私を陥れたヒロインに盛大なバッドエンドを

文野多咲

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沈黙の王宮と現れし女王

クリスティーヌはある考えにたどり着いていた。国王陛下、フィリップは死んでいるのだ、と。

(それも、お祖父さまが亡くなる前に)

おそらくは戦勝会のあと、病気から回復しないまま亡くなってしまったのだ。それをジャクリーヌは隠ぺいした。王妃になって、自分の地位の安泰を守るために。

そして、大公はそれに気づいた。

(即位式に国王として姿を現したのは、フィリップ叔父さまではなくベルナール叔父さまだったのだわ)

大公が、金髪のかつらをかぶり、前髪で目元を隠していたのだ。

あの日の国王は、車椅子だったが、頬は痩せておらず、肩も頑丈そうだった。車椅子はその後引きこもるための言い訳にもなれば、背格好をごまかすのにもちょうどいい。

クリスティーヌは大公を見た。大公はまっすぐに見つめ返してきた。その目に後ろめたさはない。

ジャクリーヌはフィリップの加減が悪いなどと嘘を告げて、大公に身代わりを頼み、大公は善意で協力した。そして、のちに疑いを抱いた。もしかするとフィリップはこの世にいないのではないか、と。宰相やシャルルにも顔を見せないとはあまりに異常だ、と。

そして、寝殿に出向いて、そのことを確信した。王の間は空だったのだ。御璽を持ち出すのも簡単だったはずだ。おそらくはジャクリーヌによって王の間の出入りは固く禁じられていたはずだが、王族ならば隠し通路を使える。

大公は目に悲しみを浮かべた。

「クリスティーヌ、気づいたんだね」

クリスティーヌは微かに頷いた。

「では、これから、本当の決議をしよう」

大公の言いたいことがクリスティーヌには痛いほどわかった。

これまでの決議は無効だ。マリアンナ、ロベール、シャルル、そして、大公にまつわる立太子の決議は、一切が無効となる。なぜなら、彼らに先んじる人物が存在するからだ。

クリスティーヌは声を張った。

「わたくし、クリスティーヌ・ドラローシュの立太子を承認する人は挙手を」

そのときのクリスティーヌには大公が挙手をするとの確信があった。何故なら、「長子を男子に限らない」との決議こそが、クリスティーヌを継承権一位に押し上げているのだから。それにこだわったのは大公その人だ。

クリスティーヌの予測通り、大公は挙手した。同じく挙手したクリスティーヌの票を合わせて過半数となった。

「承認、3。よって、わたくし、クリスティーヌ・ドラローシュの立太子が決定しました」

ジャクリーヌは「あああ」と声を上げて、放心した。傍聴席の貴族たちは何が起きているのかわからず、唖然としている。

マリアンナは声を上げた。

「クリスティーヌぅ、あたまおかしくなっちゃった?」

クリスティーヌはマリアンナに人差し指を向けた。

「衛兵、マリアンナを捉えなさい」

戸惑う衛兵に更に告げる。

「その者は内乱を起こそうとしています。国家反逆は大罪」

傍聴席の貴族らがどよめく。

「内乱だと? まさか、聖王女殿下が?」

「そんな恐ろしいことを」

マリアンナは平然と言う。

「ちょっとぉ、どこに証拠があるのよ?」

「城下の一角に、一味の根城があります。そこでは証拠となるビラも見つかりましょう」

衛兵はマリアンナを拘束し始めた。マリアンナは騒ぎだす。

「ちょっと、やめてよ。ねえぇ、将軍、兵士を止めてよぉ。どうしてクリスティーヌの味方をするの、将軍は私の味方のはずでしょお?」

大公はマリアンナに冷たい一瞥を向けただけだった。

大公の態度に衛兵らから迷いが消える。荒々しくマリアンナを拘束する。

「ちょっと、やめて、離して」

マリアンナが暴れれば暴れるほど議場の彼女に対する目は冷たいものとなっていく。

「離せよ、離しやがれ、ごらぁっ」

クリスティーヌは暴れるマリアンナの前に立った。耳元で告げる。

「残念ね。あなたの負け」

「なっ?」

マリアンナの顔が引きつった。

「私が女王よ」

「クリスティーヌ、お前、許さねえからな! ばかにしてっ、こんなの、すぐにひっくりかえるんだからな! お前なんか奴隷送りだ!」

マリアンナは議場に出ても罵声を上げていたが、やがて聞こえなくなった。

***

アルテュールよりも先にフィリップが亡くなっていたのならば、王族会議は、アルテュールの後継を承認する会議だったことになる。

そして、王位継承権はこう定められている。

――次の王は、王の長子、王の長子の長子、王の子、先王の子、が順に継承する。

決議で「長子は男子に限らず」、それが定まった時点で、クリスティーヌの第一順位は決した。なぜなら、アルテュールの長子は、クリスティーヌの母だから。そして、その長子であるクリスティーヌが第一順位となる。次いで、ノエルだ。

クリスティーヌは正当に王太子となり、フィリップ亡き今は女王だ。

王宮のサロンにて、ジャクリーヌは弱弱しく項垂れていた。か細い声で真実を告白し始めた。

「フィリップが死んだことを受け止められなかったの……。それに、まだ、シャルルは幼いわ……。あの人が生きていたことにしなければ私も生きていけなかったの……」

ジャクリーヌの声は苦渋に満ちている。しかし、どれほど内心の苦しみを訴えたとて、国王の死を隠ぺいしていたジャクリーヌの罪はなかったことにはできない。

クリスティーヌは口を開く。

「これは重大な犯罪。見過ごすことなどできません。ロベールはこのことを知っていたのですか」

となると、ロベールも同罪だ。ジャクリーヌは首を横に振る。

「いいえ、知らなかったわ。知ろうともしなかったわ。あの子は父親の容態を知りたいとも思わない子だった。それでも私にとっては可愛い子なの。お願い、これは私一人がやったこと。刑に処すなら私だけにして」

