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◇33◇ 王都に帰ってきました!
しおりを挟む◇ ◇ ◇
――――ついにその日はやってきた。
ガイア様のおともで、王都へ向かう馬車に乗る。
ヘリオスが乗っているような屋根なしのものじゃない、箱形の馬車。
ウェーバー侯爵家の紋章のあるその馬車はとても大きくて立派で、私が今まで乗ったことがあるどんな馬車よりも乗り心地が良かった。
馬車は、私以外のお付きの人の乗るものやガイア様のお荷物を運ぶものも入れて、全部で4台。これはなかなか目立ちそう。
「はぁぁぁ……緊張します……」
ゆっくり流れる風景を見ながらため息をつくと、「だいじょうぶ?」とガイア様がお声をかけてくださった。
「やっぱりまだ、知り合いに会ったら恐いなって思うのと……ライオット伯爵に出くわしたらどうしようって思いもあるんです」
「ライオット伯爵は謹慎中らしいけれど、まだ油断はできないわね」
「もうすぐ王太子殿下が帰国なさって…20歳のお誕生日パーティーがあるんですね」
王宮で盛大に行われる、社交シーズンの最後を彩るパーティー。
侍女の私も、会場で、ガイア様のお世話の仕事があるはずだ。
その場で知り合いに会ったり……もし来ていたら、ライオット伯爵やメイス侯爵夫人に会ってしまうかもしれない。
一人にならないように気を付けなければ。
(あれ、待って。
私、ガイア様の侍女ということはウェーバー侯爵邸にも入るのよね。
つまり、ヘリオスが産まれ育った家、そしていま住んでいる家に……?)
うわあ! 本当にいいんですか!?
18年前に赤ちゃんのヘリオスが産まれて、よちよち歩きを始めて、言葉を話すようになって、お兄様と兄弟ゲンカとかしちゃったりして(妄想)……それを全部見守ってきたお邸に私、入れてもらえるってこと? 良いのかしら、それ? なんという役得!
……いったん冷静になろうと大きく息を吸って、吐く。
落ち着きなさい、フランカ。相手は雲の上の人よ。名家のウェーバー侯爵家よ。礼儀と敬意と、レディとしてのたしなみを忘れずに。
そして再び、周りの風景を見た。
(…………あら?)
ふと、気になることがあった。
進行方向遠くにある小さな小屋から、馬が一頭、走っていったのだ。上に人がのっている。
(そもそも…ヘリオスにお城に連れてきてもらった時……あそこにあんな小屋、あったかしら?)
それも小屋というには、なにか農具などをしまうにも中途半端な場所に立っている。
人の家らしくないその小屋の前を馬車が通り過ぎていく。なんでこの小屋に馬を置いていて、なんでここから馬に乗って出て行ったのかしら。誰か馬で移動していて、たまたま休憩していたのかしら。
「どうかしたの? フランカ」
「え、あの、いいえ!
なんでもありません」
(大丈夫、よね?)
なぜか少しだけ浮かんだ不安は、馬車に揺られているうちにだんだんと消えていった。
◇ ◇ ◇
久しぶりに王都に入ったときにはもう夕方になっていた。
それにしても少し離れていただけなのに、王都の街並みが、もう懐かしい。と同時に、王都の知り合いたち、それからお父様の顔を思い出して、鼓動が速くなる。
心臓がきゅっとして、息がしづらい。
(大丈夫……、仕事に集中すればいいのよ。私、いま何もやましいことしていないんだから)
そのまま、ヘリオスのお邸に向かうのかと思っていた。けれど馬車がついたのは……
「あ、ここ、私が王都を出る前日に泊まったホテルです」
外観もとても装飾が美しいホテルの建物を眺めて、私はヘリオスとの出会いの日に懐かしく思いを馳せた。
「そうなのね。ここはよく私がお世話になったホテルなのよ。
何かあったらここに逃げ込んだらしっかり匿ってもらえたわ」
「ほんとに、ガイア様も大変だったんですね……」
お付きの人と、荷物などを載せた馬車は先にお邸に向かい、一方、ガイア様と私は今夜はホテルに泊まるのだという。
「……ちょっと最近、うちの邸の周りが騒がしいらしいから。
邸に来るのは様子を見てからみたい」
「まだ変な人たちが邸の周りをうろついているんでしょうか……」
「変な人たち」というとなぜか、ぷっ、とガイア様が吹き出した。
「いえ、笑ってはダメね。
まぁ、ヘリオスにもうちにも迷惑ではあるんだけど……」
「???」
それにしても、ウェーバー侯爵家の人がお世話になってきたホテルだと聞くと、このまえ何気なく泊まったことがもったいなかったなと思う。
「明日の昼にヘリオスが迎えにくるわ。そうしたら一緒に出ましょう」
「はい!」
◇ ◇ ◇
翌日、私たちは、ホテルのロビーではなく、ホテルが用意してくださった特別室のようなところでヘリオスの到着を待っていた。
(厳重だわ……ライオット伯爵に、私が王都に戻ったことが伝わったりしないように、気をつかってくださったのかしら)
出していただいた紅茶はとっても美味しいけど、少しそれが気になっていた。
重厚な扉が、こんこん、とノックされる。
「どうぞ」ガイア様が声をかけると、ホテルの方が扉を開け、一礼した。
「ヘリオス様のお着きでございます」
「ありがとう」
すう、はぁ、と私は深呼吸した。
よし、大丈夫よ。久しぶりにヘリオスに会う心構えはできたわ。
お腹に力を入れて、私は顔をあげた。
(――――――!?)
「遅くなりました。
無事にお戻りになられて良かったです、母上」
「我が息子ながら、馬子にも衣装ね」
「何ですかそれは」
2人が会話している間、私は衝撃で言葉もなかった。
私の知っているヘリオスの服装といえば、平民の方みたいな?不思議なフードのついた外套を羽織って顔を隠した格好だった。
いま目の前のヘリオスは、まさに『貴族令息』だった。
艶やかな生地の最高ランクの礼装に身を包み、前髪をあげてセットしているので、形の良い額と眉も見えるので凛々しさ倍増だ。とても腕のいい名のある仕立て人の手によるものだろう礼装は、ヘリオスのスタイルの良さを強調し、手足の長さを際立たせた。
そこに加わる、息が止まりそうなほど綺麗なアイスブルーの瞳、ヘリオスの美貌。もはや王子さま(抽象的な意味で)としか言いようがないじゃない!!
「どうした? フランカ」
「――――――いきなりこの仕様のヘリオスは、心臓に悪いです……」
「は?」
…………しまった。魂が抜けかけて、本音がすごい勢いで口から漏れてしまったわ。
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