ダンスね~えっと……フラダンスと、

日舞の経験あるのがいますよ。

あっ、でも男性なんですよね。

そうなると………

社交ダンスで大会に出たものがいます」

「社交ダンスか………」

「探しているダンスってどんな種類なんです? 」

「ストリートっていうの? 

ヒップホップとかハウスダンスとか」

「ストリートダンス!? 

僕、バトルが好きなんですよね~♪  

休憩室の大画面で見てると、

迫力あってカッコいいんですよ!! 」

ここにもTV撤去反対派がいるのか。

向井は下を向いて笑った。

「酒井くるみっていう子なんだけど……」

「えっ? くるみ君? 」

セイの顔が驚きに輝いた。

「なに? 有名人なの? 」

「大スターですよ!! サイン欲しいなぁ~

ダンスバトルの世界大会で優勝してるんですから」

セイが興奮気味に言う。

「彼が飛行機事故で亡くなったって、

ニュースが流れた時、

僕も泣いちゃいましたよ。

優勝して帰国するのに乗った便だったんですよね。

サロンで見かけなかったから、

光の渦で消去課にいちゃったかなって、

思ってたんですよ~」

「物静かな子なんで、

最初はダンスの舞台に立ちたいって、

言われたときには驚いたんだけど、

それほどのダンサーだったんですね。

心残りも当然か」

向井は死んでも踊ることに向き合っている、

十七歳の青年の姿を思い出しながら言った。

「とりあえずその社交ダンスの彼? 

君から見てストリートに体の方はついていけそう? 」

「体力的には大丈夫ですよ。

ただ、ダンスの質が違いますから、

くるみ君が憑依後に馴染めれば、

全く問題はないと思います。

踊るのは彼ですからね」

「なるほど。で、その子はどれ? 」

タブレットをフリックしながら向井が聞く。

「えっと、これこれ、ティン。

年齢も一応二十二歳だから、

丁度いいんじゃないですか?

少し前まで西方面にいたんですけど、

中央に戻ってきたんで、

向井さんはまだ会っていないですよね」

「そうですね」

見た感じ、スタイルも顔もモデル系。

これがストリートダンスを踊ったら、

騒がれそうだなぁ~

「じゃあ、彼がOKなら手伝ってもらえるかな」

「はいはい、ちょっと待っててくださいね」

セイが呼び出しをしている間、

向井は何をするともなく、

カウンターに背を向け、

窓の外を見ていた。


冥界の景色は何もない。

暗闇に明るい光が照らされているだけ。

晴れているのか曇っているのか雨なのか。

天気という概念がないので、

ここにいると時間が止まっているようだ。

しばらくするとセイがティンを連れて戻ってきた。

「一応簡単な説明はしておきました」

思っていたより小柄だが、

いかにもダンサーですという立ち姿と、

均整の取れたスタイルの綺麗な青年だった。

「健康的に焼けてるね」

向井が言うと、

「ひと月前までスケボーさせられてて。

ほら、あのスケボーの徳永選手?

彼が例の高難度のトリックを、

成功させないと成仏しないとか言ってたでしょ。

あれ、やっと成功して、

一週間前に消去課に行ってくれました」

「それは大変でしたね。ご苦労様でした」

「おかげでスケボーのスキルは上がりましたよ」

ティンが笑った。

「じゃあ、あとはくるみ君がOKなら、

憑依の方頼めるかな」

「はい、大丈夫です」

「今、サロンの方にいるんで一緒に来てもらえる? 」

「はい」

向井がティンと一緒に歩き出したところで、

「向井さん!! 貸し出しにチェック入れてください!! 」

セイが慌てて声をかけた。

「いけない、いけない」

向井がチェックしながらサインをすると、

「あと、くるみ君のサイン。

もらって来てください。お願いします!! 

セイ君へって入れてほしいです」

「わかった。聞いてみるよ」

「お願いしますよ!! 」

カウンターから身を乗り出していうセイに、

手を振るとサロンに向かった。
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