大公が口を開く。

「義姉上、俺はあなたが自分からことを正すのを期待していた。しかし、その期待は裏切られた」

ジャクリーヌは大公の頬をぶった。

「裏切り者はあなたでしょう! あなたを信じていたのに!」

大公はジャクリーヌの手を避けることなくぶたれた。ジャクリーヌの一撃は大公に何の衝撃も与えず、大公はジャクリーヌをいたわるような目で見るだけだった。

「俺は裏切ったつもりはない。むしろ、あなたをお守りするためだ。正しくない道はいつかは大きなしっぺがえしとなる。義姉上の罪が、二人の王子を王位から遠ざけたのだ。そして、義姉上の免責を願い出る俺も同じ。王位にはふさわしくはない」

ジャクリーヌはそこで、ハッとした顔を大公に向けた。

「クリスティーヌ、義姉上を大公領にて蟄居させておくことを約束する。だから、義姉上の免罪を頼む」

「あああっ」

ジャクリーヌは嗚咽をあげて大公の胸に崩れた。大公はジャクリーヌを慰めるかのように支えた。

大公はジャクリーヌに秘めた思いを抱いているのかもしれなかった。ジャクリーヌは大公の亡き妻の姉。亡き妻の代わりに支えるつもりでいるか、あるいは、亡き妻の面影を重ねているのかもしれなかった。

クリスティーヌは大公の願いを受け入れ、フィリップの死の真相は明らかになることはなかった。

公式では、王族会議でのマリアンナから大公までの立太子の承認ならず、クリスティーヌの承認が成立したことになった。

クリスティーヌの立太式が執り行われたのち、フィリップ国王が病死したと発表された。

フィリップ国王の葬列がおごそかに続いている。

棺の後に続く王族は、ジャクリーヌ、シャルル、クリスティーヌ、ノエル、大公だった。

フィリップの長子たるマリアンナは幽閉され、実子ロベールは行方をくらましている。

今回の国葬を見送る人々の中に、反乱分子はいない。ジャックとその一味はすでに捉えて地下牢に幽閉している。

民衆はしめやかにフィリップ国王を見送った。若き日のフィリップは見目好い、麗しき王子だった。その輝きは民衆に強く残っている。

クリスティーヌは感慨を抱いていた。もうマリアンナに勝ち目はない。マリアンナの味方はどこにもいない。ジャックは捕らえられて、ロベールは姿を消した。大公とギョームからは冷たい目で見られている。

マリアンナの先には破滅あるのみだ。

(勝ったんだわ。私……)

***

即位式を明日に控えていた。

クリスティーヌは地下牢のマリアンナを訪ねた。何度も辛酸を舐めさせられた。落ちぶれたマリアンナを見ることで勝利を確かめたかった。

マリアンナは、石床に膝をついて窓に向かって祈りを捧げていた。地下牢は暗い。

しかしマリアンナだけは、窓から差す光に照らされて、煌々と輝いていた。ピンクブロンドの髪は輝きを失っているが、背を伸ばして祈る姿はどこか気高く見える。

「マリアンナ」

マリアンナにはクリスティーヌの声が届かないようだった。

マリアンナは一心に祈りを捧げている。その光景は崇高で汚してはいけない聖女そのものだった。

(どうして? どうしてまだヒロインに見えるの?)

「マリアンナ、あなたを帝国に奴隷送りにすることが決まったわ」

マリアンナはやはり一心に祈りを続けていた。暗闇に浮かび上がった聖女マリアンナ。民衆を苦しみから解き放つ救世主マリアンナ。地下牢にあってもその呼び名はふさわしい。いや、地下牢にあるからこそ、さんさんと輝いて見えるようだ。

クリスティーヌはその姿に打ちのめされていた。

***

即位式。

クリスティーヌは赤いドレスに身を包んでいた。ルロアの伝統織物で仕立てたドレスだ。その上に真っ白な毛皮で縁取られたグレーの重厚なマントを羽織っている。

圧倒的なほどの存在感を放つ豪奢な女王に仕立てあがっていた。

「ジゼル、大丈夫かしら?」

「ええ、姫さま、いいえ、陛下。とても立派なお姿です」

立派、などという形容に違和を感じていた。豪奢なドレスに身を包みながらもどこか引け目を感じているというのに。

「陛下なんて呼ばないで」

「いいえ、姫さまは神々しいほどに陛下でございます」

頭を垂れたジゼルを他人行儀に感じてしまう。

姿見の自分を見て、クリスティーヌは、凍り付いた。

ここしばらく、ダンが贈ってきた風合いの柔らかい生地のドレスを着て過ごしていた。物優しい令嬢として過ごしてきたつもりでいた。

しかし、鏡の中にいるのは、派手な髪色、勝気そうな目、酷薄そうな口元。

紛れもない悪役令嬢だ。

それは、元のクリスティーヌ、ある意味懐かしさすら感じてしまう。

(どうして今も悪役令嬢にしか見えないの?)

クリスティーヌは呆然と立ち尽くしていた。

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