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第一部

冥界の工房

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サロンに入ると、

霊があふれかえっているので、

霊気でムッとする。

食事であるお線香が焚かれているので、

その香りでサロン全体が包まれている為、

そこまできつさはないが、

確かに佐久間の何とかしてくれと言う苦情、

分からなくもない。

それでも霊達に不評だった、

白檀、沈香、伽羅などの高級な香りから、

バニラやミルクなどの甘い香りを燻らすようになり、

霊気も少しは和らいでいた。


「おや、向井さん、久しぶりだね」

四十代の細身の男性が声をかけてきた。

「まだ、私の仕事は見つかりそうもないかい? 」

彼は欄間彫刻で有名な琴平という匠の弟子で、

アートの世界で著名になった彫刻師だ。

派遣にはそんなすごい腕を持った者もいるので、

昨日はそのことでも冥王に呼び出されていた。



昨夜――――

「今度は何ですか?  

俺はあなたの小間使いじゃないんですが」

「そんな冷たいこと言わないでよ」

冥王はチョイチョイと手を振って、

向井を呼ぶと、

「これなんだけどね」

見ると派遣霊の登録ナンバーが、

デスクに映し出されていた。

冥王のデスクはそのものが端末なので、

空間に映し出すこともできる。

「ちゃんと仕事してたんですね」

「君ね~私はこれでも、

冥界の秩序を守るものですよ」

「で、今度は何を思いついたんですか」

うずうずした表情をしているのを見ると、

何やら自分の中で、

最高のアイデアを考え浮かんだようだ。

「君さ、サロンの事で、

苦情が来ているそうではないですか」

「お言葉ですが、俺一人の力では、

どうにもならないことはありますから」

「それはそうだよね。

で、代わりに私が、

ある提案をしようと思ってね」

「提案………ですか? 」

また妙なこと考えて、

仕事を増やすんじゃないだろうな。

眉をひそめていると、

「アートスタジオを作ろうと思ってね」

「はあ? 」

向井の口から間の抜けた声が出た。

「もう、冥界大工には頼んであるから、

サロンの横に作業場を設けようと思っているんです」

冥王はずっと考えていたことなのか、

立て板に水状態で話し続けた。

「だって、これだけ凄い派遣霊がいるのに、

下界での仕事が見つからないんだろ?  

冥界なら死神に憑依しなくても仕事は出来るし、

物を作りたい派遣霊には、

そこで作品作りに勤しんでもらってさ」

「で、その作品はどうするんですか? 」

「だからギャラリーも作って、

そこに展示してサロンにいる霊にも、

楽しんでもらえるようにしようと思って。

確かに図書室もあるけど、

それだけじゃつまらないだろう?  

欄間彫刻とか、

私のこの部屋にも飾りたいんですよね。

ほら、この花村さんて人、

凄い有名なアート作家さんじゃないですか。

本を見てね。

私は彼の作品が気に入ってしまいました」

なるほど。

要するに自分用の口実に、

この提案を思いついたわけか。

なかなかずる賢い。

特別室の老獪な者たちと同じだが、

まだ冥王の方が素直な分可愛げはある。

でも、

確かにアートを世に残したいものは別として、

思いっきり作品を作りたいものにとって、

これは悪い話ではない。

冥界とは言え、

自分の作品は残るわけだから。

「そうですね。

冥王はみんなの事を考えて、

一番いい策を考えてくれたんですね」

「も、もちろんですよ。

それにさ、ここに掛け軸とかも、

カッコいいと思うんですよね。

この若手画家の元秀さん?  

彼の画集を見ましたか? 」

元秀………あぁ、あの無口な彼ね。

向井は天井を見ながら思い出していた。

何を考えているか分かりにくい人ではあるが、

サロンでも静かに絵を描いたり、

本を読んだりしている。

若干二十一歳にして、

海外で絵画文化賞を取ったあと、

新しい絵画の発展とともに世界を周っていた中、

テロに巻き込まれて死亡している。

まだ三十五歳。

描き残したい図案があると言っていたが、

冥界でもいいなら、

冥王の掛け軸は置いといても、

いいかもしれない。

「冥王が俺の仕事を心配してくれていたなんて、

驚きました。

派遣霊の人達には聞いておきます」

「でね~私の掛け軸だけでも……」

「冥王の部屋に関しては後回しですよ。

最後尾に並んで待っててください」

「えっ? なんで? 」

「当然でしょう。

目的は冥王の為ではないんですから」

「そ、そりゃ、

サロンにいる者たちが一番ですよ。

でもさ~」

「だめです」

「う~~~ケチ!! 」

子供か。

向井は知らん顔をして、

部屋を出てからププッと笑った。

冥王は良くも悪くも憎めない人物だ。

元秀さんがOKしてくれるなら、

まずは冥王室の掛け軸からお願いしてみますか。

向井は冥王の提案をどう伝えるか、

考えながら廊下を歩いて行った。
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