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◇38◇ 効いた……?【ヘリオス視点】
しおりを挟む「お待ちなさい! その馬車!!」
うっすら聞き覚えのあるその声は、あまり会いたくなかった相手のものだった。
心得ている馭者は、馬車を止めることなく、馬車は門の中に入っていく。
ちらりと見た窓の外。
アフタヌーンドレス姿の令嬢が3人、馬車を追ってくる。
が、その前に邸の門はぴったりと閉まった。よし、目は合っていない。あとは門番の方でがんばってもらう。……それにしても。
(……いったい、どこで隠れて待ち伏せてたんだよ!?)
道に停まっている馬車はいなかった。
近くの邸の住人を買収して、敷地の中に隠れていたとしか思えない。
他にも隠れているんだろうか?
毎回思うんだが、みんな、どうしてそういう人の迷惑を省みない手を使ってくる?
誰から入れ知恵されてきてんだ?
「……あの、ヘリオス?」
「大丈夫、まったく、気にしなくていい」
フランカの質問を潰すように言葉をぶつけた。
『あれは誰ですか?』なんて、いまフランカに聞かれたくなかったし、口に出したくもない名前を答えたくもなかった。
邸の敷地の中を馬車は走り、本館の前で、止まった。馭者が足台の準備をしている。
「まぁ、あれが、私の言った迷惑な人たちよ」
「母上!」
「どうせまた来るのだもの、説明はしておいた方が良いわよ。
あのねフランカ。一言でいえば、ヘリオスと結婚したくて仕方がないお嬢さんたちが、ヘリオスに会いたくて家に押しかけてくるのよ。こちらがおいでと言ったわけでもないのに」
うなずくフランカ。
うつむいていて、表情が見えない。
……顔を上げた。ニコッと、笑った。
「……社交界でお見かけしたことのある方々でした。
いずれも名のある家のご令嬢で、綺麗な方々……」
「…………?」
「そんなご令嬢方があんなになるぐらい、ヘリオスに会いたがるんですね。
すごいヘリオス、やっぱりモテますね!」
わざとらしい笑顔でフランカは、らしくねぇことを言った。
いつものフランカなら、そんなこと言わない。俺が嫌がるところをわかっているみたいに、そういう話は綺麗に避けるのに。
苛立ったわけじゃなくて、ただ、驚いた。
会話が途切れたところを見計らったのだろうか、馭者が馬車の扉を開ける。
足元にはすでに、足台が置かれている。
俺が先に馬車を降りる。それから、フランカに手を伸ばした。
――――俺の手に、自分の手を重ねようとしてきたのに、フランカは触れる前にその手を止めた。
(…………?)
そのままフランカは馬車の扉の手すりにつかまって、足を下ろしていく。
「大丈夫ですから、気にしないでください」
にこ、と微笑む。その顔は、やっぱりわざとらしかった。
◇ ◇ ◇
「――――ここがフランカの部屋。
部屋にあるものは好きに使ってくれていい」
それでも部屋へと案内する役は俺になる。部屋を見せながら、フランカの様子を観察する。
「えっ!!
……良いお部屋すぎませんか!?
それに、ガイア様の部屋からずいぶん遠いような??」
「うちに滞在してる間は侍女じゃなくて客人だから」
「ええ!? じゃあ、ガイア様のお世話は誰がするんですか!?」
「家だし。いくらでも他にいる」
「ああ良かった。
いえ、でも、あの美しいお髪に触れないのは、それはそれでフラストレーションが……」
「おい」
この、意味わからん突っ込みどころだらけのノリ。
こういうところは、いつものフランカだと思う。でも。
「じゃ、邸のほかのとこ、案内すっから」
そう言って俺が手を差し出すと、またその手をとるのをフランカは躊躇する。
(いや、そんな……そんなに貴女を困らせるようなことしてるのか? 俺)
手を取るとか、手をつなぐとか。確かにフランカへの感情を意識してしまったら、俺の側には何にもないとは言いにくくなる。
当然、触れたいって感情はある。いまフランカに触れたら、はっきりと嬉しいだろう。
意識してしまったぶん、伸ばした手を拒まれたりためらわれたりすると、妙につらい。
なんでさっきまでとこんなに違う?
この、微妙なよそよそしさ。目が泳いでいる。いつもと違う。俺、なんかしたか?
(……………………)
俺は、フランカの手を掴んだ。
…………こんな柄じゃねぇのに。似合わねぇって笑われるんだろうな。
だけど、俺としては他に思いつくこともなく。
意を決して俺は、フランカの小さな手の甲に口づけた。
「ヘ……リオスっ!!」焦った声をフランカが上げる。
……似合わねぇだろ、どうせ。知ってた。
そう頭のなかですねた言葉を並べながらフランカと目を合わせる。
真っ赤になって目が潤んだフランカがそこにいた。
(…………!!??)
「…………あの、ですね……ヘリオス……」
クソ可愛い。なんだこれ。
(え…………効いた?)
フランカは、赤い顔でもじもじしている。どっちだ、この反応は。効いたのか嫌だったのか。いったい。嫌なら言ってくれ。
「言わないとわからん」
可愛いさのあまり、答えが待ちきれないあまり、それはねぇだろと自分でも突っ込みたくなるような言葉を吐いて、思わずフランカを抱き締めた。
◇ ◇ ◇
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