あなたはずっと俺のもの

文野多咲

文字の大きさ
52 / 57

ハッピーエンド?!3

しおりを挟む
 産婦人科での問診票には、あらかじめ中絶の意思を書き込んだ。
 おめでとう、だなんて言われても困る。
 面倒ごとは、さっさと済ませるに限る。
 長いこと待たされてやっと名前を呼ばれた。

「山田さん、山田よねこさん」

 私は勢い込んで立ち上がった。看護師に詰め寄る。

「米子は、よねこ、じゃなくて、まいこ、です。ふりがな、大きめに書いときましたけど? 漢字よりも大きく書いときましたけど?」

 私は看護師に抗議した。そこ間違えちゃダメなとこ。絶対ダメなとこ! おばあちゃんがつけてくれた名前、間違えないで!

 医師はモニターの豆粒のようなものを指して言った。

「ここに入ってるね」

 唐突に、繭に包まれた赤ちゃんのイメージが頭に浮かんだ。大事に包まれた赤ちゃん。すやすやと眠っている。
 どこかで見た幸せな光景。
 景色が揺れる。
 ドクッと心臓が波打つ。
 赤ちゃん。
 ここに、私の体に、赤ちゃんがいる。赤ちゃんが豆粒の中で眠ってる。
 小さいくせにそれは恐ろしくて怖くて、そして、重い。
 本来なら幸せになるはずの赤ちゃん。幸せをもたらすはずの赤ちゃん。
 豆粒の中で眠っている。
 すやすやと目をつむって眠っている。
 何も知らないで。これから起きることを何も知らないで。

「山田さん? 山田よねこさん? よねこさん? 聞こえてます?」

 だから、よねこ、じゃなくて、まいこ、です……。

「手術日を決めましょう。翌日も休める日を選んでください」
「え、ああ」

 翌日まで影響があるの? あんなに小さな豆粒を取り除くだけなのに?
 ああ、そうだろう。あれは小さくても、とても重いのだ。何日も何日も影響があるだろう。
 もしかしたら、一生、影響があるかもしれない。
 私はスマホでスケジュールを確かめた。
 ええい、スマホよ、動くな。どうしてこんなにスマホが震えるのよ。

「いつがいいですか?」
「えっと、じゃあ、この日に」
「わかりました」

 ことさら、医師も看護師も冷たい声だった。冷淡な声だった。
 私は赤ちゃんを殺す女だから?
 平然と赤ちゃんを殺してしまえる女だから?

 会計を待つ待合室で、震えているのはスマホではなく自分の手だと気づいた。 
 私の中で芽生えた命。
 産むという選択肢はどこにもない。
 子どもなんか困るだけだ。困らせるだけだ。
 だから中絶しかない。
 夫婦連れらしいカップルの幸せそうな姿が、憎いほどうっとうしくなる。
 彼らは子どもを育てる。私は殺す。
 
 家に帰ると床に座り込んだ。
 床の冷たさに立ち上がった。
 赤ちゃんが寒がってしまう。
 ベッドに居場所を変える。
 ごめんね、せっかく来てくれたのに。
 ごめんね………。
 私は長いことベッドに座り込んだまま、立ち上がれなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

元遊び人の彼に狂わされた私の慎ましい人生計画

イセヤ レキ
恋愛
「先輩、私をダシに使わないで下さい」 「何のこと?俺は柚子ちゃんと話したかったから席を立ったんだよ?」 「‥‥あんな美人に言い寄られてるのに、勿体ない」 「こんなイイ男にアピールされてるのは、勿体なくないのか?」 「‥‥下(しも)が緩い男は、大嫌いです」 「やだなぁ、それって噂でしょ!」 「本当の話ではないとでも?」 「いや、去年まではホント♪」 「‥‥近づかないで下さい、ケダモノ」 ☆☆☆ 「気になってる程度なら、そのまま引き下がって下さい」 「じゃあ、好きだよ?」 「疑問系になる位の告白は要りません」 「好きだ!」 「疑問系じゃなくても要りません」 「どうしたら、信じてくれるの?」 「信じるも信じないもないんですけど‥‥そうですね、私の好きなところを400字詰め原稿用紙5枚に纏めて、1週間以内に提出したら信じます」 ☆☆☆ そんな二人が織り成す物語 ギャグ(一部シリアス)/女主人公/現代/日常/ハッピーエンド/オフィスラブ/社会人/オンラインゲーム/ヤンデレ

Catch hold of your Love

天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。 決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。 当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。 なぜだ!? あの美しいオジョーサマは、どーするの!? ※2016年01月08日 完結済。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

楓乃めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

処理中です...