私を陥れたヒロインに盛大なバッドエンドを

文野多咲

文字の大きさ
28 / 37

王族会議、再び2

現れ出たマリアンナに、クリスティーヌは身構えた。頭に手をやり、ヘッドドレスを両手で抑える。横でジゼルも戦闘態勢になっている。

今は人目があるから滅多なことはしでかせないが、警戒するに越したことはない。

「ねえ、クリスティーヌぅ、まさか私に勝ったとでも思ってるぅ? でもぉ、私はヒロインなのぉ。この世界は私のためにあるのよぉ。いつでも私の都合の良いようにひっくり返せるんだからねぇ。あんたの奴隷送りは決まってるんだから」

そこでつとマリアンナは歩み寄る。クリスティーヌの耳に口を寄せる。

「せいぜい今を楽しんどきな!」

最後の乱暴な一言はクリスティーヌにしか聞こえなかった。

マリアンナはくるりと背を向けて去っていく。

クリスティーヌは揺れるピンクブロンドの背中を見て、息をついた。何か言って返してやりたかったが、体が竦んでしまった。何もされなかっただけ良かったと思うしかなかった。

(マリアンナには負けない)

弱気になりそうな自分を奮い立たせる。

宰相府に向かう途中、大公がガゼボに座っているのが見えた。

(ちょうど良かったわ)

コンソメスープをガゼボまで持ってくるよう遣いをやって、大公のもとに向かおうとすれば、折よくギョームがやってくるのが見えた。気乗りのしなさそうなギョームを、引っ張って連れていく。

ガゼボに座る大公は、やはり腕を組んで目を伏せていた。

「ベルナール叔父さま、座ってもよろしくて?」

クリスティーヌの声が聞こえたはずなのに、反応はない。

(マリアンナの立太子を邪魔したから怒っているのかしら)

大公の返事はなかったがクリスティーヌはガゼボに座り込んだ。ギョームもおずおずと座る。

「ベルナール叔父さま、ドラローシュ家のコンソメスープを口にしたことがあって?」

大公は目を伏せたままだ。クリスティーヌは気がくじけるも、話しかける。大公を味方につけるしか道はないのだ。

「お母さま仕込みの味だから、きっとベルナール叔父さまの口に合うわ。お母さまは私が病気で寝込んだときにはこれをひとさじずつ飲ませてくれたのよ。透明なスープなんて普段は飲んだ気がしないんだけど、病気のときには不思議とおいしかったわ」

大公は黙ったままだ。追い返されないことをいいことに、クリスティーヌは粘る。

「夏の暑い日、食欲がないときは、プリンを作ってくれたの。カラメルたっぷりなの。冷やしていただくとそれはそれはおいしかったわ。寒くなってくれば、リンゴパイを作ってくれたわ。サワーソースを添えてくれて、それから苦手だったサワークリームが、大好きになったの。お母さまは料理上手だったわ。ご自分の手は使わないけど料理人に的確に指示していたわ」

大公からは反応はない。

(これ以上粘って気分を害したら逆効果だわ)

そう判断したクリスティーヌは立ち上がろうとした。

そのとき、大公がぽつりと言ったのが聞こえてきた。

「姉上は食いしん坊だった」

大公は目を伏せたまま、もう一度言った。

「俺の知る限り、一番の食いしん坊だった」

「ええ? そうだったの?」

クリスティーヌの知らない母の一面だ。いつも楚々として、どちらかというと小食だった。お代わりをするところなど見たことがない。

「俺のケーキをいつも一口分けて欲しがった。断ると耳を引っ張られた」

「まあ! お母さまってそんな人だったの?」

「いつも厨房に出入りして、出来上がったものをこっそりたいらげて、料理長を困らせてた」

「まあ!」

「父上に怒られると、お腹が空いてしようがないの、って言い返してた。それはそのはずだ。いつも剣を振り回し、馬で駆け回っていたのだから」

「お母さまがそんなお転婆だったとは……」

「でも14歳でぴたりと変わった。ある日を境に、文句のつけようのない淑女になった。それからはクリスティーヌの知っての通りの姉上だ」

「ええ、私の知っているお母さまは、立派な淑女だったわ。上品で控えめで物優しい方だった。いつも私を心配してくれていた」

不意にクリスティーヌに母への思慕が込み上げてたまらなくなった。思えばこうやってしみじみと母親のことを誰かと話したことなどなかった。両親を失って以降、クリスティーヌはノエルとともに必死で生きてきた。ノエルがいたからこそ乗り越えられたが、悲しみに浸る余裕などなかった。

クリスティーヌは浮かんできた涙を手で押さえながら言った。

「ふふっ、お母さまったら、大人になったから我慢してたのね。私のケーキは一口も欲しがらなかったわ。いつも私が食べるのを嬉しそうに見ていたわ。私から差し上げればよかったわね……、ふふっ……、私ったら気が利かない……」

