セクハラ貴族にビンタしたら社交界を追放されたので、田舎で人生やり直します。~一方、そのころ王都では~

真曽木トウル

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◇30◇ 宰相からの呼び出し【メイス侯爵夫人視点】

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   ◇ ◇ ◇


 ――王都・王宮――

 ウェーバー侯爵の子息たちがどう動こうと、自分には特に影響はないだろう…………とたかをくくっていたメイス侯爵夫人だったが、その日、王宮から宰相に呼出しを受けていた。


「夜会の禁止と…………調査ですか?」


 夫人の言葉に、はい、と宰相ホメロス公爵はうなずいた。

 70歳を越えたこの白髪の老人は、老齢を理由に昨年まで王政から退いていたのだが、昨年の王太子交代にともない再び政局に戻ってきた。
 一見人が良さそうな老人だが、中身は老獪ろうかいそのもので、油断したら痛い目を見る相手だというのはメイス侯爵夫人も重々承知していた。

 しかし、夜会の禁止とは……。

 夫人の後ろに影のようにひかえた侍女が、思うところあったのか咳払いする。
 一瞬……吹き出したように聞こえたのは気のせいか。


「とある筋から情報を得ましてね。
 一部の夜会で、意に添わぬかたちで男女を醜聞寸前の状況に追い込み、一方、あるいは両方が了解していない状態で無理矢理結婚させるという事態がどうも、起きているのではないかと」

「……あら、そのようなことが?
 心当たりはございませんけれど……」


(なぜこのタイミング?
 フランカ・ボスウェリアの件が関係している……? ……まさか?)


「メイス侯爵夫人にお心当たりがなければ結構。
 まぁ、どのような手口なのか、参考までに聞いていっていただけますかな?」


 ホメロス公爵は豊かな口ひげをしごきながら、フフッと笑う。


「………どうぞ?」

「では。
 あるとき、大勢の客を呼ぶ夜会でのこと。とある若者は、夜会の主催者に、一人外れてやしきの奥に入るよう促されました。
 何かを頼まれたか、あるいは勧められた酒を飲んで気分が悪くなるなどしたか……。
 その若者が入ったやしきの奥には、これまた何かの理由でそこにいたうら若き令嬢が。
 意図せず、ふたりきりになってしまった。
 そこへ、親族の者が現れて言うのです。
『おまえたちこんなところで密会していたのか。このままでは醜聞になり、両家とも、貴族社会の中で生きていけなくなる。醜聞を避けるには結婚するしかない』……などと」


 すらすらと語るホメロス公爵。
 実際に、当事者から訴えられでもしたように。

 ……誰かが、宰相に訴えた?
 この手口も昔からかなり使ってきたので、一体どの令息か令嬢か、見当もつかない。


「あるとき、また別の夜会にて。
 婚約が決まったとある令嬢が、夜会の主催者に誘われて、皆から離れたところに行ったところ……主催者がふいに離れ、かわりに令嬢に横恋慕していた男が現れ令嬢の唇を奪った。さらにそれを婚約者に目撃された。
 それを不貞であると考えた婚約者により婚約は解消され、令嬢は失意のうちに、横恋慕していた男のもとに嫁いだ。
 ……メイス侯爵夫人は、どう思われますか?」


 微笑みを絶やさず、話しかけてくるホメロス公爵。

 ……これは。確実に当事者からの証言を得ている。しかも複数。

 王太子不在で多忙なホメロス公爵が、そんな調査に手をかけられるとは思わない。
 誰かが、当事者たちの証言を取りまとめたうえで、ホメロス公爵に告発したのだ。

 誰が調べた? ……醜聞が表沙汰になれば自分の家に名誉にかかわるから、貴族同士で聞いたとしても絶対にそんな証言は出てこないだろうに。

 メイス侯爵夫人の脳裏にウェーバー侯爵の次男の顔が浮かぶ。

 
(まさか。あの方に、そんな動機はないはず。
 それに独身の令嬢方の注目の的であるあの方がそんな動きをすれば、わたくしの耳にも入ってくるはず……)


 ……いや、冷静にならなければ。
 動揺など見せてやるものか。どうせ証拠はないのだ。


「いずれも古典的な手ですわね」

「古典的?」

「昔から、言うことを聞かず結婚しない息子やいき遅れの娘に手を焼いていた貴族が、使った手口でございましょう?
 よくある話、ですわ」

「親といえど他人。勝手に他人の手で運命を決められ、結婚させられた若者たちの意思は?」

「……お気の毒、ではありますけれど、結婚は貴族の義務ではなくて?
 わたくしも、17で、50を超えた夫に嫁ぎましたわ。貴族の娘としての義務を果たしたのです」


(そう。結婚とは貴族の仕事ですわ。
 若い殿方もご令嬢方も、選り好みや高望みなどせず、愛などない相手と、子を成すためだけの結婚という仕事をし、子を成すためだけの営みという仕事をして、粛々と出産という仕事をこなせばよいのです。
 それが貴族にとって正しいことでしょう?)


「……どうせ結婚後は、貴族の既婚者同士での密会や、高級娼婦や男娼、愛人を囲うなどできるだろうと、そうおっしゃりたいのですかな」

「そのとおりでございますわ。
 わたくし、殿方の遊びにも寛容な女ですの」


 そう言えばたいていの貴族の男は好感を持つはずだった。
 しかしホメロス公爵には通じない。


「本人たちの意思を無視した結婚の是非、それから、……明らかに一方の家がその結婚を望んでいない例もあることはまず、いったんここで置きましょう。
 ――――私が問題視しているのは、その望まない結婚の強要を、商売としている者がいるのではないかということです」

「あら。そのような者もいるのかもしれませんけれど、それは法で何かの罪に問えるものですの?」


 メイス侯爵夫人は妖艶に微笑み返した。

 確かに、彼女は自分の主催する夜会で、そのような工作を行い、依頼者から金銭や宝石、美術品などを受け取っていた。

 だが、金銭をもらっていたとしても、罪には問われない自信がある。
 これは法制化されていない、貴族社会の醜聞スキャンダルを忌避する不文律を利用したものだからだ。


(わたくしを法では裁けませんわ)


「いいえ、いまは裁けるのです」
「!?」


 しまった。一瞬、動揺の色を浮かべてしまったかもしれない。
 メイス侯爵夫人は取り繕い、再び微笑む。まさか、できるわけが。


「以前に王太子殿下が中心になって整えた、各種の権利と、それを侵害する者への懲罰を含めた法改正を覚えていらっしゃいますか?
 特に、使用人への暴力や長時間の酷使、さらに貞操を侵害するような行為を固く禁じ、罰則をもうけましたな。それに対して『使用人の権利などなぜ貴族が守らねばならないのだ、息が詰まる』などといった批判が上がりましたが」

「……それが?」

「どうやら改正された条文をお読みになっておられない。
 かの法の条文自体は、『本人の意思に反した』貞操の侵害をされてはならず、誰であれその侵害が起きれば、犯人は刑罰を以って裁かれなければならないとするものです。
 その幇助ほうじょも含めてね」

「…………!!」

「つまり、使用人のみならず、貴族の男女が被害者であったとしても、罪に問えるのですよ」


(何ですって………!!)
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