「気など利かせなくて良かった。クリスティーヌがおいしく食べることが姉上の喜びだったのだ。姉上は幸せだったはずだ」

クリスティーヌに嗚咽が込み上げた。ハンカチで涙をぬぐう。

「葬儀の後、王宮から毎日、花が届いたわ。あれはベルナール叔父さまだったのでしょう。お礼を言えないままだったわ。ありがとう。ずいぶんと慰められたわ」

魔獣出現と期を同じくして花がやんだことからして、大公の心遣いだったに違いない。

大公は何も言わなかったが、目の前に差し出されたコンソメスープに腕組みをほどいた。

「うまい。絶妙な味加減だ。さすが食いしん坊が仕込んだ味だ」

大公の目にも涙が浮かんでいるように見えた。

大公の皿が空になった後、クリスティーヌは口を開いた。

「叔父さまに、お願いがあるの」

言いにくいことだけに一気に言う。

「ロベールさま、シャルルさま、そして、ベルナール叔父さまご自身の立太子を不承認してほしいの」

大公はさすがに目を見開いて、クリスティーヌを見た。

そこで、ギョームが口を開く。

「実は我が国の財政はひっ迫しております」

届いた資料を見せながら、国家財政の現状を説明する。そして、商人に金を借りる条件が女王の実現であることも告げる。

目を伏せてじっとそれを聞いていた大公はやがて言った。

「金を借りてまで国を存続させなければならないとは俺には到底思えぬ。滅ぶのならそれも命運。よって、協力できぬ」

「では、民はどうなりますの? 混乱があれば、苦しむのは民です。いつも最もか弱き者たちが最も苦しみます」

大公は口を開く。

「ロベールの立太子は不承認にする」

不意の宣言はきっぱりした口調だった。クリスティーヌに請われたからではなく、自分で決めた答えに違いなかった。

「では、シャルルさまは」

「シャルルの立太子も不承認する」

やはりきっぱりとした口調だ。おそらくこれも自身の考えに違いなかった。

となるとクリスティーヌに思い当たることは一つしかない。

「ご自分が王太子になるつもりですの?」

国王になるチャンスをみすみす逃す人はいない。マリアンナの立太子否決で、大公もまた王位に近づいた。

クリスティーヌがロベールとシャルルの不承認を言い出したことで、大公は自分に王位が回ってくることを確信したはずだ。

(先に手の内を晒したせいで、墓穴を掘ったかもしれないわ。こうなったら、シャルルさまの不承認ののち、ジャクリーヌさまを味方につけるしかないわ。でもどうやって……?)

大公は立ち上がった。

「コンソメスープ、心に染みたよ。今日は久しぶりに姉上のことを思い出した。とても良い時間だった。ありがとう」

大公はガゼボを去っていく。その背にクリスティーヌは問いかけた。

「ベルナール叔父さま、フィリップ叔父さまのお顔をご覧になりましたか?」

大公はフィリップから御璽を預かったとき、顔を合わせたはずだ。御璽のように大事なものを人づてに渡すはずがない。

「いいや、見なかったよ」

(見なかった……? では、どうやって御璽を受け取ったの?)

大公はクリスティーヌを見つめて意味深に笑った。

「これからもきっと見ない」

大公はそう言い残して去った。どこか諦めたような響きだった。

***

王族会議が再開した。


感想 4

あなたにおすすめの小説

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?

しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。 王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!! ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。 この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。 孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。 なんちゃって異世界のお話です。 時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。 HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24) 数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。 *国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

悪役令嬢は間違えない

スノウ
恋愛
 王太子の婚約者候補として横暴に振る舞ってきた公爵令嬢のジゼット。  その行動はだんだんエスカレートしていき、ついには癒しの聖女であるリリーという少女を害したことで王太子から断罪され、公開処刑を言い渡される。  処刑までの牢獄での暮らしは劣悪なもので、ジゼットのプライドはズタズタにされ、彼女は生きる希望を失ってしまう。  処刑当日、ジゼットの従者だったダリルが助けに来てくれたものの、看守に見つかり、脱獄は叶わなかった。  しかし、ジゼットは唯一自分を助けようとしてくれたダリルの行動に涙を流し、彼への感謝を胸に断頭台に上がった。  そして、ジゼットの処刑は執行された……はずだった。  ジゼットが気がつくと、彼女が9歳だった時まで時間が巻き戻っていた。  ジゼットは決意する。  次は絶対に間違えない。  処刑なんかされずに、寿命をまっとうしてみせる。  そして、唯一自分を助けようとしてくれたダリルを大切にする、と。   ────────────    毎日20時頃に投稿します。  お気に入り登録をしてくださった方、いいねをくださった方、エールをくださった方、どうもありがとうございます。  とても励みになります。  

私と幼馴染と十年間の婚約者

川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。 それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。 アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。 婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

もちもちほっぺ
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?

にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。 「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。 否定はしない。 けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。 婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。 「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」 ──存じません。私はもう、ただの無職ですので。